レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 あなたは最初から強かったのね


Mission3 テミス(3)

 ルドガーの承諾を受け、ヴェルが手帳を開いてユリウスの情報を開示する。

 ヘリオボーグ研究所のバランとの交流。マクスバードで『ユリウス』を探す人物。

 

(バラン…懐かしい名前。バランおじさま、今頃何して…)

 

 考えて、ユティは自嘲した。

 

(何して、も何も、ユティの世界はユティが時歪の因子(タイムファクター)を壊して消滅させてしまったばかりじゃない。バランおじさまだけじゃない、アルおじさまも、かーさまも、みんなユティの槍で死んだ)

 

「ユティ? さっきから何かヘンだよ」

「ナァ~?」

 

 エルとルルが眉根を寄せてユティを見上げる。この混雑した現状にあって、たった8歳の少女が他人を気遣えるというのは稀有な精神性だ。

 

(おじさま方に話に聞くだけだと、大人たちに守られる薄羽の蝶ってイメージだったけど、とんでもない。エルは最初から立派な胡蝶だわ)

 

「気にしないで。一時的なエラーだから」

「さっきも言ってたね。えらーって何?」

「ワタシは失態って意味で使ってる。ちなみに失態は、間違えたとかミスしたとかいう意味」

 

 さらに分からなくなったのかエルは腕組みで「?」を浮かべる。これ以上は答えないでおいた。

 

 

 

 

「とりあえず、マクスバードとヘリオボーグに行ってみろってことだね」

 

 総括したジュードに頭を向ける。

 

 ビズリーとヴェル、イバルはすでに退室した後だった。置き土産とばかりに壁に粗悪な似顔絵の手配書が貼ってある。――撮る気は起きなかった。

 

「またお金ないとダメかも……」

「そうだね。またクエスト斡旋所に行って、4人分稼ごうか」

「ジュードも来てくれるのか?」

「ここまで来たら乗りかかった船だよ。最後まで手伝わせてほしいな。迷惑?」

「まさか! ジュードがいるなら大船に乗った気分だ。でもいいのか? 仕事とか…それに、俺と一緒にいると、犯罪者の身内に見られるかもしれない」

「だとしても、ユリウスさんが犯人じゃないことを僕らは知ってるんだ。それにルドガー自身が悪いことしたわけじゃないでしょ。こういうのは堂々としてるのが一番だよ」

「やけに実感のある言葉…」

「…僕も1年前に似たような経験したもんで…」

 

 ユティの世界には、「ジュード・マティス博士はインターン中にリーゼ・マクシア全土で指名手配を受けた」という都市伝説があったが、事実だったのか。

 

「ユティは? 来るの?」

「言うまでもなく手伝うに決まってる」

 

 エルの問いかけに、ユティはそこそこ膨らんだ胸を張った。

 

「……兄さんに頼まれてるからか」

「うん」

 

 ルドガーは渋面を作った。明らかにユティの同行を厭っている。

 

「それが理由だと、ルドガーはそばにいさせてくれない? なら別の理由を考える」

「……そういうわけじゃないし、考えてようやく出てくるような理由ならいらない」

 

 逸らされた顔はすでに真顔に戻っていた。

 

「今から街道に出るのは危ない。夜になって魔物も活発になるだろう。だから出稼ぎは明日からでいいか。――エルはうちに泊まるとして、ジュードは」

「便乗させてもらえると嬉しいなー、なんて。僕、ヘリオボーグ研究所の職員宿舎に住んでるんだけど、帰りのお金なくて……」

 

 先ほどはジュードの親和力に驚いたが、今度はルドガーの適応力に驚かされる。

 ここにいる全員が昨日おとといにルドガーと知り合ったばかりなのに、ルドガーはユティたちと同道し、宿を供することさえ自然体で行っている。

 

(濃やかで情に篤く、しかし情に流されはしない。アルおじさまの人物評通り)

 

「じゃあジュードも泊まりな。ユティはどうする」

「泊まりたい。ユティの実家、山奥、遠い」

「はいはい。じゃあとりあえず店閉まる前に買い出し行ってくる。みんな着替えやら何やら要るだろうからな。あとは飯の材料」

「エルも行くっ」

「いいけど迷子になるなよ。ルル、留守番頼む」

「ナァ~!」

「あとユティ。部屋の中勝手に撮るなよ」

「……ちぇ」

「撮・る・な・よ?」

「イエス、サー」

 

 

 

 ルドガーとエルが買い出しから帰ってきてからは、特に盛り上がりもせず、シャワーから着替え、就寝まで、面白いイベントも起きなかった。

 

 どんな言葉も、口にすることで現実がさらに悪化しそうで、誰も言えなかったのだ。




 今回は短めになりました。というよりキリがいいのがココだったので短くなりました。お泊りイベントを期待していた皆様、実に申し訳ありません。
 ルドガーとジュードの仲を近づけてみました。友情的な意味で。実はTOXでアルヴィンがジュードたちに付いてく時のセリフが「乗りかかった舟」なんですよね。歴史はくり返す的な意味で入れてみました。
 そしてオリ主の新事実発覚。バランと知り合いでした。ユリウスがバランと友達だったなら彼女もバランと繋がりがあってしかるべきかなーと。イメージ的には家庭教師です。
 ん? バランと知り合いならアルヴィンとも繋がりがあるんじゃないかって? ふふふ♪ それは次回のお楽しみです。

【テミス】
 ギリシャ神話の、法律、秩序、正義、掟の女神。
 人類に火を与えたプロメテウスの母とも、ゼウスの2番目の妻でゼウスの助言者とも言われる。
 ゼウスが大洪水を起こした時は、人間の夫婦に箱舟を作るよう助言した。

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