ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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ハロウィーン

  ハロウィーンとは、毎年10月31日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭のことである。元々は秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であったが、現代では民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっている。

  要するに、何が言いたいのかというと、ハロウィーンという行事は、このホグワーツでも一大イベントなのだ。

  午後の最後の魔法史の授業を終え、大広間に向かう。

 

「どうしたんですか?」

 

  魔法史の授業が始まる前は、ハロウィーンパーティーを楽しみにしていたエリスの顔色が非常に悪い。

 

「……お腹痛い………」

 

  体を丸めて痛みを我慢して歩くさまは、まるでゴルゴタの丘を登るイエス・キリストのような有様であった。

 

「無理に我慢せずに、お手洗いへ行かれては?」

「……ご馳走………」

 

  その返答に、流石のセフォネもズッコケそうになった。 引き攣らせた笑みを浮かべながら、エリスを安心させる。

 

「私が確保しておきますわ」

「……ありがと…!」

 

  エリスはそのままダッシュでトイレに駆けていった。その速度は流れ星(シューティングスター)よりも速い。

 

「エリスのやつ、どうしたんだ?」

 

  後ろにいたドラコが、不思議そうな顔をしている。

 

「腹痛だそうです」

「なるほど。でもあんなに速く……まあいいかぁ…ふぁぁぁ……いや、魔法史の授業は実に退屈だったね。知ってて当然のことばかりじゃないか」

 

  ドラコは欠伸をかましつつ、不平を口にする。

  ドラコのような魔法族の家系に生まれたものにとっては、魔法史の授業は知っていることが多いのだ。といっても、彼の場合は小さいころから多少なりとも魔法教育を受けているので、その賜物と言っても過言ではない。

 

「知識の再確認と思ってみればよいのでは?知っていると思っていたことでも、実は知らなかった、なんてこともございますよ」

 

  セフォネの言葉に、普段は生意気で人を見下す傾向のあるドラコも、素直に頷いてしまう。

  歳に似合わぬ穏やかな振る舞いに、冷静さ、推理力、洞察力。そしてその博識ぶり。それは、彼女の言葉に絶対的な説得力を持たせ、あらゆる人を納得させてしまう。これも彼女の能力、いや、魅力と言っていいだろう。

 

「ふむ……君の言葉にはなんかこう、説得力があるよな。前から感じてはいたんだが」

「お褒め頂き光栄ですわ」

 

  大広間に到着し、中に入る。中は普段と違いハロウィーン仕様になっており、様々な飾り付けがしてある。

 

「これはまた圧巻ですわね」

「まあまあだね」

 

  そうやって、生意気に威張っているドラコは、ハリーやロンなどから見れば嫌な奴なのだろう。しかし、セフォネから見たら、子どもっぽくて可愛く思えてしまい、実に微笑ましい。

  セフォネはドラコのそんな様子に、クスッと笑った。

 

「可愛くない子どもですね」

 

  ドラコはセフォネの屈託のない、なぜか微笑ましいような笑みを浮かべるセフォネを見て、計らずとも顔を赤くしてしまう。

 

「き、君だって同い年じゃないか」

「男性と女性では、精神の成熟速度に差があるんですよ」

 

  テーブルの上には主にかぼちゃが使われた豪華な料理が並び、生徒たちは大興奮だ。

  セフォネはエリスの分の席を隣にとり、その向かい側にドラコとその他2名が座る。最近では、これが固定のポジションになっていた。

 

「それにしても、君は甘いものが好きなのかい?」

 

  席について早々、エリスの分の食事を適当によそったセフォネは、デザートと思われるパンプキンケーキを手にした。

 

「女子は皆、甘いものが好きですわ」

「いや、でも初っ端からケーキは……」

 

  ドラコが若干引き気味にセフォネを見る。そう、何を隠そうセフォネは、かなりの甘党である。ホグワーツの1年の中で最もデザートを食したのは彼女であろう。

 

「夕食ですし、生命活動に支障はありませんわ」

「いや、そういう問題じゃ……」

「問題ありません。糖分は私の全ての栄養源です」

「流石に説得力ないよ」

 

  呆れ顔のドラコは気にせず、セフォネはケーキの次にプリンを平らげ、次は何を取ろうかと考えた時、突然大広間にクィレルが飛び込んできた。顔は恐怖で引き攣り、ターバンが歪んでいる。

  静まりかえった大広間を、クィレルはよろよろと歩いていき、ダンブルドアの前までいくと、あえぎあえぎ言った。

 

