ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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炎のゴブレット

 ホグワーツでは5年生になると、"普通レベル魔法試験"、通称"OWL"を受けることになっている。この成績しだいで6年生以降に受講する教科が決まり、さらには将来の仕事に必要な技能を習得する為、かなり重要なものだ。

 それ故、各教師は1年前からその準備をさせるべく、授業や宿題の量・質を格段に上げている。

 新学期開始から3日ほど授業を欠席していたセフォネは、目の前にまとめて突き付けられた課題の多さに少しばかり唖然とした。そうはいっても、彼女にとっては然程難易度は高くないのだが、如何せん量が量だ。

 

「私らに恨みでもあるのかしら!?」

「まあまあ」

 

 古代ルーン文字学が終わり大広間へと向かう道中、ダフネが憂鬱な表情ながらも怒りの言葉を吐き捨てた。去年の一ヶ月分を1週間でやってこいというのだから、その反応も妥当だろう。

 セフォネが苦笑しつつもダフネを宥めていると、魔法生物飼育学を取っているエリスとドラコが、丁度玄関に現れた。こちらの2人もげんなりとしている。いや、よく見るとドラコは怒りに打ち震えているようだ。

 合流した後、ダフネに話を聞いたエリスは深く溜息をつく。

 

「貴方はまだましなほうよ…こっちなんて………」

 

 魔法生物飼育学では、ハグリッドが創り出した謎の生物の観察日記をつけることになっているらしい。それも毎晩。

 セフォネは改めて思うが、何故ダンブルドアは彼を教師にしたのかが疑問だ。そもそも、勝手に魔法生物を創造することは違法であったはずだが。それを看過して良いのだろうか。相変わらずあの狸の考えていることは、よく分からない。

 と、そんなふうに考えを巡らせているセフォネの隣で、ドラコは悪態をついている。

 

「くそっ! あのでくの坊め…今に見てろよ……」

 

 去年に引き続き、今年もまた何かをしでかしそうな雰囲気を醸し出しながら、ドラコは取り巻き2人を連れてさっさと大広間に入っていこうとした。だが、それ以上先には進めなかった。玄関ホールに設置してある掲示版に人が群がっていた為だ。

 

「ん〜! 見、え、ない!」

 

 この面子の中で一番背が低いエリスがピョコピョコ跳ねている。高身長の部類に入るセフォネと、それよりもさらに高いクラッブ、ゴイルは背伸びすると、なんとか見えた。

 

" 3大魔法学校対抗試合 "(トライウィザード・トーナメント)についての知らせのようですね」

「うぅ……お願い、読んで」

 

 持ち前の運動能力で張り紙を見ることは出来たようだが、上下に飛び跳ねていれば文字は読めなかったので、エリスは諦めた。セフォネは爪先立ちになって、張り紙の詳細を伝える。

 

「えっと……ボーバトンとダームストラングの代表団が10月30日に到着する為、城の前で全校生徒で出迎える、と書いてありますね」

「10月30日ってことは……来週の金曜日ね」

 

 それは、1週間後に他校の代表団と共にその校長もまたここホグワーツにやって来るということだ。即ち、ダームストラングの校長が姿を表すことを意味する。

 

(…イゴール・カルカロフ……)

 

 カルカロフは仲間を売り、罪を逃れた元死喰い人だ。アズカバンに行きたくないが為に他の死喰い人の摘発に協力し、その途上で"ブラック"の名を口にした、全ての元凶。

 あの男さえいなければ。

 そう、あの男さえいなければ、クラウチはムーディと吸魂鬼(ディメンター)をブラック邸に派遣することも無く、父も母も死ぬことはなかった。

 

(…しかしまあ、あの男が生を謳歌出来るのも、今年限りなわけですが……)

 

「ふふっ」

 

(…ああ、復讐は無駄なことだと理解して(わかって)いるのに……)

 

