――朝起きたらトライポッドになっていました。
こんなことを聞いたら全ての人がこう思うだろう。『お前は何を言っているんだ』と。
俺もそう言う自信があった。こんな姿になる前は。
(一体何がどうなってるんだ)
そう思いながら俺は自分の身体を見つめる。
俺の身体は普段から慣れ親しんできた人間の姿ではなく、全高数十メートルの火星兵器、『トライポッド』になっていた。
目が覚めたら辺りが真っ暗で、まだ夜かと思っていたら身動き一つ取れない状態になっていた。それはまるで身体が地面の中に埋まっているような感覚だった。
一瞬でパニックを起こした俺は、とにかく身体を動かそうともがきにもがき、崩れた土から光が見えると、とにかく上に出ようとした。
暫く外に出ようともがいていると、足が外に出たと感じたため、起き上がりやすい位置に足を移動させ、一気に身体を上に持ち上げた。
期待どうりに外に出た俺は安堵したが、直に異変に気づいた。
身長が異様にでかいのである。それも数メートルじゃない。数十メートルはあろうかという高さだ。
驚いた俺は自分の身体を見て、絶句した。
人間の身体ではない。しかし、この姿には見覚えがある。SF小説の巨匠H・Gウェルズが書いた傑作小説、『宇宙戦争』に出てくる火星兵器。通称『トライポッド』――と言っても映画版の姿だが――に俺はなっていた。
驚いた俺は思わず絶叫を上げてしまった。周りに重低音の音が響き渡る。それを聞いた俺は「あ、声も映画と同じなんだ。」と現実逃避なことを考えていた。
(さてはて、これからどうしようかねぇ)
そう思いながら俺はこれからの事について考える。
今俺がいる場所はかなり深いジャングルに覆われており、南の方角には海岸があり、沖のほうには小島がポツンとある。ここが地球なら恐らくは南米か東南アジア辺りだろうがここが地球とは限らない。
さらに不味い事に、俺は言葉が喋れなくなっているのだ。
言葉は知的生物とのコミュニケーションをとるためには必須と言われるほどの重要な分野だ。万が一この世界に知的生物がおり俺が発見された場合でも言葉を話せればまだなんとかなったかもしれない。
しかし、俺には口が無い。声を出そうとすると何処からともなく重低音の咆哮が響き渡るだけだ。これでは第三者からすればただ威嚇をしているようにしか見えない。
まあ、それは知的生物に見つかったときの話。この世界に知的生物がいるかは分らないが、いた場合は非常に厄介な事になる。日々命を狙われながら生きていくなんて御免だ。とにかく、いまはこのデカイ図体が隠しきれるような隠れ場を探さなければ。これからの事はそれから考えよう。
そう思い俺は自身が発する独自の機械音を周りに響かせ、周囲にある木を薙ぎ倒しながら移動を開始した。
……地味に俺この機械音好きなんだよね。
海岸都市『カルパンドラ』 白色の石造りの優雅な建物を基調としたこの美しい都市は海上貿易が盛んに行われ、新大陸から入ってくる珍しい品物が数多く揃っており、商業が非常に発達している金融都市である。
しかし、カルパンドラの付近にはテロス密林という大規模な熱帯雨林が生い茂っており、そこから出てくるモンスター――リオレイア等がカルパンドラに襲い掛かって来るという事件も発生している。
そのため、カルパルドラを防衛するために数多くのハンターが現地で生活をしている。
周囲は対モンスター用の城壁に囲まれ、大砲やバリスタなどの対モンスター兵器が数多く並べられている。カルパンドラは金融都市であると同時に城壁都市でもあるのだ。
そんなカルパンドラのハンター達が集う集会所は、何時もと変わらぬ光景を作り出していた。
食事をとる者や酒を飲みながら戦友達と陽気に話す者。どのクエストを受けようか掲示板に突っ立っている者などどこの集会所でも見られる光景だった。
しかし、突如にその光景をぶち壊す者が現れた。
ある人物が集会場のドアを乱暴に開けて入って来たのだ。周りにいたハンター達はいきなり大きな音がしたため何事かとその人物へと振り向く。
「ん?……エリサじゃないか。一体どうしたんだ? そんな顔して?」
