三脚の悪魔   作:アプール

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第24話

(……おいおい、こりゃあ夢か何かか……)

 

 木々が生い茂る樹海の中で、俺は心中で掠れた呟きを上げていた。

 何故そんな声を出しているのかというと、今目の前にある物体の姿に目を丸くしているからだ。

 その物体の全高は目測で俺と同じぐらいあり、その巨体を威風堂々と晒し続けている。

 体色は銀色で目は三つ。脚は3本あり脚の付け根には触手が生えそろえている。

 顔は巨大で、頭には甲羅のような物を被っており、後頭部にはうす丸い鉄格子が二つぶら下がっている。

 

 そう、似ているのだ。いや、同じだと言ってもいい。

 

(……どうしてお前が――”トライポッド”が出て来るんだよ……)

 

 俺の問いに、トライポッドは答えずただ粛然と佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アイルーの襲撃から数日後、あれから特にめぼしい大型モンスターもおらず、周囲の測量に明け暮れていた。

 本当は大型モンスターはいたが俺が近づくと逃げていってしまうため会えなかったというのが正しいが……

 それはさておき、崖から半径数十キロは測量を終え、今は半径数百キロの測量に入っている。

 やはり範囲が広い上に、地形が険しいためいくら自動化できても終わるのは数週間後になりそうだ。

 そんな事を思いながら俺は測量を続けていると、ふと、樹海の中で何かが煌いたような気がした。

 最初は気のせいかと思ったが、その煌きは消えることなく、太陽の反射を俺の瞳に届けている。

 

(なんだなんだ?)

 

 その煌く物体を不思議に思った俺は、熱探知機でその付近の熱を測った。

 しかし、生物と思われる熱反応は無かった。つまり、あの煌く物体は無機物であるということだ。

 

――文明のぶの字さえ無いこの樹海に一体何が?

 

 天然物であれほど強く光を反射する物体など、そうそうない。だが、人工物であることもまた、ありえない。

 その事に不思議に思った俺は、次第に興味がわきその煌く物体に近づくことにした。

 

(さてさて、一体何があるんだ?)

 

 思いもしなかった展開に、少し期待が高まる。

 何せこの世界から来てからはまともな娯楽という物に出会った例がない。

 現代が如何に娯楽に恵まれていたかをこの世界に来て改めて実感した。

 やることが無くて暇。その暇を補う為に地形の測量をしているが、やはり単純作業で飽きがくる。

 こんな時に、少しでも違う光景があれば嫌でも心が躍るもんだ。

 

 数日ぶりにワクワクしながら俺は煌く物体へと近づく。

そして難なくその物体へと近づき、その物体を目の当たりした。

 

(なんだこりゃ?)

 

 その物体を見た直後に、俺はそんな声を漏らした。

 その物体は全身銀色に輝いており、その大きさはかなり大きい。

 形は長方形で、高さは目測で15メートルぐらいの大きさだ。

 その様はまるで、現代の『ビル』を思い起こさせるような姿をしていた。

 そしてそう考え付いたと同時に、驚愕した。

 

(こんな未開な樹海に、文明があっただと……)

 

 文明というのは、その土地が痩せこけているほど発展しやすい。

 技術革新を続けなければ増え続ける人口増加を賄いきれず、自滅してしまうからだ。また、少ない農地などを奪い合う為に戦いが絶えず、戦闘学も発展する。

 一方で、その土地が豊かだった場合、文明の発展は妨げられる。

 なぜなら、技術革新を起こすまでもないほど大量の食料や資源が手に入るからだ。

 奪い合いをしなくても十分な食料が手に入れば、当然ながら争いは発生しない。

 故に科学技術は発展せず、軍事学も発展しない。

 

 この樹海は、豊かの部類に入る。

 豊かどころではない。豊か過ぎた。

 豊か過ぎる自然は時に、文明すら相殺する。

 何せこの地で生活をするとなると、あの巨木群を切り倒さなければならなくなる。

 一本一本がとてつもない太さを誇る巨木だ。あれ一本を切る為にはかなりの労力が必要となるだろう。

 文明の第一条件といわれる農耕をするためには、その作業を何千何万としなければならない。

 とてもではないが、無理だ。そんな事するくらいなら狩をしていた方が楽だ。

 もっとも、その狩もウヨウヨとモンスターが徘徊しているこの世界では難しそうだが。

 

 長々と語ったが、要するに俺はこの樹海に文明は存在しないと思っていた。

 だが、その推測はこの銀色に輝く物体によって覆された。

 どう見てもこれは人工物。しかも、かなり高度な建造物だ。

 一見何の変哲も無いただの箱に見えるが、これはその文明が合理的であったと見て取れることができる。

 現代も、合理的に空間が使えるため長方形のようなビルが立ち並んでいるのだ。

 なぜなら合理的だから。

 

(……ふむ、これの他にも数棟の建物が立ち並んでいるな)

 

 目の前にある建物に気をとられていたが、視線を横に向けるとこれの他に数棟の建物が建っていた。

 そのいずれも、全身が銀色に輝いている。

 全身ガラス張りなどではない。建物が直接銀色の光を発している。

 異様だ。前世でもこんな悪趣味な建造物群は見たことが無い。一体ここで生活していた人はどんな文化を持っていたのだろうか?

