If なんば~ず ~ Sweet Home ~ 作:vangence
ドゥーエ姉に連れられて大学を出た後、俺達は近所のスーパーに買い物に行くことと相成った。
ドゥーエ姉の要望により肉じゃがを主菜にして、肉じゃがを主菜に副菜はきんぴらごぼう、デザートに白玉あんみつを作ることに。
ちなみに俺の一番の得意料理が肉じゃがだ。理由は一番多く作ったから。
手ごろに作れてコストも安い、大前提として……どんな出来でも美味い。
あれをまずく作れるのはきっとクア姉ぐらいだろう。
そして、俺は早くも第一の難所にぶち当たることになる。
現在ドゥーエ姉は寮生活をしている。もちろん寮が男女共通であるはずがない。
ドゥーエ姉は女子寮で生活している。そう女子寮、女子寮なのだ。
それ即ち、男子禁制である。
料理をするためにはまず最低限料理をする場所が必要である。そしてこの寮は贅沢なことに各部屋にキッチンが完備されているらしい。
つまり料理を作るために俺は人生を終了させる危険を伴うことになる。
人生の危機にビクビクしながらドゥーエ姉の後ろにくっ付いて行きながら寮のロビーに入る。
寮の中は学生に与えられたものとは思えない造りになっていた。
「ちょっと待ってて」と一言だけ残してドゥーエ姉は管理人室と書かれたプレートが架かった部屋に入っていった。
恐らく管理人という人と話をつけに行っ「終わったわ、行きましょう」って早っ!
「悠のことは田舎から訪ねてきた弟だって言ったら許可してくれたわ」
とんだご都合主義な展開に辟易しつつ寮の中を進んで行く。
ドゥーエ姉の部屋に着くと、鍵を取り出し慣れた手つきで開錠、扉を開けて中に入る。
部屋の中はドゥーエ姉らしくシックな雰囲気に仕上がっていた。
家具は高級感溢れる物を置いておりベットも大きく簡易的なものではあるが天蓋が備え付けられていた。
そして何よりも驚くべきはその部屋の広さだ。学生の寮にして1LDK。どこの金持ち学校なんだクラナガン大学。
「料理器具とかはキッチンのところの収納に入ってるから好きに使って大丈夫だからね」
「了解。んじゃあ始めますか」
スーパーの袋から手際よく材料を出していき、料理の手順を頭の中で一度整理する。
料理は効率よく進めていかなければならないので、一旦始める前に整理しておかないと作業中に慌ててしまうことがあるかもしれないので結構重要なことだ。
「よし、始めるか」
台所の戦装束エプロンを身に纏い、腕まくりをして俺は料理に取り掛かった。
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「ねえ悠、ちょっといいかしら」
「ん~何?」
肉じゃがを煮ながらきんぴらごぼうの盛り付けしつつドゥーエ姉の問いに答える。
「最近調子はどう? みんな元気にしてるかしら」
「うん。元気すぎて大変だよ、主にセイン姉とかウェンディとか」
「そう……よかった」
こんな話、少し前にディエチ姉としたなぁ。
そんなことを思いつつ、肉じゃがの様子を確認する。
……すこし硬いな、もう少し煮よう。
「学校のほうは? もしかして……彼女とかできたのかしら?」
「いるわけないじゃんか……酷いこと言うなぁもう」
彼女か、きっといたら楽しいんだろうなぁ……。
まあ、そう簡単にできないからこそ付き合うってことは大切なことだしな。
焦ることもないだろう、うん。
そんなことを思いつつ、三十路まで独り身でいる自分の姿を想像してしまった俺がいた。
「酷くなんてないよ。悠は皆から好かれる子だから」
「そりゃ友達として好かれるのは多いと思うけど」
「ふうん……そっか。悠がそういうんだったら、いいのかもね」
