ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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クィディッチと訓練と図書館

 今日の朝食の大広間は、活気に満ち溢れていた。いつもそうだと言われればそうなのだが、今日は特に。何故ならば、今学期初めてのクィディッチの試合が行われるからだ。グリフィンドール対スリザリンという、因縁の対決である。

 

「いやー、遂に来たわね!」

「ああ。どれだけこの日を心待ちにしていたことか。そして来年は、絶対にチームに入ってやる」

「私もよ」

 

  朝が弱いはずのエリスは、何故だか今日に限って早起きだった。ドラコもドラコで、いつものような不遜な態度が鳴りを潜め、無邪気に試合を心待ちにしている。

 

「そんなに面白いのですか?」

 

  そんな中、1人平常運転のセフォネが、隣に座っているルームメイトのキャシーに尋ねた。

 

「ええ、勿論。あなた、見たことないの?」

「何分、スポーツとは無縁の生活でして」

「へぇ。魔法界でクィディッチの試合見たことない人がいるなんて、思ってもいなかったわ」

 

  クィディッチは魔法界において最も人気のあるスポーツとされる。その人気は、老若男女問わず。マグル産まれでもない、ましてや名家の出のセフォネがそれを見たことがないとは、考え難いだろう。

 

「ま、この際だから、そこで熱くなってる2人に解説頼んだら?」

「そうですわね」

 

  その会話を聞いていたエリスが、パンを加えたまま親指をグッと立てた。

 

まかふぇて(まかせて)クフィッチんみひょくほ(クィディッチの魅力を)ああたにおひえてはげるは(あなたに教えてあげるわ)!」

「取り敢えず落ち着いてください、エリス」

 

  11時。ホグワーツのクィディッチ競技場に、全校生徒が集まっていた。11月のこの季節、肌を刺す冷たい風が吹く中、そんな寒さをものともしないような熱気が、観客席には溢れている。

  スリザリン生は緑の地に銀の蛇が描かれた寮旗を掲げ、グリフィンドール生は真紅の地に金の獅子が描かれた寮旗を掲げて、それぞれの寮代表選手を応援する。

  グリフィンドールの観客席に"ポッターを大統領に"と書かれた、およそ罰ゲームのような垂れ幕を掲げている奴らがいた。

 

「大統領って……馬鹿みたい」

「グリフィンドールの奴らは頭がおかしいんじゃないか」

 

  エリスは呆れて溜め息をつき、ドラコは不愉快そうに鼻を鳴らした。そんな2人に、セフォネは苦笑する。

 

「それは否定できませんわね。ですが、あれは初試合で緊張気味のポッターを和ませるためのものかと」

「にしても意味不明よ。英国にはpresident(大統領)はいないわ。いるのはprime minister(首相)よ」

 

  そう、イギリスは大統領制の社会ではなく、議院内閣制の社会。そのため、国のトップは首相である(正しくは女王だが)。エリス曰く、せめてそこは、"首相に"にすべきだろう、という訳だ。そういう問題ではないのだが。

 

『さあいよいよ因縁の一戦が始まろうとしています! 本日の試合はグリフィンドール対スリザリン! グリフィンドールはここ6年に渡りスリザリンの卑怯なラフプレーの前に涙を呑んでおります。さあ、是非今年こそはその雪辱を果たしてもらいたいものです!』

「ジョーダン!」

『失礼、マクゴナガル先生』

 

 実況席にはグリフィンドール生の実況、リー・ジョーダンが座っており、そのグリフィンドール贔屓の内容にマクゴナガルが叱咤を飛ばしていた。

  教師たるもの、公平でなくてはならない。が、内心では何としてもグリフィンドールに勝利してもらいたいのだろう。その為に、校則を捻じ曲げてまでハリーをチームに入れたのだから。

  暫くして、選手たちが箒に乗って入場してくる。

  これまたグリフィンドール贔屓の選手紹介が終わった後、キャプテン同士が握手という名の、互いの手の握り潰し合いを終え、試合が始まった。

  試合が白熱していき、得点は50点対20点でスリザリンのリード。途中、ハリーがスニッチを見つけて捕まえようとしたが、スリザリン側の反則行為により妨害された。

  その後、スリザリンが得点した時、ハリーの身に異変が起こった。彼が乗るニンバス2000が、彼を振り落とそうとしているのだ。

 

「なんでしょうか、あれは? 箒の不具合でしょうか」

「さあ?」

「分からん。でも、ポッターが乗っているニンバス2000は最新式の箒だ。不具合なんて起こるはずがない」

「とすると……」

 

  外部からの干渉。それしかない。

 

(なぜ?)