 しかし、ムーディと違い弁解の余地も無いカルカロフに対しては"彼は悪くない"などという感情が湧くはずもなく。

 むしろ、彼が闇の帝王が蘇ったと知った時の恐怖と絶望。それが見たくて堪らない。

 あの時、スネイプがシリウスを捕らえた時に行った言葉、"復讐は蜜より甘い"。

 今なら分かる。1ヶ月程前までは、ただ憎悪と怒りの感情を爆発させるだけだったが、今は違う。

 ムーディを、正確にはムーディの姿をしたクラウチを縛り上げた時に彼の憎々しげな表情を見て、もっと痛めつけたいと思った。自分がどれ程憎んでいるのかを、刻みつけたいと思った。思ってしまった。

 

「…ハリー・ポッター……」

 

 だれがホグワーツの代表になるだろうかと、そんな話をしながら大広間へ向かう友人たちに付いて行くと、視界の端にあの少年の姿が入る。

 仇を目の前に、"殺す"という選択肢を迷い無く捨てた少年。上辺だけだった自分とは違い、本心から。

 

(…結局、わたしは復讐を諦められなかった……)

 

 ムーディを許そうとは思った。彼の事情を考えれば、恩赦に値する。だが、他の2人はどうか。

 答えは否だ。断じて許せない。

 

(…狐は、怯えて弱ったところを狩るものだもの……ムーディ()を許してしまった分まで、後の2人には―――)

 

 

 

 

 

「―――狂い踊って貰わなければ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして一週間後の金曜日。

 告知通りに授業は早めに切り上げられ、生徒たちは校庭に整列し、来客を迎えるべく待機している。

  吹き付ける風が肌寒い、秋の夕暮れ時。夕闇は濃さを増していき、青白く輝く月がその存在を主張し始めていた。

 

「ふむ……そろそろか」

 

  漆黒のローブの懐から取り出した懐中時計を確認したスネイプが小さく呟く。しかしその声は、来客を待ち侘びているようなものではなく、厄介なものが来ると行った感じの響きであった。

 

「……して、何故私の隣に付いているのですか?」

 

  他の生徒と同様に、校庭で待機中のセフォネは、先程から横にいる自らの名付け親兼教師に、疑惑の眼差しを向ける。それを受けた本人は、不機嫌そうな声でもって答えた。

 

「我輩はスリザリンの寮監であるからして、その生徒の隣に立っていることは何ら不思議ではないのだが」

「その通りではありますが」

「何か不都合なことでもあるのかね、ブラック?」

 

  尋ねておいてなんだが、聞くまでもなく彼が自分を監視していることは分かる。事情を知っているのであれば、自分は警戒に十分値するのだから。

  そうは言うものの、別に今回は何も起こしはしない。既に滅びの運命が定まっている相手に対して、今すぐに殺そうなどという感情は起きないのだから。

 

「心配しなくとも、何も起こしませんよ」

「約2ヶ月前のことも忘れたのかね?」

「その節はご迷惑をお掛け致しました。しかし、今回は問題ありません」

「前科持ちの言う事は、中々信用されにくい世の中でね」

「更生の機会くらいくれてもよさそうなものですが。しかしまあ、別に構いませんけどね」

 

  その時、空を見上げていたダンブルドアが声を張り上げた。

 

「おお! わしの目に狂いが無ければ、ボーバトンの代表団がまもなく到着するぞ」

 

  その一言に、生徒たちがざわめき出す。暫くして、上空から巨大な馬車が降り立った。並の家よりも大きく、それを12頭の天馬の一種であるアブラクサンに引かれている。

  そこから、1人の巨大な女性が降りてくる。その背丈は2メートルを軽く超えており、ダンブルドアが子供のようにしか見えない。ボーバトン校長、マダム・マクシームだ。

 

「ようこそ、ホグワーツへ」

「おひさーしぶりでーす、ダンブリー・ドール」

 

  ダンブルドアの挨拶に、かなりフランス訛りの強い英語で応じている。その後2,3言葉を交わすと、生徒たちを引き連れて早々と城に入る。それもそのはず、ボーバトンの生徒は皆薄着で、この気候で残りの学校、ダームストラングの到着を待つのは、些か苦だろう。

