ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
クリスマスダンスパーティー当日。
普段は皆同じ制服姿の生徒たちが、それぞれドレスやドレスローブといったパーティー用の衣装を着ており、談話室の風景が少し違って見える。
既に周知の事実だが、スリザリンにはドラコ・マルフォイやペルセフォネ・ブラックを始めとする名家の出身が多い。だが、一般家庭育ちの者も当然ながらいる。そういった生徒たちは、ドレスコーデに慣れていない。エリスもその1人で、慣れない服装が落ち着かない。
着ている赤いドレスはいたって標準的なデザインだが、普段の制服に比べると背中や首筋の露出は大きく、空気に触れてスースーするし、ヒールは歩き難いし、シルクの手袋も馴染んでいない。
「いつまでモジモジしてんのよ。シャキッとしなさい」
「でも慣れないんだもん……ていうか、ダフネが何でそんな自然体でいられるのか分からない」
「今更パーティーなんて、初めてじゃないのよ」
鮮やかなグリーンのドレスを自然に着こなし、いつも通りの気怠げな表情のダフネ。だがそれでも、こうしてフォーマルな服装だと、この娘もお嬢様なのだと納得出来る。もう少し愛想さえ良ければ、整った容姿に磨きが掛かるのだが、基本的に気怠げな表情が、クラスで3番目と評される所以だったりする。そんなこと、本人の前では絶対に言えないが。
「セフォネは?」
「シャワーの順番待ちに乗り遅れて、まだ着替え中。そろそろ上がってくると思うけど……」
丁度その時、セフォネが寮から上がってきた。
その姿は、例えるならば黒い薔薇。
闇の如く漆黒のドレスを身に纏い、腕はレースのフィンガーレスグローブに覆われている。制服時よりも際立つ膨らみと、ドレスと正反対な真っ白い肌は妖艶な雰囲気を醸し出している。
そして、実際に目にしなければ感じ取れないブラック家数世紀の歴史に裏打ちされた優雅さ、高貴さ、そして威厳。
全てが調和し、そこに黒き姫が顕現している。
空いた口が塞がらない。ともすれば同性までもを魅了しそうなその姿は、同時に迂闊に触れれば怪我をしそうで。しかし、触れずにはいられない、禁断の花。
「黒き姫、のお出ましね」
「その呼び方は恥ずかしいので止めて下さい」
「あら。やっぱり女王様のほうが好み?」
ダフネは自分も参加したパーティーで見たことがあるので、さしたる驚きはないらしく、常のように彼女をからかっている。
だが、生で初めて見るエリスにはいささか衝撃が強い。最早目に毒なレベルで。
「どうしたのですか?」
「……うん、何かもうね。色々と凄いわ」
エリスはセフォネの胸を見て、さらにはダフネにも視線を移す。ダフネもダフネで中々のサイズ。着痩せするタイプらしく、その膨らみはセフォネと良い勝負だ。
「牛乳は毎日飲んでるのに……どうしてここまで違いが……」
対する自分は、2歳年下のラーミアと同じくらい。神は時として、どうしてこうも無慈悲なのであろうか。
「いいもん! 別に悔しくないもん!」
「いきなりどうしたのよ」
「別にっ! 何でもっ!」
「ははーん……さては胸」
「まだ成長期だもんっ!」
その言い訳はいつまで通じるのだろうか。そして、いつ自分の胸に成長期はやってくるのか。
それが永遠にやってこないということを、彼女はまだ知らない。
大広間のドアが開放される8時を待っている生徒たちで、玄関ホールは混雑していた。違う寮、学校のパートナーと組む生徒たちはお互いを探して、人混みの中を彷徨っている。
そこに、マクゴナガルの声が響いた。
「代表選手、及びそのパートナーはこちらへ!」
3校対抗試合の代表選手は、他の生徒が全員着席してから入場することになっている為、それまでドアの脇で待機するよう、指示が出る。
ボーバトン代表のフラー・デラクールはレイブンクローのロジャー・デイビースを連れ、ドアの直ぐ側に陣取った。ロジャーはフラーのヴィーラの特性にやられており、目がトリップしている。
ビクトールとセフォネはその隣にいた。ビクトールはビクトールで、普段よりも妖艶なセフォネに視線を移しては逸らしを繰り返し、落ち着きがない。
「人前に出る遊宴など、今更初めてではないでしょうに。緊張でもしているのですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」
「では?」
「その……」
続きを促し、セフォネは小首を傾げる。そういう何気ない動作が、男性にクリティカルヒットするということを、セフォネは分かっているのか、いないのか。それに赤面するビクトールに、セフォネは悪戯っぽく微笑む。
