ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
活気が溢れる店内は様々な会話が入り乱れ、時折誰かの愉快そうな笑い声が聞こえる。店主のマダム・ロスメルタは大量の注文を見事に捌いていた。
そんな"3本の箒"の奥の席に、エリスとセフォネは陣取っていた。奥とはいっても見通しはよく、店内を見回すことができ、なおかつ植物でこちらの姿を隠すことが出来る絶妙な位置だ。この席を選んだのはセフォネであった。
「何でそんなこそこそしてるのよ」
「いえ……その、何と言いますか。暫し、様子を伺っていたいのです」
観葉植物とエリスを盾に、ハリーたちを覗いている様子は、まるで闇祓いに追われている犯罪者のようだ。
「やましいことでもあるのかしら?」
「そういう訳ではないのですが」
らしくもなくはっきりとしない態度の友人を視界の隅に収めつつ、エリスはバタービールを口に含み、バター・スコッチを薄めたような味を楽しむ。
「それにしても、一年前は殺すとか言ってたくせに、随分と仲良くなったわねー」
「そのことは忘れてください」
"一族の不始末は当主である自分が片付ける"
かつてはそのように言っていたセフォネであったが、冤罪だと分かってからは、積極的にシリウスの擁護に回っている。疑っていたという罪悪感か、唯一の家族だからなのかは分からない。しかしシリウス・ブラックという人間は、明らかにセフォネの"大切なもの"となっているように思えた。
「セフォネってさ、1回信用したらとことん信じるよね」
「何の話ですか?」
「いやさ、今でこそ長い付き合いだけど、ホグワーツに入りたての頃って、私達は完全に初対面だったわけでしょ?」
「ええ、そうですね」
「ハロウィンの時のあれよ。出会って数ヶ月の私の為に、本気で怒ってくれたじゃない」
出会った時のことも、ハロウィンの時のことも鮮明に覚えている。
大人びた少女だ、というのがセフォネに対して抱いた第一印象だった。ちょっかいをかけに来たドラコを一蹴して追い返し、組分けの前ですら平常心を保っていたセフォネだったが、彼女が初めて動揺を示したのは、確か入学直後のことだったと記憶している。
『 …その……友達というのが初めてなので……私で良いのかどうか……』
動揺を隠せない様子の彼女は、躊躇いがちに自分の手を握った。当時は、セフォネが箱入りのお嬢様であったせいだと思っていた。きっと家から出たことが殆ど無くて、友人が出来たのが初めてだったから、だから戸惑っているのだと思っていた。
だが、今はそれは定かではない。
邪推かもしれないが、彼女はひょっとすると―――
「また、誰かを破滅させるつもりなのか!」
店内に怒声が響く。声の主はハリーだ。
その対象は、趣味の悪い魔女。
あの女は一体何をしでかしたのだろうか。
「彼女はリータ・スキーター。誹謗中傷、捏造記事で有名な記者ですね。ハグリッドの件も彼女の記事でした」
セフォネの説明を聞いて納得する。
ハグリッドと仲が良いハリーが怒るのは道理だ。
「ああ、ハリー! 素敵ざんすわ。こっちで一緒に……」
ハリーは再度怒鳴ろうとしたが、その前にシリウスが立ち上がって彼をかばった。
「悪いが、ハリーとは関わらないでもらいたい」
「あらあら。誰かと思えば、シリウス・ブラックじゃありませんの。インタビューの件は考え直してもらえたの?」
「インタビュー? 何のことだ」
「まあ! ……ははーん、なるほど。あの小娘、バーバナスに掛け合ったのでござんすね。何度も何度も邪魔をしてくれて……」
営業向けの高いトーンから一転し、イライラしているような声音。笑顔も僅かに歪んだが、すぐに取り繕った。
「小娘?」
「ずたぼろになった
「お前は何のことを言っているんだ?」
「質問が多いざんすね。何のことか? 直系はほぼ死に絶え、親も無様に殺されて。これで呪われていないのなら、一体何だと言うんざんすか?」
あまりの言い様に頭に血が登るエリスだったが、すぐさま寒気を感じ顔を青くさせる。その原因は目の前の友人だ。顔の前で手を組み、その表情は伺いしれない。
(…やばい……!)