 

  そんなことは決まっている。ハリーを殺したいのだろう。いや、殺すまでは行かなくても、怪我をさせるくらいかもしれない。

 

(それにしては、余りに遠回りな方法。不自然すぎます)

 

  ハリーを殺したければ、後ろから死の呪文を撃つなりなんなりすればいい。でも、その方法を用いず、あえて箒に呪いをかける。そのメリットはあるのか。いや、ない。だとすれば、これを行っている人物は、あくまでハリーの負傷を事故にみせかけたいか、あるいは直接手を下す勇気がない、ということだ。

  箒に呪いをかけることが出来るとなると、犯人は教師のうちの誰か。セフォネは教員席を見回す。すると、不審な人物が2人。

 

(スネイプ教授と…クィレル教授……?)

 

  どちらもハリーが乗るニンバス2000を凝視し、口を動かしている。2人がかかりで呪いをかけているのか。もしそうだとすれば、ハリーはとっくに箒から振り落とされている。ということは、片方が呪いをかけ、片方がその反対呪文を唱えている。どちらがどちらを唱えているかは分からないが、ともかく、この2人のうちどちらかが犯人である。

  突然、スネイプのマントの裾が燃え始め、教員席が慌ただしくなった。クィレルはなぜか倒れており、視界の隅に素早く逃げ去るハーマイオニーの姿が見えた。

 

  試合は結局、体勢を立て直したハリーがスニッチを飲み込んだ(・・・・・)ことによって、グリフィンドールの勝利に終わった。

 

「あれはルール上、いいのですか?」

「一応、スニッチを捕まえたことにはなるからね。初めて見たけど」

 

  スリザリンの敗北に、他の3寮が歓喜する中、スリザリン生は観客席から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

  さて、クィディッチの試合が終わって暫く経ち、12月に入った。

  放課後の空き教室。普段なら人がいないはずのそこで、エリスが真剣な顔で杖を構えていた。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

  すると彼女の目の前に、半透明のバリアが出現した。エリスはそれを、杖の先でコツコツ叩くと、盾の呪文の成功を確信し、満面の笑みになった。

 

「セフォネ!出来た出来た!」

 

  席について、何やら古ぼけた本を開いていたセフォネは、その様子に少々呆然としていた。

  セフォネがエリスに戦い方を教え始めて数回のレッスンで、エリスは急成長を遂げていた。"武装解除"や"全身金縛り術"は比較的簡単な呪文である為、すぐマスターしてしまったことも頷ける。しかし、盾の呪文はそれなりに習得が難しい呪文である。それを3日で、しかも放課後のレッスンだけで、たった1年生であるエリスがこれをマスターしてしまったのだ。驚くのも無理はない。

 

「驚きです……エリス。あなた、意外と戦闘のセンスありますね」

「意外って何よぉ」

「見た目と反して、と申しましょうか」

 

  エリスの容姿には、どこか庇護欲をそそるような、愛嬌のある可愛さがある。その明るい性格とも相まって、エリスはスリザリンのマスコットと化しているのだ。そんな彼女に戦闘のセンスがあるとは。

 

「もぉ……セフォネが大人っぽ過ぎるんだよ」

「普通だと思いますが」

 

  そう言うセフォネは、エリスの言う通り大人びている。身長もそうだが、女性らしい膨らみやらなんやらも、である。

 

「身長高いし」

「それは家系の問題ですわ」

 

  ブラック家の人間は皆、背が高い。ベラトリックス・レストレンジ然り、シリウス・ブラック然り。そんな家系に産まれたセフォネもまた、同年代の女子平均身長を超える背の高さだ。

