レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 あなたが彼を憎んでくれるのを待ってた


Mission6 パンドラ(10)

「なかなかに見応えのあるショーだったぜ。イバル君にユースティア君に――ユリウス?」

「リドウさん! 何でここに」

 ノーマルエージェントを数名引き連れたリドウが立っていた。

「だって俺、分史対策室室長だから。――お前が弟のこと以外で声を荒げるの、初めて見せてもらったぜ、『元』室長。貴重なシーンありがとさん」

 ユリウスは隠しもせず舌打ちした。あの、マナーにはうるさいユリウスが。よほどリドウを嫌っているらしい。

 だが、それ以上に、ルドガーの心には引っかかるものがあった。

(そういえば、兄さんが俺の前でこの手のマイナス感情を出すの、もう何年も見てない。引き取られたばっかの頃は、むしろ分かりやすいくらい喜怒哀楽があったのに。いつからだ。いつから兄さんは俺に本心を曝け出さなくなった? いつから兄さんは俺に心を見せなくなった?)

「お前に見せるためにやったわけじゃない」

「――そのスカした態度が気に入らないんだよ」

 リドウは聴こえないよう言ったつもりだろうが、ルドガーは立ち位置のせいかしっかり聞き取れた。

「さて、ルドガー君。回収した『道標』を提出してくれ。以後、分史対策室で厳重に保管する」

 個人的にはいけ好かない男だが、エージェントたるルドガーにとってリドウは上司だ。

 ルドガーはリドウの前まで歩いて行き、ポケットから「道標」を出してリドウに手渡した。リドウはノーマルエージェントが開けたアタッシュケースに、白金の歯車の集合体を収めた。

「確かに。初任務ご苦労さん、新人君」

「――ありがとうございます」

「で、だ。せっかく一仕事終えたところ悪いが、もう一つ任務を与える。――エージェント・ルドガー。分史対策室前室長ユリウスを捕縛しろ」

 ルドガーは反射的にリドウを見返していた。リドウはニヤニヤするばかり。

 分かっている。この男は分かった上で、兄弟で捕物の茶番を演じさせようとしている。

 ユリウスが行方を眩ましたのは、ルドガーと離れることでルドガーの目を一族から遠ざけるため。ルドガーを想っての行いだ。だから列車テロの首謀者だと報じられても、釈明一つせず逃げ回る――そう、手紙には書いてあった。

(結局、全部裏目に出て、俺はクルスニク一族の一員になった。もう兄さんが姿を隠す意味はない。警察に連行されるユリウスなんて見たくない。いっそ俺の手で……)

 天秤はほとんどリドウの命令を聞く側に傾いていた。

「悲しいなあ、ユリウス。まさかエージェントになった弟にお縄を頂戴するハメになるなんて。せっかくルドガー君を(●●●●●●)入社試験で(●●●●●)不合格にした(●●●●●●)のになァ(●●●●)?」

 現実に聴こえた気がするほど生々しい音を立てて、心の天秤が傾ききった。

(兄さん、が、俺、を?)

 もどかしいくらいの時間をかけてユリウスをふり返る。そしてルドガーは、リドウの言葉が事実だと知った。ユリウスを見て、そうだったんだ、と分かるくらいには長い付き合いなのだ。

「――何でだ」

「あ、れは……」

「何でだよ! 何で邪魔したんだ! 俺がずっとクラン社のエージェントになりたいと思ってたの知ってただろ!? なのに、どうして!」

「違う! あれはお前を思ってのことだ。お前を少しでもこんな世界から遠ざけたかった。俺を信じてくれ、ルドガー」

 信じてくれ。

 ユリウスのその一言で、ルドガーの中で何かが音を立てて切れた。

 ルドガーは双剣の片方を抜き、ユリウスに突きつけた。

 

「兄さんの何を信じろって言うんだ。肝心なことはずっと隠してたくせに」

「それ、は……」

 ――“何で? 昔は何でも話してくれたのに”――

 常に自分の上にいる兄。自分をいいように動かそうとした兄。

 そんな兄の庇護がなければ何もできない自分。――もうたくさんだ。

 ――“お前なんかに話すことなんてない。とっとと帰りなさい!”――

 

「俺を守るため? ふざけんな。遠ざけて邪魔して、なのに知識だけは与えて。それで俺がどんなにみじめな気持ちだったか兄さんには分かるか?」

 

 ――“姉さんが何をしてるか気になって…”――

 ――“関係ない”――

 

「守ってくれたのも甘やかしてくれたのも知ってるし、感謝してる。兄さんが俺のためにどんなに頑張ってくれたかも、少しは分かってるつもりだ。だから兄さんの助けになりたくて、兄さんに並びたくて俺なりに今日まで努力してきた。そんな俺の気持ちも知らずに、兄さんは俺を叩き潰した。兄さんにとって俺はそんなに目障りだったんだな」

「ルドガー、違う! 俺は」

「違わない」

 ――“姉さんが、悪いのよ”――

 

「俺は俺のやりたいようにやる。俺はもう兄さんに頼るような子どもじゃない。兄さんにあれこれ指図されなくたって、自分の道くらい決められる」

 剣を間に、兄弟は睨み合った。翠と蒼の眼光がぶつかり合った。

 

 ユリウスと本気で睨み合ったのなど何年ぶりだろうか。思えばここ数年、ケンカらしいケンカさえしていなかった。

「連行しろ」

 リドウの指示に、ノーマルエージェントたちが動き出す。ユリウスに黒匣(ジン)製の手錠をかけ、警杖を交差させて無理やり歩かせる。

 まさに犯罪者の連行という光景を、ルドガーは目を背けずしっかりと見届けた。




 タイトルですでにみなさんお察しの通りです。ユリウスが希望をつかむために逃がした災厄は、最愛の弟の心が離れるという、ユリウスにとって最も痛い形で返ってきました。
 今回がこの作品そのものの肝です。拙宅のルドガー君のメインテーマは「兄への複雑な感情」です。
 コンプレックスだったり感謝だったり独占欲だったり憎たらしさだったり。ただ愛してるんじゃない、ただ憎んでるんじゃない、ぐちゃぐちゃな感じが出せるよう頑張りたいです。

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