If なんば~ず ~ Sweet Home ~   作:vangence

8 / 13
違和感

 人気を感じさせない、静かで穏やかな時間の流れる山の中。

その静けさを破る一迅の風、空気が爆ぜるかのような爆音。

近づいてくる音に驚き、小枝の先で羽を休めていた鳥が飛び立つ。

風と音の発生源である鋼鉄の馬は、素知らぬ顔で飛び立つ鳥を追い抜いて行く。

その馬の正体は一台の自動二輪(バイク)であった。

バイクは空気の壁を切り裂きながら進み続け、急なヘアピンカーブを速度を維持しつつ、まるで生き物のような軌道を描き、走る。

 

 バイクの騎手の腕は素人目で見たとしても並大抵のものではないと判断できる。

ならその騎手はどのような者なのだろうか。大半は大柄な男などを想像するだろう。

 

 しかし、バイクの手綱を握っているのは意外なことに女性であった。

真っ黒なライダースーツとフルフェイスのヘルメットを身に纏った女性だ。

女性は連続するカーブを苦も無く走り抜ける。

 

 そして、その女性の後ろにもう一つの影。

後ろかな女性の体に掴まっている男が一人。

 

 五代 悠であった。

 

 

 

 

 風を切って進んで行くというのは存外に心地いいものだ。自動車に乗ったとしても全身に風を浴びるという感覚は味わうことができない。

比べてこちら(バイク)は圧倒的爽快感がある。

 

 ふと、自分の体を預けている女性のことを考える。

俺自身は免許を取得していないため、ハンドルを握ってマシンを操ることは、残念ながら叶わない。

 

 彼女はこのマシンを駆り、いったい何を考えているのだろうか。

 

 恐らく、何も考えてはいないのではないかと思う。

なぜなら俺にとって新鮮な体験である風や音は、彼女にとって日常なのだから。

マシンに於いては、彼女のもう一つの手足と言っていい。

それほどマシンとの一体感がある走りをするのだ、彼女は。

 

 そんな彼女の背中は俺達を安心させてくれる頼もしさを秘めていた。

 

 

 彼女の名前はトーレ・スカリエッティ

ウェンディ達の姉であり、姉妹中の三女である。

 

 

「悠、あまり考え事をして力を緩めるな。落ちるぞ」

「ん……あぁ、ごめん」

 

 

 トーレ姉がハスキーな声が叱責してくる。

俺も振り落とされたくはないので、トーレ姉の体に回している手を組みなおして体を密着して安定させた。

 

 体に回した腕からトーレ姉の体の感触が服越しにだが、伝わってくる。

背丈は平均的な女性よりは大き目……いや、かなり大きい部類には入るトーレ姉であるが、やはり女性らしい体つきでをしている。

鍛えた筋肉と女性特有の柔らかさが絶妙な塩梅をもっていて、広い肩幅ゆえの大き目な背中はそれらの感触を備えているため、抱きつくと凄く心地いい。

バイクに乗せてもらう時は、この背中を人目を気にすることなく思う存分に堪能できるため、トーレ姉とのツーリングは誘われたら必ず同伴するようにしている。

 

 でも、時たまスポーツジムに連行されて強制的に鍛えられるのは御免こうむりたい。まあ、それを差し引いても十分な対価といえるけれども。

 

 

「このペースだと予定より時間がかかるな……速度を上げるぞ、振り落とされるな」

 

 

 そう告げると、トーレ姉はエンジンを盛大に吹かす。

エンジンの回転数が跳ね上がり、排気音は一層大きくなって、黒と黄色に染められたCBR-250R『ライドインパルス』が唸りをあげて突き進んで行く。

 

 さて、どうして俺がトーレ姉と一緒にバイクに乗っているのか。

それは時間を遡ること数時間前のこと……

 

 

 

 

  ≪数時間前≫

 

 

 

 

「くそっ! コノッコノッ!!」

「フフ、悔しいのは解るッス……けど、ハードに当たるのはお門違いっすよ、ノーヴェ!!」

 

