ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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そしてまた一年が過ぎ去った

 第三の課題の次の日。日刊預言者新聞の一面を飾ったのは三大魔法学校対抗試合のことではなく、週刊魔女が記事を書くために多数の法律を犯していたことと、それに関して魔法省が雑誌の発行禁止処分をくだすのではないかということだった。三大魔法学校対抗試合の顛末については、文化面に小さくハリー・ポッターが優勝した旨と大会運営において小さな問題があった点が書かれているのみに留まった。

 

「週刊魔女が発禁になるかもって…セフォネ、貴方なにをしたの?」

 

 朝食時のスリザリンテーブルで新聞を読んでいたエリスが、セフォネに問う。

 

「しかも、この記事を書いたのってスキーターじゃないの。自分を贔屓にしていた出版社のスキャンダルを売った、ってことよねこれ? 仮に発禁にならなかったにしても、もうスキーターの記事なんてどこも取り扱ってくれないんじゃないの?」 

 

 エリスが持つ新聞を隣から覗き込んでいたダフネは、目ざとく記事の署名を見つけた。そこには、週刊魔女で散々あることないことを記事にしていたスキーターの名があった。スキーターは、今は日刊預言社新聞所属のジャーナリストであるが、前に在籍していた週刊魔女にも度々記事を投稿していた。そのスキーターが週刊魔女の違法行為を暴露した記事を日刊預言社新聞で掲載したということは、取引先かつ前職場の企業機密の暴露であり、ジャーナリストの世界でスキーターは信用を失うことを意味する。

 記事を掲載した日刊預言者新聞にしても、前々から魔法省と癒着している節があり、後ろ暗い事実などいくらでもある。日刊預言社新聞のスクープ記事を書く可能性すらあると周囲に思われ、上役からは要注意人物扱いされることは間違いなく、報道からは遠ざけられるに違いない。

 

「こんなこと、スキーターが自分からするとは思えないし…」

「そう言えば、ここ最近スキーターの記事を日刊預言者新聞で見てなかったわね」

 

 この1か月の間、スキーターはハリーの気が触れているという主旨の記事を書いていたものの、それが掲載されていたのは週刊魔女だった。クラウチが死亡した時も、スキーターは魔法省の職員に対する取扱いについてのゴシップを書いていたが、それも週刊魔女に掲載されていたものだ。以前はセンセーショナルな事件が起きれば、必ずと言っていいほどスキーターの記事を載せていた日刊預言者新聞が、急に彼女を起用しなくなったのである。

 これら一連の流れは、セフォネがスキーターの宣戦布告を受けてから起こったものである。

 

「そこんとこ含めて、何をしたのか正直に言ってみなさい」

「さあ? 何のことか分かりませんね」

 

 セフォネは素知らぬふりをして好物の糖蜜パイをお行儀よく頬張っている。 

 何を言ってもしらばっくれると判断したエリスは、恐らくセフォネに協力したと思われるドラコに視線を向けた。

 

「僕は何もしらないぞ。本当だ」

「まだ何も言ってないわよ」

 

 その時、彼の目の前にフクロウが手紙を携えてやって降りて来た。ドラコのペットであるシマフクロウだ。

 

「ん? 父上からか」

 

 ドラコは父からの手紙に目を通すと、途端に表情を失う。そして何も言わぬまま、席を立つ。

 

「ちょっと、ドラコ? どこに行くのよ」

「すまない、急用ができた」

 

 いつになく真剣な表情に、エリスは追求を止め、そのまま去っていくドラコを見送るしかない。 

 

「どうしちゃったのよ、もう」

「そんなことより、折角天気が良いのですから、チームの方々とクィディッチでもしてきてはいかがですか? 競技場も元に戻っているでしょうし」

「確かに! あ、でもドラコはどうしよう…」

「何か真剣なご様子でしたし、そっとしておいたほうが良いでしょう」

「そっか…いや、でも一応後で声だけかけようかな…」

 