偶に発言が物騒なのを除けば、セフォネは基本的に穏やかである。だが、セフォネの周りの人間が攻撃されたときや、両親の話題となったら別だ。
(…こうなったら……!)
一刻も早く、あのリータ・スキーターとかいう女が余計なことを口走る前に、気絶させるなり吹っ飛ばすなりして、口を閉じさせなければ。そうしなければ、またセフォネが感情に飲まれ、暴走してしまうかもしれない。
再びセフォネが傷付く姿はもう見たくない。痛みに耐える彼女など、もう見たくないのだ。
一瞬で覚悟を決めたエリスは、杖に手をかける。人に攻撃魔法を、それも不意打ちで掛けた経験などないエリスは、緊張のあまり生唾を飲み下した。
「エリス、私は大丈夫ですよ。だから落ち着いて」
緊張状態のエリスに、意外にもセフォネは笑いかけた。その眼こそ笑ってはいないが、リータへの怒りというよりかは、臨戦態勢に入っていたエリスに対する苦笑に近い。
「セ、セフォネ?」
「2度も同じ過ちは繰り返しません」
セフォネは静かに立ち上がると、エリスの手を杖から外し、肩に手を置く。
「この程度で我を失うなど、主失格ですもの」
賑やかだった店内は、今や静まりかえっていた。
「親の仇も撃てず、必死になって崩れた看板を立て直している、哀れな"生き残りのお嬢様"。小生意気なガキが没落貴族の分際でしゃしゃり出て来てくれちゃって……まったく、こっちは商売あがったりざんすよ」
甲高いリータ・スキーターの声が響き渡る。セフォネに邪魔されたことが余程我慢ならないのだろう。営業スマイルも歪み、声のトーンも苛立ちの為に低くなっている。
(…哀れな……ね。言ってくれるじゃないですか)
諸々、心当たりのありすぎるセフォネとしては、罵詈雑言を吐かれても仕方が無いとしか言えない。だが正直なところ、蝿が煩く飛び回っていたので、それを叩き落としていただけ。 何かにつけて取材をねじ込もうとしてきたり、シリウスへの取材やら出版やらの約束を取り付けようとしていたので、日刊預言社新聞の編集長であるバーバナス・カッフを経由し、それを止めさせたくらいだ。
そこまで恨まれるようなことはしていない、とセフォネは思っていたが相手はそうではなかったらしい。
「ちょっと、行ってきますね」
不安げにこちらを見るエリスに微笑みかけると、セフォネは騒ぎの中心へと歩いていく。
リータの言葉を聞いても、セフォネはいたって冷静だった。「無様に」の部分で一瞬激昂しかかったものの、脳裏に愛すべき従者の影がちらついたのだ。
(…こんなことで、あの娘に心配をかけさせたくないですからね……)
魔力を暴走させた後に目覚めた時に見せた、あの表情はしっかりと覚えている。自らの従者に、妹分であるラーミアに、あのような顔はさせたくない。ましてや、相手はただの小蝿一匹だ。
そうして、騒ぎに介入しようとセフォネが口を開こうとした、その時だった。
「いい加減にしろ!」
ガシャン、という物音が響き、机がひっくり返る。
「…な……」
セフォネは思わず唖然としてしまう。激昂したシリウスが、リータの胸ぐらを掴み、睨みつけていた。彼の右手には、いつの間にか杖が握られていた。
「私のことをどう言おうが構わない。だが、あいつが侮辱されるのは我慢ならないな」
必死に抑えているのだろう。怒号ではなかったものの、その言葉には激しい怒気が含まれていた。
「呪われただと? あのくそったれた家に生まれた者はみな呪われているさ。あいつに限った話ではない。ああ、確かにお前の言う通り、あいつは生意気な小娘で、だがそれでも彼女は……!」
「シリウス、落ち着いて!」
シリウスがリータの首に杖を突きつける。ハリーが押し止めようとするが、大の大人であるシリウス相手に力で敵うわけがなく、引っ張ってみるもピクリともしないようだ。
シリウスが挑発に乗ったのが嬉しいのか、恐ろしさ故の虚勢かは分からないが、リータは嘲るように笑う。
「やればいいさ。それであんたは豚箱に逆戻り。よかったざんすね、素敵な従姉と同じ屋根の下、仲良く暮らせるざんしょ?」
