三脚の悪魔   作:アプール

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第12話

海から樹海の大地へと上陸した俺は、まずは腹の減りを治すべく、行動を開始した。

熱探知機でモンスターの熱を探知し、ここから一番近い熱反応に向かって急行する。

俺の脚が動く度に木に接触するが、木は俺の動きを阻むどころか俺の脚の圧力に耐えられず、バキバキと薙ぎ倒されていく。

俺の脚は一見細そうに見えるが、実際には物凄い馬力を発揮する。これも火星人の科学力のなせる技なのである。

さて、俺は生血を吸い上げる為に獲物となるモンスター――熱反応からしてアプトノスの群れ――の元に急行しているが、そのアプトノスの群れが一斉に身を翻し退却を開始した。

恐らく俺の巨体に加え、俺自身が発する機械音や木々が薙ぎ倒される際に発する轟音によって異常事態を感じ取ったのであろう。

流石は草食動物、危機察知能力はお手の物か。

しかし、その行為は無意味だ。足場が悪く、さらには木々によって視界が遮られている状態ではまともに走る事が出来ないからだ。

それを裏付ける様に、アプトノスの速度はテロス密林に居たアプトノスよりも遅い。

無論、テロス密林のアプトノスにも追いついた俺の脚力は樹海に居るアプトノスに負ける訳も無く、しだいにその距離は狭まってきた。

3分ほど競争を繰り広げていく内に、遂に肉眼でアプトノスを捉えるほどの距離まで近づいた。と言っても、実際は木々に覆われているため視界は劣悪で、相変わらず位置特定は熱探知機に頼りきっている。

更に2分経つと、もうアプトノスは目と鼻の先にまで迫って来ている。というか足元で必死の形相をして逃げ惑っている。

ここまで距離を詰めると、後は触手の出番だけだ。

俺は触手を7本展開すると、アプトノス目掛けて一気に突っ込ませる。

視界が遮られているため熱探知機の情報を元に位置を特定し、更にはコンピューターでアプトノス一匹一匹の行動パターンを分析し、未来予測をする。

そしてアプトノスの群れがコンピューターの予測道理の動きをした時――俺はアプトノス計7匹を一気に捕らえた。

 

――グオオオオォォッ!

 

捕らえられ、そのまま触手に引き寄せられるように空を舞ったアプトノス等は、怒号とも悲鳴とも聞き取れる鳴き声を発しながら駄々っ子の様に身を捩じらせ、抵抗を示す。

いかに草食動物ともいえど、そう簡単には食われはせんぞ。といわんばかりにしきりに身を捩り続けている。

俺はその抵抗を止めさせるべく脳天に触手を突き刺したいが、アプトノスは頭も我武者羅に振り回しているため狙いがつけれない。

 

(ぬっ! こ、コイツ等! 暴れるな!)

 

内心アプトノスに文句を言うが、勿論そんな事アプトノスが受け入れる訳が無い。誰だって食われそうになったら死に物狂いで抵抗するだろう。

俺は暴れまわるアプトノスを押さえつけるため、触手に力を込め、締め上げる。

その痛みのせいか、アプトノスは呻き声を上げこれまで以上に身体を振り回す。

 

本来の俺ならば、更に触手を伸ばしアプトノス等の頭を固定し、頭を振り回せないようにした後即死させるために脳天に触手を突き刺しただろう。

しかし、現在の俺は空腹が支配している。

何日も食事がとれていない状況でパンを与えられたら、誰でも形振り構わずパンに齧り付くだろう。それと同じで、俺は今空腹の状態で目の前には新鮮な獲物がいる。

生命維持機能とでもいうか、とにかく一刻も早く生血が吸いたい。俺の脳裏はそれだけに支配されていたのだ。

俺は触手7本を新たに展開し、俺の口であり、武器でもある槍を格納庫から抜き出す。

一目で凶器と分るそれを見たアプトノスは、これから何をされるのか想像したのか、止めてくれと言わんばかりに暴れまくる。

俺はそんなアプトノスの嘆願するを一切無視し、きつく締め上げられている為動きが僅かしかない横腹付近に触手を突き刺した。

グチャッ という音がした途端、アプトノスが目を潰されたガノトトスの悲鳴にも劣らない絶叫を上げた。

突き刺さった触手を引き抜こうと、これまで以上に、狂ったように身を躍らせる。しかし、触手に身を絡められている状況では満足に動く事も出来ないためそれは無駄な行為だった。

 

生きるために死に物狂いで抵抗しているアプトノスを尻目に、俺もまた生きるために生血を吸い上げる。

触手のホースを伝って生血が吸い上げられると、それに沿うように黒色の触手が紅に染まり始める。

アプトノスは相変わらず身を躍らせている。しかし、生命の根源である血液を吸い上げられている状態では、それ程長くは抵抗できまい。

俺はそう推測し、実際にアプトノスの動きは鈍くなってきている。

ここぞとばかりに、生血を吸い上げる力を強くする。ジュルジュルと汚らしい音がするが、何よりも空腹を満たす事が最優先である今の状況では大して気にならない。

 

そして、生血を吸い上げてから2分が経過した。

アプトノス7匹は一匹の例外も無く身体をグッタリとさせ、ピクリともしない。

試しに一匹のアプトノスの身体を揺すってみたが、何の反応も無かった。

 

(死んだか)

 