「トロールが……地下室に……! ……お、お知らせしなくてはと思って……」

 

  クィレルはそれだけ言うと、糸が切れたようにパッタリとその場に倒れ、気を失った。

  さて、そんなものだから、大広間は大混乱に陥った。皆がトロールの恐怖に怯え、甲高い声で叫ぶ女子もいた。

  セフォネはそんな様子を気にせず、ただ美味しそうにドーナツを頬張っていて、それを見たドラコは唖然としていた。

 

「君は状況が分かっているのか!?」

「ええ。トロールが地下室に現れて……」

 

  そこまで言った時、彼女はある事実に気がついた。エリスはこのことを知らない。

 

「まずい……!」

「そうだ。だから呑気に食ってる場合じゃ……っておい!」

 

  ダンブルドアは監督生に指示し、自分の寮に引率させていたが、セフォネはそんなものを無視し、女子トイレに急いだ。

  女子トイレに着くと、その扉の前に、なぜかハリーとロンがいた。そして、それに鍵をかけた。

 

「やった!トロールを閉じ込めたぞ!」

 

  どうやらこの馬鹿2人は、人がいる部屋にトロールを閉じ込めたらしい。セフォネは思わず叫んでしまった。

 

「愚か者!」

 

  急に聞こえた声に、2人は驚いて振り向いた。

 

「なんだ、セフォネか。どうし……」

「中には人が……!」

 

  その時、少女の悲鳴が2つ聞こえた。

  女子トイレの中には、腹痛で用をたしていたエリスと、ロンの言葉に傷ついて泣いていたハーマイオニーがいたのだ。

 

ボンバーダ・マキシマ(完全粉砕せよ)!」

 

  もはや一刻の猶予もない。エリスやハーマイオニーのような、ただの1年生がトロールに対抗できるわけはないのだから。

  セフォネはドアを粉砕して女子トイレに突入した。すると、まさにトロールが、棍棒をエリスとハーマイオニーに振り下ろすところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  エリスはハーマイオニーと共に、トロールに襲われていた。

  腹痛が収まったエリスが、さあパーティーへ行こうとした時に、ハーマイオニーが泣きながらトイレに駆け込んできた。事情は分からなかったものの、敵対している寮生とはいえ、泣いている同級生を放っておけず、落ち着かせようとして声をかけ、ようやくハーマイオニーが落ち着きを取り戻した時。突然異臭がし、その方向を見てみると、そこには体調3、4メートルほどの人型をした、人ならざる生物がいた。

 

「あ、あれって……」

「トロール……!? どうして!?」

 

  2人を視界に捉えたトロールは、獲物を見つけたと言わんばかりに、引き摺っていた棍棒を振り上げた。

 

「誰か……助けて…」

 

  エリスは恐怖に涙を滲ませた目を、ギュッと閉じた。

 

(ああ、死んじゃうのかな……)

 

  エリスは死を覚悟した。そんな彼女に聞こえたのは、凛とした、呪文を詠唱する声だった。

 

プロテゴ(護れ)!」

 

  エリスたちに振り下ろされた棍棒は、半透明のバリアに跳ね返された。

  棍棒が自分を襲わなかったので、エリスは恐る恐る目を開ける。すると、砕け散ったドアの前にはエリスの親友の、黒髪紫眼の少女が立っていた。

 

「セ……セフォネっ!」

「何とか、間に合ったようですね」

 

  杖をトロールに向けたまま、静かに歩いていく。その目には、普段優しげな笑みを浮かべる彼女からは見ることのないような怒りが浮かんでおり、口元に讃えた微笑が恐ろしく感じられた。

 

「よくもまあ……(わたし)の友人に手を出してくれたな……雑種風情が!」

 

  普段のお嬢様然とした口調とは違う、高圧的な口調。

  セフォネから放たれる濃厚な殺気に、知能が低いトロールでさえもたじろぐ。だがそれでも、トロールは棍棒を振り上げ、セフォネに襲いかかった。

 

エクスパルソ(爆破せよ)!」

 

  トロールの足場が爆発し、トロールは後方に吹き飛ばされ、衝撃で棍棒を取り落とす。

 

「■■■!? ■■■■■■■■■■■!」

 

  トロールは人間には分からない、うめき声のようなものを上げる。よろめきながらも立ち上がるトロールに、二本の巨大な釘が飛来し、その分厚い皮膚を貫通し、後ろの壁に縫い付けられる。 

  それは、セフォネが落ちた棍棒を釘に変え、双子の呪文で増やしたうちの2本を飛ばしたものだった。残りの4本がセフォネの頭上に浮いており、その先端をトロールへと向けている。

