ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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賢者の石

「この私、ペルセフォネ・ブラックがお相手いたしましょう」

 

  セフォネが凛とした声で、高らかに宣言する。そして、ハリーとハーマイオニーが止める間もなく、杖を振った。

 

スピリタス・アリトス(怨霊の息吹)!」

 

  すると、巨大な旋風が巻き起こり、竜巻が発生する。そして、それはまるで意思があるかの如く、翼竜の形となり、トロールに襲いかかった。

 

「■■■■■■■■■!」

 

  無数の切り傷が、トロールの体中に刻まれていく。

  セフォネが放ったのは、いわば"悪霊の火"と同じく、意志を持った風である。竜巻で形どられた翼竜は、それ自体が無数の風の刃、斬撃であり、それに襲われればひとたまりもない。トロールは痛みに呻き、思わず唯一の武器である棍棒を取り落とした。

  しかし、丈夫さが取り柄のトロール。表面の傷は痛みを与えることは出来ても、致命傷にはならないようだ。

  セフォネは考える。どうすればトロールを倒せるか。前回同様 "悪霊の火"を使うことも出来るが、それでは芸がないし、燃え尽きるまで火だるまの状態で暴れられても困る。

  セフォネの視線は、トロールが取り落とした棍棒に向けられた。たしか、前回はこれを釘にし、トロールを磔にした。

  その時、セフォネの頭にある考えが浮かび、思わずニヤリと笑った。

  セフォネは杖を振り、棍棒をクレイモア・ソードに変化させる。ただの刃物でないのは、ちょっとした洒落っ気だ。さらに、それらに"双子の呪文"をかけ、8つに増やす。

 

「行きなさい!」

 

  セフォネが杖を振ると、クレイモアは一斉にトロールに襲いかかる。8本が、その巨大な体に突き刺さった。

 

「■■■■■■■■!」

 

  しかし、トロールは倒れない。クレイモアは1本たりとも急所には刺さっていない。いや、刺していない。この後にまだ、仕上げが残っているからだ。

 

エクソパルソ(爆破せよ)!」

 

  トロールに刺さったクレイモアが次々と爆破され、トロールの体はその勢いで千切れ飛んでいく。セフォネは盾の呪文で、飛んでくる血や肉片を防いだ。

 連続した爆発音の後に残ったのは、バラバラになったトロールの死体というか、かつてトロールだった何かだった。

 

「汚い花火ですこと。あまり品の良い殺り方ではありませんでしたね」

 

  セフォネは反省しながら、血肉の塊に成り果てたトロールをチラリと見ると、後ろにいるハリーとハーマイオニーを振り返って微笑んだ。

 

「さあ、次へ参りましょう」

 

  ハリーとハーマイオニーの顔は青ざめ、返事を返せずにいた。彼らには、トロールの惨殺現場は刺激が強すぎたのだ。ハーマイオニーなどはもう少しで吐きそうになっている。

 

「どうかしましたか?ハーマイオニー、ポッター」

 

  そんな2人の様子に、可愛らしく首を傾げているセフォネ。いち早くショックから立ち直ったのはハリーだった。

 

「い、いや…何でもない……ちょっと驚いて。それと、ハリーでいいよ」

「そうですか。では、ハリー、ハーマイオニー。次へ参りましょう」

「そうだね。行こうハーマイオニー」

「……え、ええ…」

 

  何とか気を取り直したハーマイオニーとハリーは、なるべくトロールの残骸を見ないようにしながら、次の扉へ向かう。その後にセフォネは続いた。

  次の部屋にはこれといった仕掛けがないように見えた。ただテーブルがあって、その上に大小様々な形の瓶が一列に並んでいる。

 

「何をすればいいんだろう?」

「スネイプだから、薬かしら?」

 

  先程のトロールや、その前の巨大チェスと違って印象が薄いこの部屋に、首を傾げる。3人が部屋に入ると、今通ってきた入り口で紫色の炎が燃え上がり、同時に次へと繋がるドアの入り口に黒い炎が燃え上がった。

 

「見て!」

 

