たった今アルクノアから自分たちを救った少女が、今度はその槍をルドガーに突きつけている。
新たな命の危機だというのに、ルドガーは別のことに心奪われていた。
(兄さん、に、そっくりだ)
メガネ着用、髪の色はもちろん。少女は、かつてユリウスが剣の手ほどきをしてくれた時と同じ空気をまとっていた。
「もう一度言いますよ。今すぐ列車から降りて。その子と一緒に。でないとアナタ、死ぬわよ」
やけに確信的な言い方に、さすがのルドガーも先のデジャビュは忘れて言い返す。
「それはあんたもじゃないか。あんた、アルクノアじゃないんだろう。武器は持ってるみたいだけど、一人でテロリスト全員相手にするなんて無理がある。俺の身を心配してくれるのはありがたいが、あんたも自分の安全を考えたらどうだ」
「――、乗ってたら死ぬって言ったんですよ? 怖くないんですか?」
「無駄に度胸だけはあるほうなんで」
でなければ、栄誉もエレンピオス一だが就業死亡率もエレンピオス一のクランスピア社のエージェント選抜試験など受けられない。
「じゃあアナタは望んでこの死地に乗り込んだの? 自殺願望? 新手のドM?」
「どっちもないから。ただ、そこの女の子とか、駅まで案内した奴とか、この中で大変な目に遭ってるかもしれないと思うと、居ても立ってもいらんなくて。それだけだ」
すると少女は頭痛を堪えるような表情をした。
「……想定外……巻き込まれたなんてものじゃなくて、首を突っ込むタイプだなんて……とーさま、目算甘すぎ」
言い返すべきか、少女のアクションを待つべきか。
ルドガーが悩んでいると列車が大きく揺れた。発車したのだ。これでいよいよルドガーも少女も逃げられない。
「……状況失敗」
少女はあっさりショートスピアを降ろした。ルドガーが襲いかかるとは露ほども考えていない様子だ。実際襲う気もないが。
「アナタの言うとおり、ワタシはアルクノアじゃない。ちょっと腕の立つ民間人。見たとこアナタもそうみたいだから、このデッドダイヤから脱け出すまでは協力しない?」
「……分かった。よろしく頼む」
「即答? ワタシ、アナタに槍向けたのよ」
「でも殺す気はなかったし、助けられた。俺はルドガー。よろしく」
「その優しさが命取り、なんて今時いるのね……ユティです。よろしくお願いします」
ルドガーはユティと握手した。小さな手だ。だからこそ武器もショートスピアという軽量型なのだろう。
ユティはルドガーと手を外すと、ふいに首から提げたカメラを構え、ルドガーに向けてシャッターを切った。フラッシュにたたらを踏む。
「いきなり何するんだ」
「『お人好し社会人一年生が列車テロに巻き込まれた人生最悪の日』なんてどうでしょう」
「お前な……っ」
この状況で写真を平然と撮るな。そして人をイラッとさせるタイトルをつけるな。
だが、反論には至らなかった。通路に再びアルクノア兵。ユティがショートスピアを構える。だが、ルドガーには武器がない――!
「これ使って!」
座席に隠れていた少女が投げてよこしたのは、双剣。受け取ったそれはしっくりと手に吸いついた。練習用に使っていた模造刀でさえ、これほどなじむまい。
アルクノア兵がマシンガンを連射する。ルドガーもユティも避ける。
ルドガーはアルクノア兵に肉薄し、懐に入ってマシンガンを叩き落とした。それでも体術で挑んでくるアルクノア兵を、天井から狙う者がいる。
蹴る音がして、降ってきたユティがショートスピアをアルクノア兵の肩に突き刺した。落下の勢いも借りた一突きは、兵士の腹部まで沈んでいた。
とん。ユティが着地し、ショートスピアを抜く。肉がよじれる音がして、血まみれの槍身が現れた。
「どうやってあんな場所に立ったんだか」
「ワタシ、ただでさえちっこいし非力だから、勝とうと思ったら奇襲しかないのよね。コレはソレを極めた結果」
しかし歓談の間にも次のアルクノア兵が現れる。いざ、と交戦に入ろうとした時――アルクノア兵が倒れた。
「あれ?」
アルクノア兵を倒したのは、ルドガーが駅に案内した白衣の少年だった。
「お見事、Dr.マティス。今のがリーゼ・マクシアの武術ですか。警備の者にも習わせたいものだ」
拍手しながら歩いてくるのは、何とビズリー・カルシ・バクーと、その秘書のヴェル・ルゥ・レイシィだった。
「同じ車両に乗り合わせててよかったです」
次いでビズリーの目はルドガーに留まった。
「そちらもなかなかの腕をお持ちのようだ。私はクランスピア社代表、ビズリー・カルシ・バクー」
ビズリーが大きな掌を差し出す。握手を求められている。あの巨大企業クランスピア社の社長に、兄が勤める会社のトップに!
内心の歓声を抑えて、ルドガーは名乗りながら握手に応じた。
「ユリウスの身内か」
「本社のデータにありました。ルドガー様はユリウス室長の弟です。――母親は違うようですが」
そこでフラッシュ音。ルドガーは内心の恨みを今度は包み隠さず後ろをふり返る。
「おーまーえーなー」
「そんな大物と握手できるチャンスなんてそうそうないですよ、無職のルドガー君。一生の宝物になる確率大デスヨ。生活困ったらお金にもなるしね」
「ぐっ」
「はははっ。面白いお嬢さんだ。友人かね」
「いいえ! たまたま乗り合わせただけの赤の他人です」
ビズリーはユティにも握手を求めた。
「ユースティアです。ユースティア・レイシィ」
ユティはビズリーと握手を交わした。あの小さな掌は、ビズリーの大きな手にすっぽり収まっている。ルドガーはここで初めてユティのフルネームを知った。
「奇遇だな。私の秘書もレイシィ姓だ。ルドガー君といい君といい、不思議と縁があるな」
当のユティは何故かじっとヴェルを見つめ、ふいと逸らした。どこか痛そうな顔だった。
(双子なのにミドルネーム違うんだなってノヴァに言って、俺と兄さんみたいに兄弟でミドルネームまで同じほうが珍しいって言われたっけ。ユティはノヴァやヴェルの親戚なのか?)
「ルドガー、とりあえず、列車止めよう。このままだとみんな死ぬ。乗ってる人も、アスコルドの人も」
「そんなの困る!」
「そう。困るの」
「僕も行きます。――責任があるんです」
名乗り出たのは白衣の少年。琥珀色の目は歳に似合わず鋭い。
「僕はジュード・マティス。よろしく、ルドガー、ユティ」
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