そんな、周囲から見れば、とんでもなく甘い空間が、この2人の間には出来上がっていた。そしてビクトールとセフォネのそれぞれのファンは、苦々しげにその前を通り過ぎていく。
そこに、緑色のドレスローブを着たハリーが、パートナーを連れてやって来た。
「やあ、セフォネ。クラムのパートナーは君だったのか」
「こんばんは、セフォネさん」
ハリーのパートナーはジニー。セフォネとしては、いつも共にいるハーマイオニーが可能性が高いと思っていたのだが、予想は外れたらしい。
「こんばんは、2人とも。貴方のパートナーがジニーだということは、ハーマイオニーはミスター・ウィーズリーと?」
「ハーマイオニーなら、ネビルと組んだよ」
「ミスター・ロングボトムと、ですか? 少々驚きですね」
「何でも、一番最初に女の子扱いしてくれたのがネビルだったらしいよ」
あまりにも近すぎて、相手が女性だということを忘れてしまった、ということらしい。同じ女として、セフォネはハーマイオニーに同情するものの、普段から身なりに無頓着なのも、その要因の一部だ。素材はいいのだから、磨けば輝くと思うのだが。
「確か、君たちの寮は仲が悪かったんじゃなかったっけ?」
親しげに会話するホグワーツ組を前に、ビクトールが疑問を口に出す。
「まあ、概ねはそうです。ですが、何事にも例外はありましてよ」
「そういうものか」
ホグワーツに来て間もないビクトールは割りとあっさりと納得するが、グリフィンドール生とまともに会話するスリザリン生は、セフォネかエリスぐらいなものだ。
「皆さん、準備はよろしいですね。それでは入場しますよ」
マクゴナガルの指示で会話を止め、正面に向き直った。そこに、ビクトールが手を差し出し、セフォネはその手を取り歩き出す。代表選手たちは入った瞬間に拍手に包まれ、そしてマクゴナガルの後に続いて、審査員が座っている大きな丸テーブルのほうへと歩いていく。
大広間は常とは様変わりしていた。各寮の長テーブルは撤去され、代わりに数人が座れる小さめのテーブルが100余り置かれていて、天井はヤドリギや蔦の花綱で装飾されている。
審査員テーブルに近づくと、ダンブルドアは代表選手たちに微笑みかけ、ルード・バグマンは生徒にも負けない拍手を送る。
その中でカルカロフの表情は、実に浮いていた。それは驚愕か恐怖か。間違いなく衝撃を受けていることは事実だ。
「ふふっ……んんっ」
思わず浮かんだ、口元を三日月型に歪めた狂気を孕んだ笑いは、直ぐに巧妙に誤魔化す。
(…今日という日くらいは、仇が側にいようとも、パーティーを楽しんでも良しとしますか……)
どうやらクラウチはおらず、パーシー・ウィーズリーが代理で出席している。これなら、まあ我慢出来るだろう。
セフォネはカルカロフの隣に座ったビクトールに続き、その隣の席に腰を降ろした。
「さて……」
目の前にあるのは、金色の皿と小さなメニュー。セフォネは何気なくそれを手に取り、そして皿を見て、ダンブルドアに視線を移す。
セフォネは何となく、これの仕組みを理解したが、ビクトールは困惑していた。
「ねえ、セフォネ。これはどうするのかな?」
「彼を見ていれば分かりますよ」
ダンブルドアは自分のメニューを眺めると、皿に向けて注文を伝えた。すると、その皿にポークチョップが現れる。なるほど、と皆それぞれが皿に向けて注文をし始める。
「ホグワーツのパーティーはすごいんだね」
「毎年、という訳ではありませんよ。去年など、数十人しかいませんでしたし」
「それでも、僕達のところに比べたら此処は居心地がいいよ。冬は日光が殆ど無いんだ。でも、代わりに夏は―――」
「これ、これ、ビクトール」
隣で聞いていたのだろう。カルカロフは笑いながら口を挟むが、目は鋭く光っている。
「それ以上明かしてはいけない。ブラック嬢に我々の居場所が分かってしまう」
ダームストラングやボーバトンは、在籍中の生徒、教員、卒業生しかその場所や教育体系を知らず、その秘密は強固に守られている。今回、3校対抗試合の開催地がホグワーツとなった経緯も、ここが他の2校よりも開放的だからであろう。
それは分かっている。しかし、だからと言って会話に水を差したことを流す気はない。セフォネはカルカロフに微笑みかける。当然、目は笑っていない。
「あら、ミスター・カルカロフ。その発言は少々無粋かと思いましてよ。ねえ、ダンブルドア先生?」
やや強引に巻き込まれたダンブルドアが間延びした口調で、セフォネに加勢した。
「そうじゃよ、イゴール。まるで誰も客に来て欲しくないかのようじゃ」