  そう言ってハーマイオニーが取り上げた巻紙には、論理パズルが記されていた。どうやら、この7つの瓶の内、3つが毒薬で2つがイラクサ酒。そして、1つが黒い炎を、1つが紫色の炎を進むための薬らしい。

  ハーマイオニーが何やら呟きつつ、瓶を指差して考えている。セフォネも同時に考えるが、ハーマイオニーのほうが早く答えに辿り着いた。

 

「分かった! この1番小さな瓶が、黒い炎の中を通して"石"の方へ行かせてくれるわ」

 

  こういう頭の回転の速さでは、ハーマイオニーに軍配が上がってしまったようで、少しだけセフォネは悔しく思っていた。

 

「負けましたわ。流石です」

「いや、勝負してた訳じゃないんだけど……」

 

  と言っているが、褒められて嬉しそうにしているのは気のせいだろうか。

  そんな遣り取りを気にせず、ハリーが小瓶を取った。

 

「ギリギリ1人分かな」

「そのようですわね」

「紫の炎をくぐって戻れるようにするのはどれ?」

「これよ」

 

 ハーマイオニーは、1番右端にある丸い瓶を指さした。

 

「2人のうちどちらかがそれを飲んでくれ」

「ハリー!?あなた一体何を……」

 

  抗議しようとするハーマイオニーを、ハリーが制止した。

 

「いいから聞いて欲しい。2人のうちどちらかが戻ってロンと合流して、鍵が飛び回っている部屋で箒に乗る。そうすれば仕掛けもフラッフィーも飛び越えられる。真っ直ぐふくろう小屋に行って、ダンブルドアにふくろうを送ってくれ。暫くならスネイプを食い止められるかもしれないけど、僕じゃ敵わない」

「でも、ハリー。もし"例のあの人"と一緒にいたら? それに……」

 

  ハーマイオニーはセフォネを見る。ハリーよりも、セフォネのほうが強いと思えたからだ。

 

「確かに、君が思う通りセフォネのほうが僕よりも強い。でも、いくらセフォネでもスネイプやヴォルデモートには敵わないだろう」

 

  ハリーのその言葉に、セフォネは苦笑しつつも首肯した。

  なぜセフォネが苦笑しているのかと言うと、ハリーたちが敵をスネイプだと思い込んでいるからだ。真の敵はクィレルなのだが、ここでそれを言っても意味はないだろう。実際に目の当たりにしてもらったほうがいい。

  セフォネの苦笑の意味を解さぬまま、ハリーは言葉を続けた。

 

「でも、僕は、一度は幸運だったんだ。だから、二度目も幸運かもしれない」

 

  ハーマイオニーは唇を震わせ、ハリーに駆け寄って抱きしめた。そして、何やらハリーを褒め称えるような言葉をなげかけている。

 

「あの……」

 

  蚊帳の外のセフォネが、流石に居心地が悪いのか、控えめに呼びかけた。

 

「それで、ハーマイオニー。貴方が戻ってください。私は箒が得意ではございませんので」

 

  ハーマイオニーはバツが悪そうにハリーを開放すると、セフォネを見た。

 

「それはいいけど……貴方はどうするの?」

「ここでダンブルドア校長を待ちます」

 

  ハリーの救援に駆けつけるには、この部屋を通らなければならないだろう。そうすれば、閉じ込められたセフォネと、ダンブルドアは遭遇する。全てが終わった後、彼らと戻ればいい。

 

「そうね。じゃあハリー。幸運を祈ってるわ。気をつけて」

 

  ハーマイオニーは薬を飲むと、名残惜しそうに振り返り、炎の向こうへ飛び込んでいった。

 

「じゃあ、僕も行ってくる」

God bless you(神のご加護を)

 

  セフォネが微笑んでいうと、ハリーは軽く頷いた。そして薬を一息に飲み干し、"石"の部屋へ向かった。

 

「さて……これはどういうことですかね」

 

  誰もいなくなった部屋で、セフォネが1人呟いた。

  何かがおかしい。違和感がある。

  まず最初に、なぜダンブルドアがクィレルを放置していたのか、という問題だ。

  自分が気づくようなことを、あのダンブルドアが気づかない訳がない。だとしたら、ダンブルドアは分かっていながら、クィレルを泳がせた。

  そして恐らく、ハリー達が"賢者の石"のことを嗅ぎ回っていることにも気づいている。ハリー達がそれをまもるために、クィレル、もしかしたらヴォルデモートに立ち向かうことも。