意味ありげにドゥーエ姉が笑う。
なんだか釈然としないけど、あまり深読みするのも何故か無粋に思ったので、これ以上は考えないようにしよう。
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「……ごちそう様。凄く美味しかったわ。しばらく会わない間に腕を上げたわね」
「お粗末さまでした。そう言って貰えると嬉しいよ」
食べ終えた食器を片づけ、一息つくためにソファに腰掛ける。
部屋は広々しているので、ソファが置いてあっても十分な広さがある。
結構な維持費が掛っているんだろうな。ドゥーエ姉たちはそういう資金に困ることはない。なぜなら彼女たちの父親、『狂気のマーッドゥサイエンティスト』が地味ながらも結構な稼ぎをしているからだ。
ガラクタばかり作っているイメージがあるが、重要なことはきっちりやるのがジェイルのいいところだと思う。
「そういえば、知り合いから貰ってきたお菓子が余ってるのだけれど。食べるかしら?」
「ん、じゃあ貰お……」
了解の旨を伝えようとした瞬間、とある記憶が脳裏をよぎった。
それはディードとウェンディ、ノーヴェ達の声だった。
『出された食べ物は食べないように』
確かそんなことを言われた気がする。
三人とも珍しく本気っぽかったから非常に印象に残っていたのだ。
「どうしたの悠?」
「……やっぱり止めておこうかな。すぐに帰って来いって皆に言われてるし」
ここはキッパリ断るのが吉だろう。
俺の奥底で生存本能というかなんというか、とにかく何かが警鐘を鳴らしている気がする。
断った俺に対して、ドゥーエ姉が食い下がる。
「すぐに帰るといっても今から帰るのは危ないわ。もう暗くなってきたし、家に着くころにはもう真夜中よ?」
「まぁ確かにそうだけど……」
目線を壁に掛けてある時計に向けると、針は午後7時を指していた。
家を出る時間が遅かったから、もう結構な時間になってしまったみたいだ。
うー……どうしたものかな。
どのようにして説得をかわそうかと頭を働かせる。
やはりここは定石通り、相手に良心の呵責を感じさせるような断り方がいい。
だとすると、いったい何が適切だろう?
言い訳を考えていると、突然、ポケットの中の携帯がバイブで震えだす。
突然のことだったので体がビクッと反応してしまい、ドゥーエ姉が愛玩動物でも見る様な優しい目線を投げかけてきたことが辛かった。
携帯のディスプレイを確認すると、メールを一件受信していた。送り主はトーレ姉からである。
「ティンと来た!」
「……どうしたの?」
「いやそれがね、実はトーレ姉を待たせてるんだ」
「そういえば、私が何処にいるかって連絡を寄こしていたわね。すっかり忘れてたわ」
「うん、トーレ姉をわざわざ待たせるわけにはいかないしさ、終わったら連絡しろって言われてるし」
ふふふ、我ながら完璧な言い訳だ。
さすがのドゥーエ姉も切り返せないだろう。俺の思慮深さには自分ですら恐怖を覚えてしまうぜ。
うんうんと頷きながら、メールの内容を確認する。
『すまない、こちらの友人の家に厄介になることになった。悪いがドゥーエのところで世話になってもらってくれ、勝手ですまない。 トーレ』
「嘘やん」
「ちょっと、どうしたの?」
トーレ姉から送られたメールの内容は、俺の心のライフポイントを全損に追い込まんと言わんばかりに心を抉ってきた。
携帯を握り閉めながら、両手をフローリングの床に着いて項垂れる。
正直こんなご都合主義が連続してしまっていいのだろうか、俺の希望を全てへし折っていくこの運気の流れはいったいなんだ?
