「ありがとう、ローエン。――悪い、色々、気遣わせて。心配かけてごめんな。もう大丈夫だから! みんなにも帰ってきてもらおう」
早口でまくし立て、ルドガーはGHSをレッグホルダーから取り出した。かける相手はユティ。あのメンバーでGHSを持っているのは彼女しかいない。
『もしもし』
「あ、ユティ。待たせたな。話終わったから、帰って来ていいぞ」
『分かった。エルたち連れてそっち戻る。――ルドガー』
「ん、どうした」
スピーカーが沈黙した。長く、長く、長い間を置いて、ようやくユティがしゃべった。
『今、どんな気持ち?』
脈絡のない質問をされて立ち尽くした。まるでルドガーがローエンに何を話したか知っているようではないか。
「どんな、って」
『答えて』
「……ちょっとは気が楽になったよ。ローエンのおかげでまだこの仕事、踏ん張れそうだ」
『なら、よかった。それじゃ』
通話が切られた。ルドガーも通話offのボタンを押し、ホルダーに筐体を戻した。
「どうかされましたか?」
「いや。ユティの奴がさ、今どんな気持ち? って訊いてきて。まさか聞いてたんじゃないだろうなあいつ」
「ほっほっ。ユティさんならシルフ耳でもおかしくありませんな」
「あの中だとミラなんかもそれっぽいよな。というか、ミラがシルフ耳だと俺が困る」
「年頃の男女が一つ屋根の下で生活していると、聞かれてはまずいことも多いですからね――」
「そっちの『困る』じゃねえよ! 年寄りのくせにとんでもないこと神妙な顔して言うなぁ!」
「何話してるの?」
頭上からの声に驚いて上を見上げる。空中でミュゼが肘を突いて寝転がった態勢で浮いていた。
「びっくりさせんなよ~」
「ルドガーは飛んだままの精霊はお嫌いかしら?」
「飛んでようが浮いてようが別にいいよ。死角から声かけないでくれってこと」
「――ルドガーさんは実は大物かもしれませんね」
ミュゼだけでなくエルもルルも、ミラも、ユティもぞろぞろと戻ってきた。
「さっさと終わらせて帰るわよ。荷車以外の方法でね」
語尾に圧倒的殺気を感じた。ルドガーは首振り人形よろしくこくこく肯いた。
「じ、じゃあ行くか。準備はいいか?」
否はない。ルドガーはGHSの画面を操作する。分史座標データと、進入のYES/NOボタンを呼び出し、YESボタンを押した。
進入後に出た位置は、ハ・ミルからそう遠くないキジル海瀑だった。
「これが分史世界……光の霊勢が変化しているのかしら?」
ミュゼは物珍しさを隠しもせず、飛び回って海瀑のあちこちを眺めている。
「あ! 変なキレーな貝っ」
エルが波打ち際へと走っていった。ルルもエルを追っていった。ルドガーが声をかけてもお構いなしだ。ルドガーはため息をついた。
「今さらだけど、あんな小さい子を連れ歩くあなたの気がしれないわね」
「ぐ」
エルがルドガーの骸殻変身に不可欠だから、などと正直にいえば、往路の荷馬車でのように殴られかねない。
「約束したんだ。一緒に『カナンの地』に行くって」
「ふーん」
「言っちゃ悪いが、エルは一人じゃ『道標』集めなんてできないし、俺はエルが後ろにいると思うから戦える。必要なんだ、お互い」
「人間って、守るものがあるほうが強いって言うものね」
海瀑見物を終えたのか、いつのまにか戻っていたミュゼがルドガーとミラの後ろに浮いていた。
「ルドガーにとっては、エルなんでしょう?」
「ああ」
力を借りているという以上に、なりゆきだからという以上に、エルは特別な存在だ。
「そう思うなら、もっとエルに構ってやりなさいよ。父親と別れて、家がどこかも分からない女の子なんて、いくら甘やかしてもやり過ぎなんてことないんだから」
「結構、構ってやってるつもりなんだけど」
「エルがカラハ・シャールに行くの、何でだと思う?」
「…………」
「ふふ。その子の言う通りね。誰だって、ひとりぼっちはイヤだものね」
酒瓶の中のシャルトリューズのように、ミュゼの瞳は妖しく、されども優しく揺らめいていた。
「そう、だよな」
ルドガーは砂浜で遊ぶエルのもとへと歩き出す。性別も世代も違う自分だが、せめて彼女の話し相手にくらいはなってやれると信じて。
同じ頃、ユリウスもまたキジル海瀑にいた。
あちらからすると岩の洞穴を抜けた先で死角になった海岸の、高い岩の陰。ニアミス覚悟の至近距離であると同時に、久しく聞けなかった弟の声を聞ける位置でもある。
(元気そうでよかった)
少女と戯れるルドガーの声を聴いていると、ささくれていた心が潤っていく。
「お待たせ」
向こう側の海岸に集中させていた聴力を戻す。そこには案の定、ユティがいた。足音を殺し気配を消したのだとしても、ここまで近づかれて気づかなかったのは不覚だ。
「よく俺がここにいると分かったな」
「分かるよ。どこにいても、アナタなら」
蒼眸がユリウスを射抜く。彼女がたまに見せる、このまっすぐすぎる目が苦手だ。
