三脚の悪魔   作:アプール

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第25話

「こ、ここが人間達の集落かニャ……?」

 

 ギルド調査船ミネルヴァの甲板上に、人間のような声をした言葉が響き渡った。

 その声の発生源、アイルーはというと、目を丸くしながら目の前の綺麗な都市の姿をただ見つめていた。

 

 ミネルヴァは約二週間に及ぶ調査を終え、本拠地であるカルパンドラに帰港していた。

 ただ、行く時と違う点は足元をうろついている小さな訪問客がいるという事だ。

 それも、最上級の客である。

 しかし、当の本人たちは事の重大さをあまり分っておらず、今はカルパンドラの美しい町並みに見惚れていた。

 

(無理も無いか……)

 

 ギルドによって派遣されミネルヴァに乗船していた調査員の男は心中でそう呟いた。

 聞けば、あのアイルー達は代々からあの樹海で生活をしていたのだという。

 あの危険極まりないモンスターが特に多いあの樹海で。

 生活も、常に危険と隣りあわせで余裕など無かったそうだ。

 そんな田舎者で文化など持ち合わせてなかったアイルー達が、目の前の良く整備されたカルパンドラの町並みを見て感嘆をするなど、当たり前のことだ。男はそう思っていた。

 だが、何時までも見惚れられていても困るので調査員の男はアイルー達に声をかけた。

 

「さて、君達には我々と一緒にギルド支部にまで来てもらうことになる。何時までもぼさっとしてないで降りる準備をしておけよ」

 

男の言葉に、アイルー達はハッと我に返った。

 

「も、申し訳ありませんニャ。その……あまりにも美しすぎてつい……」

 

「まあ、気持ちは分るがな。だが、あまり気を緩めるなよ」

 

 苦笑いをしながらそう言う男に、アイルー達は素直に返事をした。

 まったくもってその通りだからだ。

 

 そうこうしている内にミネルヴァはカルパンドラの港へと入って行き、ギルド専用の船着場に移動しそこで投錨した。

 そして伝書鳩で事前にミネルヴァの帰港を知らされていた港の労働者達が、車輪つきのタラップを持ってきてミネルヴァに横付けをした。

 

「よし、降りるぞ!」

 

「ああ、ようやく大地に足を付ける事が出来るのね……」

 

 タラップが横付けされたのを確認した男は勇んでタラップを降り、女は感激極まりない様子でタラップを降りた。

 そしてその後をアイルー達が続いていく。

 

「さて、この後は直にギルドに顔を出さないとな」

 

 自分達が持ち帰った情報は間違いなく今の状況を一変させる。ならば、一刻も早く知らせる為に参上しなければ。

 男はそう思って発言したが、女は気だるげ表情でゲンナリと呟いた。

 

「はぁ、帰ったらお風呂に入ろうと思っていたのに。潮の臭いが染み付いているから早く体を洗いたいのに……」

 

「そんな事言ったってしょうがないだろ。これも給金の内なんだから」

 

 男の言葉に、女は「せめてお風呂だけでも……」と再度呟く。

 女として、潮の臭いを垂れ流しながら人が沢山いるギルドに行くのは耐え難い行為のようだ。

 

「お待ちしておりました。馬車を用意しておりますのでこちらにどうぞ」

 

 だが、事はそんなことは知ったことではないとばかりに進行する。

 港の従業員が事前に馬車を用意しており、馬車に乗るのを急かす。

 調査員の男と女は生涯初めての馬車の送迎に多少の優越感を覚えたが、事が事だけにあたりまえのことだと割り切り馬車に乗り込んだ。

 そして馬車を前にしてボーと突っ立っているアイルー達に声をかけ、体格によって乗るのに四苦八苦しているアイルー達を見かねて手助けをし,馬車は無事に出発した。

 

「いやはや、どうもすみませんニャ」

 

「なに、初めての事で勝手が分らなかったんだろう? なら仕方がないさ」

 

 申し訳ないと隊長が言うと、男は笑いながら気にするなと声をかけた。

 

「それに、君達のお陰で我々は大きな進歩をする事になるかもしれん」

 

「大きな進歩、ですかニャ……?」

 

