ユティの死がアルヴィンたちに与えた影響は意外と小さかった。
泣く者、落ち込む者、種々あったが、喜ぶ者は誰一人としていなかったのは、せめてもの救いか。
だがそれ以上に、彼らの誰もがカナンの地へ向かう手筈が整ったことに安堵している、それがユティの死への感情を鈍らせた、とアルヴィンは分析した。
(しっかり前見ろ、俺。ジルニトラの仲間が死んだのだって散々見てきたろうが。今さら仲間の一人や二人で動揺してどうする。まだ終わってねえんだ)
「アルヴィン……」
話しかけてきたのはエリーゼだった。エリーゼの頬には涙の乾いた跡があったが、眼球は白く、泣き腫らすほどには至らなかったらしい。
「なーに暗い顔してんだよ、お姫様。まだまだこっからだぜ」
「分かってます。でも――わたしたち、これでよかったんでしょうか?」『ルドガーもユリウスも生きてるけど、ユティにもう会えなくなっちゃったよぉ』
「――、あの子が死んで悲しいか?」
エリーゼは無言で首を縦に振った。そして、ぽつり、呟く。
「……写真」
「ん?」
「前にみんなで旅行に行った時、撮った集合写真。覚えてますか? 1回目はティポがぶつかってブレちゃって。2回目はちゃんとユティがシャッターを切ってくれて。あの写真、ユティだけ映ってなかったです。カメラマンしてたから」
エリーゼがティポリュックから出してもらったのは、水玉にピンクのカバーのフォトブック。
ページはア・ジュール地方に親睦旅行と称して行った時の、ルタス家跡地での集合写真。
「今度はちゃんと…一緒に写ってね…って、…言った、のに…っ」
じわ。エリーゼの目が涙の膜を張っていく。アルヴィンは無言でエリーゼの肩を抱き、腹に押しつけさせた。ティポもエリーゼの頭の上辺りにぐりぐりと頭を押しつけてきた。
写真、というキーワードで思い出した。今朝、ユティが唐突に渡してきた「プレゼント」。
アルヴィンは空いた右手でスーツの内ポケットに手を突っ込み、それを取り出した。
――“全部終わってから、見て”――
「何ですか…? それ」
エリーゼが顔を上げた。両手が空いたので、アルヴィンは包みの封を破き、中の品を取り出した。
レースとペーパークイリングの花々で飾られた、レザー地のミニフォトブックだった。
ページを開いてみて――アルヴィンは瞠目した。
写真に写っていたのは母レティシャだった。それもごく最近撮られたような写真ばかり。
アルヴィンは逸る気持ちのままページをめくる。
揺り椅子に座って微笑む母、ピーチパイを焼く母、使用人と談笑する母、庭の花を摘む母――全てがレティシャの幸せな姿を写していた。
(こんなもん…どうやって…いや、いつのまに…)
はっと思い出す。任務で分史世界に行った時、何度かユティは勝手にいなくなることがあった。どこに行っていたと問い詰めても「撮影」としか言わなかったユティ。
まさかこれらの写真を撮るために――?
アルバムを最後までめくると、最終頁にメッセージカードが挟んであった。アルヴィンはそれを抜き出して読む。
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ユティにカメラをくれたのはアルおじさまです。だからずっとお礼がしたいと思っていました。
アルおじさまが言ってました。「家族の写真が一枚もないのは結構寂しいもんだぞ」って。
なので、お節介ですが作ってみました。スヴェント家の家族アルバム。
レティシャお母様は素敵な人ですね。ユティが「アルフレドの一番好きなものを撮りたい」とお願いすると、快く協力してくれました。どの分史世界でも、いっつもでした。
ただ、どの分史世界でもアルフレドのお父さんはいなくて撮れませんでした。ジルニトラ号事件がない分史も捜したけど、ありませんでした。中途半端でごめんなさい。
これでちょっとはアルフレドのさびしいのがなくなりましたか?
ワタシのもう一人の父様で、大切な友達のアルフレドへ
Eustia Juno Kresnik
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アルヴィンはアルバムに額を押し当てた。
「ばかやろう…っ」
こみ上げるものを押し戻す、押し戻す、押し戻す。傭兵時代は当たり前にできていて、きっと彼女にとってのアルフレド・ヴィント・スヴェントもできていた。だから。
アルバムを背広に入れ直す。訝る仲間たちの間をずんずん抜けて、アルヴィンは、彼女の死体を囲むルドガーとユリウスの傍らに立った。