If なんば~ず ~ Sweet Home ~   作:vangence

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あまいしっと

 春も全盛期を過ぎ去ったようで、桜もいくらかが花びらを落としきって次の季節に備えて新芽を育てていた。

暑くも寒くもない、ちょうどいいくらいの季節。

柔らかく温かい日差しの下、心地よさを感じずにはいられない。

この時期になると部活動は春季大会等、大きな試合などが連続するらしく活気に満ちあふれている。

俺は帰宅部なので、そういう人達を見ると「あぁ青春してんなぁ」と年寄りじみたことを考えてしまい一抹の寂しさを感じることもあったりする。

しかし、今日俺は部活に入っていないにもかかわらず放課後学校に残っている。

否、正確には残されている(・・・・・・)の間違いだが。

 

 

 

 

「ほら、何やってんだ。さっさと続けろこのスカタン!」

 

 怒声と共にヴィータ先生が愛刀(?)であるピコピコハンマー(グラーフアイゼン)でピコンピコンと頭を叩いてくる。

叩いている物が物なのだが、これが地味に痛い。

ヴィータ先生は見た目は子供っぽい(幼女)が実際は立派な大人である。

彼女がピコピコハンマーをふるうう様は正に(お子様)として我が校での名物の一つとなっている。

 

「分かりましたから、先生叩くのをやめてください」

「ぺにゃるてぃなんだぞ、真面目にやれ!」

 

 時折、舌が回っていないところが一部の人間からの人気の一つである。

ウェンディに弁当を渡したあと、案の定俺は授業に遅刻しなおかつ先生をクラスの前で辱めた(?)という理由でワックスがけを命じられたのだ。

そういって俺は教室のワックスがけを再開する。

 

「なんでこんな時期にワックスがけなんかするんですか? 普通は新学期前に終わらせるでしょ」

「前のワックスがけの時に一クラス分だけ納品が遅れてたんだよ」

「で、かけられなかったクラスがこの教室だったと」

「そういうことだ、分かったらさっさと終わらせんぞ」

 

 ヴィータ先生がワックスを床にまき、それを俺が雑巾でのばす。

俺一人にやらせればいいのに、そういう何気ない優しさも人気の一つ。

まぁ叩くのは勘弁して欲しいけどね!

そんな作業をかれこれ30分ほど二人で行っていた。

 

「よし、ざっとこんなもんだな」

「おつかれさまです」

「おう、もう終わったから帰ってもいいぞ」

「そうですか、じゃあお先に失礼します」

「もう遅刻すんな、あとわかってるな(・・・・・・)?」

「……委細了解です」

 

 う゛ぃーたせんせいはりりしくてとてもすてきなおとななじょせいです。

 

 

 

 教室を出た後、手についたワックスを洗い流して校舎をでる。

日が傾いて空は茜色に染まりかけている。

運動部のみんなが大きな声を出して練習していると帰宅部であることに何となく悲しさを感じるが、家事や学校関連のしごとのことを考えると、そんな暇はないので仕方がない。

帰路につこうとすると突然誰かに呼び止められた。

 

「おぉ~い、ユー!」

 

視線を向けるとそこには水色の髪をセミロングにした少女、セインがこっちに駆け寄って来ているのが見えた。

 

「あれ、セイン姉こんな時間にどうしたの? まだ部活やってる時間じゃん」

「水泳の春季大会って他の部活に比べて時期が遅いからさ、少しの間だけ早く帰れるんだ」

 

 肩に掛けた水泳用のバッグを見せつけてくる。

 

「へぇ……で、今から帰るところだったってこと?」

「そゆこと、そしたらちょうど悠がいたから、一緒に帰ろうかなーと思って」

「……それじゃ一緒に帰るか」

「うん!」

 

いつもセイン姉は部活に行ってばっかりだから、正直こういう時間を過ごすってあんましなかったしな。

まあ今年で三年は引退だし、気合いが入るのも仕方がないことなんだけど。

帰り道を歩きながら、たわいもない話をする。

 

