その子は、飛び立つ白いカモメの群れと、きらめく大洋を背に。
「ワタシは言うよ。いつかとーさまに会えた時。産んでくれて、ありがとう、って」
少女らしい幸せ満面の笑顔を、ユリウスに向けてくれた。
~*~*~*~
ユリウスたちが「審判の門」に辿り着いた時、すでにビズリーとクロノスの決着は付いていた。
ビズリーがクロノスを無力化したことで、カナンの地の天が晴れた。ルドガーとミラは急いでエルに駆け寄って、エルを抱き起こす。
左半身がほぼ無機物化した幼子は、ユリウスから見ても痛々しかった。
「だって……ルドガー、『橋』にされちゃうって思ったから……こわかったけど、ひとりで……」
ミラがエルの小さな手を握り、ルドガーがきつくエルを抱いた。
「――ねえ、ルドガー……ユティはいないの?」
ルドガーはもちろん、ミラや、ジュードたちもくっと俯いた。
「ユティ、言ったよ……ルドガーを絶対むかえに行かせる、って……いっしょじゃ、ないの?」
「ユースティアは死んだ」
「……え」
「俺たちをここに渡すために、自ら『魂の橋』になって」
「う、そ」
そんな、と身を乗り出したエルだが、すぐ因子化の痛みに蹲る。ミラが慌ててエルを支えた。
ユリウスは一人先んじてビズリーの正面に立ち、双刀を抜いて構えた。
「娘を『橋』に捧げたか」
捧げられた、貰った、贈られた。どんな形容であれ、ユティの最期にふさわしくない気がした。
だから、ユリウスは答えず、ビズリーまで駆けて双刀を振り抜いた。
………
……
…
辛勝だった。
自身が戦いの最中でスリークオーターにレベルアップしたことに加え、ルドガーの仲間が尽く実戦に強い人間ばかりだったことが、辛うじてユリウス側に勝利をもたらした。
「ルドガー……お前はぁ!!」
「ルドガー、後ろ!!」
ビズリーは往生際の悪さを発揮し、寄り添い合うルドガーとエルに拳を上げようとした。だがそのような行いはユリウスが許さなかった。
ユリウスは寸前でルドガーらを庇って、ビズリーの喉笛に右の刀を突きつけた。
これが本当にこの男の最期。話し合って和解することも、さらに戦うこともない。ユリウスが、この手で終わらせるから。
――遠い昔。この人に憧れ、認められることだけを目指して力を極めようとした。この人が自分を利用する気なのだと知った時は、正史のはずのこの世界が崩れたようにさえ感じた。それだけ絶対だった――父親。
――“ワタシは言うよ。いつかとーさまに会えた時”――
「サヨナラだ。――――
刀を突き出す。一歩を力強く踏み出す。
ぶつ、ずぶ、と慣れた感触が、刀身が確実にビズリーの心臓を貫いたことをユリウスに教えた。
いつかどこかの分史で。まだ自分とユティの関係を知らなかった頃。クルスニクに産まれた身の上を辛く思わないのかと試しに訊いたことがあった。答えて、ユティは滅多に見せない大輪の笑顔で――
「俺とルドガーをこの世に産んでくれて、ありがとう」
耳元に言って、刀を抜いた。
ビズリーは傷口からわずかに血を噴き、どう、と倒れた。二度と起き上がることはなかった。
(これでいい。親殺しの十字架なんてルドガーは背負わなくていい。お前に悪いモノは、俺が全部持って行く)
ふり返る。痛ましげにこちらを見るルドガーと目が合った。
ユリウスは弱くだが笑ってみせた。きっとあの子――ユースティア・レイシィであれば、ここで笑うに違いないから。
【ハルモニア】
調和を司る女神。子供たちが尽く不幸な死に方をしたため、神の呪いがこれ以上テーバイに降りかからないようにと、夫と連れ添いテーバイを出て放浪の旅をする。