既に事切れているという事を確認した俺は、まだ残っている生血を吸い上げると、横腹に突き立てている触手をアプトノスから抜き取り、次いで絡めている触手を解いた。

触手から開放されたアプトノスの亡骸は、重力に従い落下し、大地へと突っ伏した。

その様子を、俺は蚊でも殺したような淡々な感情で見つめていた。

俺がトライポッドになってから一週間が経ったんだ。その一週間の内に生血を吸わなかった日は初日を除いて無い。

毎日のようにアプトノスやランポス等のモンスターを捕らえ、恐怖により引き攣った鳴き声を聞きながらその頭を潰し、生血を吸い上げる。

人間から見ればまさに悪魔の所業とも言えるような光景だろう。しかし、俺から見ればこれは普段の食事風景に過ぎない。

残酷といえば、残酷だ。しかし、俺はそうしなければ生きていけないのだ。何より、この世界は弱肉強食の世界。弱い奴が死に、強い奴が生き残る。

その中でアプトノスが弱者で、俺が強者だっただけの話だ。何も自然に反していない。

……いかんな、何か人間の価値観が無くなってきた気がする。

人間と全く違う生活をしているせいか、新たな価値観が生まれてきたようだ。

こんな事動物愛護団体が聞いたら、残虐! 人でなし! の大合唱が起こりそうだ。

いよいよ、李徴染みてきたな。等と自傷気味に苦笑いをした後、俺は今後の事について考え始めた。

周囲の風景からして、ここは樹海だという事は間違いない。

しかし、海に面した樹海など、少なくとも俺は聞いた事が無い。

だが、それはゲームのモンスターハンターの話だ。今俺がいる世界は現実。

もしここがゲームを模範とした世界だとしても、全てがゲーム道理だということはまずありえない。

ならば、俺が知らない地形があったとしてもそれは別に不思議な事じゃない。むしろそうでなければ可笑しいのだ。

そして、ここは俺が知らない地形なのであろう。もしそうなのであれば、俺の知識は全く役に立たなくない。

この樹海にはどんな種類のモンスターが生息しているのかすら分らないのだ。アプトノスはまず間違いなく生息しているだろうが、ランポスは居るのか? 更には大型モンスターは住んでいるのか? そしてそれらはどのような所で生息しているのか? 分からない事尽くしだ。ましてやマップなど論外だ。

そのため、まずはこの樹海の捜索しなければならない。非常事態が発生した場合、周囲の地理を把握しているのとしてないとでは対処方法がかなり違ってくる。どんな時でも、情報が一番役に立つのだ。

ふと、俺は周囲を見渡す。

視界の360℃全てが深い木々に覆われている。その中には長年の歳月で風化し、根元から折れ横倒しになっている木や全高10~20メートルもあるような巨木まで、一見に木といっても数多くの種類がある。

3時の方向には十数キロ離れた所に俺が上陸した海岸があり、そこから右に数キロ離れた所には河口が存在している。

その河口を少し遡ると、そこには大自然の作用によって澄んでいる透明な水が流れている一本の川が、今日も海へと流れている。

その川の周りには、水分を取ろうとアプトノスが集まり、そのアプトノスを狩るためランポスや赤いトサカを持ち体格が一際大きいドスランポスが罠を張っており、その川の周囲には所々に白骨が置かれていた。

更にその川を数十キロ遡ると、滝があった。

滝といっても、その辺にある小さな滝ではない。高さ数百メートルはあろうかという崖から落ちてくる直瀑形の巨大な滝だ。

大質量の水が落下してくる度にけたたましい爆音を上げ、更にはその滝からは虹が出ている。

いかにも、これが大自然だと訴えてくるような、粛然とした光景が広がっている。

そして、その滝のある方角を見上げれば、そこには巨大な城壁とも表現できるような崖が横一文字に威風堂々とせり立っていた。

全高は滝と同じく数百メートルはあろうかという高さで、顔を左右に振らして見ても、その崖は途切れる事を知らないとばかりに続いている

その崖の上にもかすかに見えるだけだが木が生えており、恐らくあの崖の上にも生態系が存在していると予想される。

(ふむ、なるほど。これは想像以上に過酷な地形だ)

 

俺は周囲の風景を一覧すると、そう思った。

まず、崖のせいで行動範囲が限られている。いくら俺の身長が何十メートルでも高さ何百メートルはあろうかという崖相手ではどうしようもない。

さらには、崖のせいで面積が狭いのだ。現在、俺のいる場所は北は東、西は崖と陸の孤島と化している。

こんな狭い場所で生活をしていたら何時しか主な食料であるアプトノスが全滅してしまう。無論そうならないように計画的に食べるよう努力するが、土地が狭いため繁殖し辛く、さらにはランポスやドスランポスも確認できたためどうしても数は減少するだろう。

そのため、早めにここを出なければならない。そうしなければ、何時かはアプトノスが全滅するからだ。出来れば、食料が豊富な奥の方角に行きたいが、崖に阻まれている。

そうなると、やはりまずは地形の測量をしなけらばならない。勿論、崖の迂回路、または崖を上れる場所を見つけるのが最優先だ。幸い、今の時間は午前10時と時間的にもまだまだ余裕はある。

 

(めんどくさいが、また海の中を歩き回るのよりかはマシだ)

 

そう思い、俺は腹ごしらえを終えた身体を動かし、地形の測量を開始した。

 


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