三脚の悪魔   作:アプール

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第27話

「なあ、もしかして俺達歴史的瞬間に立ち会えたんじゃないか?」

 

 カルパンドラにあるギルド専用港に帰港しているギルド調査船『ミネルヴァ』の甲板上に、男の野太い声が響き渡った。

 ミネルヴァはギルドの新種のモンスターに対する大規模な捜索によって駆り出され、ギルドより派遣された調査員を乗せ大海原へと出航した。

 そして今現在、その任務を終えたミネルヴァは船員達によって清掃活動が行われていた。

 屈強な男達が手にブラシや雑巾を持って甲板や手すりを丹精を込めて磨き上げている。

 

「歴史的瞬間って、何がだよ?」

 

 落下防止の柵を雑巾掛けしていた男の言葉に、すぐ傍にいた男が手に持ったブラシで甲板を磨きながらそう聞き返した。

 

「何って、あのアイルー達の事だよ」

 

「アイルー?」

 

 ブラシを持った男はアイルーと言う単語を聞き、そして今回の航海の事を振り返った。

 

 

 ある日の早朝。何時ものように寝床で寝ていると突然ドアが勢いよく開き、その音によって飛び起きた。

 音の原因であるドアの方角を見ると、そこには艦長が建っていた。そして艦長は開口一番怒鳴るようにこう話した。

 

「全員直ちに起床し、出航の準備を始めろ!」

 

 あまりも突然の出来事に、誰もがぼけっとしていると、更に艦長が「さっさとしろっ!」と更に怒鳴った。そしてその声を聞いた船員達は弾き飛ぶようにベットから飛び降り、急いで作業着に着替えそれぞれの持ち場へと走っていった。

 ”一体なんの理由があってこんな朝早くから出航するのか?”

 船員達は訳も分らぬまま出航の準備を進め、そして無事にカルパンドラから出航した。

 そしてその時になって、今回の任務について艦長から話された。

 曰く、港で噂になっている新種の捜索であると。

 その話を聞いた船員達は皆呆然とした。

 見た事もない新種のモンスターが現れたらしいという事は皆知っている。その全高が50メートルもあるような超大型モンスターであるということも。

 だが、モンスター退治はあくまでハンターの仕事。自分達には関係の無い事だ。

 誰もが、そう思っていた。

 

 だが、それは打ち砕かれた。

 自分達が受け持った任務は、その新種のモンスターの捜索。

 生態系も分らず、どんな攻撃方法を持っているのかさえ誰も分らない超大型モンスターの捜索。

 引き返そう。と、誰かが言った。

 だが艦長、そして一緒に乗り込んだギルドから派遣された調査員たちがそれを許さなかった。

 

「これはギルド本部からじきじきに下された命令である。それに逆らうという事は、ギルドに逆らうという事だと肝に銘じておけ」

 

 このモンスターが蔓延る世界において、ギルドの命令は絶対。逆らえば、即ちギルドの支援を失う事を意味する。

 一般人ではどう逆立ちしても勝てないモンスターから身を守るには、ギルド所属のハンターの協力が不可欠。この世界に住む人々は誰もがそれを知っている。

 故に、船員達は押し黙るしかなかった。既に船は大海原へと出港した。逃げる事など不可能。

 ならば、何としてでも生きて帰ろう。

 船員達はそう意気込み、士気旺盛となった。

 

 ……が、意気込みをしたはいいが、その肝心な新種のモンスターが出てこなかった。

 初めは高かった士気は次第に尻すぼみし、そして楽観的な雰囲気が現れ始めた。

 

 ”何だ出てこないじゃないか。心配して損した”

 

 誰もがそう口々にし、そして早く家に帰りたいと愚痴を付いた。

 新種が現れなかったとはいえ、自分達が居る場所はあの巣窟の樹海付近の海域。

 ガノトトスなどのモンスターが現れてはひとたまりも無い。

 さっさとこんな危険海域なんかとはおさらばしたい。船員全員の心中はそう渦巻いていた。

 そしてそれが適ったかのように、船長から帰還という言葉が放たれた。

 

――ようやく、帰れる。

 

 誰もがそう思い、緩んだ気持ちになった。

 ところが、その緩んだ気持ちを一変させるような出来事がこの船に舞い降りた。

 事の発端は、調査員の一人である男が小船で運んできた小さな来客にあった。

 その来客はこの巣窟の樹海に住み着いているアイルーとメラルーであり、この船に登場するや否やこう叫んだ。

 

――僕達の集落が見た事もないモンスターに襲われているニャ! 助けて欲しいニャ!

