ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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クリスマス

 クリスマス休暇は、全寮制のホグワーツの生徒が一時帰宅することが出来る。ほとんどの生徒はそれぞれの家に帰るが、中には学校に残る者もいる。

  エリスも、その1人だった。彼女の両親は聖マンゴの癒者で、その仕事にはクリスマスも何も関係ない。魔法界においても、医療関係者は多忙を極める。

 

「今年はパパもママも帰って来れないんだって」

 

  エリスは少し寂しそうだ。スリザリンの生徒の9割以上の生徒が帰る予定で、クリスマスに寮に残る生徒のリストに名前を書いているのは1年生ではエリスだけ。他にも残る高学年の生徒が2、3人いるが、それは試験勉強のためだろう。

  名簿を見て、1年生が自分しかいないことを見て、溜め息をつく。

 

「1年生は私1人か……」

 

  すると、隣にいたセフォネが、自分の名を書き足した。

 

「2人ですわ」

 

  セフォネの場合、帰っても帰らなくてもどちらでもいい。家に帰ったところでやることは、クリーチャーとお喋りするくらいだ。であれば、生まれて初めて出来た友達と共に、クリスマスを過ごすのも悪くない。

 

「なんだ、君たちは残るのか」

 

  後ろからドラコが話しかけてきた。

 

「うん。家の事情でね。ドラコの家はパーティーとかするの?」

「毎年盛大にやってるよ。魔法省の重鎮や名家の当主たちを招いてね」

「てことはさ、セフォネも行ったことあるの?」

「いいえ。社交界に顔を出したことは1度もありませんわ」

 

  セフォネは社交界に出るどころか、5年間、ほとんど家に引きこもっていた。別に外に出たくないとか言う訳ではなく、セフォネにとっては家で魔法の鍛錬をすることが、何よりも大事だったのだ。

  話は変わって、クリスマスプレゼントについての話になった。前述の通りの生活をしていたため、セフォネはプレゼントなど送ったことはない。

 

「プレゼント……って、何を送ればいいんですかね?」

「何をっていうか、こういうのって"想い"が大事だと思うよ」

「"想い"?」

「そ。その人をどう思っているか、どれほど思っているか、みたいなね」

 

  エリスの言葉に、セフォネは深く考える。プレゼントとは"物"が1番大事なのではなく、"気持ち"が大事なのだ。その考えは、不思議とセフォネの心に響いた。

  ドラコも何やら感慨深げに頷いていた。

 

「エリス、偶には良い事を言うじゃないか」

「偶にはって何よ」

「いつも良い事を言うのは、セフォネのほうだからね」

「……なぜか反論できないわ」

 

  2人の会話を上の空で聞きながら、セフォネはプレゼントについて真剣に悩むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、クリスマス当日。

  セフォネが目を覚ますと、ベッドの脇にプレゼントの山があった。

 

「これ、エリスの分も混ざっているんですかね」

 

  そう思ってエリスを見ると、エリスのベッドの脇にもプレゼントの山が。

 

「それはこっちの台詞なんだけど……」

 

  セフォネもエリスも、数えるほどの人数にしか、プレゼントを送っていない。ルームメイトの2人やその他の懇意にしている1年女子数名、ドラコとその一味くらいだ。

 

「どうしましょうか? というか、誰から?」

 

  送り主を見てみると、スリザリンの知らない上級生やら、なぜか他寮の生徒からもいくつか。

 

「これレイブンクローから!? ……なんで?」

 

  彼女たちは知らないが、2人は寮内外にファンが多い。さすがにグリフィンドールからは届いていないが、レイブンクローやハッフルパフから何個か届いていた。

 

「さあ?」

 

  次々にプレゼントを開けていき、最後に親しい人からのプレゼントを開けた。ドラコからは高級菓子の詰め合わせ、エリスからは"クィディッチ今昔"という本が送られた。セフォネは何を送ったかというと、ドラコには、蛇を模したネクタイピン、エリスには薔薇の香水を送った。

  この歳で香水はまだ早い、という人も多いだろうが、名家出身が集まるスリザリンでは、1年生でも香水を振っているものが多い。かく言うセフォネもその1人。祖母曰く"女は常に身だしなみが大切"とのこと。

  その後大広間でクリスマスパーティーが行われ、たらふくご馳走を食べたりと楽しいクリスマスを過ごした。

 

 

 

 

 

  クリスマスの次の日。セフォネは夜、"目くらまし術"を使って姿を隠し、夜の校舎を散歩していた。考え事をしていたら目が覚めてしまい、寝付けなかったのだ。目的もなくブラブラ歩き、壁にかかっている絵画の中の人物たちがポーカーに興じている様子などを見ていると、突然、少し離れたところにあるドアが開いた。