 エリスは体育会系女子として、試験期間中の勉強付け生活でストレスが溜まっており、久しぶりのクィディッチという息抜きに、ドラコへの一抹の心配を抱きながらも、チームのメンバーに声を掛けにいった。

 

「で、あんたは何をしたわけ?」

 

 かなり強引な話題変更につられたエリスを尻目に、ダフネはセフォネに訝しげな視線を向けた。周りはオートミールを掻き込んでいるクラッブ、ゴイルや試験からの解放感に浸り新聞など読みもしない生徒しかいない。この場で真実を問いただすことが出来るのは、ダフネをおいて他にはいないのである。

 

「まったく、貴方は私のことをどう思っているのですか? 週刊魔女が発禁に追い込まれていて、それがスキーターの裏切りによるものだった、というだけの話です。ほら、私は何も関係ないでしょう?」

「じゃあ、日刊預言者新聞に圧力を掛けたのは否定しないのね」

「圧力だなんてそんな。バーバナスと私は懇意にしている間柄で、私が中傷されたので怒ってスキーターの記事を使わなくなっただけの話ですよ」

「バーバナスって…日刊預言者新聞の編集長、バーバナス・カッフのことよね? 私も何度か会った事あるけど、話題性さえあれば中傷でも何でもすればいい、って感じの割と過激的な新聞記者だったような気が…」

「さて、先ほども言いましたが良い天気ですし、お散歩でもしてきましょうかね」

 

 ダフネとバーバナス・カッフに面識があることが想定外だったセフォネは、誤魔化すことすら面倒になって席を立つ。エリスとダフネでは、成績こそエリスの方が上だが洞察力の鋭さはダフネが勝っている。純血名家の長女として、様々な駆け引きを目の当たりにしてきた経験も豊富であり、事実セフォネですら軽くあしらうことは出来ない。

 故にここは、三十六計逃げるに如かず、ということだろう。

 

「逃げた…」

「ん? ダフネ、どうしたの?」

 

 チームメンバー全員を招集したエリスが、不思議そうにダフネを見ている。既に彼女は、セフォネがスキーターに対して行ったであろうことなど、興味の対象外となっているらしい。

 

「いや、別に。私は部屋に籠って小説の続きでも読むとするわ」

 

 セフォネと最も仲の良いエリスは、彼女がしでかすことのスケールの大きさに慣れてしまっているのか、"セフォネが何かしたに違いないけど、いつものこと"とでも思っているのだろう。ハリー・ポッターほど人目を引く行動をする訳でもないが、セフォネが行動の結果として動かすもののスケールの大きさは、一介の学生とは隔絶している。ダフネがエリスやセフォネと仲の良い友人として行動を共にするようになったのは、去年のホグワーツ特急以降のことで、それまでは会えば話すクラスメイト程度のものだった。故に、エリスほどセフォネの行動に慣れている訳ではない。

 

「慣れって怖いわね…」

 

 そう呟きつつ、ダフネは寮へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダフネの追求が面倒になり逃げ出したセフォネは、行くあてもなくホグワーツの広大な敷地を散策していた。

 

「ダフネ相手だと気を抜けませんね…まあ、それにしても。中々良い記事を書いたものです、あの記者は」

 

 セフォネは、最後にスキーターに会った時のことを思い出す。

 

 

 

 それは、1週間前のことだった。

 セフォネは、スキーターに手紙を送っていた。日刊預言社新聞で再び記事を書きたければ、深夜にホグズミード村のはずれにある洞窟まで1人で来い、という内容のものだ。正直なところ、スキーターが来るかどうかは賭けだったが、彼女は指定した深夜1時に指示通り1人で現れた。

 

「こんなかび臭い場所に呼びつけて、一体何の要求をしてくるざんすか?」

 

 スキーターは洞窟に入ってセフォネがいることを確認して開口一番、敵意を隠さず睨めつけながら言い放った。

 