 

 そう言って取り乱したアイルー達を調査員たちは諌め、そしてその”見た事もないモンスター”とやらの形状の説明を問うた。

 そして、そのモンスターがどうやら我々が捜し求めていた新種のモンスターであったらしい。調査員たちは目を見開き、そのアイルー達は船室へと連れて行った。

 事の重大さを感じ取った艦長は、この来客を連れて帰ることを決意。そして直ちに帰還せよと命令した。

 

 ”新種がこの辺りにいる。”

 アイルー達の言葉にそう感じ取った船員達の緊張は絶頂にまで達した。

 何時、どこで現れるかもしれない新種に船員達は四六時中周囲を警戒した。

 そして、不安で眠れぬ夜を過ごした。

 

 しかし、そんな船員達の不安をよそに、航海そのものは順調であった。

 そして船がテロス密林に入った時、船員達は安堵した。新種に見つからずに済んだと。

 その後の航海は楽な物であった。テロス密林付近の海域は知り尽くしていたので何時ものように手際よく船を操作し、そしてカルパンドラの港へと無事に帰港した。

 

「……で、そのアイルーがなんだって?」

 

 これまでの航海の記憶を探り終えたブラシを持った男は、再び雑巾を持った男に問うた。

 それに対し、雑巾を持った男は「分ってねえなあ」と首を振り、そして見つめながら話した。

 

「あのアイルー達は、今大騒ぎになっている新種の貴重な情報を持っていたんだぞ。しかも最も重要な奴の居場所まで」

 

「ああ、それはそうだな」

 

「もしかしたら、今回の出来事によって新種の解明が進むのかもしれないんだぞ! これを歴史的瞬間と呼ばずにに何と呼ぶ!」

 

 興奮しながらそう言う雑巾を持った男に、ブラシを持った男は「お、おぉ……」と小さく呟いた。

 そしてそんな姿を見た雑巾を持った男は、つまらなさそうな顔をしながら言った。

 

「なんだよその薄い反応は。もう少し喜べよ」

 

「正直俺はそこまで興味は無いんでね。俺が興味のある事は金と酒と女だけさ」

 

 雑巾の持った男の問いに対し、ブラシを持った男はそう返した。

 所詮新種のモンスターの事などお偉いさんやハンター達の話。俺には関係の無い事――

 ブラシを持った男はそう考えていた。

 そんな反応に、雑巾を持った男は「ロマンの無い奴だなあ」とぼやく

 そのぼやきに対し、ブラシを持った男は「ロマンよりも目先の金」と返した。

 雑巾を持った男はフンッと鼻を鳴らし、そして再び雑巾掛けをしようとした身を屈めようとする。

 

「……ん? 何かあったのか?」

 

 が、その屈みはブラシを持った男の声により中断された。

 雑巾を持った男はブラシを持った男の顔を見、そして男の顔の方角に自分も顔を向ける。

 そこには、ざわつきながら右舷の手すり付近集まり、何やら港の沖付近を見つめる集団が居た。

 

「何だ? 何か事故でも起こったのか?」

 

 そう言うと目の前の群集を見て好奇心が沸いてきたのか、雑巾を持った男は素早く右舷に移動した。

 そしてそれにつられて、ブラシを持った男も右舷へと移動する。

 

「おい、何かあったのか?」

 

 雑巾を持った男が右舷に集まっている人垣に向かってそう話した。

 すると、その声に気付いた一人の男が振り返り、事情を説明しだした。

 

「ああ、沖のほうに突然でかい渦巻きが複数現れたんだ」

 

「渦巻き?」

 

「ほら、あれさ」

 

 そういうと男は指を刺し、雑巾を持った男はそれを追うように視線を向ける。

 そしてそこに映った光景は、文字通り渦巻きと表現できる光景が現れていた。

 

「な、なんだありゃ?」

 

 目の前で起こった摩訶不思議な現象に、雑巾を持った男は間抜けた声を上げた。

 この港で渦巻きが発生するなど、聞いた事が――?

