三脚の悪魔   作:アプール

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第20話

「そんなこと、出来る訳がないニャッ!!」

 

 とある樹海のある洞窟に作られた集落の集会所に、ある一匹のメラルーの叫び声が響き渡った。

 その集会場には数十もの猫数が集まっていたが、誰もが呆然とした様子で立っていた。

 しかし、叫び声で我に返った者たちは、そのメラルーの言葉に賛同してか「そうニャそうニャ」と声を荒げながら同意の言葉を口走る。

 

「静粛に!!」

 

 しかし、それは長老の戒めるような言葉によって鳴りを潜めた。

 

「……お前達の気持ちも、私は良く知っている。だが、それでもこれはやらなければならないのだ」

 

「そんニャっ!」

 

 長老の無慈悲な言葉に、数匹のアイルーとメラルーが悲鳴を上げる。

 

「いくら未知のモンスターが現れたからといっても、この集落を捨てるなんてやりすぎだニャッ!!」

 

 別のアイルーの言葉に、またもや賛同した者たちから「そうニャそうニャ」と野次が飛ぶ。

 その光景を、長老は今度は深々と見つめている。

 

(……やはり、一筋縄ではいかんか)

 

 未だに飛び続けている野次の声を聞きながら、長老はため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、集落の者たちは不安であった。

食料調達班の二人が負傷。確かに、食料の調達はこの樹海では危険だが、食料調達班の班員は誰もがこの樹海を熟知しており、また戦闘技術も優秀でランポス程度なら楽に蹴散らすことが出来た。

 そのため、誰もが不測の事態が無ければ食料調達班が無事に帰ってくるだろうと予想していたが、結果は二人が負傷した。

 誰の目にも明らかに不測の事態が発生したと、集落の者たちは感じた。

 一体何が起きたのか。それを突き止める猫々は班員に詰め寄ったが、現れた長老が班員の心理状況を配慮して早々と帰宅させたため明確な情報が行き渡って来なかった。

 更に長老は班員の自宅を訪問することを禁じたため、情報が全く無い者たちは各自で集まり憶測が飛び交い、そしてその行為によって不安がよりいっそう深まってしまうなどの悪循環に陥ってしまった。

 不安は消えぬ。しかし解決策も無いので集落の者たちは日々の生活を過ごし、一日を終えた。

 

 そして翌日、各家庭の扉を叩く音が響き渡った。

 扉を開けると、そこには伝達班のアイルーが立っており、こう告げた。

 

「朝食を済ませた後、代表を決め速やかに集会所へ集合せよニャ」

 

 この言葉を聞き、全ての者は思った。昨日の件の事だと。

 情報が統制されており、現状が全く分からず不安になっていた集落の者たちはそれをすぐに受諾し、朝食を素早く済ませると集会所へと歩いていった。

 数十分後、集会所には数十猫もの数が集まり、あちこちでこれから何が起こるのかという雑談があちこちで繰り広がれていた。

 

「諸君、忙しい中集まってもらってすまない」

 

 そこに、長老がやって来た。

 集まっていた猫々は長老の姿を見るや座っていた椅子から立ち上がり、長老を出迎えた。

 そして長老が前に立ち、座れの号令を出すと一斉に座りだした。

 

「さて、余計な前置きはおいといて、諸君らに集まってもらったのは他でもない。昨日の食料調達班の件に付いてだ」

 

 長老の言葉に、集まっていた猫々は『やはり』といった表情を作った。

 誰しもが、この集会所へのやりとりを予想していたのだ。

 そして長老はその予想に答えるように言葉を続ける。

 

「情報が行き渡っていないため、様々な憶測が飛び交っておるが、無闇に皆を不安がらせるような真似はしないでもらいたい。

 そこで、現状で判明した事と、それらに対する対処法をここで説明する」

 

 長老がそう言い終わると、何猫もの猫数が身を乗り出し、早く早くと急かすような体勢をとる。

 まともな情報が廻ってこなかったため、一刻も早く鮮明な情報が聞きたかったのだ。

 それが、絶望の報告である事も知らずに。

 

まず、長老は食料調査団の身に起こった経緯について話し出した。

 初めは特に何も無く、順調であったこと。

 しかし、突如として現れた巨大な未知のモンスターが現れたこと。

 そしてまた突如として現れた古龍であるオオナズチが手も足も出せずに未知のモンスターのブレスで”消滅”させられたこと。

 二人の負傷は、その未知のモンスターの脚の風圧によって吹き飛ばされた際に出来たものなど。

 全てを、話した。

 

