ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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皆様大変ご無沙汰しております。
1年半ぶりにハーメルンに戻ってまいりました。
執筆をスマホからPCに切り替えたので、今までと数字や記号のスタイルが異なる場合があります。



最後の課題

 5月の最後の週。変身術の授業の後、ハリーはマクゴナガルに呼び止められた。

 

「ポッター。代表選手は今夜の9時にクィディッチ競技場に集合です。そこで最後の課題について説明があります。くれぐれも遅れないように」

「分かりました」

 

 教室を出て大広間へ向かう途中、ハーマイオニーが気難しい顔で言う。

 

「三大魔法学校対抗試合は、まだ続けられるのね。クラウチ氏がお亡くなりになったから、ひょっとしたら中止になるか、今までの成績で優勝が決まるのかと思っていたわ」

「そうだったら、良かったんだけどね」

 

 バーテミウス・クラウチの訃報はイースター明けに日刊預言者新聞の一面を飾った。彼は自宅の書斎で息絶えており、病気による衰弱だったとの見解が強い。遺体の第一発見者は、仕事の指示が来なくなったことを不審に思ってクラウチ家を訪ねたパーシー・ウィーズリーで、記者にインタビューを受ける彼の写真が数日間新聞記事に掲載されることとなった。

 審査員の一人が、それもこの三大魔法学校対抗試合の為に各国間の調整などを行ってきた国際魔法協力部長が亡くなったことで、試合そのものがお預けになってしまう可能性もあったが、幸か不幸か続行されるらしい。

 ハリーにとっては、これ以上命を賭けるような危険な試合はごめんだったのだが。

 そうは思えど、最後の課題があるというのならば、嫌だと言っても仕方がない。8時半ごろに大広間を出て、ハリーはクィディッチ競技場に向かった。

 

「おお、来たかねハリー。これで、全員揃ったか?」

 

 ルード・バグマンがピッチの真ん中でハリーに手を振っている。しかし、ハリーの視界に彼は映っていなかった。

 ハリーが1年生の頃から飛び回っていたクィディッチ競技場は様変わりしており、ピッチには背の高い生け垣が立ち並んでいる。このホグワーツのクィディッチ選手として、競技場をこんなにしたことに憤慨しかかるが、そのような感想を抱いているのが自分だけのようで、他の面子は涼しい顔をしている。気に入らないが、受け入れるしかないようだ。

 ハリーは仏頂面でピッチの真ん中へ歩いていく。全員が揃ったことを確認したバグマンは、神妙な顔でこう切り出した。

 

「皆も聞いているであろう、クラウチ氏については非常に残念に思う。近頃体調を崩しているのは聞いていたが……最後まで審査員を務めることができなくて、さぞ無念だろう。彼はこの試合の為に何年も尽力してきたのだから」

 

 とはいえ、ここに集まる選手たちはクラウチと関わりが殆ど無く、正直どんな顔をしたらいいのか分からないのだろう。皆が無言で芝生を見つめる。

 その反応をバグマンは微妙に勘違いしたらしい。わざとらしくテンションを変えた。

 

「おっと、すまない。湿っぽい話はこれくらいにして、本題に入ろう。最後の課題は迷路だ。迷路の中心に優勝杯が置かれており、それを一番初めに取った者がこの試合の勝者となる。選手の諸君は迷路に置かれた様々な試練を突破しなければならない」

 

 様々な試練という単語が、ハリーにはひどく不吉にしか聞こえなかった。ドラゴン、水中人、その次がただの障害物競走じみた迷路な訳がない。

 

「何か質問はあるかな……よろしい、なければ城に戻るとしようか。この時期でも夜は冷えるな…」

 

 説明を終えたバグマンは、マントの襟を首元まで上げながら、速足気味に城へと帰っていく。フラーもバグマンと同様にして、ボーバトン生が滞在している馬車まで帰っていった。

 競技場には、ハリーとクラムしか残っていない。正直な所、ハリーも肌寒さを感じていたので、暖炉が灯るグリフィンドール寮に戻りたかった。だが、競技場に来て以降、クラムが自分に向けてくる鋭い視線を無視することは出来ず、その場に留まっていた。

 クラムは、バグマンとフラーが完全に見えなくなってから、口を開いた。

   

「ちょっと、いいかな? 話がしたいんだけど」

「え? うん、いいよ」

 

 鋭い視線とは裏腹に、どこか戸惑いを秘めた、覇気があるとは言えない声音のクラム。ハリーは、現在首位の自分に対して、2位のクラムが何か敵意を込めた言葉でもぶつけてくるのかと思っていた。それ故に、そんなクラムの様子に少し拍子抜けしてしまった。

 クラムは数秒、覚悟を決めるように目を閉じたあとに、はっきりとした口調で言った。

 

「君とセフォネの関係について、聞きたい」

「僕とセフォネ……ああ、そういうことか」

 