「貴様……!」
「所詮はあんたもただの犬畜生さ」
「この……!」
「シリウス!」
周りの客たちも、これはいよいよやばいと立ち上がり、騒動を止めようと動き出す。しかし、間に合いそうな者は誰1人いなかった。
「お止めなさい」
決して大声を出した訳ではない。しかし、不思議とセフォネの声は店内に響き渡り、再び静寂が訪れる。
「な……お前は…」
「セフォネ…?」
リータとシリウスの顔が驚愕に染まる。その後ろで、ハリーとハーマイオニーはホッとした様子だ。シリウスの暴走を止めることが出来そうな人物が来てくれたからだろう。
セフォネは杖を軽く振り、盾の呪文を使用する。両者の間に見えない壁が現れ、無理やりに引き剥がされた2人は尻餅をついた。
「伯父上。杖を納めなさい。お気持ちだけ受け取っておきます」
未だに固まったままのシリウスにそう告げると、セフォネはリータに向き直った。
「さて。お初にお目に掛かります、ミス・スキーター。私はペルセフォネ・ブラック。僭越ながら、ブラック家の33代目当主を務めさせて頂いている者です。以後お見知りおきを」
名乗りを上げて、優雅に一礼する。
「この度は我が伯父がご迷惑をお掛け致しました。お詫び申し上げます」
「………」
リータは何も言わない。無理やりに表情を取り繕ってはいるが、内心は焦っているだろう。何せ、かつて没落したとはいえ、最近のブラック家の復興ぶりは目覚ましい。各機関へ太いパイプを持ち、加えて魔法省は彼女に多大過ぎる負い目がある故に影響力も大きい。この英国魔法界におけるセフォネの権力は、ルシウス・マルフォイを次ぐとまで言われ始めている。
「随分とまあ、言いたい放題のようですね。では、私からも言わせて貰いましょう」
ローファーが床を叩く音を規則的に鳴らし、セフォネはリータに近寄り、彼女を見下ろす。
「私のことをどう言おうが構いません。ですが、我が祖先たちが繋いできた血を、そして我が
そう言うと、セフォネはリータの腕を掴み強引に起き上がらせる。そして、耳元に口を近づけて囁いた。
「……今回は見逃して差し上げます。今後は言動と原稿にお気をつけて」
「っ……!」
パッとセフォネから距離を取り、リータはもはや外聞など忘れてセフォネを睨みつける。拳を握りしめ、ワナワナと震えながらも、踵を返して店を出ていった。
リータが去るのを見届けたセフォネは、深く溜め息を吐く。
「まったく、貴方という人は子供なんですから」
「……悪かったな」
目線を逸らしてシリウスは拗ねたようにいう。先ほどの殺伐とした喧騒などなかったもののように、2人はいたって穏やかだった。それはまるで、喧嘩しているのを見つかって怒られる兄と、怒る妹のような光景。
「でも、貴方が庇ってくれて、
相好を崩して微笑むと、セフォネは手を差し出す。
それは今までの彼女の雰囲気とは違い、歳相応の少女のように見えて。
その姿が、記憶に残る別の姿と重なった。
「ありがとう、シリウス」
―――ありがとう、兄様
どこからともなく、かつての妹の声が聞こえる。
ああ、そうか。だから。
だから彼女が侮辱されたのを聞いて、自分は我慢できなかったのか。
あまりにも、彼女は自分の妹に似すぎていたのだ。
(…セフォネ……君は……)
差し出された手を掴んで起き上がる。セフォネの右手の薬指に嵌めてある、忌々しいブラック家の印章指輪の冷たい金属の感触が嫌に手に残る。
「さて、皆様」
セフォネは店を見回す。そして深々とお辞儀した。
「この度はお騒がせして、誠に申し訳ございませんでした。ささやかながらではございますが、お詫びとして……」
セフォネはマダム・ロスメルタの前までいくと、カウンターに袋を置いた。その質感からして、かなりのガリオン金貨が詰まっているだろう。
「どうぞ皆様、お好きなだけ飲んでいって下さいませ」
それを皮切りに店中から歓声があがり、再び店内に活気が戻りはじめた。皆がセフォネに声を掛け、賛辞を送る。一通り店内を一巡したセフォネは、もう1人、シリウスが知らない少女を連れて戻ってきた。
