三脚の悪魔   作:アプール

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第19話

「……長老、いくらニャんでもそれは……」

 

 リーダーのアイルーは、長老の口から出された言葉に難色を示し、呻いた。

 長老の口から出た言葉は、『この集落を捨て、新たな集落を築く』というものだった。

 

「分かっておる。しかし、こうしなければ最悪集落そのものが無くなってしまう恐れがある。それは君も良くわかっている筈だ」

 

「……」

 

 長老の言葉に、リーダーのアイルーは押し黙った。

 分かっているのだ。誰よりも先に未知のモンスターの脅威を目の当たりにした自分には。

 だが、それでも、自分の生まれ育った故郷を捨てるなど、理屈では理解しても感情は抑え切れなかった。

 

「……何とか、ならないのでしょうかニャ?」

 

 無駄だと知りつつも、リーダーのアイルーは縋るように長老に言う。

 

「私の……みんなの故郷を捨てるなんて……そんな、あんまりですニャ……」

 

 悲痛な顔持ち嘆き、うな垂れる。

 その光景に、長老も苦い顔をしながら見ている。

 だが、そんな事をした所で、何も変わらない。

 沈黙が、部屋中を支配する。

 

「……生きている者、必ず別れがある」

 

 と、突如長老がリーダーのアイルーに語り始めた。

 

「私もね、何度も別れを見てきた。両親、友人、そして若者。これも自然の道理だといえばそうなんだがね……

 だが、それと同時に出会いもまたある」

 

 そこで一旦区切り、一息置いてまた語り始めた

 

「別れは、凄く悲しい。だが、出会いはとても嬉しい。私の息子が生まれてきた時はそれはもう嬉しかった。孫も、また同様だ。

 ――私達はね、その子らのために未来を作らなければならないんだよ。

 確かに、今は凄く悲しいだろう。だが、それによってまた一つ笑顔が作られるのだ。こんなに嬉しいことは無い。

 ――だから、我々はこの危機を乗り越えなければならない。

 一時の感情で、我々の部族を滅ぼしてはいかんのだ。

 全ては私の、そして君の息子の未来のために」

 

 長老はそう言い終わると、リーダーのアイルーをじっと見つめた。

 リーダーのアイルーはというと、長老の言葉に甚く感服している様子であった。

 

「長老……私が、間違っておりましたニャ」

 

 リーダーのアイルーはそう言うと、長老に向かって頭を下げた。

 しかし、その肩はフルフルと震えており、手は裾を力強く握り締めている。

 

――やはり、理性では理解しても感情は中々納得せんか

 

 長老はリーダーのアイルーの姿を見て、そう思った。

 だが、いずれは納得し、それを受け入れる日が来るだろう。

 環境とは、そういうものだ。

 

「まあ、いきなり納得しろといっても無理な話だ。今日一日じっくりと考えてくれ。」

 

 長老はそう言うと、木椅子から立ち上がった。

 今の状況では、自分が居るよりも一人で悩ませ、考えさせたほうが好ましいと判断したからだ。

 

「それでは、私はこれで失礼しよう。邪魔をしたな」

 

「いえ、邪魔だなんてそんな……こちらこそ、有意義な話をありがとうございましたニャ」

 

 そう言って再び頭を下げるリーダーのアイルーを見て「うむ」と声を上げると、長老は扉を開け、病室から出て行った。

 

(ふぅ……)

 

 病室から出た長老は、内心でため息をついた。

 

(アイツは何も問題はないだろう。仮にも”リーダー”を務めている男だ。頭の回転はどの同期よりも優れている。だが……)

 

 長老は今後の事に対して頭が重くなるような錯覚にとらわれた。

 リーダーのアイルーの説得は、彼の頭が常猫よりも優れており、更には未知のモンスターの実物をその目で見ていたから成立したのだ。

 樹海という閉鎖空間に住んでいる一般のアイルーやメラルー達には、話を聞いただけでは未知のモンスターがどのような姿をしているか、またどれほど脅威なのか想像することが難しいだろう。

 そのため危機感が薄く、長老が言う”移住案”にはそう簡単には納得しないだろう。

 

(全く、どうしてあんな奴がこんなちんけな辺境にやってくるのかのぉ……)

 

 いや、ちんけだからこそ来たのかと長老は考えた。

 確かに、この樹海は地形が厳しく、地理的な要因で文明等という知的生物が生み出したものなど一切無い。

 だが、それがどうしたというのだ。

 そんなもの、ここには必要ない。

 それ故、この樹海にはモンスターが溢れている。

 アプトノスしかり、ランポスしかり。

 そして、それらのモンスターを求めて大型モンスターも数多く住み着いている。

 人間にとって、この樹海は地獄だ。だが、それがあの未知のモンスターであったとすれば?