 

 ウェンデイの白魚の様に綺麗な指が、コントローラーの上を軽やかに飛び回る。

コマンド入力に反応して、画面の中のウェンディの機体(分身)が動き出す。

命令の通り、ノーヴェの機体を仕留めるために。

接近してくる機体に向けてノーヴェが後退しつつ弾幕を張る。

しかし、喰らいつくかと思われた鉄の雨をウェンディは紙一重でかわしていくウェンディ。

コントローラー上のウェンディの指は一見して出鱈目に動いている様に見えるが、俺などの訓練されたゲーマーから見れば、それは規則的であり、計算された動きであることが見て取れる。

 事実、画面上のウェンディの機体は無駄な被弾を最小限に抑えつつ、確実にノーヴェとの距離を縮めている。もちろんその間にも、攻撃のプレゼントをすることは忘れずに。

 

 

 戦闘に変化が起こったのは、ノーヴェの機体からの警告音(アラート)であった。

 

 

『機体、脚部破損』

「あ゛っ」

 

 

 ノーヴェの女の子としてはどうなのだろうという声と共に、機体の脚部が盛大に煙と吹き出し、血の様に火花が上がる。

軽やかな動きだった機体からキレが失われ、速度がガクンと落ち鈍重な動きになる。

「頃合ッスね」とウェンディが呟くと、ウェンディの機体の方の武装・垂直発射型のミサイルが起動しノーヴェの機体をロックオン。

 ウェンディがキーを押すと、ミサイルは垂直に発射され、飢えたピラニアの如く噴射剤の尾を引きながらノーヴェに襲い掛かる。

 機体の機動力が下がったノーヴェは上から飛来するミサイルをよけきれずに直撃させてしまう。ミサイルの衝撃力によって硬直時間が生まれ、ノーヴェが動けない間もウェンディはミサイルを放ち、相手の体力を確実に削り取っていく。

 再びノーヴェの機体より警告音が響き渡る。

 

 

『機体AP10%、危険です』

「うぅ……」

 

 

恨めしそうにノーヴェがウェンディを見つめるも、ウェンディは我解せずと言わんばかりに一言だけ答える。

 

 

「んじゃあそろそろ……抉らせてもらうッスよ」

 

 

 言葉と共にウェンディの機体に変化が現れる。武装を外した(パージ)のだ。それも右腕以外の武装を、全てだ。

 その右腕の武装とは通称NIOH、仏教の守護神の名を冠する射突型ブレード(パイルバンカー)だった。

弾数が極端に少なく、当たり判定もブレードにすればかなり短い部類に入る。しかし、一つだけ大きな利点がある。威力が半端じゃないのだ。それはまさに、軽装の相手であれば一撃で屠ることが可能であるほどに。

 あまりにもピーキー過ぎるそれは、対人戦に於いては、まず使用されることはない。

 しかし、敢えてウェンディは武装をNIOHだけにしたのだ。

それは絶対に負けないという意志と、確実に当てるという自身の表れであった。

 

 

 ウェンディの機体の背面部の装甲がパカリと開き、格納されていたブラスターが露出する。

ブースターは、息を吸い込むようにエネルギーを収束させ、一気に解放した。

最大出力で稼働するブースターは機体を凄まじい勢いで加速し、ノーヴェに突っ込む。

 ノーヴェがマシンガンで弾幕を張るも、衝撃力に欠けるために勢いを殺すに至らない。ウェンディは被弾によるダメージも気にせずノーヴェに肉薄し、撃鉄を引くかのように機体が右手を構える。

 ノーヴェは何とか避けようと試みるも機動力が低下していたことが足を引っ張り、逃げ切れない。

 

 

 両機が交差すると同時に、ウェンディの機体が右手のパイルをノーヴェの機体に叩き込む。

ジャキンという音と共にブレードが装甲を貫いた。

 

 

 

 

「よっしゃ! アタシの勝ちッスね!!」

「うぅ……強すぎだろ」

 

 

