三脚の悪魔   作:アプール

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第10話

テロス密林に別れを告げた俺は、海底に足をつけ、周囲に砂煙を立てながら目的地へと移動を開始した。

目的地といっても、具体的には分らないが人間が一切居ない場所になるだろう。

暫くの間はその目的地に住処を作り、そこで生活をする予定だ。

いやあ、目的地にはどんなモンスターは住んでいるのだろうか? 非常に楽しみだ。

それなりにモンスターハンターをプレイしてきた俺は、やはりこの目でモンスターを見てみたいと思う気持ちが強い。

今の所見たモンスターはアプトノス、ケルビ、ランポス、コンガ、ヤオザミと小型モンスターばかりでイマイチ迫力に欠けている。

唯一見た大型モンスターはガノトトスで、やはりその大きさや迫力で俺は圧倒させられたが、終ってしまえばやはり物足りない。

モンスターハンターの世界に来たのならば、やはりリオレウスやティガレック等の龍を見てみたい。可能ならばクシャルダオラ等の古龍もこの目でしっかりと収めていきたい。

まあ、ゲームのようにそうポンポンとリオレウスやティガレックスが出てくる筈も無いし、古龍など滅多にお目にかかれないだろう。

 

まあ、頑張ればリオレウスやティガレックスを見ることは十分可能だろうが、古龍に関しては厳しいと言わざるを得ない。

何せ公式でもその生態系は明かされていないからな。何処に住んでいるのか、何を食べて生活をしているのかさえ分らない。

こんな状況で古龍を探すのは広い太平洋で特定の船を見つける事ぐらい困難な事だ。探すとしても生活が安定してからになるだろう。

そんな事を考えながら俺は顔を下に向けながら足元を確認し、陥没している地面があらば避けるようにして進んでいく。

海中は光のエネルギーが減少してしまうので足元は暗いが、そんな事はお見通しなのか俺の目には暗視装置が内蔵されている。

暗闇、とまではいかないまでもそれなりに暗くなっている足元もこの暗視装置を使えば昼間のようにバッチリ見える。

俺がこの装置の存在を知った時、目に内蔵されているサーチライトらしき物は要らないと思ったが、これは標準装備なのか消す事はできなかった。

こんないかにも見つけてくださいと言わんばかりのサーチライトは、隠密性的に考えたら邪魔でしかないが、いざとなったら目を瞑って触手から情報を得れば良いので大して気にしていない。

トライポッドは改めて殲滅用の兵器なんだと実感させられた一例であった。

(しかしまあ、あまり人が居ない海岸が見つからねえな)

 

時々触手を潜望鏡のように突き出し、周囲の様子や熱探知機で人間の熱反応を探っているが、中々人間が居ない海岸が見つからない。

いや、ある事はあるが数十キロメートル離れると集落があるといった具合なのだ。俺の身体はでかいのでそれでは直に見つかってしまう。

そのため、人間が寄り付かず、なおかつ周囲にも人間が居ない海岸を探しているのだが、無論そんな場所が簡単に見つかるわけも無く、ただ時間を浪費するだけで何も活路を見出せていない。

 

そんなこんなで、俺は暗い海中をただひたすら歩き続けている。

こんな環境では時間間隔が全く分らなくなるが、俺の身体には時計も内蔵されているので幸い時間は分る。

今の時間は3時で、俺がテロス密林を去ったのは9時頃だったから大体6時間歩いた計算となる。

本来ならば昼食をとらねばらなないだろうが、幸いガノトトスの生血を大量に吸い上げたので腹はそんなに減っていない。

食事といえば、俺には便が必要なのだろうか?

今更な話だが、俺はこの一週間一度たりとも便をしたことが無い。

生物が生きる上で、便は必ず出る。食事などでとった栄養の中で不必要な成分を外に排出しなければならないからだ。

だが、俺にはそれが無い。単純に考えれば生血の成分の全てが俺に必要な物、だと推測できる。ただ確定ではない。

 

そんな事を考えながらも、俺は足を動かすのを止めない。

いくらガノトトスの生血を吸ったとはいえ、限界は訪れる。早く上陸可能な海岸を見つけなければ、生血を得るために人間に見つかる覚悟で上陸をしなければならないからだ。

一番良い方法はその人間を殺せばいいのだが、未だに覚悟が出来ていない俺には無理だ。すごく怖い。

臆病といえば、俺は臆病だ。だからこそ物事に慎重になるし、今焦っているのだ。

 

俺は時々熱探知機で周りの熱を測りながらも、どんどん海中を進んでいく。何かに取り憑かれるように、狂ったように進んでいく。

 