「場所を変えましょうか」
「ああ、そうだな」
シリウスは出口にむけて歩き出す。変な記者のせいで色々と段取りが狂ってしまったが、セフォネと2人きりにならなければならない。そうでもしないと、恐らく彼女は何も語らない。
わざわざ手紙を送ってまでセフォネと接触を図った理由。
名づけ子であるハリーと一緒にいる時間を割いてまで話したかったこと。
それは他でもない、自らの妹でありセフォネの母であるデメテル・ブラック、そして学生時代の敵でありセフォネの父であるアレクサンダー・ブラック。この2名が巻き込まれた"ブラック家の惨劇"についてだ。
娑婆に出て自分が塀の中にいた間に何が起こったのかを知る上で、その事実は嫌でも目についた。吸魂鬼の件は、本気でクラウチを殺しに行こうかと考えたほどだ。自分でもそう思うのだ。当事者であるセフォネの心中は計り知れない。
(…
"ここから先は家族の話だ"と、シリウスがセフォネを連れてホッグス・ヘッドへ向かったのをきっかけに、エリスはハリーたちと合流して一足先にホグワーツ城への帰路についていた。
「セフォネが来てくれて、本当に助かったわ……シリウスが暴走していたら、なんて考えたくもないわ」
そう言って盛大に溜息を吐くハーマイオニーに、エリスは苦笑する。
正直に言って、何故シリウスがあそこまで怒りを露わにしたのか、エリスには分からなかった。2人の関係が良好であるというのは、エリスも理解している。しかし、自分のように何年も一緒にいる友人であるのならまだしも、セフォネとシリウスは出会って1年も経っていない。確かに唯一残された家族同士ではあるものの、シリウスは家を嫌って家出し、ブラック家から追放された身の上だ。現当主であるセフォネに対して、そこまでの親愛の情を抱いているのが、エリスにとっては驚きである。
まあもっとも、セフォネに関してもトロールの時の一件があるので、ブラック家の人間は一度胸襟を開いたらとことん開くタイプなのだろう。やり過ぎなのも2人に共通している点だ。
「折角無罪になったのに、また逆戻りしちゃうとこだったわね」
「冗談でもよしてくれよ…それにしても、家族の話って一体なんなんだろう?」
シリウスをセフォネに取られたように感じているのか、ハリーは少々不満気である。シリウスが何かを隠していることも、それを煽っているのだろう。
「至極プライベートな話なんでしょう。貴方が嫉妬するようなことはないと思うわ」
“家族の話”というものを、色々な事情を知っているエリスは予想できた。恐らくは、“ブラック家の惨劇”とそれにまつわる話。ムーディが教師をしているということも、シリウスはハリーから聞いているだろうし、事情を知っている者であればセフォネが非常に危ない状態であることを察知し、話をしたがるのは想像に難くない。
恐らくハリーは知らない為だろうが、無神経な感情を抱いていると思ってしまったエリスは、思わず皮肉交じりに言ってしまった。当然ながらハリーは反論する。
「し、嫉妬なんてしてないだろう! 変なこと言わないでくれよ!」
「……貴方たちは、セフォネについてどれくらいの事を知ってる?」
ハリーの怒りを他所に、エリスはいたって真面目な口調で彼らに問う。彼らというよりかは、主にハリーに対しての問いだ。
セフォネと一番近い友人は、恐らく自分だとエリスは思う。しかし、セフォネは殆ど過去の話をしない。幼少期の話題を振ってみても、のらりくらりと話を逸らされ、逆に自分の恥ずかしい過去を暴露する、だなんてことはもう何度も繰り返した。セフォネの過去を知っているであろう母も、職業柄口を閉ざしている。
であれば、セフォネの家族、それに一番近しいハリーならば、何かきっかけとなることを知っているのではないだろうかという結論に至ったのである。
「どれくらい、って言われても……まあ、成績が良くて頼りになるけど、実はかなり物騒な思考の持ち主ってことくらいかしら」
「僕もそのくらいかな……あ、そういえばシリウスが妹さん、つまりセフォネのお母さんの話をしてたよ。セフォネに本当によく似てるって」
