If なんば~ず ~ Sweet Home ~   作:vangence

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あくたーしすたー

 ≪前回より、部屋の外にて三人娘の会話を抜粋≫

 

「どうしたんだよディード、なんでわざわざ悠を行かせるよなこと言うんだよ!?」

 

「そうッスよ。 大体あんな話適当に誤魔化しておけば……」

 

「仕方なかったんです……もし手伝わなかったら、でも私……うぅ」

 

「ディード……いったい何があったんスか」

 

「もし、あのことを兄様に知られたりしたら、私もう兄様に娶ってもらうしか」

 

「「いや、その理屈はおかしい!!」」

 

「てかいったいどんな秘密を握られたんスか!?」

 

「すげぇ気になるんですけど!」

 

「絶ッッッ対に教えられません。あと、メインの問題はそっちではなくお願いのほうです」

 

「ああ、そういえばそうッスね」

 

「今回は本当に料理のほうが食べたいだけ……なんだよな?」

 

「……実はさっきの兄様へのお願いというのは、本当は少し内容が違うんです」

 

「? それっていったい……」

 

「ドゥーエ姉様からのお願いというのは、その、つまり……食べたいのは兄様の料理ではなく……」

 

 

 

 

「『久しぶりに()()()()()()』……なんです」

 

 

 

 

「「 ――――ッ!!」」

 

 ピリリリ♪ ……ピリリリ♪

 

「? すみません、今切りま……ドゥーエ姉様からです。 もしもし……はい、ウェンディ姉様とノーヴェ姉様です……わかりました、今代わります。お二人とお話ししたいことがあるそうです」

 

「「…………」」

 

 

 

 

 これ以上は語ることはない。いや語れないのだ。

それは彼女たちのためである。人には知られたくないことが人には少なからずある。

人は誰でも秘密を持って生きている。それをわざわざ公にする必要など、ありはしないのだから。

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 海鳴市から内陸方面に向かって約100㎞にその大学はある。

 

 正式名称、私立クラナガン国際大学。クラナガン大学は創立から20年しかたっていない、まだまだ新しい大学である。

 

 しかし、その門を叩くことは並大抵の人間ではまずできない。

新設校にして早くも旧帝大、MARCHとその名を連ねる程の学力を必要とし、推薦をとる人間もスポーツにおいて全国覇者など経歴をもつ強者しか採用することはない。まさに国内において映え抜きのエリートばかりが集められた大学である。

 

 そのエリートである学生の中にスカリエッティ姉妹の中で名を連ねる者が一人。

二女であるドゥーエ・スカリエッティである。学力は十分であり、運動能力も凡俗をはるかに超えたものを有している彼女は正にこの学校に相応しい人間であるといえる。

 

 加えて、彼女は演劇に携わる女性であり、高校生のころからその頭角を現していた。

どのような役であってもそれを完璧に自分に投影することができる彼女は、まさに天才だった。

 

 そして特筆すべきは、その美貌である。まさに10人とすれ違えば10人が振り返るほどの美しさ。

日本人離れした茶色がかった金髪は、彼女の肌理の細かい肌を引き立て、その佳麗さは数多くの男性も同性さえも虜にしてしまう。

 

 人当りも良く、人望も厚い。非の打ちどころがない正に完璧な女性と言えるだろう。

 

 

 

 

 だが、彼女を慕う者たちは知らないのだ。彼女もまた一人の人間であり

一人の女性……年頃の感性を有した、乙女(・・)であることを。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ひゃあ~~腰が死ぬ!」 

「このくらいで何言ってるんだ。しっかりしろ」

「いやそうは言ってもね、こんな長距離バイクの上でガタガタ揺らされたら誰だって腰痛めるって」

 

 

 どうも五代 悠だ。俺は今クラナガン大学にいます。

理由は前回を参照してくれ……ん? なんだ、今俺はいったい何を思ってたんだ?