  そこから考えられるのは、ダンブルドアは故意にハリーとヴォルデモートとの対決を止めなかった、ひょっとすると、そうなるように差し向けたのかもしれない。

 

「食えない狸ですわ。でも、それが事実だとすれば、ハリーは死なない」

 

  あのダンブルドアが、ハリーを死に至らしめることなどありえない。ということは、ハリーはヴォルデモートと対峙しても死なないということではないのか。

 

「そこに、ハリー・ポッターが"生き残った男の子"となった、あの"闇の帝王"から逃れた秘密が隠されている……興味がありますわ」

 

  セフォネは"炎凍結術"を使った。この呪文を施すと火あぶりにされても平気になり、炎に柔らかくくすぐられるような感触になる。かつて中世の魔女たちが火刑に対抗した術だ。

  さらにセフォネは"目くらまし術"をかけた。今回、自分はただの観客でいたいのだ。姿を晒して攻撃されたくはない。ヴォルデモートとの戦いというのも、中々魅力的ではあるものの、死ぬと分かっていて戦うほど、自分は馬鹿じゃない。

  幸いにもドアは開けっ放しで、セフォネが部屋に入ったことはバレなかった。部屋に入ると、そこにはターバンを外したクィレルが立っていて、後頭部から不気味な顔が顕になっている。

 

(あれが……"闇の帝王"…)

 

「捕まえろ!」

 

  クィレルのものではない、甲高い声が響く。クィレルは命令に従って掴みかかるが、悲鳴を上げて手を離した。なぜか、彼の手が火傷を負っている。

 

(なぜ……?)

 

  セフォネが顎に手をあてて考えているうちに、もう一度クィレルが襲いかかるが、痛みに耐えきれずに手を離した。

 

「それならば殺してしまえ!」

「アバダ……」

 

  クィレルが死の呪文を唱え終わる前に、ハリーがクィレルに飛びかかった。そしてハリーは、痛みに悶え苦しむクィレルにしがみつき、クィレルは悲鳴をあげる。ヴォルデモートは狂ったように叫び続けるが、クィレルが死ぬ直前に、その体から逃げていった。

  セフォネは"目くらまし術"を解き、気を失ったハリーと、死体となったクィレルを見下ろすと、ハリーのスラックスのポケットが膨らんでいることに気づいた。かがんでそれを取り出してみると、それは血のように赤い石だった。

 

「これが"賢者の石"……」

 

  セフォネは、それを興味深そうに、まるでジュエリーでも眺めるかのような視線で観察すると、立ち上がった。

 

「こんばんは、ダンブルドア校長」

「こんばんは、セフォネ」

 

  後ろから、炎をくぐり抜けてダンブルドアがやって来た。

 

「驚きじゃな。まさか君がここにいるとは」

 

  セフォネは振り返りると、ダンブルドアに微笑みかけた。

 

「成り行きですわ」

「あのトロールは君がやったのかね?」

「ハリー・ポッターやハーマイオニー・グレンジャーがやるとお思いで?」

「末恐ろしい娘じゃのぉ」

 

  朗らかな声で、ダンブルドアがそう言う。セフォネは心外な、といった表情になった。

 

「貴方に言われたくありませんわ。随分と策士のようで」

「何のことじゃ?」

 

  とぼけるダンブルドアに、セフォネは推論をぶつけた。

 

「貴方がこうなるように仕向けたのでしょう? 大方、ハリーには"闇の帝王"と戦う権利がある、との考えで」

 

  図星だったのか、ダンブルドアはほんの僅かに目を見開き、そして幾分真面目な表情になった。

 

「……軽蔑するかね?」

「まさか。そのおかげで、面白いものを拝見することが出来ましたから」

「面白い……とは?」

 

  訝しげな表情で、ダンブルドアが尋ねる。

  セフォネにとって面白い、とは一体何なのか。ヴォルデモートを見ることができたことか。それとも賢者の石か。

  ダンブルドアの推察はどれも外れた。その変わりに、思ってもいなかった答えが返ってきた。

 