「デメテルさんのことを? そういえば、私は聞いたことなかったっけ」
周りから母親に似ている、と言われるのを聞いたことは何度もある。しかし、エリスはセフォネの母親のことを全く知らない。吸魂鬼のキスを受け、廃人になってから長いこと入院し、つい数年前に息を引き取ったことは新聞の記事で読んだ。だが、彼女の人となりや交友関係などは知らない。
そこで、エリスは気づく。
デメテルの友人は、一体今どうしているのか。セフォネが両親を喪って1人きりになったというのに、一切のコンタクトを取っていなかったのは些か不自然である。デメテルだけでなく、アレクサンダーの友人に関してもそうだ。
「ねえ、デメテルさんが学生時代に仲よかった人とかって、聞いたことある?」
「あー、それは、まあ……」
ハリーが言い淀む。デメテルが学生時代のスリザリンと言えば、死喰い人の宝庫とも呼べる。よもや、彼女の友人は塀の向こう側なのだろうか。
そんなことを考えるエリスに、ハリーは意外な名を挙げた。
「スネイプだ。まあ君はスリザリンだから何とも思わないだろうけれど、スネイプとセフォネの両親は仲が良かったって聞いたよ」
「スネイプ先生が……?」
思い返してみれば、スネイプとセフォネは微妙に距離間が近かったような気がしてくる。セフォネが倒れた時も、珍しく慌てた様子であったし、何より2人きりで話しているのを偶に見かけたりする。
であれば、折を見てスネイプに話を聞きに行くのも良いだろう。
「そう…ありがとう」
「君なら知っていると思ったんだけど…」
「ま、こっちにも色々あるのよ。そう言えばハリー、第2課題はどうなの?」
「それが聞いてよエリス! ハリーったら今日まで課題に全く手をつけてなかったのよ!」
どうやら、第2課題についてしきりに助言したがるシリウスに根負けし、何もしていなかったことを白状したらしい。まあもっとも、事故で巻き込まれたハリーにとっては、厄介なイベントであるという認識なのかもしれないが。それにしても、命が掛かっているのだから、もう少し真剣に取り組んだ方が良いのではないだろうか。
「シリウスのお陰でなんとか目星はついたのだけれどね。第2課題は…」
「おい、ハーマイオニー。それ以上は言うなよ」
今まで空気と化していたロンが不機嫌そうに口を挟む。邪険に追い返されなくなっただけ、昔よりは幾ばくかマシになったと思っておこう。
ハーマイオニーがロンに何か言おうとしているが、エリスはそれをやんわりと制止する。自分のせいで友人に喧嘩などして欲しくはないのだ。
「あー、はいはい。何時ものやつね。ま、当日まで楽しみにとっておくわ」
しかしそれは、楽しみではなく驚愕に変わることとなる。
「ブラック、少しいいかね」
3大魔法学校対抗試合、第2課題が行われる朝。スネイプがいつも通りの不機嫌そうな表情で、朝食中のスリザリンテーブルにやって来た。
「ええ、大丈夫です」
糖蜜パイの最後の破片を飲みこんだセフォネは席を立つ。スネイプは目で扉のほうを示すと黙ったまま大広間を出ていき、セフォネもそれに付いていく。廊下に出た時点で、セフォネはスネイプの背中に問いを発した。
「校長先生の言づてでしたら、言われずとも分かりますよ。どこへ向かえばよろしいですか?」
「……耳が早いのか、察しが良いのか。まあ、分かっているのならばそれで良い。湖畔に仮設されたステージに集合、とのことだ」
「承知いたしました」
スネイプに一礼し、城の玄関を出て湖へと向かう。
今日という日に、試合会場の横に呼び出されるというのなら、間違いない。第2課題の人質として、セフォネが選ばれたということだ。
第2課題は選手の大事な人が水中人によって人質に取られ、それを救出するという内容である。人質の選出方法までは詳しく知らなかったが、先ほど自分が呼ばれるよりも少し前にジニーが呼ばれていたのを目撃していたセフォネは、先のクリスマス・ダンスパーティのパートナーが主に人質として選ばれていることを予想していた。