 あの古龍であるオオナズチさえも全く手も足も出せずに消滅させたモンスターだ。あれ程の力を持つ未知のモンスターならば、この樹海は巨大な”食料庫”だろう。

 何せモンスターは無尽蔵かと錯覚するほど溢れているのだ。

 食料を求めてここに来るのも不思議ではない。

 

(食料だけを求めてくるのなら、良いのだがな……)

 

 あの巨体だ。それ相応の食料が必要だろうと長老は考えた。

 確かに、食料として見るのならば小さくて捕まえにくい獣人種よりも、アプトノスなどの比較的大きくて捕まえやすいモンスターの方が遥かに効率が良い。

 

 ――だが、未知のモンスターが食料としてだけモンスターを捕まえると言う保証は無い。

 

 人間や獣人種が”楽しい”という感情があるように、未知のモンスターも”楽しい”という感情があるだろう。

 人間や獣人種はその楽しいという感情を会話や遊びなどといった娯楽で発散させているが、未知のモンスターにそんな事が出来るわけがない。そして未知のモンスターには独自の娯楽があるのであろう。

 そしてその娯楽によって、集落が壊滅してしまうという事態も大いにありえる。

 事実、他のモンスターが自らを楽しませる為に人里を襲撃する話は珍しくも無い。

 この集落の先祖達はそうならないように集落をこの洞窟に作ったのだが、あの未知のモンスターにはどこまで通用するのか分からない。

 もし楽観視して見つかったりでもしたら、もう取り返しが付かないのだ。

 

(さてさて、この老躯の身にはちょいと辛いが、最後の大仕事といこうかのぅ……)

 

 長老はそう固く決意し、医療所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オオナズチを消滅させた俺はその後、予定通りまだ未測量な場所に行きその地形を測量して一日を過ごした。

 そしてその翌日、何時ものようにアプトノスを数匹捕らえ生血を吸い上げ朝食をとった俺は、また新たな熱反応の姿を見るために行動を開始した。

 その熱反応は結構近くの所に居るが、身体がかなり小さく全体像が計りきれない。

 また同じような体温をした固体が集まっている所を見ると、その熱反応の奴は集団で生活をするモンスターであると推測できる。

 だが、樹海で集団で生活をするモンスターなど、俺の見てきた中で他に存在するのだろうか?

 樹海に生息するモンスターは大型モンスターを除き基本的にテロス密林で生息しているモンスターと変わらない。

 アプトノスしかり、ランポスしかり。

 まあ、この樹海は俺が知っている樹海とは違うからモンスターも違うのだろうと言われればそれまでだが、それでもその違うモンスターの姿がからっきし分からない。

 そうして考えているうちに、俺はある仮説へとたどり着いた。

 

(もしや、ゲーム内で描写されていないモンスターがここには存在しているのか)

 

 ありえる。と、俺は思った。

 この世界はゲームであるモンスターハンターの世界と酷似している。

 しかし、全てが同じだという保証は何処にもない。

 というか、俺というイレギュラーいるのだ。間違いなくここは俺の知っているモンスターハンターの世界ではないだろう。

 

(むふふ、一体どんな姿をしているモンスターだ?)

 

 俺は薄く笑いながらその熱反応のある場所に近づく。

 もしかしたら、全く未知のモンスターに会えるかもしれない。

 モンハン開発者さえも目にしたことが無いモンスターに、この俺が会えるのかもしれない。

 そのことで、俺の胸が否応にも高まってくる。

 

 そして高揚する気分を抑えつつ歩くこと20分。俺はその熱反応を発している場所にやって来た。

 その場所は10mほどの崖となっており、断層には茶色い土が露となっている。

 が、俺にとってそんな物は障害物にすらならないためさほど気にならず、熱反応を発している対象物を探すために触手を展開させ、レンズを取り出した触手を熱反応がする場所に近づける。

 

(うん? おかしいな?)

 

 俺は触手から送られてきた光景を見て首を傾げた。

 触手から送られてきた光景は木や雑草しか映っておらず、モンスターなど何処にもいなかった。

 試しに槍を取り出した触手でその熱反応のある場所を突き刺してみたが、オオナズチと違い今度は土の感触しかしなかった。

 

(どうなってんだこりゃ?)

 

 俺は熱反応はすれど姿が見えない対象物に再度首を捻る。

 姿を消すモンスターならば先ほど突き刺した触手によってしとめる事は出来るだろうし、まさか本当に熱探知機が故障したのか?

 俺はそんな事を本気で考え始めたが、ある違和感を感じてそれを消し去った。

 

(……いや、良く見るとコイツら地中にいるな)

 

 俺は上から見るのではなく、横から見ることによってその違和感が解決した。

その対象物たちは崖の下のほうで蠢いており、地中で生活をしているということが確認できる。

 

(まいったな、流石に地中となると厳しいな)

 

 俺はそう思いながら唸る。

 地中となると、俺では手が出せない。

 一応光線兵器で崖を吹っ飛ばすという選択肢もあるが、威力がありすぎるため原型を留めないくらいグチャグチャにしてしまうかもしれない。

 いや、原型を留めないのはまだマシな方か。下手したら原子レベルにまで分解されてしまうかもしれない。

 

(う~む、どこかに穴でも開いてないのか?)

 

 俺は崖の上を捜索していた触手を呼び寄せ、今度は崖の断層を捜索し始める。

 相変わらず断層は茶色く、そして多少デコボコしているが穴らしきものは見当たらない。

 そんな光景にもめげずに俺は穴が開いてないか捜し求め始めたが、途中であることに気がついた。

 

(……あそこに熱反応があるな)

 

 その場所は草に覆われており目視できないが、熱探知機では断層の近くに一つの熱反応が確認できる。

 その熱は地中で蠢いているものとほぼ同じ温度であり、大きさも同じだ。ただ、小さくて潰れてしまっているためどのような外見かは確認できないが。

 もしやそこに何かがあるのか。そう考えた俺はレンズの触手をその場所に動かし、草を掻き分けてその場所を見た。

――――すると

 

「ギニャアアアァァアアァア!!?」

 

 

 二本足で立っている、猫の絶叫が響き渡った。

 

 




 ストックが尽きてしまったので、これからは毎日更新は出来ません。

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