三脚の悪魔   作:アプール

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第13話

午前10時。腹ごしらえを終えた俺はこの樹海の地形を測量すべく、行動を開始した。

測量と言っても、海岸から数十キロ離れると、そこには断崖絶壁な巨大な崖が俺を見下ろしており、行く手を阻んでいる。そのため、現時点で測量できる範囲は非常に少ない。

なので、まずはこの崖を越えられる地点を発見しなければならない。 

崖を越えられる地点と言っても、それがどこにあるのかは自分で見ないと分らない。そのため、俺はとりあえず南の方角に向けて歩き出した。

因みに、俺は樹海の中を歩いているのではなく、海の中を歩いている。

海の中と言っても、全身水に浸かって歩いている訳ではない。浅瀬に沿って歩いているのだ。

何故、この様な処置をとるのかと言うと、浅瀬には大した障害物が無いからだ。

樹海ではそこかしこに木が生えており、アプトノスなどの生物も存在している。大体の木ならば薙ぎ倒していけば進めない事も無いだろう。しかし、中には全高数十メートルの巨木も中には存在している。流石にそんな物まで薙ぎ倒す事は出来ない。

対に、浅瀬にはこれといった障害物は何も無い。居るとしたらヤオザミ位のものだ。

もし、問題とするならば、それは浅瀬と崖との距離だろう。

浅瀬と崖の間は数十キロも離れており、常人ではとても見れる物ではない。

しかし、俺の身体は火星人の科学で作られた物だ。その点もしっかり対策がされている。

俺の目のレンズは望遠鏡の代わりにもなるのだ。これのお陰で、俺はこれだけ離れていても崖を鮮明に見る事が出来るのだ。唯一の欠点は視界が狭くなる事だが、その点は触手と併用して使用すれば問題ない。

これらの機械を使う事によって、俺は安全に樹海の測量をする事が出来るのだ。

まあ、測量と言ってもコンピューターが自動で分析して記録してくれるので俺は特に何もしていないが。俺のやる仕事と言えば歩き回って位置を変える事ぐらいだ。

そんなこんなで、俺は昨日の如く樹海を歩き回っているが、特に何も変化は起こらなかった。

相変わらず崖は横一文字にその絶壁を見せ付けるように曝け出してしており、途切れる様子は全く無い。

まあ、そう簡単には見つからない事は百も承知だ。幸い、昨日のように時間に圧迫されながら探すといったような事ではないので別に今すぐに見つからなくても問題は無い。ゆっくり探そう。

そんな事を思いながら、俺は歩き回っている。しかし、昨日も味わった事だが、こういった時間は非常に苦痛だ。

確かに、海中に潜んでいる幻想的な風景や、威風堂々とその姿を見せ付けている巨大な崖を見て楽しむ事は理解できる。

しかし、それは今まで見たこと無いからこそ楽しめるものだ。何時間も同じ光景を見続ければ自然と飽きが来る。

 

――その状態が、今の俺だ

 

何時間、または何十時間も殆ど変わらない景色を見続けるのは精神的に来る物がある。

生きる為だ、と正統な理由をつけているため今はまだ何とかなっているが、それがなければ直にでも歩くのを止め、顔を背けるだろう。

それほどまでに、『飽き』というものは辛いのだ。

 

(……暇つぶしに、熱探知機で周囲の熱でも測ってみるか)

 

昨日の脱出作業のせいで地道な作業に飽き飽きしていた俺は、逃げるようにそう考え、熱探知機を取り出した。

そんなものに集中していれば崖の異変に気づきにくくなると思われるが、その心配は無い。例の如く、触手を自動化させ、異変が見つかれば即座に警告音を発してくれる設定にさせる。

こうする事によって、例え俺が崖の異変に気づかなくても触手が自動的に知らせてくれるのだ。

――かがくの ちからって すげー!