 

「それに……」

 

  エリスはジーッとセフォネの胸に視線を集中させる。入浴時に顕となる服の下のそれは、エリスのそれよりも大きかった。

 

「……どこを見ているんですか」

「べ、別に負けてないもん。まだ、これから大きくなるもん」

「何の話ですか」

 

  と、それはさておき。セフォネは次にエリスに教える呪文を考える。

 

「"妨害呪文"か…はたまた"失神呪文"か……」

 

  悩んでいるセフォネの手元にある本を、エリスは覗き込んだ。

 

「さっきから気になってたんだけどさ、それ何の本?」

「"世界の古代魔術"です。ちょっとした趣味の調べもので」

 

  趣味と言ってはいるが、それはオリジナルスペルの開発である。

  目下開発中のものは"臭い消し"。芳香剤とかそういう意味ではなく、"17歳未満の者の周囲での魔法行為を嗅ぎ出す呪文"を無効化させるものである。

  しかし、これはかなり難しい問題であり、その糸口を見つけようと、世界各国の古い呪文が書かれた魔法書を読んでいるのだ。

 

「それさ、閲覧禁止の棚にあるやつじゃ……」

「スネイプ教授に許可を貰いました」

 

  普通であれば、1年生に閲覧禁止の棚にある本の閲覧許可など降りない。許可を貰えなければ、"目くらまし術"でも使って夜中に忍びこもうかと考えていたのだが、スネイプは意外にも、すんなりと許可をくれた。

 

「へぇ。返却日はいつなの?」

 

  エリスの何気ない疑問を聞くと、セフォネは少し考えて、やがて、あっ、と引き攣った笑みを浮かべた。

 

「…………今日でしたわ」

「今日!?早く返さないと、マダム・ピンスから出禁喰らうよ!?」

「そうですわね。すいません、では今日のところはここまでで。図書館に行きます」

「私も行くわ。ちょっと借りたい本があってね」

 

  2人は教室を後に、図書館へ向かう。ホグワーツの図書館には何万という蔵書があり、それら全てを管理するのは司書、イルマ・ピンスである。セフォネは彼女に"世界の古代魔術"を返却し、エリスが"ホグワーツの歴史"を借りた時、見慣れた3人組が、必死に本を捲っているのが目に入った。

 

「あら、久しぶりね、ハリー、ロンと……」

「ミス・グレンジャーです。魔法薬学で同じクラスじゃないですか」

「ついでに言えば、一緒にトロールに襲われたけどね」

 

  2人はいたって普通に話かけたが、ロンからは警戒した目で見られた。ハリーとハーマイオニーは戸惑っている。

 

「何その反応。まったく、私たちがスリザリンってだけで、警戒しすぎよ」

「ご、ごめん。そんなつもりは無かったんだ」

 

  3人の態度にムッとしたエリスに、ハリーが釈明した。そして、その横に立つセフォネに視線を向ける。

 

「そうだ、セフォネ。この前はありがとう」

「この前?」

「トロールのことだよ。ハーマイオニーを助けてくれただろ」

 

  セフォネとしては実際、エリスを助けたかっただけなのだが、結果としてハーマイオニーも助けていた。

 

「ああ、そのことですか。お構いなく。大したことではございませんので」

「いや、ちゃんとお礼を言わせてもらうわ。本当にありがとう、ブラック」

 

  この少女は、かなり真面目なのだろう。ちゃんと頭を下げてお礼を述べた。律儀なハーマイオニーに、セフォネは笑みを向けた。

 

「ですから、お構いなく。後、私のことはセフォネで構いませんわ」

「じゃあ、私もハーマイオニーでいいわ。ねえ、1つ聞きたいんだけど」

「何ですか?」

「あなたって、本当にあのブラック家の当主なの?」

 

  ハーマイオニーはマグル産まれである。よって、マルフォイと同じで名家の出身であるセフォネは、ハーマイオニーのことをよく思わないに違いない、と思っていた。しかし、セフォネにはそんな様子はない。その為戸惑っていたのだ。

 

