三脚の悪魔   作:アプール

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第23話

 樹海。そこは昼間でも木々によって陽が遮られ、その中は夕方のように薄暗い。

 さらに巨木の根が大地に割り入るように張っているため足場がかなり悪い。

 一目で見ても、ここは歩行をすることに適していない場所だと見て取れるだろう。

 しかし、今この樹海内でこの悪路をものともせずに走り続けている集団があった。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 生まれ持った小柄の体格で木の根をすり抜けながら、集団――4匹のアイルー達は走る。

 息を切らしながら、しかし走る速度を落とさずただ懸命に走り続ける。

 その表情は必死そのものであり、背中に重いリュックを背負いながらもただひたすら走る。

 

「みんな急ぐニャッ!! 休憩などしている暇などないニャッ!!」

 

 一匹のアイルーが乱暴ながら声援を送る。

 本人も辛いだろうが、それでも苦しながら声援を送ったその姿に、他のアイルー達も精一杯の返事を返す。

 

(そうだニャ……僕達の命運が、集落の命運なんだニャ)

 

 誰もが自らに課せられた使命を思い起こし、己を奮い立たせる。

 そう、もはや残された道は一本しかないのだ。

 

「よしっ! それだけ元気があるなら大丈夫ニャ!! さっさと海岸まで走り抜けるニャッ!!」

 

 アイルー達はその声にまたもや威勢の良い声を上げ、走る速度を上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆の者、集まったか」

 

 集落の集会所に、長老の声が響き渡った。

 その声は今朝の声と違い、やや疲れを見せていたが誰もその事は気にしない。否、気にすることができなかった。

 

「さて……今、我が集落は存亡危機にある。それはお前達も良く理解しているだろう」

 

 存亡。その言葉を再確認させられたアイルー達は何匹かが身を震わせた。

 あの光景を、思い出したのかもしれない。

 

「この集落に閉じこもっていても、またあのモンスターがやって来るかもしれん。そうなれば、もはや守る術がない我々は殲滅されるだろう

 ――しかし、この集落を捨てるのもまた、不可能となった。

 今回の戦闘で戦士達の半数が負傷したのだ。その何れも下半身、特に足を潰されており歩行することは永久的に不可能との事だ。

 その負傷者や女子供を半減した戦士達で守りながらこの危険気きまわりない樹海を歩き回るなど、自殺行為に等しい」

 

 長老は現状を一気に捲くし立てた。

 そしてその現状を聞いたアイルー達は、どうにもならない現状に顔を青く染め、恐怖を紛らわせる為に知人に声をかけたりする。

 瞬く間に、集会所は騒がしくなった。

 

「皆の者、静粛に」

 

 しかし、そのざわめきは長老の鋭い声によって終息を迎えた。

 そしてざわめきが収まったことを確認した長老は、再び口を開き始めた。

 

「集落に篭城しても何れは殲滅される、新天地を目指しても他のモンスターにやられる。となれば、我々が取る方法は一つしかあるまい」

 

 長老はそう言うと、一間を空けた。皆に、よく理解させるためだ。

 アイルー達は長老の言葉を一字一句聞き逃さないように耳を立てている。

 その姿を確認した長老は、己が考えている事を発した。

 

「――ハンターに、依頼を要請する」

 

 長老の言葉に、場が再びざわめき始めた。

 ある者は納得の顔を、ある者は複雑な顔を。

 長老の言葉に、色とりどりの反応が現れた。

 

「掟破りにはなりますが、仕方ありませんね……」

 

 一匹のアイルーが、口からそう溢した。

 そう、この集落では基本的に外界との接触を拒むようにと教えられている。

 理由としては、民族的な誇りだ。

 我々は自分達でやっていける,他人の手を借りなくても大丈夫であると。

 もっとも、この辺鄙な樹海に来る物好きな人間はいなかったが。

 

 その掟を破り、頭を下げ人間達に懇願する。

 傍目から見れば、無様な姿だ。これ以上の無い屈辱だ。

 長老は少なからず反感が出ると思った。しかし、予想に反してその反感は出てこなかった。

 

(やはり、聞くのと見るのとでは違うか……)

 