 そんな事を考えていると、隣に存在感を感じたので視線を向ける。

 そこには、ブラシを置いて来た男の姿があった。

 

「こりゃあ、凄まじいなあ」

 

 と、ブラシを持っていた男はそう零した。

 確かに、凄まじい。

 半径数百メートルはあろうかという巨大な渦巻きが同時に六個も発生しているのだ。

 その光景は圧巻といえよう。

 だが、その代償として全ての船舶が出入りできない状態になっているが。

 

「しかし、一体なんで突然あんなのが現れたんだ?」

 

「俺が知るかよ」

 

 右舷に集まっている船員達は次々に軽口を叩きながら、目の前の光景を見る。

 ふと、港の方角を見るとそこには騒ぎを聞きつけた群衆が船員と同じように騒ぎながら渦巻きを見ていた。

 娯楽が少ないこの世界において、このような現象は一種の娯楽なのであろう。皆仕事の手を一時中断し我先にへと港や海岸付近に集まり始めている。

 

(暇な連中だな。まあ、それを言っちゃ俺達も暇になるが)

 

 雑巾を持った男は港に集まっている群集を見つめ、そう思った。

 

「……なあ、なんか渦巻きが盛り上がってきてないか?」

 

「え?」

 

 ブラシを持っていた男の声に、群集を見ていた視線を渦巻きに移す。

 すると、そこには先程とは少々違和感を感じる渦巻きが存在していた。

 

「確かに、言われてみれば盛り上がってるな……」

 

 その声に、ブラシを持っていた男は「だろ」と返事をした。

 そしてそう話している内にも、その渦巻きは段々と盛り上がってゆく。

 流石にこの異変に気付いたのであろう。群集が更に騒ぎ始めた。

 

「お、おい。なんかやばくないか?」

 

 渦巻きが盛り上がってくると言う現象に、雑巾を持った男が若干身を引きながらそう話した。

 渦巻きが盛り上がるなど、聞いた事がない。一体何が起こっているのか分らない現象に、不気味さを感じたのだ。

 

 だが、盛り上がりは止まらない。盛り上がりは更に広まり、そして遂には水面下を超え――

 

 ――盛大な水飛沫を飛び散らせた。

 

「うおっ!?」

 

 爆発ともとれるような凄まじい水飛沫の光景に、全員が身を引かせた。

 だが、その水飛沫の距離は遠くこの船に降りかかるということは無かった。

 安全を確認した船員達は、何が起こったのか確認しようと再度右舷に集まり、全員が凍りついた。

 

「な……なっ……」

 

 ――なんだ、あれは?

 

 誰かがそう言葉を発しようとする。

 しかしその声は出ず、ただ言葉にならない呟きをするばかりであった。

 

 この船の船員、そして港や海岸から見物していた群集。全ての視線が一点に絞られた。

 そして視線の先には、渦巻きが”あった場所”に注がれている。

 そこには、なにやら銀色に輝く巨大な物体が姿を現していた。

 その銀色の物体は、聞いた事のない重々しい重低音を響かせながら海面から徐々に迫り上がってくる。

 輝く巨大な瞳を煌かせながらカルパンドラを見つめ、そして三本の脚で都市を見下ろすように立ち上がる。

 その姿に、全ての人々は言いようの無い不気味さを感じた。

 恐怖ではなく、不気味さ。

 生物とは思えないほどの無機質さ。光り輝いていても生気の無い瞳。

 どれもが、不気味であった。

 

「お、おいっ……あ、あれは一体……」

 

 一人の船員が、恐る恐るといった感じで指を指しながら震える声でそう言った。

 その声に、答える者はいない。

 皆、あんな物を見るのは始めてであったからだ。

 

「も、もしかして、モンスター……か?」

 

 モンスター。

 誰かが言ったかは分らないが、その単語は瞬く間に船員たちの耳に入り、そして脳に浸透していった。

 確かに、あんな形をしたものなどモンスター以外にありえない。

 だが、あんなモンスターは見た事がない。

 自分達はモンスターに関しては専門外であるが、だが種類はこの世界の常識として覚えている。

 それに照らし合わせても、あんな形状、皮膚の色を持つモンスターなど知らない。

 

(――――いや)

 

 いた。あの形状にもっとも近いであろうと推測されるモンスターが。

 今一番話題となっている、未知なるモンスターが。

 

(まさか――奴がっ!?)

 

 ブラシを持っていた男はそう考え付くと同時に、驚愕した。のだ。

 あれが、新種のモンスターだというのか?

 だが、一体何故今になって? それにアイルー達の情報によれば新種は巣窟の樹海に居るはず。しかも単体だけであったはずだ。何故目の前に”六匹”もの数が居るのだ。

 訳が分らないと、ブラシを持っていた思った。

 だが、当の新種はそんな事知った事ではないとばかりに周囲を見渡し――

 

 ――ヴォオオオオオオォォォッッ!!!!