 

「■■■■■■■■■!」

 

  逃げようと必死に藻掻くトロール。だが、それは叶わず、ただ釘が食い込んで行くだけ。そこに容赦なく残りが打ち込まれ、血飛沫が上がる。喉を潰されたトロールはもはや唸り声を上げることも叶わず、ただその場に磔にされるのみ。

  しかし、頑丈さが取り柄のトロール。まだ死ねてはいなかった。

 

「まだ息があるのか……存外に頑丈なようだ、お前たちトロールは」

 

  笑みを浮かべて、しかし冷徹な目で、トロールを射抜く。そこにいるのは、もはやお嬢様ではなく、不敬を誅す冷徹な女王。

 

「ならば……業火に焼かれて死ぬがいい! "悪霊の火"よ!」

 

  そして、セフォネは杖を振った。その杖先からは巨大な炎が吹き出した。それはライオンの頭と山羊の胴体、蛇の尻尾を持つ異形の生物――キメラの形を形成し、磔にされて動けないトロールに襲いかかった。

  トロールから声なき悲鳴が上がる。一度火が付けばそれを全て焼き尽くす、呪われた炎。それは分厚いトロールの皮膚を秒で灰にし、骨まで焼き尽くさんと燃え続ける。

  ちょうどその時、廊下からバタバタと足音が聞こえ、マクゴナガル、スネイプ、クィレルがトイレに駆け込み、そして目の前の光景に目を疑った。4メートル大の何かしらのが、磔刑よろしく十字架に磔にされ燃えている。

  マクゴナガルは扉のすぐそこで呆然としているハリーとロンを見、個室のほうで同じく呆然としているエリスとハーマイオニーを見、最後に室内中央で杖を持つセフォネを見た。

 

「こ……これは……一体…」

 

  マクゴナガルは大きく目を見開き、スネイプもまた驚愕し、クィレルは尻もちをつき、言葉を失っている。

 ゆっくりと振り返る、彼女のその姿は、炎の十字架を背にし、顔に返り血を浴びた少女の姿は、その可憐な容姿に反して、ひどく恐ろしいものに見えた。

  セフォネは杖を振って火を消滅させる。半ば骨も灰になりかけていたトロールの残骸が、静かに崩れ落ちた。

 

「事情は(わたくし)からご説明申しあげますわ」

 

  そして、セフォネは普段と変わらない口調で、人当たりのよさそうな微笑を浮かべ、事実を述べた。

  エリスがトイレにいるため、トロールの脅威を知らないだろうと思い駆けつけると、ハリーとロンが女子トイレにトロールを閉じ込めた後だった。その為やむを得ず扉を破壊し、襲われる直前だった2人を盾の呪文で保護。その後、トロールを討伐した、という内容である。

 

「―――という事の次第にございます」

「……それは理解しました。しかし……」

 

  生徒たちには分からないが、教師たちは分かっていた。

  セフォネがトロールを倒すのに使った"悪霊の火"がどのようなものであるのかを。

  これは1年生で習う炎の呪文とは訳が違い、闇の魔術の部類に属する中でも高難度魔法。とても、12歳の少女が扱えるような代物ではない。

  セフォネは動揺している教師たちに、深く頭を下げる。

 

「身勝手な行動をお許し下さい。減点は覚悟の上でございます」

「……そうですね。1年生がトロールに立ち向かうなど、実に危険な行為です。ゆえに、ミス・ブラック、ミスター・ポッター、ミスター・ウィーズリー。貴方たちの寮からそれぞれ10点減点です」

 

  マクゴナガルは、しかし、と続けた。

 

「友を救うため、その窮地に駆けつけようとした姿勢、勇気は素晴らしいものです。グリフィンドールに15点ずつ追加。そして、トロールを討伐したミス・ブラックに30点を与えます」

「感謝いたします」

 

  ようやくショックから立ち直り、エリスとハーマイオニーがこちらに来ようとしたが、盾に阻まれて体制を崩した。

 

「痛っ!」

「ああ、すいません。フィニート(終われ)

 

  ぶつけた額をさすりながら、エリスがセフォネの側に来る。よほど思い切りぶつけたらしく赤くなっていた。

 

「怪我はありませんね。では、急いで寮へと戻りなさい。パーティーの続きを寮で行っています」

「はい」

 

  扉に一番近かったハリー、ロン、それに続いてハーマイオニーが出ていく。

 

「処分はお任せしてよろしいでしょうか」

 

