レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

39 / 103
 落として 上げて また落とす


Mission7 ディケ(5)

 女性陣がおしゃべりしながら去っていったところで、ルドガーの顔を、ローエンが屈んで覗き込んだ。

 そーっと顔を上げる。すぐ前に好々爺然とした笑顔。

「…………なんか、わり。気、遣わせて」

「何の。若い方の悩みにジジイがどこまで力になれるか分かりませんが」

「俺、そんな分かりやすい顔してた?」

「いいえ。たまたま私が気づけたというだけですから」

 ローエンが立って差し出した掌。ルドガーは苦笑し、乾いた音をさせてそれを握り返し、立ち上がった。

 

 

 ――男二人で崖際の柵に並ぶ。ルドガーは木柵にもたれ、ローエンにというより、独白のようにずっと考えていたことを語り始めた。

「俺、5歳の時に母親亡くなっててさ。それで兄さんに引き取られたんだ。その時まで兄弟がいることも知らなかった。兄弟っていう割に似てるとこも全然ないし、最初兄さんは俺に見向きもしなかったから、本当は赤の他人じゃないのかって何度も疑ったよ。2年ぐらいはお互いどうしていいか分からない感じだったな。ぎこちないっていうか、空気が冷えきってた。あの頃何でか兄さん、めちゃくちゃ荒れてて怖かったし」

「温厚そうなユリウスさんにも若さゆえの暴走の時期があったのですねぇ」

「そんな可愛いもんじゃなかった気がするけど……でも、いつからだったかな。とにかく何かあって打ち解けて、家族っぽくなってきたんだよ」

「何かきっかけとなるようなことがあったのですか?」

「んーー……よく覚えてない。ただそれからユリウスがベタベタに甘くなったってのは覚えてる。いきなり豹変で子供心にも怖かったんだけど、現状、甘えられるのもユリウスだけだったし。深く考えんのやめた」

 ルドガーは足元に咲く野花を茎ごとちぎって、手の中でくるくる回す。

「いつからかな。ほら、参観日とかイベントとか、あと日常的なとこでいうと、外で遊んでる時とか。普通は親が来るもんだろ? でも我が家はユリウス一人。それがすっげえ恥ずかしくなった。親がいないの知られるから。天涯孤独の子とか、親がいても不仲な子とか、いたかもしれないけど、そん時の俺はとにかく自分の家庭環境が一番恥ずかしいんだと思った。だからユリウスに言ったんだ。ユリウスは有名で目立つからとか理由つけて、一緒にいたくないって。実際、俺に近づく女子って9割9分ユリウス目当てだったし。俺自身、『あの』ユリウスの弟って目で見られるの、たまんなかったんだ」

 白い花を萼ごとぷつ、とちぎって捨てる。花がなくなって茎だけが手の中に残る。

「一度そういう態度とったら、気持ちまでどんどん離れていった。過保護なとこも小うるさいとこも鬱陶しくて。ユリウスが悪いことしたわけじゃないのに、気づくとユリウスが大嫌いになってた」

 茎をぷつ、ぷつ、とちぎっていく。短くしていく。

「でもユリウスは俺には二人きりの兄弟だから。あの人以外に俺に頼れる身内なんていないから。出来た弟のフリをしてきた。手に負えない奴だと思われて捨てられないように。憎らしかったくせに、誰よりも俺が、兄さんから離れるのを怖がってた」

 ぷちん。茎がもうちぎれないほど短くなった。

「俺はずっと、兄さんから逃げたかった。ひとりに、なりたかったんだ」

 ルドガーは5ミリと残っていない茎を崖下に無造作に放り捨てた。

「だから剣を向けてでもユリウスさんから逃げ出した、ということですか」

 素直に肯く。あの時のルドガーは、ユリウスの掌から逃れたい一心だった。

「ですが最初はユリウスさんと同じ職を志されたと聞きましたが」

「どこに行っても身内だってバレたら比べられるって分かってたから。人生経験上。どうせなら同じエージェントになったほうが、比べられるにしてもマシかなって。肩書きが同じならコンプレックスもなくなる気がして」