 

(……まあ、見た所すでに崩壊しているみたいだし、別にどうでもいいか)

 

 すぐに興味が薄らいだ俺は、とりあえずこの目の前にある建物の中を探索しようと出入り口を探す。

 が……

 

(あれ? 出入り口がない?) 

 

 建物は完全に銀色に覆われており、出入り口らしきものがまったく見当たらない。

 それとも自動ドアか? などと思いながら俺は一階部分に触手を近づけてみるがどこも開く様子は無い。

 試しに他の建物も見てまわるが、そのどれもが出入り口らしいと思うところさえ存在しなかった。

 

(……ん?)

 

 そうして出入り口がないかと探し回っていると、建物の隅に白い箱型の物体が設置されているのを見つけた。

 気になった俺は、良く観察するために触手をその白い箱型の物体に近づける。

 その箱型の物体の中央部分には窪みがあり、その他にはただ白いだけの平らな物体だった。

 窪みは初めの円周は大きいが、奥に行くにつれて徐々に小さくなっていくという円錐のような形をしていた。

 そしてその窪みの深さは、少し長い

 

(なんだこれは?)

 

 目の前の物体の正体が分らず、俺は首を傾げる。

 どう見ても、この箱形の物体は人工物だ。

 だが、これがなんの意味をもたらすのか、まったく見当がつかない。

 

 なんだ、これに何かを差し込むのか。それで自動ドアが開くのか。だがそれにしては少々大きすぎる。人の手には持てない大きさだ。いやまて、この文明を作ったのが人とは限らないだろうし……

 

 憶測がグルグルと俺の頭を駆け巡り、現れては消え、現れては消える。

 そして窪みを見ながらそうこうしているうちに、ある一つの考えが浮かび上がった。

 

(この窪み。よーく見れば俺の触手の槍部分にピッタリだな……)

 

 そう、似ているのだ。触手の槍部分と窪みのサイズが。

 まるで、あらかじめそうなるように作られたかのように。

 

(……いいや、ただの偶然だ)

 

 だが、俺はその憶測を脳裏から追い払った。

 そうとも。モンスターハンターにはトライポッドなど登場しない。完全に場違いだ。

 俺はそう自分を納得させる。だが、その考えは脳にこびり付いてなかなか振り払えない。

 

 そもそも、俺はトライポッドだ。

 トライポッドに憑依したとなれば、このトライポッドは一体どこにあったのだ? どこから来たのか?

 神が楽しそうだからと創造し、俺の魂を入れ込んだのか?

 だが、もしそうではなかったとしたら?

――火星人が、この惑星に来たのか?

 

 ……否定はできない。

 これほどのビルを作るとなれば、かなり高度な科学技術が必要となる。

 それに、人間がこんな樹海のど真ん中に町を築きあげるなど、考えられない。

 

(もしや、本当に……?)

 

 いや、あくまで憶測。もしかしたら、何も無いのかもしれない。

 俺は確認のため触手から槍を取り出し、その窪みに近づける。

 そして、俺は槍を窪みの中へと差し込んだ。

 

――シャコンッ

 

 槍と窪みの擦れ合う音が鳴り、槍は見事窪みの中に納まった。

 そして数秒後、俺の頭の中から”ピッ”という音が聞こえてきた。

 俺がそれを電子音だと直感するのに、時間はかからなかった。

 

 

『指揮官機の接続が確認されました。

 これより、非常事態法案に基づき指揮官機に対し指揮権やデータの委譲を開始します』

 

 

 非常事態法案? 指揮権? データ?

 

 俺はいきなり頭に響き渡った電子的な声やその内容に戸惑う。

 一体、何の話をしているのだ?

 疑問が頭の中で渦巻く。

 だが、その疑問は頭の中に入ってきた各種の情報によって中断された。

 

(なんだ……これは……)

 

 震える声でそう呟く。

 見たことも聞いたことも無い情報が、無理矢理頭の中に入ってくる。何とも表現し難い現象が、今俺の頭の中で起こっているのだ。

 頭の中から見たことも無い文字が浮かんでは消え、見たことも無い映像が映し出されては消える。恐らくこの情報はコンピューター中に記録されているのだろう。

 そしてなんと驚くことに、俺はその溢れ出てくる文字が読めるのだ。

 一見すると古代の象形文字のような奇抜な文字が。前世で見た文字とは全く異なる文字が、まるで翻訳機で訳されたかのように。

 

 

『指揮権とそれに伴う各種のデータ送信が完了しました。

 また、指揮権委譲に伴い駐屯地に駐留している全戦闘機械の起動を開始します』

 

 

 再び電子的な声が俺の頭に響く。

 だが、その声に俺は反応できなかった。

 あまりにも破天荒な事態が続けざまに起こりに起こり、思考が停止状態に陥ってしまったのだ。

 だが、そんなことをしても事態はお構いなしに進行していく。

 

 大地が震える。

 最初は遅く、次第に早く。

 大地の数箇所に亀裂が入り始める。

 初めは小さく、徐々に大きく。

 轟音が鳴り響く。

 始まりは静かに、終わりは騒がしく。

 

(……ッ!!)