長老が語り終えた時、集会所は静まり返っていた。

 長老の話があまりにも奇想天外であったため、どう反応していいか誰も分からなかったからだ。

 しかし、一つだけ分かったことはあった。事は予想に反して深刻であるということだ。

 静まり返っていた集会所も時が経てばしだいに活気が付き、何猫かの猫々が顔を合わせひそひそと話をし始める。

 そしてそのタイミングを見計らったかのように、長老が再び口を開いた。

 

「先ほど述べたように、今は非常にまずい現状である。古龍であるオオナズチを倒すほどの相手に、我々が勝てる道理は無い。そのため、私が考える上だ最善の対処法を伝える」

 

 長老の言葉に、幾度との猫が身を乗り出した。

 長老は我々とは比べ物にならないほどの知性を持っている。その長老が言う”最善の対処法”ならば、きっと素晴らしいものなんだろうと。

 ――がっ。

 

「この件に関する最善の対処法は――――この集落を捨て、新天地を目指すことだ」

 

 音が、消えた。

誰もが、長老の言っていることの意味が分らなかった。

 ”この集落を捨て、新天地を目指す”

 この言葉が脳内に反復し、徐々に浸透し始める。

 

「……えっ?」

 

 一猫が、声を漏らした。

 その声は震えており、明らかに動揺が含まれていた。

 まるで、聞いてはいけない内容を聞いてしまったかのように。

 

「もう一度言う。我々はこの集落を捨て、新天地を目指す」

 

 長老が再確認させるように淡々と告げる。

 今度は、誰もがその内容を理解した。

 そして、何かの聞き間違いだと思っていた猫々の希望を、粉々に粉砕した。

 

「そんなこと、出来る訳がないニャッ!!」

 

 と、突如に脳内の沸騰点が切れたかのように絶叫を上げたメラルーが勢い良く立ち上がった。

 その顔は、苦痛に満ちていた。

 信じている者に、裏切られたという顔を。

 そして、それを境に集会所は騒音に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「長老は一体何を言い出すニャ! 遂にボケてしまったかニャッ!?」

 

「我々が先祖代々受け継いできたこの地を去ることなど、ありえないニャッ!!」

 

 罵倒が、飛び交う。

 ある者は怒りに任せ、ある者は悲しみに堪えきれず声を上げる。

 そしてその罵倒の一切を受け止めている長老は、この状態を予想していたのか己の罵倒にも一切の反応を見せず、冷静に言葉を紡ぐ。

 

「確かに、我が一族の由緒正しき故郷を離れるのは、私も心苦しく思っている。しかし、だからと言って我が一族の身を危険に晒す行為を承認するなど、私には出来ない」

 

 長老が静かに、しかし力強くそう述べる。

 それに対し、猫々は反論した。

 

「我々の身体は小さいニャ! いくら未知のモンスターが視力以外の索敵能力を持っていたとしても、発見は容易ではないニャッ!!」

 

「そもそも、そういった事態を防ぐ為にこういった洞窟に集落を作ったのニャ! 仮に見つかったとしてもその大きさならばこの洞窟には入ってこれないニャ!!」

 

「第一に、未知のモンスターがこの付近に居座るという根拠が無いニャッ!! ただ現れたからというだけで移住するなど早計だニャ!!」

 

 ニャーニャーと大声で騒ぎたてる猫々。しかし、一応理にかなっているため性質が悪い。

 だが、それでも長老は孤立無援の状況に陥りながらも皆を説得しようと言葉を続ける。

 

「逆に、未知のモンスターがこの付近に居座らないといった根拠はどこにある? 容易に見つからないといった根拠はどこにある?

 私は、そんな楽観的な内容を信じてみすみす自ら地獄に飛び込んでいく愚行を犯す気などさらさら無い」

 

 若干棘が刺さった言葉を言い放つ長老。

 その態度に猫々も頭に血が上り、「屁理屈を言うニャ!」と叫んでいく。

 集会所には熱気が篭り、猫々の感情が高まり頭や身体が熱くなる。 

 こうなってしまえば、判断力が鈍くなってしまいまともな回答が帰ってこない。

 一触即発の気配が周囲に漂う。

 

(まずいな……)

 

 長老は先ほど言い放った言葉を少し後悔した。

 周囲から罵倒されたことによって少し棘が刺さった物言いになってしまったが、それが火に油を注ぎこむ結果となってしまった。

 何とか皆の高ぶっている感情を静まらせたいが、容易にできるものではない。

 

(早く説得せねばならんのに……っ!)