湖の隣に作られた仮設ステージにつくと、そこには試合の審査員たちとジニー、そして見たところ7、8歳くらいの少女がいた。
「おお、これで全員揃った。2人とも朝食時にすまんのう。ガブリエルはフランスから遥々来てくれた。審査員を代表して礼を言う」
消去法で考えても分かることだが、どうやらこの少女はフラーにとっての大事なものらしい。恐らくは妹か。
「さて、君たちを集めたのは他でもない。今日行われる3大魔法学校対抗試合の第2課題において、少し協力してほしいことがあるのじゃよ」
「私たちは何をすれば良いのですか?」
ジニーが礼儀正しく挙手をして質問する。フランスから呼び寄せるにあたってガブリエルには説明をしてあるのだろう。彼女は所在なさげに湖を泳ぐ魚を見つめている。
「何、大したことではない。第2課題の最中、囚われのお姫様になって欲しいのじゃよ」
ダンブルドアの説明は言葉通りのものだが、ジニーはそれが何かの比喩だと取ったらしい。瞳には困惑の色が浮かんでいた。
今日もクラウチの代理としてきたパーシーが、人差し指で眼鏡を押し上げながらも捕捉する。
「第2課題における人質として水中人に囚われろ、というのが最適な説明かと」
「ふむ、まあ固い言い方だとその通りじゃな」
事務的な説明があまりお気に召さないのか、ダンブルドアは少しつまらなそうにするが、あのパーシーにジョークを期待するのは間違いだろう。ホグワーツ在学中からすでにお役人気質であったが、魔法省に入省してからはそれにさらに磨きを掛けたらしい。尊敬する上司の代役をきっちりと果たすべく、いつも以上にお固くなっているようだ。
そんなパーシーを尻目に、ダンブルドアは2人に向き直った。
「ホグワーツの名に懸けて絶対の安全を保証しよう。引き受けてくれるかのう」
セフォネとジニーが首肯したのを見て、ダンブルドアは礼を口にする。
「ありがとう。さて、公平な試合の為に杖を預けてもらおう。湖に落としてしまう可能性もあるし、所持品も我々で預かる」
ポケットの中をひっくり返し、杖と共に所持品を全てダンブルドアに渡す。セフォネの右手薬指には指輪が嵌めたままになっているが、これは盗難防止魔法が掛かっており、他人が受け取ろうとすると手が弾かれ、更にはセフォネが自らの意思で外さなければ外れない仕様になっている。湖に落として紛失することはないだろう。
「セフォネや、左袖に隠しているものはなにかね?」
ダンブルドアの指摘に、心の中で舌打ちをする。
魔法省がどのような安全対策を取っているのかは知らないが、あまり信用できない。第1課題のドラゴンの例を見るに、死ぬ一歩手前くらいの危険性は十分にあり得る。陸上ならまだしも水中ともなれば、本当に命の危険がある。故にセフォネは、普段は予備として左袖に仕込んである母の杖をそのまま隠し持っていようと思っていたのだが、目敏いご老人に看破されてしまった。
「…母の形見ゆえ、丁重に扱って頂ければと」
「約束しよう。さてお嬢さん方、今から術を掛ける故、そこに座ってもらえるかのう」
セフォネから杖を受け取ったダンブルドアは、人質の3人を椅子に座らせた。
「さあ、それでは目を閉じて。3、2、1…」
リータ・スキーター………満を持してハリポタ界におけるマスゴミ登場。
シリウスを取られるハリー………原作との相違点として、シリウスが構う相手が他にもいるという。パルパル
空気のロン………去年のシリウスの一件以降、態度が軟化しました。
左袖の杖………「少年、後ろに隠しているものは何かな?」的な、強キャラにのみあたえられた台詞。
ご感想、誤字報告ともにありがとうございます。失踪期間にもたくさんの感想を頂いていたようで、本当は全てのご感想にコメントをしたいところですが、どうかご容赦を。
皆さまに頂くご感想を糧に、これからも頑張っていく所存ですので、どうぞよろしくお願いします。
しっかし、ゴブレット編はセフォネの心象、それに伴うエリスの心象を細かく描写したい欲が強すぎて話が進まない……