 その数分後、皆が空を見上げている中、突如湖から低い音が鳴り響く。湖面が揺れ、まるで底にある栓を抜いたかのように渦巻き、その中央から帆柱が突き出てくる。徐々に浮かび上がってきて、やがて姿を表したのは、巨大な船だった。通常は水面を航行する筈の物が水中から浮上する姿は、まるで過去から現れた幽霊船のようであり、船窓から見える灯りが、暗くなりつつある空の元で揺らめき、その不気味さをより一層際立てている。

  やがて、ダームストラングの代表団が上陸してくる。英国(ここ)よりも寒い地域から来たのだろう。皆が分厚い毛皮のマントに身を包んでいた。

 

「やあ、ダンブルドア。暫く。元気だったかね?」

「おお、元気いっぱいだとも、カルカロフ校長」

 

  チラチラとスネイプは様子を確認してくるが、セフォネは肩を竦めてみせる。

 何も起こさないと言っているだろうに、と。

  それでもスネイプが警戒を緩める気配はないが、仕方あるまい。セフォネは軽く溜息をつき、城に戻ろうと踵を返す。だが、より一層ざわめき立つ生徒たちの言葉に、足を止めた。

 

「おい、あれ」

「ああ、間違いない」

 

  何か珍しいものでもいたのだろうか、と再びダームストラングの代表団へ向き直ろうとすると、少し離れた場所にいたエリスに袖を引っ張られた。

 

「どうかしたのですか?」

「どうしたもこうしたも! 見て!」

 

  エリスが指差した方向には、見覚えのある少年がいた。この夏開かれたクィディッチワールドカップで、ブルガリア代表チームのシーカーを務めた、ビクトール・クラムだ。

 

「ああ。ミスター・クラムですか。少々意外です。学生だったんですね」

「反応薄っ! まあいいや。セフォネ、色紙とか書くものとかない!?」

「いや、まあ、ありますけど」

 

  その勢いに、セフォネが一歩後退るが、エリスは2歩進み出る。そして、胸ぐらを掴まんとばかりに迫ってきた。

 

「貸して! 今っ! すぐにっ!」

 

  これがスポーツ選手のカリスマというやつなのだろうか。マグル界では元スポーツ選手が政治家になることがままあると聞くが、この人気ぶりを見ると、それも容易なのかもしれない。

 

「まあまあ。今年度が終わるまで滞在するのですから、機会はいつでもあるでしょう。落ち着いて」

「これが落ち着いていられるかぁ!」

 

  ここだけでなく、あちこちでワーキャーと騒いでいた。そんな様子に呆れながらも、セフォネはエリスを宥めつつ、ダームストラング一行の後について城へ向かう。

  大広間に着くと、既にボーバトンの生徒がレイブンクローのテーブルに陣取っていた。ホグワーツの生徒たちも次々と自分たちの寮のテーブルに向かう中、ダームストラングの生徒は入り口付近で固まっている。彼らを引率するべき校長がダンブルドアについて既に教員テーブルに追加された席に着いており、どうしてよいか分からないのだ。

 

「まったく……」

 

  教師として引率一つ出来ずに、よくぞ校長が務まるものだ。どこに座ればよいか分からず突っ立っている彼らが流石に気の毒であったので、セフォネは彼らのリーダー的立場であろうクラムに話しかけた。

 

『もしよろしければ、こちらへどうぞ』

 

  英国の人間がブルガリア語を話したことに、少し驚いたのだろう。クラムは目を瞬かせたが、やがて頷いた。

 

『ありがとう』

 

  礼を言った彼がセフォネに付いてスリザリンのテーブルに向かったのを契機に、他のダームストラングの生徒もゾロゾロと付いてくる。

 

「ナイス! やるじゃない!」

「流石だ。よくやった!」

 

  何故かエリスとドラコから満面の笑みで褒められた。他のスリザリン生も"グッジョブ"と言わんばかりの表情だ。

 

「いえ、これはそういう……」

 

  有名人を連れ込む、などという意図ではなかったのだが。

 そう、セフォネは言おうとしたが、他寮からとんでもなく敵意の篭った視線を向けられていることに気づき、言葉を紡ぐのを止めた。

 もう、どうとでも思ってくれ。

 

「はぁ……」

 