 長老は今朝の会議を思い出し、つくづくとそう思った。

 長老は確かに移住案を出したが、ハンターに依頼をするという事は一言も口に出さなかった。

 これを口にすれば、会議がまとまらなくなるという事が目に見えていたからだ。

 長い間民族で暮らしてきた故に生まれた誇りとプライドによって。

 だが、今こうして口にしても誰も文句を言わない。むしろ擁護する言葉まで出てくる。

 誰もがあのモンスターに、敵わないと本能的に感じたからであろう。

 そしてその恐怖が、野生動物特有の色濃い生存本能を生み出し、生存本能が誇りやプライドを上まわった。

 もはや、恥や外見など気にしている場合では無くなったのだ。

 

「皆の者、異存は無いな?」

 

 長老がそう確認の声を上げ、周りを見渡す。集会所にいるアイルー達は多少の不満はあるが納得をした顔で頷いている。

 了解を得た。その返答に満足げに長老は軽く頷く。と、突如に一本の手が上がった。

 

「あの、長老……少し質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 おずおずといった様子で一匹のアイルーが声を上げた。

 それに対し、長老は短く答えた。

 

「よかろう、許可する」

 

「では……ハンターに依頼をすると言いましたが、どうやってそれを伝えるんですかニャ?ここは辺境の樹海ですし、徒歩で街に行くなら数週間、数ヶ月間とかかりますニャ。

 それに、報酬金もどうするんですかニャ? 我々は人間が使うお金なんて持ってませんニャ」

 

 そのアイルーの疑問に、長老は答えた。

 

「報酬金に関しては、我々が発掘した各種の鉱石で補う。我々には価値は分らないが、未だ手の付けられていない所から採掘した鉱石だ。高価な鉱石もあるであろう。

 そして街への通行手段については、陸路ではなく海路で行ってもらう」

 

「か、海路ですかニャ……?」

 

 アイルーの言葉に、長老は「うむ」と頷いた。

 

「陸路では足場が悪い上、モンスターが溢れている。必然的に、進行速度は遅くなってしまうだろう。だが、海上ならばその心配は無い。

 今は、一刻の時間も無駄にはできんのだ」

 

 長老はそう言う。

 時間的に全く余裕の無い現状では、これが最善の策だ――

 長老はそう思っていた。

 しかし、アイルーが反論する。

 

「で、ですが長老。海路と言われましても、船はどうするんですニャ?

 それに我々には海で船を操縦する技術もありませんニャ」

 

 そのアイルーの言葉に、長老が素早く答える。

 

「船は海岸に着いた後、木々を切り倒して自作するしかるまい。

 そして船の操縦だが、これもぶっつけ本番でやるしかないだろう」

 

 長老の言葉に、アイルーが「そんニャっ!」と悲鳴を上げる。

 長老はその声を聞き、仕方がないと呟いた。

 素人が自作した船で、これまた生涯初めてであろう船を漕ぎながら距離不明の人間の街に向かう。

 どう考えても無謀だ、自殺行為だ。

 自分で言っといては何だが、反吐が出るような内容だ――と長老は思った。

 だがこれしか方法がないのもまた、理解している。

 

「別に四六時中船に乗っていろとは言わん。危険だと判断した場合は陸に上がっても良いし、休憩や就寝時にも陸に上がって身を休めるのも良い。

 無茶な事を言っているのは十分理解しているが、時間短縮のためにはこれしか方法がないのだ

 どうか、理解してもらいたい」

 

 長老はそう言うと、アイルー達に向かって頭を下げた。

 流石にそこまでされては何もいえないアイルーは、おとなしく席に座った。

 

「……さて、方針は纏ったな。では、早速準備に入る」

 

 アイルーが席に座ったのを確認した長老は、有無を言わさぬ声調で言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、長老は決死隊を編成するための隊員の志願を募った。