この世界の神様は俺にいったいどうしろと言うのだろう。
「メールにいったいなんて書いてあったの?」
「トーレ姉、友達の家に泊まるって……」
「あら、そうなの……」
ドゥーエ姉が唇の上に人差し指を添えて考え事を始める。
いったい何を考えているのだろうか。しかし、そんなこと今の俺には正直どうでもいい。
俺は今、人生を左右しかねない大きな問題について考えなければならない。
こんなに頭を使うのは、クア姉の嫌がらせから身を守る時ぐらいしかないと思っていた。
「それじゃあ悠、ここに泊まっていけばいいわ」
「……いや、やはり神は死んだのか……ニーチェだって言ってたじゃないか、まあ少し意味が違っていた気もするが……まあ今はそんなことどうでもいい。一番重要なのはどうしたらこの不運の連鎖を断ち切るのかということで」
「……悠、大丈夫?」
その後、錯乱状態に陥った俺はもとに戻るのに30分ほどかかった。
錯乱状態に陥った先に俺が見たものは、(´神`)と書かれたプレートを胸に掛けた神の様な男がパソコンに二次小説を書きこむ姿だった。
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「悠、あなた疲れてるのよ」
「……そうかもしんない、最近いろいろあったからね」
球技大会も終わったばかりだし、家事とかの疲れが一気に爆発してしまったのかもしれない。
しかし、いい機会だ。今夜ばかりは家事のことを忘れて、ゆっくりするのもいいのかもしれないな。
「それじゃ悠は泊まっていくってことでいいのかしら?」
「う~ん……じゃあ折角だからお言葉に甘えるってことで」
「そう、分かったわ。それじゃあ……私、お風呂に入ってくるから。悠はゆっくりしててね」
「え、あ……うん、分かった」
そういうとドゥーエ姉は脱衣所に入っていった。
ソファに寝転がって腕を枕にして目を閉じる。感覚を全て放棄し、全身をリラックスさせた。
「静かだなぁ……」
一言呟くと、瞼の裏に広がっていくのは騒がしい日常の情景。
どうやら俺の無意識の中でも皆は騒がしいようだ。
一人でいるのはいいと、なんとなく思った。
同時に退屈だと思った。
いつもだったら騒がしい奴らがいて、騒動に巻き込まれるんだ。
面倒くさいと思うんだけど、何故か、嫌いじゃないんだよな。
そんなことを思いながら、次第に意識が遠のいていく感覚が全身を襲う。
心地の良い気怠さが全身を包み込み、意識を奪っていく。
なんてわきゃねえだろうが、馬鹿野郎がッッッッ!!
眠りそうになれるわけねぇでしょおぉぉぉぉおがあぁぁぁああああ!!!
なんとか全身の感覚を断ち、感じないようにしていたものが耳の鼓膜を振動させる。
《シュル シュル》
脱衣所から聞こえて来るのは、ドゥーエ姉が身に纏う物を取り払う音。
このような状況でさえなければ、唯の布ずれの音でしかない。そう、たかが布ずれなのだ。
それがどうだろう、布ずれの音源が女性の、しかもドゥーエ姉が服を脱ぐときに発せられているものだとしたら。
想像してしまうだけでおかしくなりそうじゃないかよ!!
ソファに頭を叩きつけてどうしようもないもどかしさを解消しようと試みるが、あまり効果はなかった。
《シャーーーー パチャ パチャ》
ファー!! ファ! ファァァァ!!
落ち着け俺、心を静めろ。
そうだ、元素記号だ。元素記号を暗唱しよう。中学3年、理科の授業そっちのけで教科書裏の周期表を暗記した日々を思い出すんだ!
水素、ヘリウム、リチウム、ベリリウム……
《ワシュワシュ コシュコシュ》
くっ、なぜここの防音設備は周囲の音をカットするくせに室内の音はそんなにカットしないんだ。
ドゥーエ姉の綺麗で柔らかいであろう柔肌の上を泡を纏わせたスポンジが行きかっていると思わしき音が聞こえて来る。
……ドゥーエ姉が、裸で、泡まみれ?……
……白金、金、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、ポロニウム、アスタチン、ラドン……
ポロニウム? ぽろニウム、ぽろり……
思い浮かぶのは、ドゥーエ姉の体を辛うじて隠している泡が、胸を、腰を、太ももを、ゆっくりと、白い残滓を残して体を這い落ちていく様子。
そんなドゥーエ姉が浮かべている表情が浮かべている表情は羞恥心などではなく、むしろこちらを誘惑しているような、大人の余裕を感じさせる妖艶で蠱惑的な笑みで。
零れ落ちていく泡を体にしみこませるように塗り広げていき、泡が少なくなってきた胸元を片手で包み込むように隠す。
胸がドゥーエ姉の細い腕から与えられる圧力でむにゅりと形を変え……
ってダメだ、ダメだ! これ以上はいけないぞ!!
この先を考えてしまった日には、俺はもう大変なことになってしまう気がする。
この世界の存続が危うくなってしまうような、そんな気がするぞ!
手元にあったクッションで頭を覆いで、耳を塞ぎ唸り声を上げて音が聞こえないようにする。
俺と、