「ずいぶんと消極的な動機だったのですねえ」

「本当にな」

「実際にお兄さんと離れてみていかがです?」

「清々した」

 予想より抵抗なくその感想は口にできた。

「張り合いはないけど。あー自由だなーって感じ。同居人はいるけど、四六時中一緒ってわけでもないから、すごく息苦しいってほどじゃない。でも」

 ルドガーは体を返して木柵にもたれ、俯いた。ずっと太陽を向いていたから、自分の影を見るだけで眼がチカチカした。

「1日ってこんなに短くて、あっというまに終わるものだったっけ、って、最近、よく思うように、なった」

 分史破壊任務の日も、クエストに出かけた日も、休みの日も、エルやミラと外出した日も。ルドガーの中ではどれもイコールでフラット。

 列車テロに遭ったあの日からずっと、日付や時刻の感覚がなくなっている。

 昨日は今日の、今日は明日のキャッチ&リリース。

「ユリウスがいなくなったから? それともエルたちが来たから? エージェントになったから? なあローエン、俺、おかしくなったのかな。時間がすごく早く過ぎるんだ。時間が過ぎてくのがすごく怖いんだ」

「ルドガーさん――」

「俺、どっかおかしいんじゃないのかな? 俺がした何かが間違ったから、俺、今こんなんになってんじゃないのかな。俺がしてきたこと……って、なん、だったんだ。俺、馬鹿なことしてきてたのかな? 俺が気づかないだけで、みんな俺のこと笑ってたのかな?」

「ルドガーさん」

 いつのまにかローエンが正面に立ち、硬く硬く握りしめていたルドガーの両手を持ち上げた。不思議だ。ローエンの手の感触を感じない。――痺れて、いる。

「そんなことは決してありません。もし笑う輩がいたとしたら、ラ・シュガル軍仕込みの拳で殴ってやります。皆さんも同じ気持ちですよ」

「でも……みんなは俺と違って、世界のこと考えてて、目標も理想も世界のためで……俺なんか、結局はユリウスとのことで、わやくちゃになってるだけなのに」

「構いませんとも。ルドガーさんのたった一人のお兄さんなんですから、存分に悩んで答えを出さないと後悔します。世界のことはしばらく、我々がルドガーさんの分も悩んでおきますから」

 ルドガーはローエンから目を逸らした。イエスでもノーでもウソになってしまうから、口を噤むしかなかった。

「人には誰しもリズムというものがあります。ルドガーさんにはルドガーさんのリズム、ユリウスさんにはユリウスさんのリズム。そのリズムは一人一人異なっていて、例え血の繋がった兄弟でも重なることはありません。無理に重ねようとすれば不協和音となってお互いを苦しめるだけです。ルドガーさんはすでにお分かりですね?」

「うん……」

「ルドガーさんは、ユリウスさんをすぐそばに感じられなくなって、ご自身のリズムを確立する前に、エルさんやユティさん、ミラさんといったたくさんの(おと)が一斉に入って来て、今は混乱している状態なのだと思います」

「でも、あれから何ヶ月も経ってるのに」

「心の混乱は簡単に治るものではありません。お兄さんから離れようとするルドガーさんの行動は決して間違ったものではないのです。そこは自信を持っていいのですよ。罪悪感を覚える必要もありません。巣立ちへの希求は人類共通の本能です」

「本能――」

 もはや返せる「でも」もなく、ルドガーは俯くしかなかった。

「……超えたいとか、認められたいとか、そんなお綺麗なもんじゃないんだ。俺、ずっと兄さんが大嫌いだった。兄さんを見返してやりたかった。兄さんを打ちのめしてやりたかった。そんなドロドロした汚い気持ちなんだよ。ガキの時からずっとだぜ?」