 任務の関係上募る職種は戦士限定とされたが、長老は不安であった。

 何せ今回の任務は作った事の無い船を作り漕いだことも無い舟を漕ぎどこにあるのかさえ分らない人間の街に行きハンターに依頼を要請しなければならないのだ。

 傍目から見れば死ねと言われるのと同じだ。危険度が高すぎる。

 当然、長老もこの無茶な作戦を理解している。誰もこんな任務に志願をする戦士などいないのかもしれない。

 もしそうなれば、強制的に行かせるしか――

 長老はそんな事を考えていたが、憂鬱であった。

 何と戦士全員が志願を募ってきたのだ。

 その誰もが、故郷を、仲間を、家族を守りたい一心での志願であった。

 その純粋な姿に、少しでも邪な事を考えていた長老は己を恥じ、身を震わせた。

 

 だが、いくら全員が志願したとしても全員を行かせる訳にはいかない。

 集落の防衛は勿論のこと、食料を調達する時でもモンスターに対抗する為に戦士は必要だ。

 長老は現在の戦士達の数を確認し、検討した結果、4人編成に決まった。

 数からしてこれが限度であることや、ハンター達の掟に考慮した面もある。

 ともあれ無事に決死隊は編成され、すぐに街に行くべく決死隊は集落を出発し、樹海の中を疾走し始めた。

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 集落を出発してから早四日。決死隊はこの辺で唯一海岸に繋がる急角度な坂を駆け下りて疾走する。

 四日間も樹海内を疾走しているだけあって、体力も限界に近づいている。

 だが、休んでいる暇など無い。こうしている間に、自分達の故郷にモンスターの魔の手が伸びているかもしれないからだ。

 

「み、見えたニャッ! 海岸だニャッ!!」

 

 と、一匹のメラルーが歓喜の音色を響かせながら叫んだ。

 その声につられ、他の3匹のアイルー達もその方向を見る。

 そこには、白い砂が視界一杯に広がる大地に大量の海水が風によって波打ち大地に運ばれる――間違いなく海岸と呼ばれる風景が広がっていた。

 その光景を見た決死隊4匹は力を振り絞りながら走り、そして砂浜へと転げ落ちた。

 

「ハァッ! ハァッ! ハァッ!」

 

 誰もが砂浜に仰向けになり、荒い息を吐き続ける。立ち上がる者は、いない。

 四日間走りっぱなしでいたのだ。体力的に限界だったのであろう。

 そうして、数分間の間決死隊4匹は気持ちの良い砂浜に寝転んでいた。

 

「はぁ……はぁ……ああ、何か眠くなってきたニャ……」

 

 サラサラの砂浜に寝転び、気持ちの良い日差しを浴び更に極度な疲労のためか、1匹のアイルーがそう口を溢した。

 それに対し、この決死隊の隊長である白黒ぶちのアイルーが叱責を飛ばした。

 

「お、お前の気持ちは良くわかるが、それはこの任務が終わってからにしろ。今は船を作らなきゃならんのだ」

 

 隊長のアイルーはそう言うと、疲れた身体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。

 しかしその足はプルプルと震えており、生まれたての子鹿のような形相を晒しだしている。

 だが、隊長のアイルーはそれを無理やり押さえつけ立ち上がった。

 

「さあ皆! 立つんだ!」

 

 隊長がそう急かす。

 それに対し、他の隊員たちは体の疲れによってフラフラになりながらも立ち上がった。

 皆、こうなることは分って志願したのだ。この程度の困難ではビクともしない。

 

「よぅし! まずは木を切るぞ! 適当な大きさの木を選べ!」 

 

 隊員達を鼓舞するようにわざと大声で支持を出す。

 そしてそれに答える返事をし、すぐさま作業に取り掛かろうとして。が――

 

「た、隊長……アレを……」

 

 ふと、メラルーが隊長の後ろを指差しながらそう言った。

 見れば、他の2匹も目を丸くしている。

 

――俺の後ろは、確か海だったな。

 

 だったら一体何が……そう思った隊長は勢い良く後ろを振り返り――目を丸くした。

 

「あ、アレは……」

 

 隊長は小さくそう呟く。

 その視線上には、海上に浮かんでいる中型の帆船の姿が捉えられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新種に逃げられた事によって陸上、海上をくまなく捜査しているギルドであったが、一向に成果を上げられない事実に、苛立ちを募らせていた。

