三脚の悪魔   作:アプール

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第14話

 俺がテロス密林から追い出され、逃げるように樹海に来てから早三日が経過した。

この三日間の間、俺は何をしていたのかというと、崖を越えられる地点を見つけるべくずっと歩き回っていた。

食事はその辺に生息しているアプトノスを捕まえ、生血を吸い上げる事によって確保している。今の所食事に関しては全く不自由してはいない。

寝床に関しては、俺は第二の人生初となる身体を空気にさらけ出した状態で寝る事が出来た。

これまでは人間に見つからないよう、この蛸のような外見通り海水に浸かりながら寝ていたが、この樹海に来たからには人間に対して配慮を取る必要性がなくなった。

そのため、俺は障害物が何も無い浜辺で身体を横にして夜空を見ながら寝る事が出来たのだ。

久しぶりに空気に触れながらの就寝は非常に安心した、とでも言っておこう。

 

さて、肝心の結果の方だが、こちらの方はあまり思わしくない状況が続いている。

この樹海に最初に上陸した地点から、すでに数百キロは歩いたと思われるが、崖の方角に目を向けるとその崖が途切れる様子は全く無い。目が霞むほどの遠方を見てもその崖はさらに奥へと続いている。

海中では崖の観察が出来ないため、俺は障害物の少ない浅瀬で観察を行っているが、移動手段が徒歩なためウォータージェット推進機と比べるとどうしても移動速度が劣ってしまう。

それでも。俺は人間よりも遥かに長い脚のため移動速度は人間のそれよりも遥かに速い。加えて三日間歩き回っているため、移動距離は数百キロとかなりの距離を歩いている。

それなのに崖は一向に途絶える気配を見せてくれない。そのため、まるでこの崖が大陸中を囲んでしまっているといった馬鹿らしい考えも脳裏に浮かんできたりした。環状線をグルグルと回り続けるような、そんな変な感覚に陥っているのだ。

(チクショウ、一体何時になったらこの崖は途切れるんだ)

 

俺は内心そう愚痴りながら黙々と歩き続ける。

本当にこっちで良かったのだろうか? ――などの若干の不安を抱えながら、しかし前に進むしか解決の糸口が無いため俺は前進を続ける。

そして数時間後、俺は昼食をとるために一旦前進するのを止めた。熱探知機を作動させ、獲物を探し出し、そしてその獲物を触手で拘束し生血を吸い上げる。

そうして昼食をとり終えた俺は、再び前進を開始した。

崖は相変わらず下界を見下ろしており、そして長く続いている。

その姿を見て多少げんなりした俺は、足取りが重たそうに前進する。

そして、数時間後――

 

(……うん?)

 

ふと、遠方を見るとある地点の崖が変容しているように見えた。

その地点はまだかなり遠いだけにおぼろげにしか確認できない。

そのため、俺は確認を取るために早足気味になりながら脚を進める。一歩一歩進むたびに胸が高鳴ってくるのは俺が変化に飢えていたのであろう。

そして、10分後。段々と例の地点の全貌が分るようになってきて、そして今でははっきりと見えるようになった。

俺は一度歩くのを止めて、その地点をまじまじと見つめるように観察する。

 

そこは、『崖』と呼ぶよりも『坂』と呼んだ方が相応しいと感じるような所だった。

断面はこれまで続いていた断崖絶壁ではなく、傾斜が30度くらいだと思われるような傾きをしている。

幅は、相当な物だ。数キロあろうかと言うほどの幅の広さだ。

そしてその坂にもやはり木々が生い茂っており、緑が溢れている。

しかし、見た感じでは上れないと言うような事は無さそうだ。傾斜も垂直と違って30度となだらかであるし、木々も見た所それほど大きな木ではないし歩行の支障にはならない。

つまり、遂に俺はこの崖を上れる地点を発見できたのだ。その事実に、俺は狂喜した。

何せ、俺は三日間も退屈な行進を続けていたのだ。何も変わらない風景、何時もと変わらないモンスターの種類。何処も同じに見える砂浜。

そんな光景が続いてくれば自然と不安になってくる。――しかし、もうそんな不安とはおさらばだ。

あの坂を上れば、そこは無限に広がるフロンティア。人間は樹海の奥不覚には入ることができず、逆にモンスターは俺の敵ではない。

まさに、俺に対しての黄金郷だ。

俺は抑えきれぬ歓喜の興奮を抑えることも忘れ、意気揚々とその坂に近づいていった。

 

7分ぐらい歩き、坂へと到着した俺はおもちゃを前にした子供のごとく待ちきれんばかりと坂を上り始めた。

早く早く、と俺の脳裏が自分自身を急き立てる。それに答えるべく、俺は全速力で坂を駆け上る。

俺が歩く度に木が脚に当たりボキボキと音を立てながらなぎ倒されるが、そんな音は興奮状態にある俺の耳には届かなかった。

そうして坂を駆け上がること5分、人生でもっとも長いと感じられた5分を体験した俺は遂に坂の頂上へとたどり着いた。

 

(――おぉ)

 

坂の頂上についた俺は息をつく暇も無く――と言っても酸素は必要ないが――目の前の光景を見つめた。

そこにあるのは、下界に生えていた樹海をはるかに超えている量の木、木、木。

海岸で見ていた樹海には途中に崖が存在していたため、その範囲は広いと言われても地平線までとはいかなかった。

 

――しかし、今見ている光景は、まさしく地平線だった。

 

無尽蔵に生い茂っている木が、これまた無尽蔵に広がっている大地を覆い尽くすように生えている。

その木々の中には、海岸で見た巨木よりも更に巨大な巨木が存在しており、その姿は見るものを圧倒させるだろう。

しかし一点、視点を下に向けると、アプトノスが草を食べ、ケルビが周囲を飛び回り、ランポスがその姿を見て隙をうかがっている。

 