  セフォネは骨になったトロールを、目で示した。

 生き物の命を奪ったことに何も感じていない様子のセフォネに、マクゴナガルは底知れぬ恐ろしさを感じ、僅かながら動揺する。

 

「え、ええ。後は私たちでやります」

「それでは、失礼いたします」

 

  セフォネはエリスと共に、砕け散った扉の破片が散らばる出口へ向かう。そして、スネイプとすれ違いざまに囁いた。

 

「お大事に」

 

  スネイプはここに来る前に、諸々の事情で足を怪我していた。その部分はローブで隠れているはずである。

  スネイプは驚いて振り向くが、すでに2人は地下牢へ向かっていった。

 

「……しかし、これは……」

 

  マクゴナガルが骨を見下ろして、震える声で言う。

 

「たった1年生で……"悪霊の火"を制御するなど……」

「ありえないことですな。しかし、現実にブラックは使ってみせた。それも難なく」

「……ダンブルドア校長に、報告してきます」

 

  杖を振って骨の残骸を片付けた後、マクゴナガルとスネイプは校長室へ向かい、クィレルは自分の部屋に帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  さて、こちらは地下牢。暗い廊下を、セフォネとエリスは歩いていた。

 

「セフォネ」

「何ですか?」

 

  先ほど死の恐怖にたたされ、ようやく落ち着いたらしいエリスが、"清めの呪文"で顔に跳ねた血を拭ったセフォネに話しかけた。

 

「さっきはありがとう」

「どういたしまして」

 

  そう言って穏やかに微笑むセフォネは、トロールと対峙していた時の恐ろしさなど、微塵も無かった。

  そのギャップに戸惑いつつも、エリスは言葉を続けた。

 

「セフォネって強いんだね。後、怒るとめっちゃ怖い」

「そんなことないですよ。別に普通ですわ」

「あんたが普通だったら私は虫レベルよ……1つさ、お願いしてもいい?」

「はい?」

「私に戦い方、教えて」

 

  エリスは、怯えるだけで何も出来ないのが嫌だった。

  さっきもし、セフォネが駆けつけてくれなかったら、そう思うと背筋が凍る。あんな思いは2度としたくない。だから、強くなりたかった。

 

「構いませんが……どうして?」

「強くなりたいなって思って。もう、あんなに怖がったりしたくないし」

 

  "強くなりたい"。それは、セフォネが5歳のころ、両親の身に起こったことを知った時、彼女が思ったことだ。

  もっとも、そう思った動機はまったく違うが、それでもセフォネは当時の自分と今のエリスが重なって見えた。

 

「分かりました。放課後や夜に呪文などをお教えいたしますわ」

「ありがとう、セフォネ」

 

  2人はスリザリン寮に辿り着き、合言葉を言って中に入って、パーティーに参加した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  所変わって校長室。マクゴナガルとスネイプの報告に、ダンブルドアは眉根に皺を寄せる。

 

「そうか。あの子は"悪霊の火"を……」

「はい。彼女の能力は既に相当なものです。それに、闇の魔術に対する知識も深い。それを何に用いるのかは分かりませんが、もしそれが復讐だとすれば……」

「復讐か……」

 

  ダンブルドアは深く溜め息をついた。

 

「あの少女の境遇は、ハリーよりも酷なものじゃ。ポッター夫妻は悪に、悪として殺された。しかし、ブラック夫妻の場合は、正義の名のもとに危害を加えられたのだ。父は殺され、母は廃人と成り果ててしまった」

 

  悲痛さを讃えた表情のマクゴナガルが続いて言った。

 

「ある意味では、ミスター・ロングボトムとも同じ境遇にあると言えます。しかしこれも、悪が悪として行なった行為」

 

  スネイプがその言葉に頷いた。

 

「左様。"ブラック家の惨劇"における最大の問題は、それを引き起こしたのが死喰い人ではなく、闇祓いだった点にある。それも、間違った情報によって」

 

  ペルセフォネ・ブラックという少女の境遇を、10年前にブラック家で起こった悲劇を、ダンブルドアは思い出し、その悲惨さに項垂れるしかなかった。

 

「いずれにせよ、我々は彼女が闇に誘われないようにせねばならない。寮監として……いな、何より()()()として彼女を気にかけてやってくれ、セブルス」

「かしこまりました」

 




トロールフルボッコ。
そして、ブラック家に起きた悲劇。
この後、セフォネは闇の者となるか、ダンブルドアとともに戦う道を選ぶのか、はたまた全てを傍観する道を選ぶのか。

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