 

 俺はその光景を、文字通り目玉が飛び出るほどの衝撃で見つめていた。

 あの光景は、見たことがある。

 俺の身体、トライポッドが地中から出てくる時の光景にそっくりだ。

 

(まさかまさかまさかっ!?)

 

 これからの事を想像した俺は、混乱した。

 だが、そうこうしている内に巨大な穴が数個空き、そして――

 

――トライポッドが、その巨体を見せ付けるように這い出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……まったく、どうしてこうなった)

 

 俺は目の前に現れたトライポッド5体を目の前にして、ため息を付いた。

 まさか俺以外にトライポッドが存在するなど、夢にも思わなかった。完全に予想外だ。

 だが、これで一つ分ったことがある。

 

(火星人は、過去にこの惑星を侵略した。それは間違いない)

 

 何ということだ――俺はそう感じた。

 

 火星人がこの惑星を侵略するとなれば、間違いなく歴史に残っているだろう。

 しかも、史上最悪の虐殺戦争として。

 そしてその虐殺戦争の主力となったのが、この戦闘機械”トライポッド”

 過去の文明がどれだけの力を持っていたのかは知らないが、おそらく地球と同等かそれ以下。到底火星人と渡り合える力は無かったであろう。

 まともな抵抗すら許されず、ただ殺戮され、虐殺される存在に成り立った人間。

 さぞや恐怖に震えたであろう

 

――その戦闘機械が、今現実にいたとしたら?

 

 自分達の敵か見方か。それは歴史を見れば分ること。

 恐らく人間達は死に物狂いで襲い掛かってくるだろう。

 

(まあ、それは別にいいんだけどな)

 

 俺は五体のトライポッドを見ながらそう思った。

 あの電子的な声は、俺に”指揮権を委譲する”と言っていた。

 何の指揮権かは分らないが、俺は恐らくこのトライポッド達の指揮権だと考えている。

 だとすれば、俺はトライポッド達を指揮する事が可能になる。

 俺を含めてトライポッド6体。まともな対抗戦力を持っていないこの世界の人間達には十分すぎる戦力だ。

 

(どれどれ、試しに指示を出してみるか)

 

 俺は本当にトライポッドに指示が出せるかどうかを試すべく指示を出そうとし、固まった。

 

――そういえば、どうやって指示を出すんだ?

 

 そう、指示の出し方が分らないのだ。

 触手や光線兵器などは生まれ持った感覚によって操作できるが、指示の出し方なんてものは感覚には無い。

 困った俺は、とりあえず頭から念じてみる事にした。

 

(全トライポッド、右向け右っ!)

 

 俺は当たり触りの無い命令を頭に念じた。

 念じ終わったpれは、五体のトライポッド達を擬視する。

 動くかどうかを、確認するためだ。

 

 それに対しトライポッド達は――細長い脚を動かし、右旋回をし始めた。

 

(おお、おお、動いたっ!)

 

 トライポッド達が動いている光景に、俺は心中で色めき立ちながらそう叫んだ。

 もしや全身全霊シカトされるのかと不安に感じていたが、どうやら無用な心配だったらしい。

 俺の命令に対し、トライポッド達は忠実に命令を実行している。

 

(いやはや、これはいいものが手に入った)

 

 ニヤリッ、と笑いながら俺はそう呟いた。

 これでもう、怖い物無しだ。

 俺だけでは不可能だった組織的な戦闘が行えるし、光線兵器での攻撃も効率的にできる。

 特に光線兵器での攻撃は絶大だ。

 何せこの世界は基本的に機械類が未熟だ。そのため有効な遠距離武器が無いためハンターは基本的に接近戦で挑んでくる。

 それに対し、俺の光線兵器の射程距離は優に数キロを超える。破壊力も文字通り天と地ほどの差がある。

 その光線兵器がトライポッド1体につき2丁。俺を含めてトライポッドは6体いるため12丁の光線兵器を展開できる。

 正直、オーバーキルにも程がある戦力だ。この事実を知ったのならハンターは絶望するだろう。

 

(まあ、俺にとってはまさに僥倖だけどな)

 

 人間がどれだけ死のうが、俺にはもう関係ない。

 そうだ、俺はもう人間ではない。トライポッドだ。

 人類を殺戮し、滅亡させる対人類用兵器。

 そのトライポッドが、人間を殺す。

 非常に道理だ。人間を殺す為に生まれてきたのだから。

 

(遊びは終わりだ――今度はこっちから出向いてやる)

 

 俺はそう考えると、トライポッド達に新たに命令を出し、陣形を組みながら樹海の中を歩いていった。

 

 




大学生活が始まって色々とやる事が出来てしまったので暫くの間更新が停滞すると思います。
まことに身勝手な事でございますが、どうかご了承ください。

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