(場所は違えど、生態系は一緒、か)

 

俺は眼下で繰り広げられている生存競争を見ながら、そう呟いた。

ただ、テロス密林と違う点は、この地には大型モンスターが多数存在しているという事だ。

例えば、あの巨木の頂上付近には飛竜種の物と思われる巣が確認できる。

そしてその巨木の下には、その飛竜種に捕獲されたのだと思われる数多くの白骨死体が無造作に置かれている。

この樹海の生存競争は、テロス密林よりも遥かに熾烈なのだろう。

そんな中で、俺はこの地で生きていく事になる。

恐怖は無い。むしろ胸が高まってきて非常にワクワクしている。

そこには、自身に備え付けられている科学兵器への絶対的な信頼や、まだ見ぬモンスターとの遭遇への期待感があるのであろう。

 

そんな事を考えているうちに、俺は自然と笑みを浮かべていた。と言ってもトライポッドには感情なんて物は無いため人間的にそう感じているだけたが。

何はともあれ、俺は無事に崖の上へと登ることができた。

ここでは、人間に見つからないように隠れる必要は無い。堂々と日々の生活を送ることができる。獲物も、豊富にある。

訳も分からぬ内にトライポッドになってから早11日。長いようで短い緊迫とした日々を送ってい俺は、遂に平穏な暮らしを手に入れたのだ。

俺は、止めていた脚を再び動かし、大地を踏みしめる。

何の変哲も無い、どこにでもあるような感触の土だ。しかし、今の俺にはまるで甲子園の土を踏みしめているような感覚に陥っている。

それだけ、俺は感動しているのだ。

 

(さてさて……ここには一体どんなモンスターがいるのか、楽しみだ)

 

内心で情けなく顔をニヤニヤとさせていた俺は、これから起こりうるであろう未来を想像しながら、暫し樹海の中で佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ皆、いってくるニャ」

 

とある樹海にある洞窟の奥深くに、人語のような声が響き渡った。

人語と言っても、その声は人間にしては高く、また語尾が独特な発音であった。

そもそも、こんな偏狭な地に人間が住むのはおかしいと誰もが感じるだろう。

事実、この樹海には人間は住んでいない。ではこの声はなんなのだというと――『猫』だ。

猫と言っても、『彼ら』ただの猫ではない。二足歩行で歩き、言葉を発し、両手で器用に道具を使える。

そしてこの世界の人間は『彼ら』をこう呼ぶ。『アイルー、メラルー』と。

洞窟内を見ると、そこには集落と呼べるようなアイルーとメラルーの集団が住んでいた。

小さいながらも、小屋が立ち並び、さらに洞窟の奥にはキノコの栽培所のような所も見受けられる。

一目見るだけで、彼らはこの地に住んでいるのだと言う事が理解できる。

その集落の入り口に、多数のアイルーとメラルーが屯していた

 

「うむ。くれぐれも、モンスターには十分注意してくれ」

 

洞窟内に、これまた人語のような声が響き渡たった。その声は先ほどの声とは違い、低く、重い声であった。

 

「ニャハハッ! 長老も心配性だニャ。そんなに心配しなくても大丈夫だニャ!」

 

長老と呼ばれたアイルーに答えるように、また高い声が響き渡る。声からして、その年齢が若いということが推測できる。

 

「前にドスランポスに追いかけ回されたのは誰だったかニャぁ?」

 

横から投げられた言葉に、問われた若いアイルーはツルハシ状の武器をワタワタと振りながら「あ、あれは違うニャ!?」などと弁解している。

 

「……早く行こうニャ。これじゃあ食料を集めている間に日が暮れてしまうニャ」

 

背中にリュックを背負ったメラルーがさもめんどくさそうな顔をしながらそう言った。

それを聞いた若いアイルーともう一匹のアイルーは喋るのを止め、長老の方に向き直り直立不動の姿勢をとった。

それを見届けた他のアイルーよりも体格の良いリーダー格のアイルーは、長老の目を真っ直ぐ見つめながら口を開いた。

 

「それでは、私以下10匹の食料調達班、出発致しますニャ」

 

「うむ、食料の貯蔵も少なくなっておるし、なるべくたくさんの食料を持ち帰ってくれ。そして――」

 

『――仲間は決して見捨てないニャ』

 

長老が一間置くと、全員が掟を斉唱した。

この過酷な樹海で生きていくためには、皆団結しなければならない。特に、弱小である種族ならばなおさらである。

そしてその団結を維持するためには、なによりも信用が必要だ。

”仲間が絶対に助けてくれる” ただ、それだけで士気という物は上がるのだ。モンスターと対峙しても、仲間が居ることによる安心感で全力を持って戦うことができる。

逆に、仲間を大切にしない組織というものは脆い。捕まれば終わる。それだけが脳内を支配し、攻撃が及び腰になってしまうのだ。

そして、この樹海に住むアイルーとメラルー達は過去の教訓からその行為を知っている。だからこそ、このような掟を作り、幼い頃から教育を施すのだ。

 

「それじゃ、夜にまたニャ」

 

体格の良い、リーダー格のアイルーがそう言うと、8匹の食料調達班は洞窟を出るために、出口へと歩き出した。見送りに来てくれたアイルーやメラルーの声援を背で受けながら。

 

なんて事は無い。ただ、何時ものように木の実やキノコを採取し、持ってきた釣竿で川魚を吊り上げる。余裕があれば、持ってきた武器でアプトノスを狩り生肉を手に入れる。

本当に、何も変わらない日常風景だ。誰もが、またその繰り返しになるのだろうと疑ってはいなかった。




やばい……もう残弾が無くなりそうだ……

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