問題児たちが異世界から来るそうですよ?~私は科学者です~   作:東門

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第七話

紆余曲折を経て私たちは黒ウサギたちのコミュニティへと到着した。

コミュニティの入口、恐らく居住区だっただろう場所は完全な廃墟へと姿を変えていた。

黒ウサギが言うにはこの荒廃した居住区画に魔王が爪痕を残していったのは三年前だという。

腐って倒れた木造の家々、錆に蝕まれ折れ曲がった鉄筋、砂に埋もれた白地の街路。

そのどれもが数百年は経過した後の滅びた街並みであろうことを克明に伝えてくる。

 

これが魔王

 

それもただ“主催者権限”を持つというだけの木っ端魔王ではないことはこの惨状を見れば明白。

紛れもなく、あの白夜叉のような人知を超えた力を持った、神霊か星霊か―――――

とにもかくにも今は考えても仕方がないことだ。

全員が魔王の残した爪痕に何らかの強い感情を見せながらコミュニティの本拠へと足を進めた。

 

本拠では私たちの帰りを待っていたであろう子供たちが待っていた。

その数は六分の一ほどだそうだがかなりの数だ。これから共に暮らす以上ある程度良好な関係を築いていかなければならない。

いままでこのコミュニティは水を得る術がなかったようで今回、十六夜とともに手に入れた“水樹”は大収穫だったようだ。

十六夜が“水樹”をカードから取り出し、それを黒ウサギが水路の台座に配置すると大量の水を激流のように吐き出し、それが瞬く間に水路を満たしたのだ。

この“水樹”は大気中の水分を葉から取り込み増量して排出しているのだろう。神格から得たギフトというだけの事は有り壮観だった。

 

水路がまともに機能するようになったことで風呂も使えるようになったらしい。……いままではどうしていたのか、これが文化の違いか。

女性陣は召喚時の水浸しが効いたのだろうか、風呂の準備ができたらすぐにそちらへ向かった。

 

私はというと、事前に黒ウサギに居住区から離れた、できれば地下のような場所を一室もらいたいと言っていたのだ。

そして与えられたのはなかなかの高物件だった。なんでも特別な儀式などをするための広間の一つで、特別な加護が部屋全体にかけられているらしい。

実に私好みの場所で安心した。ここはこれから私の研究室であり魔術工房へと姿を変えるだろう。

 

 

 

 

 

「―――――シュタインさん、いらっしゃいますか?」

 

コンコン、と工房の扉を叩く音でシュタインの意識が戻る。

いままで書いていた日記から目を離し扉の方へと歩いていく。

開かれた扉の前にいたのは体格に見合わないローブを着た少年。“ノーネーム”の現リーダーであるジン・ラッセルだ。

 

「なにか用かな?」

 

「あっ、はい。飛鳥さんと耀さん――――それと、十六夜さんとは話をしましたけどシュタインさんとはまだほとんど話をしていなかったので。お時間があれば少し話をできれば、と」

 

ジンの様子は数時間前に話した時と違いどこかおかしい。

 

「……私がコミュニティに入った動機、かね?」

 

「えっ!?」

 

「図星か。まあいいさ、だいたい君がそこに思い至った経路は理解できるよ。入りなさい、お茶の一つも出そう」

 

図星を突かれ慌てた様子のジンに苦笑しながら部屋へ招き入れる。

何故わかったのか聞きたそうなジンだったが、部屋に入った瞬間、彼の表情は驚愕に変わった。

 

「すごい……」

 

彼の言うとおり、工房の内装は様変わりしていた。

ジンが使われなくなって久しい儀式場を最後に見たとき随分と荒れていた印象がある。しかし今はどうだろうか?

シュタインがどこからか出したのか彼の魔法具の数々が工房を席巻し、汚れと埃で悲惨な状況だった床や壁は、彼が作ったのだろう奇怪な多脚のゴーレムや人型の青銅で作られたゴーレムが掃除し道具を整理している。

ジンの知るゴーレムというと巨大で力ばかり強い、というイメージだったがここに居るゴーレムは人間以上に繊細で精密な動きを滑らかに行なっている。

彼がひと声かけると人型のゴーレムがお茶をテーブルへと運んでくる。その光景にジンはただ呆然とするばかりであった。

 

しかしそれはある意味当然のこと。

シュタインは“理想の人間”の設計図を造り、それを元に人造人間を創り出した偉大な科学者である。

命令通りにただ動くゴーレムを造り出すなど彼にすれば簡単すぎる作業だろう。……材料さえあればだが。

 

「すごい―――か。この程度ですごいと言われても私はあまり嬉しくないがね」

 

「そ、そうですか。あの、それで、どうして僕がここに来た理由がわかったんですか?」

 

「君が先ほど十六夜の名前を出した時、少しだけ様子が変わったからね。どうせ彼が『魔王と戦うのはおもしろそうだ』とでも言ったんだろう。彼の言いそうなことだ」

 