前回ってなんだろう、若くしてボケが始まってるんだろうか。

 

 

「そこまで痛いんだったら、姉さんが負ぶっていってやろう」

「いえ結構です」

「即答とは酷いな、折角の善意を無下にすることもないだろう」

 

 

 俺はセイン姉みたいに衆人に見られる中でおんぶされるのは無理です。結局腰に走る鈍痛にも似た痛みを我慢しつつ、大学の案内板に向かう。

 トーレ姉は案内板を見つつ携帯を取り出しどこかに掛けた。ついでに言うとトーレ姉さんはまだガラケーである。なんでもスマホは(しょう)に合わないんだそうだ。

 ちなみに俺もまだガラケーだ。

 理由はただ一つ、子供のころから好きな特撮ヒーローが携帯を使って変身していたからだ。

 俺が携帯の所有を許可されるまでの十数年の間にスマホにシフトしてしまったのは実に不憫でならない。未だに携帯を開いて『555』とやってしまうのは俺だけではないと信じたい。

 

 

「ああ……悠もいる……そうか、じゃあな。ドゥーエはB棟の多目的ホール3にいるらしい。悪いが私も別件があってな、一人で行けるか?」

「そんな子供じゃないって、一人で行けるから」

「そうか? ならここで別れよう。用事が終わったら連絡してくれ」

「了解」

 

 

 トーレ姉と別れた後、俺はB棟に向かって歩き出した。

まったくトーレ姉も酷いものだ、俺だってもう高校生だ、地図がありながらにして迷うなんてことがあるはずないじゃないか。さっさと用事を済ませて帰るとしますか。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「そんなとを思ったことが俺にもありました……」

 

 

 迷った、悲しいことだが迷ってしまった。だってここめちゃくちゃ広いんだもん。道がややこしいもん。

こんなの一見様だったら誰だって迷うもん。

 

 内心言い訳をつらつらと吐き出しながら俺は見知らぬ土地を彷徨っていた。迷ってみるとわかるが実際迷うと凄く心細い、寂しい、助けてトーレ姉ぇ……。

 

 心強い女性の顔を思い浮かべる……うん、元気でた。まだ頑張れる。心に喝を入れて再び歩き出す。

先ほどの案内板を思い出しながら道と建物に照らし合わせて自分の位置を予測しなおす。

……う~ん、なんとなく予測はつくんだけどなぁ。一向にB棟がどこか分からない。

 

 

『……私もまさかこんなことになるなんて……』

「……あれ、なんだろ?」

 

 

 何処かから声が聞こえていた。美しい声だ。

声に釣られる様に足が向かっていく。

 建物の中に入っていき、声のする部屋の扉をそっと開ける。

 

 扉の奥は大きなホールになっていて、ホールの奥には大きな舞台が設置されている。

客席も多く設置されており、下手な地方の文化会館などよりも立派だ。

 扉の上を見てみるとプレートが付いており、そこには『多目的ホール3』との文字が描かれていた。

ドゥーエ姉がいるとトーレ姉が言っていた場所に、何とか流れ着けたようだ。

 

 ホールに入って扉をそっと閉める。

ホールの中は客席の電気が落とされており、ついている照明は舞台のものだけだった。

舞台の上では女性と男性が演技をしているようだった。

 

 

「全部お芝居なんだよッどうしてそんなことがわからないんだよ!」

「でもあの人、怪我が治るまでの一か月送り迎えしてくれたのよ」

 

 

 舞台の二人は携帯を持っているような素振をして話している。

携帯越しに話をしている、そういうシーンなのだろう。男性の役は女性を責めるように言葉を続けた。

 

 

「だから……結婚したのか?」

「そういうわけじゃ……ないけど」

 

 

 女性のほうは俯きながら男性の問いに対して言葉を濁す。修羅場のシーンなのだろうか。

シーンは次第に盛り上がりを見せていき、二人の演技にも熱が入る。

 

 男性の演技もなかなかだが、女性のほうは素人目の俺から見ても一線を画すものだとなんとなくだがわかる。

女性が顔を上げる。

 

 

「私はッ……あなたと出会わないで、あの人と出会ってしまったの」

 

 

 その瞬間、俺は息を飲んだ。

その女性の美しさに見惚れたからとか、そういうこともあったかも知れない。

しかし、俺の心を揺さぶったのはそれではなかった。

 

 一瞬、完全に舞台の上と、俺のいる場所が一体であるかのような錯覚を覚えたのだ。

俗に言う。物語に引き込まれるというものなのだろうか。

女性の挙動の一つ一つが俺の意識を物語の世界に引きずり込んでいく。そして気付いた。

 

 

「捨てるんじゃなくて……無くしてしまったしまったの……」

 

 

 

 

 舞台の上の女性が、ドゥーエ姉であることに。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「結局、最後まで見てしまった……」

 

 

 まあ演技中であったことも要因のひとつだけど、俺が見入ってしまっていたというのもまた事実だ。

練習が終わった後に舞台の脇から、キャストとスタッフらしき人たちが出てきた。

 