  そして何者かの押し殺した足音が聞こえる。音の数からして2人だろう。だが、姿は見えない。自分と同じように"目くらまし術"を使っているのか、透明マントを使っているらしい。どちらにせよ、夜回りの先生ではないだろう。姿を隠して夜出歩くのは、生徒しかいない。

  そちらに気を取られていたら、足元にミセス・ノリス――管理人の飼い猫――が立っていた。暫しこちらを見ていたが、やがて歩き去っていった。

  もう1度ドアに視線を向ける。さっきの生徒たちはあの部屋で何をしていたのだろうか。興味を持ったセフォネはその部屋に入った。

  そこは昔使われていた教室らしく、机と椅子は壁際に積み上げられいた。その室内に、なぜか巨大な鏡が立てかけてある。金の装飾が施された枠の上のほうに字が彫ってあった。

 

『Erised stra ehru oyt ube cafru oyt on wohsi』

 

I show not your face but your heart's desire(私は貴方の顔ではなく貴方の心の望みを写す)……ですか」

 

  逆さに書かれた文字を読み解くと、"目くらまし術"を解き、鏡に自分を写した。そして、そこに映し出された物に驚愕した。

  鏡に写っているのは、自分の姿だけではなかった。その後ろに、2人の男女が立っている。紫の瞳を持つ男性と、黒髪の女性。

 

「な……ぜ……」

 

  男性は片方の手で女性の肩を抱き、もう片方の手はセフォネの肩に乗っている。

 

「…父様……」

 

  女性は、ベッドで虚ろな目で横たわっていた姿と違い、心の底から笑っているように、セフォネに微笑みかけている。

 

「…母様……」

 

  その時、セフォネの脳裏に浮かんだのは、服従の呪文で無理やり笑顔を作らせた、母の抜け殻。その胸に母のものであった杖を当て、絞り出すような声で、そのおぞましい呪文を唱えた自分。

 

『笑って死ねる、そんな人生を生きて……』

 

  母の、最後の願い。もはや残滓と成り果てた魂から伝えられた、最初で最後の言葉。

  その時思ったのだ。復讐など、意味がないと。復讐を成し遂げたところで、自分は笑って死ねない。父を殺し、母を傷つけた闇祓いたちを殺したところで、自分は笑えない。

 

 ―――では、何を望むのか? 自分はどうすれば、笑って死ねるのか?

 

  その答えはまだ見つかっていない。だが少なくとも、今の世界では、笑って死ぬことなど出来ない。だから、自分は"世界の変革"を望むのだ。

  それが悪によって成されるものでも、正義や偽善によって成されるものでも、その両者がぶつかりあった末で作りだされたものでも。

  どのような形であろうと世界が変わりさえすればそれでいい。それこそが、自分が、ペルセフォネ・ブラックという人間が真に望むもののはず。

  だが、実際は……

 

「うぁああああぁぁぁぁ!」

 

  セフォネは鏡に拳を打ち付けた。何度も何度も。だが、いくら膨大な魔力を有する彼女でも、肉体はただの非力な少女。鏡が割れることはない。セフォネは鏡に拳を打ち付けながら、膝から崩れ落ちた。

 

(わたくし)は……(わたし)は……」

 

  乗り越えたと思っていた。両親の死も、抑えられない憎しみも、幼くして当主という宿命を背負ったことも。

  力を手にすれば、それらを乗り越えられる。そう思って自分は、これまで生きてきたのだ。この歳であれ程の技術を持っているのは、その為なのだ。5年という年月を、ただただ魔法の鍛錬に費やしたのは、その為なのだ。

 

「わたしは……」

 

  乗り越えてなど、いなかったのだ。自分はいつまでも、ただの弱い少女だったのだ。

 目の前がボヤケてくる。セフォネは涙を流すことが嫌いだ。それは弱さの象徴だから。自分の弱さを肯定することだから。

 だが、今だけはと、この時ばかりは許された一滴の涙が、眼から溢れ落ち、頬を伝う。

  霞んだ視界に入る鏡には、両親の背後に1人、2人と人物が浮かび上がってくる。自分に初めてできた友人たちだ。スリザリンの談話室で、楽しげに談笑している。

  それは、それこそがセフォネが求めていたもの。かつて身を焦がした"復讐"でもなく、今求めようとしてている"変革"でもなく、自分はただ、"平穏"を望んでいた。

  父がいて、母がいて。自分の隣で微笑んでいるような。

  友がいて、くだらない話で盛り上がり、共に笑い合っうような。

  当たり前の幸福な日常。しかし前者はもう、手に入れることは出来ない。叶うはずのない、儚き夢。

 