「そ、その通りです。あの……シュタインさんは十六夜さんと付き合いは長いんですか?」

 

「何故そう思う。私と彼は今日初めて会ったばかりだよ、まあ相性はいいように感じられるがね」

 

愉快そうに笑うシュタインに意を決したようにジンは問いかける。

 

「あの、シュタインさんは……僕がリーダーにふさわしいと思いますか?」

 

「これは―――また随分と急だね。それも十六夜に言われたことが原因かな?」

 

「いえ、まあ全く関係がないわけではないですが…。十六夜さんやシュタインさんたちみたいなすごい人が入ってきて、僕なんかより皆さんがリーダーになった方がコミュニティのためになるんじゃないかと」

 

ジンも初めからそんな話をするつもりでここに来たわけではない。

ただ十六夜の圧倒的力や、この部屋で見たシュタインの技術を見て自分よりも上手くコミュニティを運営、発展させられるのでは?と思うのは仕方ないことだろう。

 

「はっきり言わせてもらうがね、私にそのつもりは全くないよ。恐らく十六夜たちもそう言うだろうね」

 

「でも―――――」

 

それでも食い下がるジンだが、眼前にシュタインの顔が間近まで迫ってきたことでその言葉を飲み込んだ。

 

「いいかね?このコミュニティは君がこの三年間、役にたったかはどうあれリーダーとして運営し続けてきたコミュニティだろう?何故それをたやすくたったの一日としてともにいない私たちに託そうなどという結論が出てくるのかね?意味がわからないわからないわからない!ああ、あれかひょっとして責任逃れか?そういえば君は魔王に仲間がやられるところを見ているのかな?だとすると納得も行くよ魔王の力は知りすぎているほど知っているのなら私たちの命を魔王とのゲームにBETするのは処刑台送りと変わらないと思っているんじゃないかな。だからこそ君はその責任を負いたくないだけじゃないのかい?違うのか違わないのかどうなんだいジン=ラッセル!?」

 

狂気にも似たシュタインの怒涛の言葉責めに、ジンは目をそらすこともできず呆然とその爛々と光るシュタインの瞳を見つめた。

そしてシュタインの言葉が終わると半ば無意識に返答を返していた。

 

「……ち、違う、僕は……そんなつもりじゃ……」

 

「ならば二度と言わないでもらいたいね。私はこの三年の間、実こそ結ばなかっただろうが君の苦労と努力に敬意を評しているんだ。

未来が塞がったこのコミュニティの現状でそれでも足掻く、そうそうできることじゃない。

私が君をリーダーとして認めるところがあるとするならばそこだ、その不屈さこそ私好みのリーダーの器だ。

くだらないことに悩んでる暇があるならリーダーらしい振る舞いの一つもしたらどうだい?」

 

そう言ってシュタインは未だ呆然としたジンの眼前へと手を差し出す。

どこか空気が変わったのを感じる。今この瞬間、ここが地下の薄暗い工房ではなく、もっと別の神聖な場所であるかのような錯覚すら覚える。

 

「私はヴィクター・フランケンシュタイン。

生命の冒涜者であり、神への反逆者、そして異端の科学者でもある。

君は私を引き連れるに足る人物か?私に未だ見たことのないものを見せてくれるか?

君は――――私の力を使う覚悟があるか?」」

 

さながら悪魔との契約であるかのように、尊大に、厳粛に、名乗りを上げ、跪く。

ジンはしばしその手を見つめる。

これは軽々しく取っていい手ではない。世紀の大科学者が手を貸す相手足り得るか、これはそういう問いかけだ。

もしこの場に十六夜が居て同じ質問をされたとしても、きっと彼も用意にこの手は取れないだろう。

その手はこの箱庭を照らす太陽にも、焼き尽くす炎にも姿を変える、科学者の力だ。

 

その手を ジンは 取った。

 

「……付いてきてください――――きっと、後悔はさせません」

 

その顔に先程までの自信なさげな少年の表情はない。

ひとつのコミュニティ、そこに集まる一人一人の人生を背中に背負った“リーダー”の顔だ。

そのことにシュタインは満足そうに笑った。

 

「さて、ではどうする。さっそく“リーダー”としての仕事をしようか?」

 

「えっ――――“リーダー”としての仕事って……?」

 

「無論、明日のゲームへの対策だよ。まずガルドがこの箱庭からなりふり構わず逃げ出すパターンだ」

 

「えっ、あ、そうか……勝負を捨てて逃げる可能性もあるのか」

 

「まあ、都市の出入り口に見張りゴーレムを飛ばしておけば問題はないだろう。

それにガルドの持っている秘蔵のギフトのいくつかを知っているという新しい友人もできた」

 

部屋の奥からゴーレムに連れられてやってきたのは先ほど、コミュニティの子供を誘拐しようとして十六夜に撃退されたガルドの部下の一人だ。

 

「や、やあジン坊ちゃん……」

 