 その中にはドゥーエ姉もいた。

じっとドゥーエ姉を眺めていると視線に気づいたのか、ドゥーエ姉がこっちに手を振ってきた。

なんとなく振りかえすと、ドゥーエ姉が舞台から降りてくるとこっちに向かって歩いてきた。

演技の後で熱が残っているのだろうか、少し頬を赤く染めていた。

 

 

「久しぶりね……悠」

「そっちこそ、元気そうでよかったよ。演技、凄かった」

「そうかしら? お世辞でも嬉しいな。悠にそう言って貰えると」

「まあ演劇のことなんてからっきしだけどさ」

 

 

 俺は演劇というものに関わったことがないから、大雑把なことしか言うことができない。

それでもドゥーエ姉は嬉しそうに微笑みを返してくれる。

 

 

「お~いドゥーエ~早く戻ってこ~い」

「今行きますー! ちょっと待っててね。今から反省会なの」

「分かった。表で待ってるよ」

 

 

 舞台の上から女性がドゥーエ姉を呼び、催促の声に答えてドゥーエ姉が舞台に戻っていく。俺もホールから出ようとして舞台に背を向ける。

すると、

 

 

「おい、ドゥーエ! ついでだからそこの少年もここに連れてこい! 素人目からの意見が聞きたいから!」

「……マジすか?」

「ごめんね。私らのボス、ああいう人なの」

 

 

 その後ドゥーエ姉の所属する演劇サークルの人たちと顔合わせをして、よく分からないながらも意見の提供をさせられることになった……。

 

 

 

 

  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 演劇サークルの人たちと別れてドゥーエ姉と共にB棟から出る。

演劇に関わっている人たちと初めてまともに話したな。ドゥーエ姉は演劇の話とかあんまりしなかったし。

皆なんか凄かったなぁ、なんていうかこう……

 

 

「皆凄かったでしょ? キャラが濃くて」

「うん。ボケが9割でツッコミが1割って感じだった」

 

 

 ついつい俺もツッコミ精神が反応して普通にツッコんでしまった。

もう、ボケが下手にツッコみだしてボケにボケを重ねる結果になったりとカオスでケイオスな空間だった。

 

 

「ふふ、それって演劇あるあるの一つなのよ? 他にも男女逆転現象なんてのもあるんだから」

「……なんだよそれ、すげえ怖いんですけど」

 

 

 ドゥーエ姉がころころと笑ってさらりと答える。

凄く興味深い話だけど言葉の響きは狂気を感じるものだったので追及するのは避けさせてもらおう。

 

 

 ドゥーエ姉と歩いていると周囲からの視線が凄いことになる。

まあウェンディとかセッテも人目を引く身なりをしているので、と歩いていてもかなり感じるから多少は慣れてはいるんだけど。

ドゥーエ姉はその非ではない。セッテ達と一緒にいるときの2、3倍は多い気がする。

 

 

「ドゥーエ姉ってやっぱりここでも人気者だね。高校の時もこんなんだったよね?」

「まあね。普通にしてるだけなんだけどなぁ……」

 

 

 ドゥーエ姉は苦笑しながら周りを見渡す。視線を向けられた人はドゥーエ姉に見惚れたり、女性においては歓声を上げたりと様々な反応が返ってくる。

改めて見ると凄い人気っぷりだ。こんなに人望のある人と並んでいると自分が矮小というか少し惨めというか、少しいたたまれない。

 

 

 すると、ドゥーエ姉がそんな俺を察してか……なぜか腕を絡めてきた。

その様子を見ていた取り巻きが一斉に騒ぎ出す。

 

 

「ふふ……こうやって歩いてると恋人同士に見えるかしら?」

「いやっ、そんなことよりも俺は周囲からの視線が痛いよ!」

「そうかしら? 私は心地いいけどなぁ……悠とそういう風に見られて♪」

 

 

 茶化してないでこの事態をどうにか収拾して欲しい。

さっきから携帯で激写されちゃってるんですけど、妬み的な視線が凄いんですけど!!

 

 

「お姉ちゃんにサービスしても罰なんて当たらないわよ。気にしない気にしない」

「だから無理だってぇ……」

 

 

 結局大学を出るまでずっと腕を組ませっぱなしだった。

人生で一番注目された時間だったかもしれないけど、人生で一番息苦しい時間だったよ……。

まぁ……悪くは、なかったけれど。




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これからもご愛読のほど、よろしくお願いします!

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