「…わたしはどうすれば………何を…求めれば……」

 

  どれ程の時が経ったのかは定かではない。だが、セフォネは長い間そこにいた。さっき許した1筋を除いて、涙を流してはいない。しかし、その心ではどうだったのか。それは、彼女自身も把握出来ない。それ程に、この鏡はセフォネの心をかき乱していた。

 

「っ……誰だ!」

 

  鏡の前にひれ伏すセフォネは、不意に人の気配を感じ取った。とっさに杖を抜き、振り返って狙いを定める。

 

「教師に杖を向けるとは。それにその殺気。いやはや、恐れいった」

 

  そこには、1人の老人が立っていた。誰であろう、ホグワーツ校長のアルバス・ダンブルドアである。

 

「アルバス…ダンブルドア……」

「ほぉ、わしを呼び捨てとはの」

 

  言葉とは裏腹に、責める気配はない。セフォネは杖をしまって立ち上がると、ダンブルドアに頭を下げた。

 

「申し訳ございません。突然のことに、動揺してしまいました」

「良い。もっとも、夜出歩いておることは、あまり良いことではないが」

「減点は覚悟でございます」

「いや、構わんよ。君以外にも出歩いておる者がおるようじゃからの」

 

  校則違反者を眼の前に、ダンブルドアは朗らかに笑う。その様子に戸惑うセフォネの右手に、ダンブルドアは視線を向けた。

 

「手は大丈夫かの?」

 

  思い切り鏡を叩いたせいか、セフォネの右手は赤くなり、小指に鈍い痛みが走っていた。それでも鏡は割れないのだから、"割れない呪文"でもかかっているのだろう。

  セフォネはさり気なく右手を左手で隠した。

 

「ええ、問題ございません。お気遣いなく」

 

  この質問から察するに、ダンブルドアには一部始終を見られていたのだろう。セフォネは警戒の眼差しを送る。

 

「ミス・ブラック、君は……」

 

  何を鏡に見たのか。そう尋ねようとしたダンブルドアは、不意に口をつぐんだ。セフォネが手で、その言葉を制止したからだ。

 

「それは、お答えできません。いくら貴方が、校長であろうとも」

 

  開心術は使えない。組分け帽子をも防ぐ閉心術を、セフォネは使える。しかし、ダンブルドアはこの少女の心を開く必要があった。もし彼女が鏡に見たものが復讐を成し遂げた姿だとしたら、彼女は闇に墜ちていく。それは、トム・リドルの再来になるかもしれない。

  そんなダンブルドアの心中を知ってか知らずか、セフォネは纏う雰囲気をガラリと変え、いつものように微笑んだ。

 

「乙女には、秘密の1つや2つはございますもの」

 

  あまりの豹変ぶりに、ダンブルドアは面食らったが、それが仮面であることを見抜いていた。他者に感情を知られないための、笑みという仮面。

  ダンブルドアはセフォネに調子を合わせた。

 

「そうじゃのぉ。これは無粋なことを尋ねた」

「いえいえ。それでは先生。お休みなさい」

 

  優雅に一礼した後、セフォネはダンブルドアの脇を通り過ぎ、扉に向かう。

 

「そうじゃ」

 

  ドアに手をかけたセフォネを、ダンブルドアは呼び止めた。

 

「はい」

「先日のトロールの件。礼を言わせてもらおう」

「大したことではございませんわ」

「"悪霊の火"を大したことないと言える学生など、そうそうおりはせぬ」

 

  その言葉に、セフォネの微笑みが一瞬揺らぐ。ダンブルドアは全てを見透かしたような、ブルーの瞳をセフォネに向ける。

 

「ミス・ブラック……いや、セフォネと呼ばせてもらう。セフォネや、憎しみは憎しみしか生まない。復讐の果てに、君が得るものは何もない」

 

  セフォネは思わず振り返り、ダンブルドアを見る。ダンブルドアは自分を勘違いしているようだ。思わず笑ってしまった。

 

「ふふ……あははははっ…!」

「何が可笑しいのかね?」

「復讐……そんなことを考えていた頃もございましたわ……ふふ…」

 

  突然笑いだしたセフォネに、ダンブルドアは困惑している。

 

「1つだけ、乙女の秘密をお教えしましょう、先生」

 

  鏡に写っていた本当の望み。それをセフォネは、心の奥深くに封じ込めた。そして、自分の意思が揺らぐことを恐れるように、高らかに宣言した。

 

(わたくし)の願いは"世界の変革"。ただそれだけですわ」

 

  僅かに目を見開き驚愕するダンブルドアを尻目に、セフォネは談話室へ戻っていった。

 




賢者の石やヴォルデモートとセフォネを絡ませるべきか、否か。それが問題です。

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