 落ち込むノーヴェを尻目にウェンディはコントローラーを放り出して、上機嫌でこっちに来る。

理由は分かっているので、机の上に置いていたものをウェンディに渡す。

 

 

「ほい、ラスイチだ。 有難く食ってくれ」

「それじゃあ遠慮なく頂くッス」

 

 

 渡したそれは俺が試作したレアチーズケーキだった。師匠(・・)からレシピの継承を許可されたので、試しに作ってみたのだけど、結構いい具合に出来た。まあ今回ばかりは俺ではなく師匠のレシピが凄いんだけど。ついでに言っておくと、ラスイチになったのは俺のミスではなく、うっかりさり気にウーノ姉が一つ多めに食べていたことが原因なのだが、ウーノ姉の菩薩の様な微笑みの前にウェンディ達は何も言えなかった。

 

 先ほどのゲームによる決闘はそのラスイチを賭けての勝負だったのだ。

 

 

「ん~……うまうま」

「……アタシのケーキ」

 

 

 美味そうにケーキを頬張るウェンディを羨ましそうに見るノーヴェがなんだか哀れだったので、今度作ってあげようと内心思った。

 

 

   ――― コンコン

 

 

 部屋のドアが軽く数回と叩かれる音がした。続いてドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

「ウェンディ姉様、ディードです。突然で悪いんですがお兄様はいますか?」

「おう、ここにいるぞ」

「ムグムグ……入っていいッスよー」

 

 

 ウェンディが許可するとディードが「失礼します」と丁寧に断りを入れてから部屋に入ってくる。

入ってくるディードは清楚な雰囲気通りの白いワンピース姿。最近夏が近くなってきたせいか暑くなってきたので少しでも涼しくするためか手入れの行き届いた綺麗な茶髪をポニーテルにして纏めていた。

 

しかし、その爽やかな服装とは裏腹に、表情は沈んでいた。

 

 

「なんか用事か?」

「はい……と言っても私の事ではないのですが」

「は? じゃあ誰から?」

「それは……」

 

 

 言い出そうとしたディードは何故か突然言葉を飲み込んでしまった。少し逡巡した後、改めて先ほどの話を続ける。

 

 

「用事があると言ってきたのは……ドゥーエ姉様なんです」

「えっ、ドゥーエ姉から?」

『『ガ、ガタッ!!』』

「うおっ、どうしたんだ二人とも?」

「いや……別に」

「なんでも……ないッスけど」

「なんだ脅かすなよ」

 

 

 ディードのの口から出た名前は、彼女たちスカリエッティ姉妹の二女、ドゥーエだった。

彼女は現在大学の寮で生活しているから、この家にはいない。といっても、ことあるごとに帰省してくるのでそんなに会っていない気はしない。

 

 

 そんな彼女がいったい自分に何の用だろう? 

 

 

「なんでも、久しぶりに弟の料理が食べたいらしくって」

「……それで、俺にいったいどうしろと?」

「突然で悪いけど来て欲しいそうです」

「マジか? マジで?」

「マジだ……ですね」

 

 

 ディードの答えについ『ショウタイム!!』と返しそうになった。

てか、急な用事にもほどがあるだろうドゥーエ姉!!

 

 

「ていうか、今から行っても公共機関とか使って行くと着くのが真夜中じゃねえか」

「終電は気にしなくても良いそうです。なんでも……泊まっていけばいいとか、なんとか」

「泊まっていけばって、女子寮だろ!」

 

 

 ばれたら、豚箱入りとまではいかなくても吊し上げの憂き目にあう可能性がある。

 

 

「ドゥーエ姉様が何とかするそうです」

「何とかって……」

 

 

 渋る俺を何とか説得しようと試みるディード。なぜそこまでプッシュしてくるのだろう? 

いつもの良識ある娘であるディードとは思えない。気のせいだろうか?