 そして遂にギルドは捜査範囲の拡大を決定。更なる巨費を投じてギルドは捜査の続行を決断した。

 そしてその捜査の任務に就いていたギルド調査船『ミネルヴァ』とその船員と調査員達は、その拡大した捜査範囲へと駆り出されていった。

 

「右舷、左舷、後方、前方、異常な~し」

 

 見張り台に登って周囲を監視していた船員の独自な声がミネルヴァに響き渡った。

 その声を聞きながら船員が船をモップで掃除をしていたり、マストを手馴れた手つきで操作をしている。その何れも海の男と言われるような肌を黒くした屈強な男達であった。

 そんな中で、この場には似つかない格好をした二人の男女が甲板に出て陸地を眺めていた。

 この二人の服には、ギルド調査団の印であるワッペンが縫い合わせてあった。

 

「しかし、船の中というのは退屈ねえ……」

 

 ふと、気だるげな様子で女が呟いた。

 それに対し、男が返事をする。

 

「こればかりは仕方ないさ。それにこの仕事に入ったからにはこういう事態も想定していただろう?」

 

「そりゃあそうだけど……こうまで退屈な物だとは思わなかったのよ」

 

 女はそう言うと、左手で右手首を掴み腕を上げて背伸びをする。

 港から出航してから早二週間。ミネルヴァは何の手がかりも得ることができずただ無駄に時間を浪費していた。

 初めは高かった調査員や船員の士気も次第に下がり始め、更には食料などが少なくなってきている。

 

「まっ、この付近には新種はいないんだろうよ。運が悪かったな。それと、もう食料が尽き始めているらしいから明日にでも帰港するって話だぜ」

 

「あら、それは朗報ね」

 

 男の話を聞き、少し歓喜の音色を響かせながら女は答える。

 船という閉鎖空間の中で長期滞在するというのは予想以上に疲れるものだ。

 食事は保存食ばかりだし、寝床も粗末だ。

 そして何より、娯楽が極端に少ない。娯楽らしい物といえば、本を読むか人と話すかの二つぐらいしかない。女はこの調査で既に同じ本を何十回と読み直している。そんなに気が長くない女としては、一刻も早く船から降りたかった。

 

「船から降りたらまずは、潮の臭いを落とす為にお風呂に入りましょう。そしてとびっきりに美味しいご飯を食べて、それから……」

 

 もう既に帰港した時の計画を立てている女に、男は苦笑いをする。

 まあ、自分も長い船での生活にはうんざりしているが……

 そんな事を思いながら再び視線を陸の方に移すと、砂浜付近に何かが動いたような気がした。

 

(……うん?)

 

 はて、見間違いだろうか?

 目をゴシゴシと擦り、再び砂浜を見る。

 そこには、自分達に手を振りながら何かを叫んでいるアイルーとメラルーの姿があった。

 

「な、なんだぁ?」

 

 思わず男は声を上げる。

 その声に現実に戻された女も砂浜を見、目を丸くする。

 

「あれ、なにかしら?」

 

 女がアイルー達を指差しながら男にそう尋ねる。

 

「さあ、一体何がしたいんだアイツらは?」

 

 そう言いながら、男は思考する。

 何故あのアイルー達はああも自分達の船に手を振るのだろうか。

 たまたま出会って挨拶をしているのとは思えない。挨拶ならばああも必死に手を振り跳躍し叫ぶ筈が無い。

 ならば、あのアイルー達は自分達に何かを伝えようとしているのではないか?

 

「ちょっと船長にボートを出してもらうよう言ってくる」

 

 そこまで考え付いた男は、自然とそう口にし船長室へと歩き出した。

 それに女は慌てて離す。

 

「ちょ、ちょっとっ! まさかあの子達の所に行く気なの!?」

 

「ああ、どうも気になることがあってな。

 それに、なんだか胸騒ぎがするんだよ。会っておかないと損するってな」

 

 男の言葉に、女は呆れた顔をするが、特に止めようとはしなかった。

 女としても、ちょっとした騒ぎを望んでいたのだ。

 

(さて、吉と出るか凶と出るか)

 

 男はそんな事を思いながら、船長室へと足を運んだ。

 

 

 

――そして、結果が大吉であったと知ることにそう時間はかからなかった。

 

 

 


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