「水泳部は今頃ってどんなことしてんの?」

「う~ん、体力づくりと筋トレ、あとストレッチかな」

「まだ泳いでないんだ」

「うちのプール屋外だからなぁ今頃だと水温が低いしプールも掃除してないし」

「冬の間使わないもんな」

「そ、だから冬の間とかプールに苔とか溜まって、ひどいんだよこれが」

「掃除って確か水泳部だけでやるんだよな」

「そうなんだよ! いっつも思うんだけど、みんなも夏はプール使うはずなのに掃除は水泳部だけにやらせるってどういうことなのさ!」

「あのコース仕切るやつとかも水泳部が片付けてるだよな」

「コースロープってしまうの大変なんだよぉ」

 

 そんなことを話していると帰路の途中にある商店街にさしかかった。

たしか名前は・・・琴平通り? オリオン通りだったっけ?

するとセイン姉が袖を引っ張ってきた。

 

「ねぇ悠。ついでになんか軽く食べてこうよ」

「……晩飯食えなくなるぞ?」

「えー……ちょっとだけ……ね?」

「う・・・」

 

 なんで俺の周囲の女性はこうも見た目だけはいいんだろうか。

紳士な俺としては従わずにいられない。

 

「俺はついてくだけだからな」

「―――― うん!」

 

 

 

 

 この商店街は、まぁ誰しも周囲に一つはあるだろう、普通の地方によくありそうな商店街だ。

海鳴市にはショッピングモールなども充実しているので、このような地元の個人営業店は煽りを喰らう。

日々廃れていってしまっているような、そんなどこにでもあるような商店街だ。

 でも、地元の人間はできるだけ、この商店街に通うようにしている人間が多い。

実際この商店街は時間帯によって、ミッド学園の生徒で賑わっていることもある。

みんな昔からあるこの商店街が大切らしい。

俺やセイン姉達もこの商店街が嫌いじゃないしな。

セイン姉はその一角にあるクレープ屋で、チョコバナナクリームのクレープを買った。

 

「やっぱりベターが一番だなぁ、もぐもぐ」

「あんまりがっつくとクリームこぼれるぞ?」

 

 買ったばかりなのだが既に上のバナナはほとんど食べ尽くされていた。

 

「てか、あの店員と顔見知りだったのか」

「もぐもぐ、うん。結構通ってるから顔覚えられた」

 

 実はこれ普通より多めに盛ってもらえているらしい。

てか、どんだけ通ってるんだセイン姉。

するとセイン姉はクレープを見つめた後こちらを見る。

 

「悠はクレープ食べなくてもいいの?」

「んー、一つ全部食べたら晩飯食えなくなりそうだしなぁ」

「それじゃあ、一口あげる」

 

 セイン姉がクレープを口元に差し出してくる。

いったい何の振りだろうか、食べろとでも言うのだろうか。

差し出されたクレープを見つめながら考える。

女性の食べかけだ。しかも噂によれば水面下でかなりの人気を誇っているらしい。

一部の男子からすれば喉からてが出るほど欲しい代物だろう。

でも正直俺とセイン姉の関係から言わせてもらえばこれぐらいは別に普通だ。

俺としては全部セイン姉に食べてもらった方が気分がいい。

 

「セイン姉が全部たべていいよ」

「ダメ、食べて」

「セイン姉のクレープだし」

「……お姉ちゃんの言うことは聞きなさい」

 

 うぅ、そういわれると弱いんだよなぁ……。

長年力の強い女性達に囲まれてきた弊害だろうか?

姉達の頼みは妙に断りづらいのだ。

 

「じゃあ……一口だけ」

「うん、がぶっといっちゃいな」

 

 言われるがままクレープを少しだけ食べる。

濃厚なチョコレートソースと甘み控えめの生クリームが口の中で溶け合っておいしかった。

セイン姉が顔を覚えられるほど通うのも頷ける。

 

「どう、おいしい?」

「うん、うまい。でもこんなうまい店まだこの商店街にあったんだなぁ」

「アタシも最初気づかなかった。結構入り組んだ所にあるしね」

 

 なんであんな穴場みたいな所に……大通りに作ればよかったのに。

その後、セイン姉が残りのクレープをあっという間に食べ終えてしまった。

 