――全ては、平穏のために

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初日に新種、改めトライポッドを発見した調査団は、更なる調査のため再度トライポッドを発見したエリア10地点近くの海岸に向かって早朝の内に移動を開始した。

なぜ早朝なのかというと、トライポッドの寝床を確認するためだ。初日でトライポッドは海中で寝起きしていると予想されたため、トライポッドが起きる前に海岸に移動し、寝床がどうかを確認する必要があるのだ。

 

因みにトライポッドという名前は、調査団全員と夕食をとっている最中にカロンが隊長に向かって、

 

「これから、俺たちは新種の事をトライポッドと呼びます!」

 

等と発言した。さらになぜその名前にしたのかという理由を続けて説明すると、

 

「なるほど、古代戦争時のモンスターの名前か。そいつは強そうだ、新種の名前にピッタリだ」

 

等とこの名前を気に入り、第3調査団では新種の名前をトライポッドと呼ぶ事を義務づけた。

この対処に対し、ハンター3人はゲッソリとしていたとかないとか。

 

そんな経緯で、調査団は早朝のテロス密林を歩いている。

初日では調査員達は足場が不安定な状態に加え、周囲が薄暗かったために転倒者が続出したが、今回はその経験を生かしたためか初日ほど転倒した回数は少なかった。

 

転倒回数の減少やあらかじめ場所が分かっていた事もあり、初日よりも1時間早くトライポッドが出現した海岸へと到着する事が出来た。

 

「隊長、現在の時刻は?」

調査員の一人が隊長に対しそう質問する。隊長は第3調査団に唯一支給されている大型の時計をリュックから取り出した。

時計という物は、非常に高価な物だ。

数十年前に古代文明の跡地から時計の資料が発掘され、様々な技術的問題の壁にぶつかりながらも、40年前にようやく時計が完成した。

これまでは太陽や月の動きで時間を計っていた頃に比べれば、時間が正確にわかる時計は非常に画期的な発明だったが、それ相応の技術的要求度があり、その結果非常に高価な物になってしまった。

その時計が何故ここにあるのかというと、ギルドが配慮をしてくれたからだ。

モンスターの行動を観察するに当たって、時間というのは非常に重要だ。どんな生物にも、行動パターンにはある一定の法則がある。

何時起きるのか。何時狩りをするのか。そんな行動パターンを集計し、分析すればこれまで以上に討伐がやり易くなる。

その為、今回のトライポッドの調査には、調査団に各自1個の時計が支給されているのだ。

その時計を、できるだけ傷つけないように持ちながら、

 

「6時3分だ」

 

と、隊長はそう告げた。

質問した調査員は、どうも、と礼を述べるとノートを取りだし、現在の時刻を記入した。

 

「さて、後はトライポッドが起きるまで待つだけだ。皆自由にしていいぞ」

 

隊長がそう言うと、調査団やハンター達は各自で倒れている木々や岩に腰を降ろした。

基本的に、調査という物は対象であるモンスターが見つからなければ暇な時間が大半を占める。

当たり前の事だが、モンスターが居なければ調査など出来ないからだ。

この暇な時間を利用し、早朝のためまだ残っている眠気を解消するために眠る者や、支給されている携帯食料で朝食をとる者などがいる。

「しかし、トライポッドは本当にここで寝てるのかねぇ……」

 

携帯食料の干し肉を齧りながら、カロンがぼそっと呟いた。

その声に対し、カイザーもぼそっとした声で返事をした。

 

「それを確認するために、俺たちはここに居るんじゃないか」

 

「ま、そうなんだけどな。でもよ、昨日俺たちの存在がトライポッドに気付かれたかもしれないだろう?」

 

カロンがそう言うと、大体何が言いたいのかを推測したカイザーは、何を分かりきった事を、と言いたげな顔をしながら口を開いた。

 

「それで、そうだとしたら何だ? トライポッドはここには居ないとでも言うのか?」

 

「ああ、そうだ。寝床の場所がばれている限り安全な睡眠なんぞ送れる訳が無いからな。普通は寝床子を変えるさ」

 

「で? お前は現在の行為は無駄だと言いたいのか?」

 

カイザーが少し強めの口調でそう言うと、カロンは「まさかっ!」と言い、言葉を続けた。

 

「トライポッドがここを寝床にしているのかどうかを憶測で決めるのは早計だからな。それに、俺が話題を作っているのも暇潰しの為だ。そうカリカリするなよ」

 

「食事くらい静かに食わせろ」

 

そう言うとカイザーは乾パンをボリボリと音を立てながら食べ始めた。

カロンもそれ以降何も言わず、干し肉をもしゃもしゃと頬張る。

 