「あなたは、さっきの!?」

 

「こういった情報収集が明日のゲームの勝率を上げるんだ。話を聞けばガルドはなかなか有名な神話の武具のギフトのレプリカを持っているらしい。これは明日の戦い、場合によっては荒れるぞ」

 

ジンとシュタイン、そしてガルドの部下という奇妙な構成の三人で明日のゲームについて話し合いながら夜は更けていく。

予想もつかない悲劇がガルドの身に降りかかっているとも知らずに――――。

 

 

 

 

 

そこは“フォレス・ガロ”のコミュニティの屋敷。

リーダーであるガルドのために用意された豪奢な作りの執務室。

今現在、ガルドの私室でもあるその部屋の内装は見る影もない凄惨な状況にあった。

 

壁一面に飛び散った血液、床に倒れバラバラに切り裂かれたガルドの肉体。そしてその状態でも死ぬことなくかろうじて息をしているガルド自身。

その惨状を作り出し、今尚ガルドの肉体を切り刻み奇妙な器具を取り付けているのは怪しげな人物だった。

謎の靄のようなものに体を包まれ、性別はおろか輪郭すらはっきりしない。

 

その人物は懐に手をいれるような動作をし、そこから巨大な瓶を取り出した。

その瓶の中には巨大な蛇の頭部が詰め込まれている。

 

切り開いた傷口に取り出した金属の器具を肉を滅茶苦茶にかき回しながら突っ込んでいく。

意識があるのかガルドは断続的に悲鳴を上げようとしているが、その体力も残っていないのか血の泡を吐くのみである。

まさに悪夢のような光景だ。ガルドは確かに地獄に落ちて然るべき悪人ではあるが、この状況はあまりにひどい。

 

 

 

そしてこの地獄を終わらせるかのように、館の外から執務室の窓を破って投擲用のランスが撃ち込まれた。

本来ならば執務室を丸ごと吹き飛ばす程の威力が乗ったランスは外壁を吹き飛ばすのみに留まった。

ガルドを切り刻んだ謎の人物が一瞬早くランスの投擲に気付き、ランスを片手で受け止めた為だ。

 

「貴様、何者だ?」

 

窓の外、ランスを投擲した張本人がそこにいた。

華麗な金の髪を靡かせた美しい女性、それが月の光を背に奇妙な威厳を持って中空から問をかける。

問をかけられた人物は一切答えることなく、手にしたランスを放り捨ててギフトカードを取り出す。

その姿を見て、答える気なしと見た女性の行動は迅速だった。

 

「このタイミングでガルドへ手を出すということは“ノーネーム”狙いか……。悪いがあのコミュニティには縁があるのでな、恨みはないが消えてもらうぞ!」

 

捨てられたランスが光の粒子となって自身のギフトカードへと戻り、再び自身の手に顕現させる。

そして手に持ったランスとともに流星のごとく飛来し、謎の人物へと必殺の突撃を繰り出した。

 

彼女には時間がなく様々な要因が重なったことで得たわずかなこの時間、少しも無駄にすることはできなかった。故に焦ったためにこのような短絡的な行動をとってしまった。

そして、この判断は失敗だったことを彼女はこの後すぐに知ることとなる。

万全ではないとはいえ、今の彼女に放てる限り最高の威力の攻撃を相手は軽々と受け止めたのだ。

彼女は断じて弱くはない。ガルド程度ならば相手にもならないだろう。その全力の一撃を受け止められたことで彼女は驚愕に動きを止めてしまい、相手の接近を許してしまった。

 

「■■■■、■■■■■■」

 

謎の人物が近づいた瞬間、憎悪と憤怒に染まった呪詛の羅列が耳朶を打った。

それと同時にギフトカードから九つの首を持った毒蛇が現れ、一斉に女性の身体に喰らい付こうと叫びを上げながら飛びかかってくる。

女性はその毒蛇がかの神話に登場する、不死性を持つ神すら殺す毒を持った水蛇を起源に持つ蛇であることを察した。

 

「―――――ッッ!!」

 

彼女は持てる全ての力を使ってその場を離脱しようとした。

間一髪、毒蛇がその身体に喰らい付くよりも早く、中空に逃れることに成功した。しかし彼女の持っていたランスは毒の瘴気を受けて腐食し溶ける寸前だ。どれほど強力な毒かがありありと刻まれている。

 

「くッ―――仕方がない、か。しかしこれほどの力にあの毒蛇を従えているとは……」

 

彼女は謎の人物の力が今の自分のものを遥かに上回っていることを理解し、無念さをにじませながら仕方なくこの場を去ることにした。

そしてその場を去る彼女の脳裏に、先ほどの相手の呪詛の言葉が思い出される。

 

何故―――――――

 

「『何故俺ガ、コレホド醜イ』―――か」

 

彼女が無意識に呟いた言葉は誰に届くこともなく虚空へと消える。

その言葉がどれほど重要なものだったか、気づかないままに。

 


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