 少し前のことだが、リータ・スキーターが嘘八百のゴシップ記事を書いたことがあった。そのせいで、ハリーは色々な意味で可哀そうな子扱いを受け、非常に腹が立つことこの上なかったことは記憶に新しい。ついでに言えば、その記事が掲載された週刊魔女の発刊日は、スリザリンが異様な緊張感に包まれており、この時ばかりはあのマルフォイでさえも、このネタで自分をからかうことは無かったのである。

 

「何もないよ。ただの…友人さ。一度もそういう関係に、というかそんなこと考えたこともなかったよ。あの記事が嘘っぱちなだけさ」

「本当か?」

 

 なおも疑いの眼差しを向けるクラム。その姿に、ハリーは吹き出しそうになる。クィディッチの世界的な選手であり、生き残った男の子であるハリーからしても、自分よりも格上のように感じているクラムが、まるで普通の学生のように、一人の女の子に対して純粋に、一途になっているのだ。それは意外であったし、何よりクラムがより自分の身近な存在であったのだとハリーは思った。

 

「本当だよ。そもそも、僕たちグリフィンドールとスリザリンが仲悪いってことは、君だって知ってるだろう? 天地がひっくり返ったって、彼女とくっつくことは無いよ」

「でも、君は彼女のことを友人だって」

 

 クラムはなおも食い下がる。その姿に、ハリーは苦笑しながらもキッパリと事実を告げた。

 

「正しく言えば、友人の友人って感じだよ」

「じゃあ、君たちは……」

「誓って、何もない。信じられないならセフォネに直接聞いてみなよ。きっと笑われるだろうけど」

 

 はた目には天使の様な、しかし見る人が見たら悪魔の様な笑みを浮かべるセフォネの姿が、ありありと脳裏に浮かぶ。

 クラムはようやく納得したのか、どこかばつの悪そうな表情で、唐突に話題を変えた。

 

「そうか……そうだね。それにしてもポッター、君は飛ぶのが上手いな。第一課題の時のことだけど」

「ありがとう。君に褒めてもらえるなんて。僕もワールドカップで君のことを見てたよ。今まで見てきたなかで一番のシーカーだ。それに、ハリーでいいよ」

「ありがとう…ハリー。僕のことも、名前で呼んでくれて構わない」

 

 どちらからともなく、ハリーはクラム——ビクトールと握手を交わした。

 

「それじゃあ、お互いに頑張ろう、ビクトール」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 良くも悪くも、ビクトール・クラムと言う少年は真面目で、純粋である。週刊魔女のゴシップ記事を見てからも、セフォネに対しての態度を変えることは無かった。しかし、セフォネとハリーの仲を危惧した。つまりは、好きな女の子の悪い所は見えなかったが、でっち上げのゴシップ記事は信じてしまったのである。

 そして、ハリーにならまだしも、ついにビクトールはセフォネに対しても、その真偽を問いただした。それは、三大魔法学校対抗試合の最後の課題が始まる直前の事であった。

 

「あはははっ……私とハリーが、男女の仲になるだなんて……そんなこと、ある訳ないではないですか。もう、からかっているのですか。ああ、可笑しい」

 

 セフォネの反応はハリーの予想通りだったと言えるだろう。セフォネはビクトールの問いに、爆笑に近い笑いで返した。憂いを抱えたまま戦いに臨むことは出来ない、などと大層な前口上で告げられたのは、あの捏造ゴシップ記事についてだったのだ。ほんの一瞬、自分がクラウチ・ジュニアに協力していることがばれてしまったのではないか、と危機感を抱いてしまったが故に、その滑稽さが際立ってしまう。

 

「そんなに笑うことないだろう」

 

 終ぞ見たことが無いほどのセフォネの笑い様に、ビクトールは拗ねたように口を尖らせる。

 

「それにしても、そのスキーターって記者。本当に許せないよ。何を思ってセフォネのことを、こんなに悪く書いたんだ」

「それに関しては、諸々心当たりがありますので。寧ろ、私とあれとのいざこざに貴方のことを巻き込んでしまって、申し訳ございません」

 

 あの記事には、セフォネのことのみならずビクトールに関しても悪し様な表現が多々あった。元々がリータ・スキーターとセフォネの個人的な紛争の意味合いが強いこの件に、ビクトールを巻き込んでしまった形となる。セフォネはそれを気にしているのだろう。

 

「勿論、記者にも出版社にも落とし前はつけて頂きますから、ご安心ください」

 

 もしここに彼女の友人がいたならば、何も安心できない、とツッコミを入れていたことだろう。

 魔法界の公的機関である魔法省に対して圧力をかけることのできるセフォネのことだ。それがしがない出版社相手にどう出るかなど、火を見るよりも明らかである。

 スキーターに関しては、もはやこの世から消滅してもおかしくはない。それは社会的にも、物理的にも。

 喧嘩を売る相手を大いに間違えた、というのがセフォネの友人一同の見解である。しかし、ビクトールはセフォネの苛烈な一面を知らない。何をするのか知らないが、きっと公式な謝罪を求める程度、としか考えていない。

 

「セフォネ、この試合が終わったら、君に伝えたいことがあるんだ」

「はい?」

 