「まずは、はい。いつもの写真付きルドガー生活報告書。――ニ・アケリアからこっち、ルドガーと6、ワタシ独りでは12、分史世界に潜った。『道標』は見つからなかった。今あるのはアナタが奪ったそれと、『ロンダウの虚塵』、二つ。これは前にも話した通り」
「前の報告より増えてないか」
「増えてない。ルドガーにはなるべく分史世界に行かせないようにしてる」
「君の分史破壊数だ」
「前の連絡から3増えたけど、それはユリウスには重要じゃない事柄。でしょう?」
皮肉ではなく本気でそう言っているらしい。
ユリウスはもたれた岩から離れて、蒼い少女の前に立った。
「重要じゃないわけあるか。骸殻を使えば使うほど時歪の因子タイムファクター化は進む。短期間でそれだけの分史を破壊したんじゃ、症状が出始めてるんじゃないのか」
ユティは本当に不思議そうに首を傾げた。
「どうしてワタシの具合、気にするの? ユリウスにとってのワタシは、
言われて、ユリウスは初めて考えた。
なんでもない――「何」でもない。
ユースティア・レイシィはユリウスにとって何者でもない存在だ。契約はあってもそれは書面も金銭もない口約束。赤の他人。情けも親しみも愛も向けてはいない相手。そんな相手を心配するなど無駄ではないか――ユティはそれを不思議がっている。
「まあ協力者の耐久限度は知っておかないと不安、よね。今のところ体表には兆候はない。内臓のほうはどうか知らないけれど。表に出なければまだ進行段階は低レベルなのよね」
「ああ。誰から習ったか知らないが、その通りだ」
逆にユリウスの
「君は自分の体が造り替えられていくのが恐ろしくないのか?」
「そういう感情があっても、行動に支障を来さないように、ある程度ハードとソフトは切り離すよう訓練してきた。確かにアナタが恐怖と呼ぶモノはワタシの中にあるけれど、それがこの先の方針を揺るがすことはない。アナタもそうじゃないの? 恐れても、止まってない。ルドガーのために」
「……ああ」
足掻いて足掻いて、結果として死んでも、弟を少しでも守れるならそれでいい。恐ろしいのはルドガーを争いの巷に残したまま逝くこと。
「君は?」
「ワタシ?」
「何故そこまでカナンの地に拘るんだ。願いはないんだろう」
尋ねてもいつもはぐらかされた。今までのユティの言動から、彼女は本当に無欲だとも分かっていた。だからユリウスも知ろうとする努力を途中で放棄していた。
(それを今持ち出したのは、この子の心に踏み込みたいと思ったから? 欲望でも切望でもないなら、この子は何をこの審判に賭しているのか)
「願いなんて、ない。ワタシは、ワタシが産まれた理由がそうだったから――」
最後まで聞けなかった。
「きゃああああーーーーっっ!!!!」
向こう側の海岸で轟いた幼い悲鳴が、答えを遮った。
あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して
あんだあ「な、何だよ。今日は何もヤバイ文章は入れてねえぞ」
るしあ「そうか……今回も心理学か」
あんだあ「もちあたぼうよ。反動形成って奴を使わせていただいたっす! 反動形成っつーのは簡単に説明すると、ストレス回避のためにキライな相手・憎い相手に本心とは逆の行動を取っちまうって行動心理学だ」
るしあ「今回の場合は誰が?」
あんだあ「それはヒ・ミ・ツ」
(illi´∀`)ハッ <|>===3333∑) ̄∩(゜д゜) ̄)
あんだあ「(ぷすぷす…)言ったら読む側的に面白くないじゃん(T_T)」
るしあ「そういう全うな理由ならば先に申せ」
あんだあ「今回は繋ぎ回だから見せ所らしい見せ所もなかった」
るしあ「なかったのう」
あんだあ「今回の作者の試みはごく小さかった。一つ『逆ハーPTのキャスト変更』、二つ『ルドガーのメンタル的ターニングポイント』。一つ目は成功。二つ目は半分成功ないし準備は整ったという感じだ。ルドガーがローエンに相談したことで次回への布石は置き終わった」
るしあ「ルドガー自身、自分の悩みを吐き出せたことによって、ようやくエル嬢の問題に着手できた次第であるしな。ここまで実に長かった。X2の要たるアイボーコンビをこうも徹頭徹尾後回しにした二次作者はそうおるまいて」
あんだあ「あくまで今作のメインテーマは『兄弟』だからな。そこは後回しになってもご容赦いただきたい。以前、分史ミラの登場が遅れたこともその一環――とこの場を借りて言い訳してみたり」
るしあ「オリ主にとってもこの章は分岐点になるわけであるし、色んな人物の心理が揺れ動く。作者の腕で書ききれるか実に不安である。読者諸兄は期待せずにお待ちいただけると有難く存ず」
あんだあ「次回はいよいよ海瀑幻魔戦! オリ主がどう変わっていくかとか、それを見た兄弟がどう感じるかとか、今度はちゃんと見所も用意しといたぜ! よろしく!(`◇´)」