「いいのですとも。どこがおかしいものですか。ルドガーさんはお若い頃から独立心旺盛だったのですね。今日まで誰にも相談できずに、辛かったですね」

「あ……」

 とてもありふれた言葉なのに、何故かローエンの言葉はことん、と胸に落ちてきた。

 熱いものが勝手に目尻までせり上がってきた。ルドガーは慌ててローエンの手をほどき、ぐしぐしと目元を拭った。

「もしまたユリウスさんと会って、今のような気持ちになられたら、どんな形でもよろしいので、そのサインをください。前はあなたに任せきりでしたが、今度こそ私も力になるとお約束します」

 ローエンは恭しく左胸に手を当て、にっこりと笑った。彼になら不安を曝け出しても怖くないかもしれない、そう想わせてくれる、頼もしい笑顔だった。




あんだあ「あんだあでーす(≧▽≦)」
るしあ「るしあでーす(・д・。)」
あ・る「「二人合わせてあんだるしあでーす(≧▽≦)(・д・。)」」
るしあ「して(なれ)よ」
あんだあ「何だ相棒」
るしあ「今回のルドガーのこれは何だ」
あんだあ「……作者のメンタルをまんまルドガー君に代弁してもらった」

(#゚д゚)=○)゚Д)・゚、;'

あんだあ「いやマジ話よこれ!? まんま作者が社会人一年目で感じた種々の疾患をそのまま書いた奴よ!?」
るしあ「ゆえに質が悪いと言うておる」
あんだあ「しかし退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」
るしあ「省みよ」
あんだあ「へーい(-ε-)」
るしあ「では今回からマジメ解説を始めようぞ。まずは我が家のルドガー氏がユリウス氏をどう見ていたかだ」
あんだあ「あれって兄さん視点で取り上げられることが多いよね。兄弟ファンなら知らぬ者なしトマトソースパスタEP。兄さんがルドガー君大好きになる理由はあれで理解できたんだけど、作者はルドガーが何で兄さん想いなのかを上手く理解できなかったらしい」
るしあ「親代わりに育ててくれたこの世で唯一の肉親だからではないのか?」
あんだあ「それって裏を返せばルドガー君には兄さんしかいないからって解釈もできなくね? とひねくれた見方をしたのが作者。ほらあれだ、劣等感とか激情を隠そうとして逆の行動を取っちゃうって心理学用語あるべ? あれからインスピレーションを受けたの。今作ではルドガー君を『普通の青年』として描くのが目標だから、感覚はなるべく一般人に近づける方針なのである」
るしあ「出来過ぎた家族を持つと苦労するというのはどの漫画でも小説でも身近なテーマゆえな」
あんだあ「だから『兄さん』と『ユリウス』の呼び方に気をつけた。さらには家族にはなかなか使わない『あの人』なんて呼び方まで出した」
るしあ「公式の呼び方は『ユリウス』らしいな。某仮面氏も『ユリウス』と呼んでいたし。知った瞬間作者がディスプレイ前でorzしていた」
あんだあ「あー……作者は呼び方フェチだもんな。エ〇ァのア〇カ並みのツンデレ娘が友達はちゃん付けだと悶え死ねるらしい」
るしあ「ギャップ萌えか」
あんだあ「その一言でまとめてほしくないさじ加減」
るしあ「閑話休題。この回は10回以上は書き直した」
あんだあ「迷いに迷った。ルドガー君がどんどん深く掘って掘って掘っていっちゃうから(T_T) だが対策はしておいた!」
るしあ「それがローエン翁とエリーゼ姫のキャスト交替か。確かに若者の悩み相談はローエン翁のほうが向いておる」
あんだあ「……回復術は使えないけど(ボソッ」
るしあ「待て。今本番で大変な問題点になる内容を言わんかったか?」
あんだあ「考えるな! 感じろ!(←訳:ローエンが回復術を使えない設定忘れてください)」
るしあ「不安ぞ……」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。