 男の言葉に、隊長が首を傾げた。

 自分達はただモンスターの討伐、あるいは撃退。それが不可能ならば護衛を頼みに来ただけだ。

 長老からはそのような依頼は日常茶飯事であると聞いていたため別に何てことない依頼の筈だが……

 隊長はそう思い、疑問を思った。

 

「そうだ。君達のような者がモンスターの討伐依頼をだす。それは普通の事だが、今回は違う。

 そのモンスターが、我々が追い求めていたモンスターなんだ」

 

「お、追い求めていた?」

 

「そうよ。約一ヶ月ぐらい前に何の前触れも無く突如としてテロス密林に現れた未知のモンスター。正式名所もまだ決まっていないからとりあえず私達は新種と呼んでいるけど。

 その新種が、発見から一週間後に綺麗さっぱり居なくなってしまったのよ」

 

 男と女の言葉に、隊長は思考を廻らせる。

 そして、ある結論に至った。

 

「……なるほどニャ。あなた達はその新種が我々の集落を襲ったモンスターだと、そう考えているんですニャ?」

 

 隊長の言葉に、二人は大きく頷いた。

 

「しかし、いくらなんでも移動が早すぎではないですかニャ? 飛竜ならばまだ分りますが、あのモンスターに翼はありませんでしたニャ。

 いくら脚が長いと言っても、時間的にあの樹海に到達するなんて不可能ですニャ。」

 

 会話に、新たな声が上がった。

 その声のする方角に視線を向けると、決死隊唯一のメラルーがこちらに目を向け、見据えていた。

 

「いや、憶測だけで判断をすることは危険だ。もしかしたら、我々が予想だにしていない能力を持っているのかも知れん」

 

「では、その能力によってその新種は樹海にやって来たとニャ?」

 

「それは、今後の調査次第だ」

 

 そう言うと、男はかぶりを振った。

 実際、男も新種の移動速度は異常だと感じていた。

 アイルー達の話やギルドの話から、新種は超大型モンスターであると断定できる。

 基本的に、超大型モンスターは戦闘能力は凄まじいが、反面移動速度はお世辞にも優れているとは言えない。

 理由は言わずもがな、体重が重すぎるからだ。

 そしてなにより、新種と体格が似ているシェンガオレンも移動速度は遅いと伝えられている。そのため、新種も移動速度は遅いという説が唱えられていた。

 

 ――しかし、アイルー達の証言がそれを覆した。

 

 超大型モンスターでありながら、飛竜にも匹敵するような機動力。

 常識では到底考えられない。だが、モンスターに常識が通用しないこともモンスター調査員として男は当然知っていた。

 信じられないが、考えられる。

 男はそう判断した。

 

「とにかく、君達をギルドまで案内することはそういう経緯があるからだ。

 ギルドに着いたらギルドマスターとも対面することになるぞ。くれぐれも、失礼のないようにな」

 

「勿論ですニャ。下手に怒らせて目も当てられない状態になったら最悪ですからニャ」

 

 笑いながら冗談を言う隊長。

 それにつられ、他のアイルー達も笑いを作った。

 若干顔が引き攣っていたが。

 

「まあ、ここのギルドマスターは温和な人だし、そんな事にはならないと思うけどね」

 

 女が笑いながらそう言う。

 事実、ガルパンドラのギルドマスターは紳士であることで有名だ。

 若い頃は顔も良く性格も良くで随分と慕われていたとか。

 その説明に、アイルー達はホッとため息を付いた。

 もしギルドマスターが怖い人であったらどうしようかと本気で悩んでいたのだが、無駄に終わって安堵したのだ。

 

「ま、後30分ぐらいで着くと思うから、心の準備はしておきな」

 

 男の言葉に、アイルー達は大きく頷いた。

 その後、アイルー達はカルパンドラの街中を見て大いに興奮し、男と女がその建物の用途を答えるといった雑談が始まり、そうこうしている内に馬車はギルド支部へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドンドルマギルド本部。

 その内部に設置されている新種対策会議室に、いつもとは違う雰囲気のざわめきが広がっていた。

 

「……この情報は本当かね……?」

 

 報告書を手に取りながら、静かな声でそう尋ねるギルドマスター。

 それに対し、問われたグザヴィエ局長ははっきりと述べた。

 

「はい。手紙にはカルパンドラのギルドマスターの印がしっかりと押されておりますし、間違いありません」

 