 

 歓喜の、咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ほう、あれが巨大都市の全貌か)

 

 船を追尾する事二週間。俺は遂に目標の巨大都市に辿り着いた。

 長い事尾行してきたが、その船は遂に俺に尾行されている事に気付く事は無く、港へと入港していった。

 そして俺はというと、この世界において初めて見る大規模な港や、色が白に統一されている町並みを見て軽く感嘆していた。

 この殺伐としたモンスターハンターの世界の中では、かなり美しい町並みだ。都市計画というものがあまり発展していないこの世界において、このように歴然と整備されている町並みは珍しい。

 この町並みを見ても、この巨大都市が文化面、経済的において非常に重要な役割を担っている事が分る。

 何れにせよ、ここは人類にとって重要な都市である事は間違いない。

 

(やっと、ここまで来たな……)

 

 そう思い、俺は目を閉じる。

 そして、俺が今しようとする事を思い浮かべた。

 残虐で、冷酷で、無慈悲な攻撃だ。

 およそ人間がやるような事ではない。

 

(ああ……”にんげん”か……)

 

 振り返ってみれば、俺はもうすっかり人間味を失くしてしまったものだ。

 初めは、怖かった。

 何時人間に襲われるか、ビクビクしながら生活をしていた。

 こんな巨大な身体を持っているのに人間を恐れていたなど、今から見れば実に滑稽なことだ。

 だが、人間らしかった。

 

(まあ、だからなんだという話だがな)

 

 俺は薄く笑いながらそう思った。

 俺はトライポッド。人間を根絶やしにするために生まれてきた兵器であり、そしてこの世界ではモンスターである。

 モンスターが人間を殺す事になんら不自然が無いこの世界において、俺は人類の敵だ。

 そして、俺も人間を殺したいと思っている。

 もう逃げ回るのはごめんだ。それに、何れ戦わなければならないのだ。

 ならば、できるだけ優位なうちに人類を叩いておく。まだ人間側には俺の情報がまったく行き渡ってない筈だからな。

 

(さて、そろそろ浮上するか)

 

 俺は決戦を前にして高鳴る鼓動を抑えながら脚を上げ、身体を持ち上げる。

 いよいよ、俺の姿を公に晒す日がやってきた。

 一体俺の姿を見て人間達は何を思うのだろうか? 恐怖か、それとも絶望か?

 そんな顔を見るのも、また一興。

 

 そんな事を考えながら俺はゆっくりと浮上する。

 恐怖心を煽る為に、ゆっくりと。

 そして頭部が遂に海面へと飛び出した。

 圧力によって夥しい数の海水が宙に弾き飛ばされ、巨大な水飛沫が発生する。

 それを全身に浴びながら、俺はゆっくり、ゆっくりと立ち上がる。

 時間にして約五分。俺は遂にその全貌を現した。

 

(おお、固まってる固まってる)

 

 俺は巨大都市全体を見下ろしながら、そう呟いた。

 全ての人間が、作業を中断して俺やトライポッドの姿を見つめている。間抜けに目を丸くさせながら。

 どれ、ちょっと脅かしてやるか。

 俺はそう考え、息を吸うような動作をし。

 

 ――ヴォオオオオオオォォォッッ!!!!

 

 咆哮を、響かせた。

 周囲に広がる重低音の爆音。さぞや人間たちの耳には響いたであろう。

 そしてその咆哮によって恐れ入ったのか、次第に人間達が逃げ出し始めた。

 その顔を恐怖によって歪んでいる。良い顔だ。

 

(まあ、絶望は始まったばかりだがな)

 

 そのままみすみす逃がしたりはしない。

 俺は頬に収納してある光線兵器を取り出し、エネルギーの充電を開始する。そして他のトライポッドにも光線兵器を展開するようにと命じた。

 程なくして、周囲に充電音が複音し始める。それに比例し、光線兵器の先端部分が青白く輝く始める

 

(まずは、海に逃げられないよう船から狙うか)

 

 ついでに接近されないようにするために。と考えながら、俺は光線兵器の照準を港に船舶している帆船群にへと合わせた。

 その帆船は全てが木造で出来ている。さぞや燃え広がってくれるだろう。

 

(いや、粉々になってしまうか)

 

 そんな些細な事を考えながら、俺は充電が完了するのを待つ。

 そして充電音が重低音から、高速回転を始めそうな超高音へと変わり始める。

 充電、完了。

 

(よく見ろ人間、これが殺戮だ)

 

 光線兵器の先端部分がより一層光り輝き――

 

 ――12本の光線が、弾ける様な発射音とともに煌いた。

 

 

 

 


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