「ハリーに施された"護り"のことです。齢1歳の赤子が、"闇の帝王"の死の呪文に対抗できるはずはない。ではなぜ、ハリーは"生き残った男の子"となったのか。それは、彼の母、リリー・ポッターが自らの命を投げ出してハリーを守った時に発動した"護りの魔法"。非常に古い、しかし強力な」

 

  セフォネはここで一回言葉を切った。

 

「愛する者を守るための自己犠牲。そんな発動条件が、まさか本当に達成されるとは、"闇の帝王"は思いもしなかったでしょうね」

 

  皮肉混じりの笑みを浮かべ、セフォネが言う。ダンブルドアは、その様子を見て気になった。彼女は愛を信じているのか、と。

 

「君は愛を信じておるかね?」

「人並みには」

 

  開心術を使えない以上、この言葉を信じるしかない。ダンブルドアはもう1つ、気になったことを尋ねた。

 

「もう1つだけ、聞いてもよいか?」

「お答えできる範囲のものであれば」

「君は結局……どちらの味方なのだ?」

「さあ、どうでしょうか。でも、今回の一件で、観客席の居心地も悪くないと思いましたわ。帝王に仕えるのも一興、対抗するのも一興、全てを傍観するのもまた一興」

「世界が変わりさえすれば、それでいいのかね」

「左様。それこそが、私の本懐なのですから」

 

  暫しの間、2人の間に沈黙が流れる。

  ダンブルドアの視線は、セフォネが持つ賢者の石に注がれた。

 

「それを渡して欲しい」

「破壊するのですか?」

「相変わらず察しのいい。その通りじゃよ」

 

  ダンブルドアはニコラス・フラメルとの相談の結果、賢者の石は破壊することにしたのだ。

  セフォネはダンブルドアが差し出した手に賢者の石を置いた。

 

「では私から、1つ頼みがございます」

「何かね?」

「これの欠片をくださいませんか?」

「君は永遠の命を望むのかね?」

 

  ダンブルドアは意外だった。セフォネは不老不死を望むようなタイプの人間に見えないからだ。

  しかし、セフォネから返ってきた答えはさらに意外なものだった。

 

「この世には不老不死などという物は存在しません。死を恐れる愚かな人間たちの、ただの夢想にすぎませんわ」

「では、何の為に?」

「研究の一環として、サンプルに頂きたいのです。ご安心下さい。これを分析して"賢者の石"を精製しようなどとは思いませんわ」

「研究?」

「ええ。いけないことですか?」

 

  ダンブルドアは暫し考えたが、ここはセフォネを信頼することにした。第一、欠片から精製できる程、賢者の石は単純なものではない。これを作りだせるのは、世界広しといえど、ニコラス・フラメルだけである。

 

「ふむ……まあ、良かろう」

「では、最後に1つ。この件に関しての褒賞は一切無用にございます」

「なぜだね?」

「申し上げた通り、私は成り行きでここにいるのです。"石"を守る為にここにいる訳ではなく、深夜のお散歩中なのですよ」

 

  悪戯っぽく微笑むセフォネに、ダンブルドアは思ず唖然としてしまう。

 

「散歩じゃと?」

「ええ。ですから、減点こそされ、加点されるような行いはしておりませんわ」

 

  にこやかに告げるセフォネに、ダンブルドアは朗らかな笑い声を上げた。

 

「ふぉっふぉっふぉ……まったく、君という娘はさっきから予想外すぎる…じゃが、面白い」

「お褒めの言葉と受け取っておきますわ。それでは校長先生、ハリーを医務室へ」

「そうじゃな。君は寮へ戻るといい」

「そうさせていただきますわ」

 

  セフォネは4階の階段でダンブルドアと別れ、寮へ帰った。




怨霊の息吹……悪霊の火の風バージョン。元から魔法界にある闇の魔術という設定

クレイモア・ソード……14世紀ごろイギリスで使われていたらしい剣。セフォネはトロールの棍棒をこれに変えると、トロール突き刺して爆破させた。

という訳で、クィレルがログアウトしました。次回で賢者の石編がついに完結。








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