「そう自慢するものでもありませんが。私はドラコとは違い、純血主義に傾倒しておりませんので、その点はご心配なく」

 

  その言葉に、ハーマイオニーよりもロンのほうが驚いていた。汽車で似たようなことを言ったはずなのだが、彼から見ればスリザリンは全員感じが悪く、マグル嫌いだという考えが強いのだ。それはそれで差別行為であろう。

  そんなロンの様子に、エリスは溜め息をついた。

 

「はぁ、だからね……まあいいわ。何か調べもの?」

「えっと……まあ、そんなところ」

 

  と、ロンは言葉を濁したが、ハリーはこの2人に警戒心があまりないようで、素直に真実を語った。

 

「ねえ、2人はニコラス・フラメルって人、知ってる?」

「おい、ハリー!こいつらスリザリンだぞ!?」

 

  彼らはスネイプが狙っている(と思い込んでいる)、ニコラス・フラメルに関係するものを探していたのだ。それを、スネイプのお膝元であるスリザリン生に聞く者がいるだろうか。ロンの驚きも納得である。

  ロンはハリーを責めていたが、セフォネの言葉に固まった。

 

「存じておりますが……解答をお求めですか?」

 

  3人は額を寄せ合ってヒソヒソと相談する。見た限り、ロンは反対、ハーマイオニーとハリーは賛成、といったところか。エリスはその様子に怒りを通り越して呆れていた。

  意見がまとまり、代表してハリーが言った。

 

「お願い」

「ニコラス・フラメルとは歴史的に著名な錬金術師のことです。賢者の石の創造に成功した唯一の人物として知られております。確か、昨年で665歳になられたはずです」

 

  自分たちが何日もかけて調べていたことの答えをスラスラと淀みなく話され、3人は暫し固まっていた。

 

「何故、あなた方は彼を調べておいでで?課題ではございませんが……」

 

  3人の肩がピクリと動く。何か秘密がある、そう思ったセフォネは開心術を使うことにした。

  別になんの為に調べていようと勝手だが、情報を提供した以上、その理由を覗き見ても構わないだろう。だが、普通に開心術を使うだけではつまらない。どうせなら、自分たちに敵意を見せるロンを、少しからかってやろうと思った。

 

「ミスター・ウィーズリー。何か隠していませんか?」

 

  急に指名され、ロンはあわてて言い訳をした。

 

「べ、別に、何も。ちょっと気になっただけなんだ」

「本当に?」

「ほ、本当だ……ぁっ!?」

 

  セフォネは顔をロンに近づけ、そのブルーの瞳を覗き込む。セフォネが接近するにつれ、ロンの顔が赤くなっていく。

 

「本当に?」

 

  セフォネの顔は、ロンがその息遣いをも感じ取れるほど近い。

  雪のように白い肌。宝石のような彩色の神秘的な瞳。ほんのりと湿った、淡い桜色の唇。彼女の見事な黒髪は、重力にしたがって肩から滑り落ちる。少し香水を振っているのか、果実系の甘い香りがロンの鼻をくすぐる。

 

「本当に?」

 

  そのしなやかで細い指が、そっとロンの頬を撫でる。11歳の少年にとって、歳不相応なセフォネの色香は刺激が強すぎた。ロンのキャパシティは限界を超え、顔はその髪と同じくらい真っ赤に、目は焦点が合っていない。

 

(やり過ぎましたかね)

 

  とっくに心を読んだが、その反応が面白くて、ついついやり過ぎてしまった。

  放心状態のロンを見てセフォネはクスッと笑い、彼から離れた。

 

「悪戯が過ぎましたわ。では我々はここで。行きましょう、エリス」

「え、ちょ、待って、セフォネぇ」

 

  にこやかに微笑んで立ち去るセフォネを、エリスは追っていった。残されたハーマイオニーとハリーは、ロンを再起動させるのに大騒ぎし、マダム・ピンスに放り出されるはめになった。

 




エリスの戦闘能力が上がる、グリフィン3人組が原作と違ってクリスマス前に賢者の石を知る、ということでした。
セフォネが開発中の"臭い消し"、これって犯罪ですかね?まあいいか。

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