 

 すると、今まで沈黙を保っていた二人が反発する。何故か凄く必死な様子が伝わってくる。

 

 

「何言ってんだよディード! いいわけないだろ!」

「そうッスよ。いつものディードらしくないッス!」

「そうだぞディード。なんだか変だぞ」

「……姉様方、少しこちらに。兄様すみませんが少し待ってって下さい」

 

 

 ディードが二人を連れて部屋を出る。話し声は聞こえて来るものの、何を言っているかは聞き取れなかった。

 

 数分とせずに、三人が部屋に入ってくる。表情は三人とも、何故か沈んでいた。

 

 

「悠、やっぱり行ったほうがいいッス」

「……へ? いや、ウェンディどうしたんだよ」

「ドゥーエ姉さんのとこに行ってやれよ。な?」

「ノーヴェもいったいどうしたんだよ……」

 

 

 二人の言葉は先ほどまでの答えとは真逆だった。外で話している間に何があったというんだ……。

背筋にゾクリとした感覚があったのは言うまでもない。

 

 

 そのままなすすべもなく、三人に身支度をさせられドゥーエ姉さんの所に行く羽目になってしまった。

今から向かうところだが三人からの最後の言葉が気になる。

 

 

『ドゥーエから出されたものは食べないこと、夜は絶対に寝ないこと』

 

 

 これだけは三人から口を酸っぱくして言われた。どういうことなのだろうか。皆目見当もつかないのでとりあえず家を荷物を持って家を出ようとすると、誰かが家の前に立っていた。

 

 立っていたのはセッテだった。

 

 

「悠……何処か出かけるの?」

「ああ、ドゥーエ姉のとこにちょっと」

「え……」

 

 

 俺の答えに驚愕するセッテ。あまりの驚き様に俺のほうが驚いてしまう。

動揺したセッテは珍しく慌てた様子で質問してくる。

 

 

「な、なんで? 他の人……ディードとかに止められなかった?」

「いや、そのディード越しからの頼みごとだったし」

「そう……ディードが……」

「そんな心配すんなよ。用事って言っても飯を作りに行くぐらいだからさ」

 

 

 安心させようと言葉をかけるがセッテはよく聞いていない様子だった。

ただ不安そうな表情を浮かべてこっちを見つめている。憂いを含めた瞳はセッテの独特な雰囲気と合わさって、背徳的な美しさを醸し出していた。

 その状況的に数瞬だけ見つめあっていると、セッテが俺の右手を両手で握ってきた。

セッテの綺麗な手は見た目と反して離したくないと言わんばかりに、結構な力を込めて俺の手を握り閉められていた。そして祈りを込めるように胸元まで持っていき再度こちらを見てくる。

 その視線に合わせてこちらも見つめなおす。

 

 ……なんだか、戦場に行く前の夫婦みたいだな。と思っていると、セッテが名残惜しそうに手を緩めて俺の手を放す。

 

 

「……気を付けて」

「おう、明日には帰るさ」

 

 

 セッテと別れると、丁度道路の向こう側から再び見知った姿が、バイクに乗ったトーレ姉だった。

バイクを俺の横に止める。

 

 

「どうした悠。どこか行くのか?」

「うん。ちょっとドゥーエ姉のところまで。料理作ってくれって頼まれてさ」

「ドゥーエのところか? なら丁度いい。私もあっちの大学に用がある。ついでだが乗って行くか?」

「本当? じゃあ悪いけど、乗せてって貰うことにするよ」

 

 

 トーレ姉の後ろに乗って、ヘルメットを装着。落ちないようにトーレ姉に掴まってしっかり体を固定する。

 

 

「準備はいいか? 出るぞ」

 

 

 そういうとトーレ姉は滑らかにバイクを出発させた。

 

 

 

 

 こうして俺たちはドゥーエ姉の通う大学まで向かうことになったわけだ。

俺はドゥーエ姉に会えるという嬉しさを感じつつも、心の隅ではディードやウェンディたちの異様な慌てように僅かではあるが不安を感じずにはいられなかった。




作者のメンタルは豆腐です。簡単に傷つきます。
作者は現金です。感想をもらえるとモチベーションが簡単に上がります。
何が言いたいかというと。感想もらえると嬉しいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。