「おや、私がバーバナスに()()()して貴方に仕事を振らないようにしていたことには、気が付いていたのですか?」

「ふん、バーバナスは"ブラック家の惨劇"をきっかけに昇進していったざんすからね。あんたのお願いとやらも大口広告とセットになれば、余程のことでなければ聞いてくれるさ。おかげで私は広告収入やら売上やらを書き写すだけの閑職においやられたざんすよ」

 

 バーバナス・カッフとセフォネの間にあったやりとりは、"お願い"というよりは"取引"だ。大口の広告掲載を口利きする代わりに、スキーターを閑職へ追いやるように仕向けたのである。マグル界と違って英国魔法界における新聞のシェア率が100パーセント近い日刊預言社新聞にとっては、多少ウケが良い記者とスポンサーを天秤にかけた時、後者を取ることは想像に難くない。

 

「おまけに、魔法不適正使用取締局の人間が週刊魔女の周囲を嗅ぎまわるようになった。これもあんたの仕業でしょうに」

「あら、そうなのですか。商売に響いていなければ良いのですが」

 

 当然、魔法不適正使用取締局もセフォネの仕業である。あってないような魔法法であるが、違反行為が発覚した際にはそれなりの罰則がある。しかしそれは、本来魔法省が感知できる範囲内のものであり、わざわざ調査することは、相手が死喰い人でもない限りは稀なことだ。それも、魔法警察局や闇祓いなどの実行部隊でもない部署がそれを行っているのだ。余程確かな情報源か、何らかの圧力でもない限りはあり得ない。少しでも勘の良い人間なら、裏でそれを操る者がいることは明白に分かるだろう。

 

「"自分のことはどう言おうが構わない"、だなんて言っていたくせに、やり口が汚いじゃないのさ」

「私は同時にこうも言いましたよ。"我が家名を侮辱することは許さない"、と」

 

 当主であるセフォネを中傷することは、そのままブラック家の家名を貶めることに直結している。それを理解していないわけではなかったのだろう。ただ、嫌味の1つでも言いたかっただけのようだ。別に悔しがる様子もなく、淡々とセフォネに問いかけた。

 

「最初に質問に答えて欲しいざんす。私に何をしろと?」

「この前お手紙をやり取りした際、バーバナスにとある情報を提供したところ、是非記事にしたいとおっしゃっているのですよ」

「…それを私に書け、と?」

「ええ。記事の内容は貴方に選ばせてあげますよ」

 

 スキーターも馬鹿では無い。これからセフォネが持ちかけるのが、悪魔の取引以外の何物でもないことを理解しているのだろう。僅かに後ずさりセフォネから距離を取る。

 その光景に、抑えきれぬ愉悦の感情がセフォネの口角を持ち上げた。

 

「週刊魔女が行ってきた違法な魔法及び魔法薬使用について。証拠も踏まえて具体的に」

「ふざけんじゃないよ! そんなことをすれば……」

「または、リータ・スキーターが未登録の動物もどき(アニメーガス)であったという記事」

 

 スキーターが完全に凍り付いた。それを見て、セフォネは笑みを深める。まさにその表情が見たかったがために、ここまで回りくどく策を巡らせたのだから。

 

「ジャーナリストとしての信用を失うか、アズカバンに収監されるか。お好きな方を選びなさい」

「こ…の……あばずれ(Whore)が! いつか必ず、後悔させてやる…!」

 

 全身を震わせ罵声を浴びせかけるスキーターだが、彼女にできるのはそこまでだ。未登録の動物もどき(アニメーガス)であったという情報を握られている時点で、彼女に勝ち目はない。

 スキーターにとっての精一杯の仕返しを受け取ったセフォネは、愉悦を抑えきれずに笑いを零す。

 

「あはっ…ふふふ……別に、殺しても良かったのですよ? ブラック家に喧嘩を売ったら、かつてはそうだったでしょう。私が当主で幸いでした。終わるのは貴方の記者生命です。本当に死ぬ訳じゃないでしょう?」

 