 ビクトールからの、話の流れも何もかも関係ない、唐突な宣言にセフォネは首をかしげる。しかし、ビクトールとしては、どうしても宣言だけはしておきたいことだったのだ。

 そもそも、試合の直前という大事な時に、真偽がかなり微妙なスキャンダルについてセフォネに問いただしたのは、後顧の憂いを絶つためである。ハリーを疑っていた訳ではないが、それでも気になるものは気になってしまう。全力で取り組むべき最後の課題の前に解決しておかなければならない問題であったのだ。

 そして、課題の真っただ中に他の男に手を付けられないようにと、いわば仮予約的な意味合いでの宣言である。

 

「今では、駄目なのですか?」

「ああ。君と彼の間に何もないことは分かったけど、それでも、僕にも意地があるんだよ。負けっぱなしじゃ終われない。そっちの決着が先だ」

 

 今回の三大魔法学校対抗試合は、総合的にはクラムがハリーに一歩及ばずという点数結果ではある。しかしながら、ビクトールにはカルカロフの依怙贔屓があってこその点数であり、フラーには負けないとは思うものの、ハリーとはもう少し差を付けられた状態であるというのが正しい認識だろう。

 相手は"生き残った男の子"であるとは言え、自分より幾分か年下の学生であり、自分は学生とは言え成人した魔法使いであり、加えてクィディッチの国際的な代表選手という肩書を持っている。プライドも多少はあるのだ。

 このままでは終われないし、この決着を付けずにセフォネに告白など出来ない。だが、その間にセフォネが誰かに取られてしまう可能性も本当に僅かながらある。その可能性を潰すための、宣言であったのだ。

 ビクトールの予想では、セフォネもこの想いをくみ取ってくれるはずだった。しかし、セフォネはこのような恋愛事は完全に初心者である。戦地に向かう男を待つ女、という様相を呈している今の状況を正しく理解することなど出来るはずがなかった。

 

「良くは分かりませんが、お待ちしております。最後の課題、頑張ってくださいね」

「…うん、ありがとう。行ってくる」

 

 察してくれなかったと思われるセフォネの言葉に、ビクトールは内心で少し落ち込みながらも、セフォネの声援を胸に、最後の課題に臨むべくセフォネと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セフォネと別れたビクトールは、選手の控室となっているテントに向かって歩いていく。その途中、ダームストラングの生徒たちに囲まれてエールを送られているビクトールを、セフォネは目くらまし術を掛けた状態で見守った。そして、控えのテントに入る直前、即ち1人になったその時、セフォネはビクトールに、杖を向けた。

 フラーに関しては、戦闘能力はそれほどまで高くない。ハグリッドが配置した選手の生命を彼なりに考慮した上での罠を突破できる可能性は、他の2人の選手よりも低い。しかしながら、ハリーと僅差で負けているだけのビクトールは、ともすればハリーよりも先に優勝杯に辿り着いてしまう可能性がある。

 迷路ではムーディに扮するクラウチ・ジュニアがハリーの援護を陰ながらする予定であるため、ハリーがうっかり失格となってしまう状況にはなり得ない。即ち、優勝杯への道のりで最大の障害となるのは、今セフォネの眼前にいるビクトールただ1人。迷路内でクラウチ・ジュニアが対処する案もあったが、それはセフォネが却下した。より自然に2人を排除するためには、片方が片方を攻撃したという事実があればそれでよい。最終試合のルールにおいては、選手同士の戦闘は禁じられてはいない、即ち暗に実力行使によって蹴落とすことが公認されているのだから、その行動が責められることもない。

 故にセフォネは、ビクトールに杖先を向けている。フラーがビクトールに戦闘で勝利するよりも、ビクトールがフラーに勝利したほうが違和感がない。

 そんな理由付けをして。

 実際は、彼に傷付いて欲しくなかったから。

 それをセフォネは、自覚しないままにここまで来てしまった。

 

「ごめんなさい……」

 

 この距離では、彼には聞こえていないだろう。しかし、万が一にも耳に入っていたら、彼はこちらを振り向いてしまう。そうなれば、誤魔化すことは出来ても不信感を抱かせてしまう。それでも、セフォネの口からはその言葉が漏れ出してしまった。これから彼にすることは、彼の思いを裏切り、踏みにじることに等しい。そのことに対して、何も思うことなどないとセフォネは思っていた。そんなものは些事に過ぎないと、平然と言ってのけるはずだった。

 それなのに。

 

(…いつの間に、私はこんなに弱くなったのだろう……)

 

 家族でもない者に対して、服従の呪文を放つことを躊躇するなど。

 あり得ない。

 あり得てはならないのだ。

 彼は、今から自分の駒に過ぎなくなるのだから。駒に持ち合わせる感情など、どうして生まれよう。

 吹き出す感情を無理やりにしまい込み、セフォネは呪文を放った。

 

 

 

 

 

———そして。

 

「あいつが戻ってきた! ヴォルデモートが戻ってきたんだ!!」

 

 闇の帝王は、復活を遂げる。


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