「そうか、ついに見つけたか……」

 

 ギルドマスターの言葉に、会議室内が色めき立った。

 そう、ついに新種の居場所を突き止めることに成功したのだ。

 これまでは一体どこに消え、どこに現れるのかを警戒し、調査しなければならなかった。

 だが、調査をするには莫大な費用が掛かっていた。しかも費用を掛けた割には全く成果が上がっておらず、ギルド内部では『金の無駄使いだ!』との批判が高まっていた。

 しかし、その範囲には金融都市カルパンドラの海上輸送路も含まれており、下手に打ち切ると被害が莫大なものになってしまうとの懸念が常にあったため打ち切りにならず、ギルドの財政を圧迫していた。

 ところが、その新種が発見された。それも思いもよらない場所で。

 

「まさか、巣窟の樹海にいるなんてなあ……」

 

 一人がそう呟く。

 巣窟の樹海とは、尋常でないほどの数のモンスターが住んでいるためそう呼ばれている樹海であり、ギルドの指導で入場禁止地区に指定されている。

 理由は簡単。あまりにも危険すぎるからだ。

 自然の心理として数多くの生存競争が発生しており、弱肉強食によって鍛えられた固体は全て上級クラスかG級クラスであり、ベテランな上級ハンターでさえ油断をしてしまうとあっという間に殺されてしまう。

 その怖ろしさ故、巣窟の樹海付近は全く開拓がされていない。そのため襲われる人も居らず、人的被害が全くないのはなんという皮肉か。

 人がいないため依頼も発生せず、ハンター達も好き好んで悪名高い巣窟の樹海に行きたがる者もおらず、まさに巣窟の樹海はモンスターの楽園と化していた。

 その巣窟の樹海に、新種が住み着いた。

 

「うーむ、これはまたややこしい所に住み着きましたな」

 

 会議に出席していた考古学者のヨアン博士がそう発言した。

 本来なら役所違いのヨアン博士だが、先の会議によって特別に出席を認められたのだ。

 

「巣窟の樹海には最低でも上級クラスのモンスターが住み着いている……

 そんな所に討伐に行けるハンターは、そう多くはないだろうな」

 

「ですが、これは好機では?」

 

 ギルドマスターがそう言った直後に、声が上がった。

 その声を発した人は、続けざまに声を出す。

 

「巣窟の樹海となれば、民間人はまず居ません。うまくやれば、被害を最小限に食い止めることができるかもしれませんぞ。

 それに、巣窟の樹海には食料となるモンスターがウヨウヨと居ますから、もしかしたらそこで生活をするのかもしれません。そうなれば、お互いいがみ合うような事は起こらないかと」

 

「確かに、そうなればこっちとしても万々歳ですが、新種がトライポッドであるのならば話は別です。

 グザヴィエ局長。その報告書に目撃者からの情報は載っておりますか?」

 

 ヨアン博士がそう聞くと、グザヴィエ局長は頷き数枚ある報告書の中の一枚を取った。

 

「はい、載っていますね。目撃者の情報によると、『新種の形状は巨大な三本脚や頭部が特徴であり、脚の付け根部分には細長い触手が無数に生えそろえられている。

 そして新種の攻撃力は凶悪という言葉では足りない程である。頬の部分から突如生えてきた2本の触手から光線状のブレスを吐き出し、標的となった”霧龍”『オオナズチ』に命中すると文字通り”霧”となって消滅した。

 また新種の触手が目撃者達の集落を襲撃した際、目撃者達は武器を持って立ち向かったがそのことごとくが数メートル手前に現れた緑色の『何か』によって阻まれ、傷一つ負わせる事が出来なかった。』

 ……以上が、目撃者からの証言です」

 

 グザヴィエ局長が多少声を震わせながらそう告げた。

 それに対し、ヨアン博士は「やはり」とでもいいたそうな顔をしながら口を開いた。

 

「最早、疑いの余地はありませんな……

 ブレスといい緑色の何かといい形状といい、史書に載っていたトライポッドの記述に一致しています」

 