 

冗談は置いといて、後腐れが無くなった俺は見飽きた崖の光景を避けるように熱探知機へと意識を移す。

途端に、幾多もの熱反応がコンピューターを通して俺の脳裏へと浮かび上がった。

その熱反応は主に密林の奥に密集しており、ここよりも遥かに豊富な大地があることが推測される。

それだけに、餌が豊富にあり繁殖がしやすい環境になっているのであろう。

熱反応の中には、アプトノスやランポスといったテロス密林でも見られたモンスターと同じ熱反応が確認されている。

まあ、さっき俺が生血を吸い上げたモンスターもアプトノスだったし、ランポスやドスランポスも目で確認できた。いくら崖の上と下が互いに分断されているとはいえ、基本的なモンスターは変わらないのだろう。

俺の脳裏に映っている熱反応の大半はアプトノスやランポスなどの比較的小型で、繁殖しやすいモンスターが占めている。しかし、中には存在が全く認知されていないモンスターも少々確認できた。

その熱反応は例外なく小型モンスターではなく、大型モンスターと思われるような大きさをしていた。中にはガノトトスとはいかないものの、それなりに巨体なモンスターも見受けられる。

俺に内蔵されている熱探知機は、生き物が近くに居れば身体の形状を熱に沿って鮮明に映し出す事が出来る。しかし、数十キロと離れれてしまうと、目標の身体は小さくなってしまう。それによって、熱反応が重なり合って潰れてしまい、身体の形状は測定不可能になってしまうのである。

それでも、一度肉眼で見たモンスターは写真と共にその熱反応が記録され、そのモンスターの体温をベースにそのモンスターの種類を見分けることが出来る。

遺伝子的に、同じ種類のモンスターでも体温が異なるといった事はまずありえない。その点で、この熱探知機の機能は非常に便利だ。

しかし、それは肉眼で確認できなければ何も役に立たない。その場合は、今映っている熱反応の大きさを元にして、俺の知識と照らし合わせながらモンスターを特定していく。

と言っても、それは俺が知っている地形だから出来る裏技だ。ここは見た所樹海のようだが、俺が知っている樹海とは限らない。もしかすると、俺が知る樹海とは違う種類のモンスターが住んでいるのかもしれない。

推測で物事を判断するのは非常に危険だ。それが、取り返しのつかない事態を引き起こす可能性もある。そのため、結局は、この目で見なければいけないのだ。

 

(ふむ、中々の大きさな熱反応が幾つかあるな)

 

俺は熱探知の結果を見て、心中でそう呟いた。

テロス密林の場合は、大型モンスターと思われる熱反応はあるにはあったが、その数は少なく、さらにかなり遠くで観測されていたため目視では発見できなかった。

それに対し、この樹海はテロス密林よりも遥かに大型モンスターの数が多い。

何故この樹海の方が大型モンスターが多いのか。それは環境の違いによる物だろう。

テロス密林は新米ハンターにもよく利用されているなど、ハンターにとって非常にメジャーな場所だ。

それ故、ハンターはテロス密林を訪れる回数も多く、大型モンスターが現れればすぐに発見され、討伐されてしまうのであろう。

そのため、テロス密林では大型モンスターが増えにくいのだ。

一方、今俺が居る樹海は見た所ハンターが日常的に出入りしているといった痕跡は見当たらない。

何故そう判断がつけれるのかというと、モンスターの多さがその証拠になっている。

ハンターはモンスターを狩る事によってその生計を支えている。無論、そうでないクエストもあるがそれらの報酬は安く、とてもそれだけでは生活出来ない。

となれば、必然的にモンスターを狩る事になる。モンスターを狩るという事はその生息数を減らすという事を意味する。

そのため、上記に述べたようにハンターが頻繁に出入りする場所はモンスターの生息数が少ない。

しかし、この樹海にはモンスターの熱反応が異常なほど多い。即ち、この樹海はハンターさえも出入りしない場所という事になるのだ。

 

(むふふ、どんなモンスターに会えるのか、楽しみだ)

 