 もしこれが祖母ヴァルブルガ・ブラックや更に先代相手であったら、彼女は物言わぬ死体になってテムズ川に沈んでいることだろう。

 喧嘩を売った相手が、真っ黒ではなくグレーゾーンに佇む人間であり、殺人に対して、一応の躊躇を持つ人間であったこと。そして、ブラック家歴代当首の中では2番目に良識を持った人物であったこと。

 それらの点では、スキーターは幸運であった。

 

 

 

 セフォネが中庭に佇み回想に耽っていると、校舎の向こう側からダームストラングの生徒が歩みよってきた。

 

「セフォネ!」

「…おはようございます、ビクトール。お怪我はもう大丈夫ですか?」

 

 先日行われた第三の課題。そこで彼は、フラーを気絶させたのちに迷路内に設置された魔法生物の攻撃によって負傷し脱落した。彼自身の意思、行動ではなく、セフォネが掛けた服従の呪文の結果ではあるが。

 

「ああ、うん。怪我って言っても、クィディッチの大会に比べれば大したことはないよ」

「それは良かったです。そういえば、カルカロフ校長が行方不明だという噂を聞きましたが、本当ですか?」

「そうなんだよ…まあ、校長先生がいなくてもそこまで問題はないんだけどね」

 

 ダームストラングの学生がホグワーツに来るために使用し、宿泊場所となっている船の管理は、ビクトールを中心として学生が行っており、カルカロフが居なくとも帰ることは難なくできるらしい。もっとも、一番気に掛けてもらっていたビクトールからも、そのような感想しか出てこないということは、よっぽど人望がなかったのだろう。校長が居なくなってから、ダームストラングの生徒は寧ろ明るくなったようにさえ思える。

 

「それで、その…昨日の言った事なんだけど」

「何か伝えたいこと、でしたか?」

「うん」

 

 一呼吸置いた後、ビクトールが告げる。

 

「僕は、君のことが好きだ。僕と、付き合って欲しい」

 

 いくら色恋に疎いセフォネとは言え、流石に予想していた流れだった。だからこそ、その告白に対する用意もできていた。感情を揺さぶられることなく、淡々と、粛々と、彼の言葉に返答する。

 

「お気持ちは非常に嬉しいです。ですが…申し訳ございません。お受けすることはできません」

 

 ふと、いつも通り仮面を被ることができているのか、不安になってしまう。

 何度も考えた。何度も頭の中でシミュレーションをした。何のことは無い、ただの学生の恋愛沙汰如きに、特にこの何日かは思考を割かれてきた。そのこと自体が異常だったのだ。自分は、他の学生のように恋愛などをするような人間ではない。経歴も、立場も、普通のそれとは異なるのだから。

 セフォネの回答に、ビクトールは項垂れていた。

 

「…そう、か……」

「貴方のことが嫌い、という訳ではありません。そして、他に相手がいる訳でもありません」

 

 あまりにも、彼が落ち込む様子を見て、予定になかったことを口走ってしまった。

 彼に服従の呪文を掛け、傷つけた張本人は自分なのに。

 彼の傷ついた顔が、どうしても見ていられなくて。

 このまま、"これからも友人でいましょう"、とでも言って笑顔で別れれば、それで済んだ話だというのに。

 そんなことを言えば、その真意を掘り下げられるのは目に見えていた。

 

「…それなら、どうして?」

「…ッ……」

 

 仮面が、剥がれかける。どういうわけか、瞼が熱を帯びてくる。

 こみ上げてくる何かを耐えるように小さく喉を鳴らすと、吐き出すように早口で言った。

 

「…私には、貴方と交際する資格などない。ただ、それだけです」

 

 その言葉を残して、セフォネは逃げるようにその場を立ち去った。

 

 




週刊魔女発禁………現代社会おいては表現の自由もあってそうそう発禁になることはないそうです

スキーター終了のお知らせ………利用ルートと天秤にかけましたが、本作では終了ルートで。

ご無沙汰しております。時季外れにファンタビ最新話を観て、再び筆を取った次第です。前回の更新から1年半と少し、時が過ぎるのを早く感じます。
これからも細々と更新してまいりますので、少しでも目を通していただいたらうれしいです。

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