 ざわ……と、会議室のざわめきがより一層強くなる。

 もしかしたら新種と一戦交わることなく終結するかと思ったが、その希望は打ち砕かれた。

 現れたモンスターは新種のモンスターではなかったのだ。遥か古代に現れたモンスタートライポッド。それは最早疑いようが無い。

 古代文明を破滅に追い込み、人々を無差別に殺戮しまわった悪魔。

 そんな危険極まりないモンスターを放っておく訳にはいかない。何せトライポッドは古代文明でさえ敵わなかったモンスターなのだ。

 そしてその性格は獰猛で残忍であり、人を見つけたならばその場で殺しにかかる。そんなモンスターが再び街や村を襲うようになれば、取り返しがつかない事態に陥ってしまう。

 そう。今が、絶好の機会なのだ。

 

「――ギルドマスター。トライポッドに対する大規模な討伐隊の編成を具申します」

 

 一人の男――モンスター対策局のセドリック局長が立ち上がり、ギルドマスターに向かってそう話した。

 

「討伐隊、か。だが、我々は情報が不足している。弱点さえ見つけていない現状では、かなりの被害が出ると思うが?」

 

 ギルドマスターがそう言うと、セドリック局長は反論した。

 

「今なら、被害を最小限に食い止める事ができます。

 確かに、対策方法が分らないモンスターに挑むなど、愚行です。場所が巣窟の樹海である事も相まって死者も数多く出るでしょう。

 ですが! 可能な限り被害を抑えるには今しかないのですっ!! 民間人が周囲に居ないあそこでっ!

 

 ……もしハンター諸君の被害を恐れて躊躇を覚えれば、その間にトライポッドが再び動き出してしまうかもしれません。

 そうなれば、被害は爆発的に増加してしまうでしょう。

 それを防ぐためには、討伐は出来なくとも手負いを負わせるしか方法がありません。そうすれば、トライポッドは無闇に巣窟の樹海から出なくなるでしょう。

 トライポッドの対処方法は、その過程で探るしかありません」

 

 セドリック局長が熱弁を振るい終わると、会議室には沈黙が漂った。

 セドリック局長は普段は冷静沈着な人であった。そのセドリック局長がこうまでして熱弁を振るうなど、少し予想がつかなかった。

 だが、その弁には説得力もある。

 トライポッドを市街地に向かわせるなど、あってはならない事だ。戦闘能力は未だに未知数であり、戦えば苦戦は免れない。

 そんな状態で市街地で戦う事になれば、防壁が突破されてしまう恐れもある。

 そうなれば、起こるのは惨劇だ。

 それを防ぐためには、トライポッドを束縛するのがもっとも良い。

 セドリック局長は、その束縛地に巣窟の樹海を選んだ。

 

「そうか……危険な賭けだが、やる価値はありそうだ」

 

 呟くような声で、ギルドマスターはそう言った。

 確かに、トライポッドを外に出させるわけにはいかない。

 辛い戦いにはなりそうだが、現状では致仕方がないと。

 

「では、ギルドマスター」 

 

「うむ、至急G級ハンター達に連絡を入れてくれ。それにカルパンドラにも連絡を。緊急クエストで上級ハンターが数多く終結をしておるからな」

 

 G級ハンター。限られたハンターの中でさらに限られた力を持つ、精鋭の中の精鋭。

 その実力は、まさにモンスターと呼ぶに相応しいほどの力を誇る。

 その逸話は、”上級リオレウスが一撃で仕留められた””G級ハンターを見たランポスが命乞いをし始めた”等と数多くあり,その力をまざまざと知らしめている。

 

 普通なら、G級ハンターと聞けばその頼りになる響きに誰もが安堵する。

 だが、今回はそうもいかなかった。

 トライポッドという、全く未知数のモンスター。G級ハンターが一体どのくらい通用するのか、見当がつかない。

 だが、賭けるしかなかった。幸い現れたトライポッドは1体のみ。これならば、討伐できるかもしれない。

 

 ……が、その希望は突如として開かれた扉によって打ち砕かれた。

 

 勢い良く開かれた扉に、会議室に居る人々の視線が集まる。

 そこには、息を乱している近衛隊の装備をした女が立っていた。

 

「何事かっ!」

 

 尋常ではないその姿に、ギルドマスターが声を上げ問いただす。

 そして、その声に近衛隊の女が大声で答えた。

 

「緊急伝令! カルパンドラが6体の新種の猛攻撃を受けています! 至急援軍を要請するとのことです!」

 

 

 

 

 

 


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