「それじゃあクレープも食べたし……そろそろ帰ろうか?」

 

 するとセイン姉がいたずらっぽい笑みを浮かべた。

……嫌な予感がする。

彼女達がこういう表情をするとろくなことを考えていない。

するとセイン姉が腕を絡めて体を密着させてきた。

 

「えいっ!」

「せ、セイン姉!? なにしてんの!」

「なにって腕を組んでるの♪」

「ハズイから、ハズイからやめてください」

 

 引きはがそうとするが、相手は馴染みの人間と言えども女性。

紳士を自称する身としては強くでるわけにはいかない。

それにつけ込むようにより体を押しつけてくる。

セイン姉ってパッと見てそんなにある(・・)ほうじゃなさそうだけど、改めて確認すると平均以上はある気がする。

っって! 何考えてるんだよ俺ッ!

 

「やぁだぁ家までこのままがイイ!」

「でも、あぁあのひと、近所のおばさんがこっちみてるよ!」

 

 とびきりのゴシップネタでも得たパパラッチみたいな悪い顔してらっしゃるよ!

今度商店街やスーパーに買い物に行ったら俺はきっと、格好のカモにされるだろう。

それほどに恐ろしいのだ、近所のおばちゃん達の情報網とは。

 

「アタシは見られてもいいよ♪」

「でもセイン姉 ―――― !!?」

 

 今なにかの強烈な殺気を後ろから感じたような気がする!

セイン姉も気づいたようでおそるおそる後ろを確認する。

すると安堵した表情を浮かべた。

誰かと振り返るとそれはスカリエッティ姉妹の一人・セッテがいた。

……セイン姉は空気よめない子だから気づいてないかもしれないが・・・とんでもない威圧感を放っている。

殺気の正体はまさか……。

 

「……なにしてるの、セイン姉さん?」

「ふ、ふつうに帰ろうとしてただけだよ? セイン姉とはたまたま時間がいっしょになっただけで」

「……そう……それじゃなんでセイン姉さんと腕を組んでるの?」

「! こ、これは別に深い意味はなくてですね」

 

 何とか言い訳をしようとするが例のごとくセイン姉がしゃしゃりでてくる。

てか、なんで言い訳しようとしてるんだ?

 

「セッテのほうこそどうしたの、こんな時間に会うなんて珍しいじゃん」

「……夕飯の買い出し」

 

 あ……俺、朝にセッテに頼んどいたんだっけ。

てかやべぇよセイン姉、よくわかんないけどセッテさんご立腹だよ!

ピンク色の髪が逆立ってるよ! (※イメージです)

いつもボーっとしているセッテからは想像もつかないほど怒っている。といっても気がするだけなのだが。

セッテがジッとこっちを見てなにやら考え出した。

 

「……えい」

 

 するとセッテがセイン姉と俺の間に割り込むように俺の腕に腕を絡めてきたッッ。

おぉおお! セイン姉よりも立派な物が激しく主張してきて・・・! 

柔らかいなぁ……じゃなああいッ!

 

「セッテさん、い、いったいなんでしょう?」

「……用が無いならかえろ?」

「セッテどいてよ!」

 

 セイン姉が引きはがそうとするが、なかなか離れない。

この細腕のどこにいったいこんな力が……これがトーレ姉のトレーニングの成果だとでも言うのか。

 

「……今日はお店の人安くしてくれた」

「お姉ちゃんに譲りなさい!」

「……おにく少しサービスしてくれた」

 

 素晴らしいスルースキルですセッテさん。

 

「うぅぅぅ!」

「お二人とも落ち着いて」

「「ユーは黙ってて」」

「はい、出しゃばってすいません」

 

 結局このやりとりは家まで続くことになり家までの道中で近所のおばさん達からの生暖かい目線にさらされるはめになった。

セイン姉はすっかり拗ねちまって大変だった・・・なんでだろ?

 

 

 その後、今晩の晩ご飯にセイン姉の好物を作ったらすぐにいつもどうりになりました。

 

 

 

 


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