仲間達と雑談をしていた男の一人が入ってきた人物――エリサに向けて話しかける。
一方のエリサは目を見開き、顔を青くして冷や汗をダラダラと流しながらその男に近寄った。
「カロン兄さんっ…大変よ、大変なことが起こったのよ!!?」
エリサはそう言いながら男――カロンに掴みかかる勢いで迫った。
普段とは様子が違うエリサに若干戸惑いつつも、カロンはエリサに問いただした。
「大変なことだって? 一体どんな事が起こったんだ?」
カロンがそう言うと、エリサは周囲が仰天するような衝撃的な内容を大声で放った。
「モンスターよ!! 新種のモンスターを見つけたのよ!!」
「ふぅむ。それで、エリサ君は身の危険を感じここに逃げ帰ってきた。という訳かね?」
「は、はい」
何と言う事だ。と、ギルドマスターはそう思わざるを得なかった。
昼ご飯を食べ終え、午後の分の仕事をしている時、ギルドマスターの耳に騒ぎ声が聞こえてきた。
それを聞いたギルドマスターはまた喧嘩が起きたと思い、諌めようと部屋から出て、受付の方に移動した。
受付の所に顔を出すと、そこには男性ハンターに詰め寄り顔を青白に染めながら何かを喚き立てる女性ハンターの姿があった。
喧嘩とは思えない様子に、ギルドマスターは何か嫌な予感がすると感じた。
とりあえず喚き立てている女性に近づき、一体何をしているのかと尋ねた。すると、思いもよらない答えが返ってきた。
――新種のモンスター発見
これを聞いたギルドマスターは嫌な予感が的中したと感じ、すぐさま事情を聞くべくその女性ハンターを自分の部屋へと連れ出した。
女性ハンターを椅子に座らせ、自己紹介をした後ギルドマスターはまず新種のモンスターの姿を聞いた。本当に新種なのか確かめるためだ。
エリサ曰く、ソイツは地面の中から出てきた。色は銀色で全高はおおよそ50メートル。頭にはひし形の甲羅のような物をかぶっている。顔らしき部分の真ん中に大きい目と左右に小さい目、合わせて3つの目がある。脚の付け根部分には多数の触手が生えている。脚は胴体部分に3本、さらにその脚からまた3本生えており合計9本の脚がある。これまでのモンスターに無理に当てはめるならシェンガオレンが一番近いなど。
以上がエリサが伝えた新種のモンスターの情報だった。
確かに、色が銀色で三脚のモンスターなど聞いたことが無い。もしかしたらシェンガオレンの亜種という事も考えられるが、現時点では分らない。
いや、一つ分ったことがある。想像以上に事が大きいということだ。
全高50メートルとなればシェンガオレンよりも大きい。さらにシェンガオレンは決まった通路しか通らないため対策は比較的簡単だった。しかし新種のモンスターがそうだとは限らない。
カルパンドラは対モンスター用の防御兵器などは揃っているがそれはあくまでもリオレウスなどの大型モンスター用だ。超大型モンスター用の撃龍槍などの兵器は装備されていない。
さらには新種のモンスターの弱点すら分っていない状態だ。奇襲を受ければ最悪の場合カルパンドラは陥落していたのかもしれない。
「とりあえず、テロス密林には調査隊を送るかのう。と言うかそれ以外にする事が無いな。
エリサ君、報告ご苦労であった。君のお陰で少なくともカルパンドラがそのモンスターに奇襲を受けると言った事は無くなった。君にはギルドから恩賞が与えられるだろう。」
「ええっ!? 本当ですか!?」
目をキラキラ輝かせながらそう言うエリサにギルドマスターは苦笑いしながら頷く。
途端にエリサは歓喜の声を上げた。新米ハンターのエリサにとっては思ってもいない収入だ。しかもギルド直々の恩賞。これはかなりの額になるだろう。
そんなエリサを苦笑いしながら見るギルドマスターは、これからの事について考えていた。
恐らくは数週間は緊迫とした仕事をする事になるだろう。最悪の場合新種のモンスターがカルパンドラに襲ってくる可能性もある。それに備えるための器材の調達や防衛戦に対する会議など、ギルドマスターの仕事は実に多忙だ。
――ああ、また睡眠時間が三時間未満の日々か続くのか。
いまだに乱舞しているエリサを尻目に、ギルドマスターはため息を着いた。