俺はその事実に薄笑いを浮かべる。

ハンターが居ない事も嬉しいが、何よりまだ俺が見たことも無いモンスターに会えることが嬉しいのだ。

俺がモンスターハンターの世界に来て8日経過したが、モンスターらしいモンスターと遭遇したのはガノトトスぐらいのものだ。

ガノトトスも水竜と呼ばれているぐらいだから立派な竜なんだろうが、やはり俺の想像している竜とは違っている。

竜といえば、リオレイアとリオレウスが一番竜らしい姿をしている。実際この二匹の人気度は高い。

モンスターハンターの世界に来たからには、やはりこういった竜の姿を見てみたい。無論、他の大型モンスターの姿も見てみたいが。

 

そんな事を思いながら、俺は浅瀬を歩く。

まだ見ぬモンスターや、未知のモンスターの姿を想像し胸を躍らせながら、少し楽になった気分で歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――とある樹海の奥深く

 

そこを色で表現するならば、『緑』としか表現できないだろう。

地表は緑色の雑草や苔が生えており、蔦が張り巡らされている。

視点を上に向ければ、そこには天にも届かんばかりの巨木の群が連なりながら生い茂っており、その姿は見る者を圧倒させるだろう。

 

そんな幻想的な光景を見せている樹海に、不釣合いな『色』が紛れ込んできた。

 

――グァァァ

全身を黒と青の鱗に覆われている巨大なトカゲのような生物、ランポスが現れたのだ。

ランポスは仲間意識が非常に強いモンスターだ。食事をする時も、狩りをする時も常に群を作った上で行っている。

しかし、このランポスは一匹で行動をしている。大方、仲間とはぐれてしまったのであろう。

ランポスは落ち着きが無い様子で頭を左右に振り、周囲の様子を伺っている。

そして急に立ち止まったと思うと、自分の存在を仲間に伝えるように鳴き声を上げている。その声は、どこか弱々しいものだ。

 

ランポスがそうやって仲間を探していると、ふと、一箇所の景色が揺らいでいるのが目に留まった。

そこには一本の木が生えており、特別何かがある訳でもない。しかし――何か透明な物がそこに存在しているような、変な物がそこにあるように感じられる。

そして、その揺らぎは直に気配を消した。ランポスは不思議に思い、揺らいでいた景色の所まで駆け寄り、そして鼻をその景色に突っ込ませた。

鼻は風の切る感覚しか捉えることしか出来ず、これといって何事もある訳ではなかった。

 

――気のせいか、無駄足をした

 

そう判断をしたランポスは自身が置かれている状況を思い出し、直に歩き出そうと脚に力を入れ、そして振り返った。

すると、何とまたもや景色が揺らいでいた。まるで、そこには何か『物体』が存在するかのようにゆらゆらと揺らいでいる。

 

――グアァァ?

 

摩訶不思議な現象に首を傾げたランポスは、好奇心によって吸い込まれるように再び揺らいでいる景色へと歩いていった。

未だ揺らぎ続けている景色の前に行くと、ランポスはその景色に向けてまたもや鼻を突き出した。

 

――コツンッ

 

ランポスの鼻に透明な『物体』が当たり、それに驚いたランポスは思わず顔を仰け反らした。

体制を立て直したランポスは、揺らぎ続けている光景を間近で見て、またもや首を捻る。

そして、好奇心からか更に今度は手で触ろうとし、揺らぐ景色へと腕を伸ばした。

――しかし。

 

――グアアァ!?

 

突如、その揺らいでいた景色から紫色の煙が噴き出してきた。

それをまともに全身に浴びたランポスは非常に驚き、慌てた声を出しながらその優れた脚力によってすぐさまその場を飛び跳ね、後方へと着地した。

が、そこまでであった。

ランポスの身体全身に油汗が噴き出し、更には身体がガタガタと震え始めた。

余りの震えの強さに歯はガチガチと鳴り出し、更には身体の制御が出来ずヨロヨロと千鳥足になりながら無様な踊りを披露し始めた。

息をする度に肺がまるで剣に突き刺されるような鋭い痛みに襲われ、悲鳴を上げる。しかし、その悲鳴すら出なかった。喉が、完全にやられたのだ。

そして、ランポスは力尽きるように大地へと突っ伏し、細かな痙攣の後、その活動を停止した。

 

――樹海の色はまた『緑』一色へと染まり始めた


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