朝食を食べ終えたら、あらかじめ持ってきた本で読書をするか、雑談をするか、海面に不審な点が無いか確認するために海を監視する事で暇を潰す。

監視員は2人体制で、普段の生活から目が肥えているハンターが中心だ。一時間ごとに交代をし、海面に不審な点を見つけたらすぐさま報告をする。

一見すると人数が少ないようにも聞こえるが、それには理由がある。

トライポッドはその身体の大きさや肌の色が銀色のため非常に目立つ。さらにはその巨体故、自身が発する音もそれ相応に五月蝿く、直に聞き分けられる事が出来るのだ。

その様な判断から、2人体制を採用したのだ。

 

海岸に到着してから1時間、2時間と時が過ぎていく。しかし、海面には何の変化が表れない。

海岸には何時も通り風に運ばれて波が立ち、時々ヤオザミが姿を現し餌を求めて歩き回るなど、普段と全く変わらない。

その状態から更に3時間が過ぎ、時計の針が9時を指すようになると、流石に諦めの雰囲気が漂ってきた。

 

「……隊長さん。やっぱり居ないんじゃないんですか?」

 

この状況を予想していたカロンが隊長に話しかける。それに対し、隊長はため息をつきながら答える。

 

「やはり、寝床は変えられてしまったようだな。全く、何という視力をしているんだトライポッドは」

 

愚痴にも聞こえるような声を溢す。

昨日、トライポッドの光る目をこちらに向けられ、発見されたと感じたため早めに撤退したが、それは当たっていたとこの時実感した。

トライポッドと自分達の距離は優に数百メートルは離れており、なおかつ見分けにくい密林の中に居た。それなのに発見された事は、トライポッドが並外れた視力を持つ事を意味する。と調査団達は考えた。

本当は視力などではなく熱を探知されていたのだが、この世界の人類は熱探知という概念すらないため誰にも予想が出来なかったのだ。

 

「まあ、あの巨体だ。トライポッドが活動をしておれば直に見つけられるだろう。全員荷物を持て! 出発するぞ!」

 

隊長が大声でそう言うと、それまで座っていた調査員やハンター達が立ち上がり、荷物や武器を背負った。

そして、調査員が現在の時刻を記入し終わると、調査団は再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからテロス密林内を幾ばくか歩き回ったが、特に成果を上げる事はなく日が暮れ、2日目の調査は終了となった。

そして3日目も調査は続けられたが、何も成果は上げられなかった。

この傾向は以後調査終了まで続き、第3調査団は交代の調査団が来た事によりその任務を終了。カルパンドラへと帰還した。

トライポッドの姿が消えた事に大して、第3調査団は他の調査団の管轄内に寝床を移動したと考えていたが、彼らの報告を聞いて愕然とした。

どの調査団もトライポッドの姿を見てないのだという。元々本命は第3調査団だったため、それは俺らが聞く言葉だ、等とも言われてしまった。

 

――逃げられた

 

脳裏にそう浮かんだ時、誰もが顔を青く染め、眩暈を感じた。

あれ程の巨体ならば動きも鈍いであろうし、そう遠くには行けないだろう。そんな楽観的に考えていたが、結果はトライポッドの形状をスケッチしただけで、習性などの重要な部分を調査する事は出来なかった。

さらには、トライポッドが何時、何処で現れるかを警戒しなければならない。

トライポッドには潜水能力もあると第3調査団から報告されている。すなわち、シーレーンが脅かされる可能性もあるのだ。

カルパンドラはその物資の大半が海上輸送で運ばれている。これが脅かされれば、金融都市としての機能は失われてしまう。

一応輸送船に護衛艦隊を就ける、等の対抗手段もあるが、技術的に爆雷などの対潜兵器は無く、精々特殊な大タル爆弾を海中に投下するだけで威力としては不十分。大した対抗にはならない。

もしその護衛艦隊を蹴散らし、輸送船を襲い始めたら――その被害はギルドの予想を遥かに超える物になるだろう。

その事実に、ギルドは発狂寸前にまで陥った。

第3調査団の隊長はその失態の責任を問われ左遷され、隊長もこの責任は自分にあるとし、甘んじてそれを受け入れた。

さらにギルドはかつて無いほどの巨費を投じて大規模な調査団体を編成した。

カルパンドラ付近の海岸にはトライポッドの上陸を警戒して常時監視員を配置。さらにそれを護衛するハンターも契約された。

海上では数十隻のギルド船が白波を立てて走り回り、危険を承知で気球が空を舞い上がるなど、厳重体制での調査が行われた。

 

――この行為が無駄と分るのは、まだ先の事である。


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