「そうかね。だが、我々は自らの領地を守ろうとしているだけでしてな。我らが学び舎の秘密を知ることに誇りを持ち、それを守ろうとするのは正しいことではないですかな?」
「おお、わしはホグワーツの秘密を全て知っているなどとは、夢にも思っておらんよ。つい今朝などは――」
やや尖りかけたムードは、ダンブルドアの下品なジョークで一気に霧散する。しかし、食事中にするような話ではない為、セフォネは途中から聞かないことにしていたが、ダンブルドアのすぐ横で会話を聞いていたハリーはシチューを吹き出していた。
「セフォネ。ダンブルドア先生のあれ、冗談だよね?」
「あながちそうとも言えませんね。この学校は謎だらけですから」
食事が粗方終わると、ダンブルドアが立ち上がって、会場にいる全員にも起立を促す。そして杖を一振りし、テーブルを脇に寄せ、部屋の中央にスペースを作った。
この日の為に呼ばれた"妖女シスターズ"が拍手で迎えられ、代表選手とそのパートナーはダンススペースに移動する。
そして、スローな物悲しい曲に合わせ、ゆっくりと踊り出した。
そうして、聖夜の舞踏会は続いていく。夜が更けるまで。
冬期休暇が終わり、新学期がやって来た。
休暇明け早々にハグリッドが半巨人だった事実が判明し、ハグリッドは自宅に引き篭もってしまい、代用教師としてグラブリー・プランクという魔女が呼ばれたらしい。
「あの先生にずっといて欲しいね。ちゃんとした魔法生物の授業をする教師に」
授業後の昼食時、スリザリンのテーブルではグラブリー・プランクを歓迎する声が多い。ハグリッドと比較的親しいグリフィンドールの生徒たちですら、そう思っている者が多いのも、今までの授業から考えると仕方が無いのかもしれない。
「ていうか、皆今まで気付いてなかったの?」
「小さい時に骨生え薬を一瓶飲み干したのかと思っていたんだよ。まさか半巨人だったとはね。その言い方からすると、君は気付いていたのか?」
「私もセフォネも、最初っからそんなことだろうと思ってたのよ」
エリスとドラコが会話している隣で、セフォネが誰からか来た手紙をジッと見ている。
「何の手紙、それ?」
「いえ、大したものでは」
サッと畳んで懐にしまおうとするセフォネだったが、目ざといダフネが差出人の名を読み取った。
「シリウス……シリウス・ブラック? あんたの伯父だったわよね?」
「ええ、そうです」
「それで、何の用だったのよ」
「……他愛も無い世間話ですよ」
「嘘をおっしゃい。何よ今の間は。絶対何かあるでしょう」
鮮やかな手つきで便箋を奪おうとするダフネからなんとか手紙を守るセフォネ。やがて、観念してこう告げた。
「次のホグズミード行きの日に彼も来るらしいのです」
「ホグズミードに来る? ああ。そういえば冤罪だったもんね、あの人」
シリウス・ブラックの冤罪事件は、去年の新聞をかなり賑わせた。故に彼はかなりの有名人になっている。獄中記出版の話まで持ちかけられているようで、出版社を追い返すのに苦労したらしい。
兎にも角にも、そんな彼のホグズミード来訪はあまり広まって欲しくなかったセフォネだったが、変に鋭いダフネのせいでものの見事に露見した。
「ええ、そうです。なので少し会わないか、と」
「ふーん。いいんじゃない、会ってくれば。断る理由はないでしょ」
「それはそうなのですが……」
恐らくシリウスがホグズミード村を訪れる目的はハリーである。不幸にも3校対抗試合のホグワーツ代表に選ばれた彼の身を案じて、助言やらなんやらをしに、遥々やって来るというのは予想出来る。というか、彼が選出された時点でホグワーツに乗り込んで来なかったほうが奇跡だ。そこは恐らくダンブルドアが食い止めたのだろう。
あのご老人も、結構苦労している。
まあ、そんな訳で今年は色々と、というか例年トラブルメーカーであるハリーとも同席することになるだろうし、ハーマイオニー、そしてスリザリン大嫌いっ子ロン・ウィーズリーも、当然いるだろう。
別に、この面子で集まったことなど、いくらでもある。だから別段気にすることではない。ないのだが、何か嫌な予感がするのだ。
ひどく陰湿で小煩い、まるで蝿のような気配が。
(…神経質になり過ぎですね……)
首を振って、せり上がってくる不安を打ち消す。
「……そうですね。では、家出息子の顔を拝んでくるとしましょうか。それも当主の勤めでしょう」
そんな皮肉を言いながらも、セフォネは少し嬉しそうだった。
しかし、セフォネはこの時の自分の勘を信じなかったことを、後悔することとなる。
久しぶりに小説を書いてみたのですが、普段と同じくらいの時間掛けたのにも拘わらず、文量が少なめに。
勘を取り戻すまで結構掛かりそうです。
次回は第2課題。