 

 長老はなんともならない現状に苦虫を潰したような顔をする。

 そしてその顔を見た猫々が、長老を追い込んでいると勘違いし更に攻め立てる。

 

――もう、どうにもならない

 

 そんな考えが長老の脳内に浮かび上がった。が、その時――

 

―――ドシン……

 

 僅かだが、足元が揺れた。

 もしや地震か? と長老は思った。

 だが、もしかするとこれはチャンスかもしれない。

 地震で揺れれば熱くなっている頭も冷めるだろう。そう考え付いたのだ。 

 

―――ドシンッ

 

 また、揺れた。

 今度はさっきよりも少し大きめの振動であり、民衆の中には異変に気がついた者が出始めた。

 これで高ぶった感情も冷めてくれるか。と、長老は薄く笑った。

 

―――ドシンッ!

 

 振動は更に力強く、そして規則的に振動は続く。

 そして長老は、この地震に違和感を感じた。

 最初は弱く、次第に強くの振動はありえるが、普通の地震はここまで規則的に揺れることなどありえない。

 これではまるで、そう。生き物の足音のような――

 

「っ!?」

 

 そこまで考え付くと、長老の顔は驚愕に変わった。

 そう、推測してしまったのだ。今起きているこの現象を。

 

―――ドシンッ!!

 

 振動は、もはやそれこそ地震かと錯覚してしまうほどの大きさとなった。

 震度自体はそれほど高くない。精々震度3

 しかし、地震のそれとは異なる規則的な振動はかえって民衆のパニックを引き起こす。

 

「この振動は一体なんニャッ!?」

 

 あちこちで悲鳴が上がり、中には身の危険を感じいち早く家族の下に駆け戻ろうと集会所の出口へと走っていくアイルーやメラルーの姿も見られる。

 もはや、頭を冷やすどころの騒ぎではなかった。

 

あちこちで阿鼻叫喚な光景が繰り広げられている中、長老は身じろぎ一つせず、ただ呆然と佇んでいた。

 違和感は憶測へと変わり、憶測は確信へと変わる。

 地震では、こんな現象は起きない。では、今起きている現象は一体なにか?――

 長老が思い当たる節は、一つしかなかった。

 

(まさか、そんな。いくらなんでも早すぎる……)

 

 未知のモンスター襲来。

 それはあまりにも突然で、予想することが出来なかった誤算。

 長老の胸中に、絶望感が渦巻く。

 

―――ドシンッ!!!

 

 再び振り下ろされた足音は、まるでこの集落を地獄に叩きつけるぞと言わんばかりの振動を与える。

 あまりの強さに、体重の軽い子供は宙に弾き飛ばされてしまうと思うほどだ。

 

「ぜっ、全員その場に蹲れ!! 物音一つ立ててはならんぞっ!?」

 

 すぐ傍にいる。そう感じた長老は集会所にいる猫々に向かってそう叫んだ。

 もしかしたら未知のモンスターは音を聞き分けているのかもしれない。長老は咄嗟にそう考え付いたのだ。

 そしてその長老の声に意義を唱える者は居らず、全員が床に蹲った。

 そして数分間の間、激しい振動を身を固めてじっと耐えていたが、突如としてその振動が途絶えた。

 

「……ど、どうなったニャ……?」

 

 恐る恐るといった様子で、一匹のアイルーが顔を上げながらそう呟いた。

 そしてそれに反応してか、他の猫々も顔を上げる。

 振動は、起こらない。

 不可解な現象に、誰もが顔を合わせた。

 

「一体何がどうなっているのニャ……?」

 

 そう言いながらある一匹のメラルーが立ち上がり、外の様子を伺おうと扉までぎこちなく歩いていく。

 と、その時――

 

――ギニャアアアァァアアァア!!?

 

 絶叫が、響き渡った。

 声の方角からして、その場所は洞窟の入り口――

 

「何事ニャッ!?」

 

 その絶叫を聞き、弾き飛ぶように猫々が出口に殺到していく。

 誰もが非常事態が起こったと悟り、声の元に駆け寄ろうとする者や臨戦態勢をとるために武器庫に走る者など、その様子は様々だ。

 そしてその様子を、長老は力なく座りながら見送った。

 

 事態は、己が想定する中で最悪の方向に進んでいる。

 長老は、あの声の持ち主には見当が付いていた。

 あの声は、今日の門番の担当であるアイルーの声だ。

 この集落の門番は、モンスターを見つけたら速やかに報告に来るようにと言いつけてある。そのため、あのような絶叫は絶対に出さない。もし出してしまえば、発見される確率が大幅に上がるからだ。

 しかし、あの門番は絶叫を出してしまった。彼の素行はすこぶるよく、普段ならあのような失態は犯さない。と言うことは……

 

(見つかって、しもうたか……)

 

 長老は、これから起こるであろう悲劇を想像し、身を震わせることしか出来なかった。

 

 




 す、スランプが酷い……構想は立てているけど達筆が進まない……
 あとシムシティが超おもしろい……
 あのポコポコ出てくる超高層建築群を眺めるのを止められない……

 そして被災者の方々に、黙祷。

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