  今年は疲れることばかりあるような気がする。東洋には厄年という概念が存在するらしいが、今年がそれなのかもしれない。

  よくよく考えれば、去年も去年で結構疲れる年であった。何か悪霊でも憑いているのか。

  そんなふうに思考の海に沈んでいると、どうやらダンブルドアの挨拶が終わったようで、テーブルの上の皿に料理が出現した。今日は外国からの客人がいるからか、普段は馴染みの無い外国料理が並んでいる。

 

「フランス料理ですか」

 

  夏の間にラーミアが1度フランス料理に凝ったこともあり、フランス料理に限ってはそれが何であるか理解できたが、ブルガリア料理は分からない。言語は分かっても、流石に料理は守備範囲外だ。

 

「まあ、どれがデザートかは分かりますが」

 

  と、常の如く甘い物を取っては食していく。

 その横では、予想通りというか予定調和というか、クラムが質問責めにあっていた。普段セフォネの偏食を注意しているエリスも、ドラコと共にワールドカップの時のプレイについてを根掘り葉掘り聞いている。

  そんな喧騒を気にせず、セフォネと同じように料理のほうに夢中になっているダフネは、ブイヤベースが気に入ったらしい。

 

「ねえセフォネ。これなんて料理か分かる?」

「それはブイヤベース。フランスのプロヴァンス地方、マルセイユの名物料理ですね。元は漁師の家庭料理だったそうです」

「ふーん……詳しいのね」

「家のメイドが一時期フランス料理に凝ってたことがありまして」

「料理って主の好みじゃないのね……ホント、あんたの所って変わった主従だわ」

「そうですか?」

 

  自分で思ったことをやりたいようにやってくれて構わない、というのが、雇用主としてのセフォネのスタンスだ。主体的に考えてくれたほうが仕事の質も上がるし、やる気も出てくるだろう。ラーミアに限って"やる気"はまったく問題ないだろうが、それでも、そちらのほうが意欲は湧くし、仕事も楽しいだろう。これは仕事のみならず勉強やその他様々な事にも言えることだ。

 

「おや」

 

 何気なく手に取ったパイが、セフォネの舌に合った。

 かなり甘いが、これは蜂蜜の甘さか。バターも濃厚に感じられる。

 

「これは……?」

 

  ふむ、と料理の名を当てようと記憶を探るが、該当するものはない。さて、どうしたものかと首を傾げるが、やがて隣にいるクラムに聞くことにした。

 

『すいません。この菓子の名前を教えてもらえますか?』

『それはバクラヴァだよ』

 

  質問責めが一段落し、落ち着いていたところに話しかけるのは少し申し訳なかったが、それでも彼は快く教えてくれた。彼の母国語で話しているからか、英語の時のような堅さもなかった。

 

『どうもありがとうございます』

『どういたしまして。それにしても、ホグワーツの人がブルガリア語を喋れるとは思わなかったよ。親戚にブルガリア人がいるのかい?』

『いえ。読書が趣味なものでして。魔法書の中にはキリル文字で書かれたものもありますから。発音に自信はありませんが』

 

 実際に書物を読み解く為に必要だったのは、現代ブルガリア語の祖である古ブルガリア語だったのだが、共通した言語系統を持つ言語は比較的に習得し易い。あくまでセフォネの基準の話ではあるのだが。

 

『いい発音だと思う』

 

 先程言った通り、習得の経緯が"読む"為であったため、発音に自信はなかったが、セフォネは凝る時はとことん凝る性格であり。

  ネイティブスピーカーのお墨付きを貰えるほどのものであった。

 

『ふふっ。お褒め頂いて光栄です』

 

  セフォネが柔らかく微笑みかけると、あまり変化が無いながらも、クラムは僅かに照れているような表情を見せる。その様子が可笑しくて、セフォネはクスリと笑った。

 

『そ、そう言えば、君は確かワールドカップの時に貴賓席にいたよね?』

『あら、覚えていて下さったのですか?』

 

  それを言うならそこにいるエリスもドラコもいたのだが、試合直後のことだ。そこまで周囲に気が回ってはいなかったのだろう。

 

『1つお聞きしたいのですが、何故貴方は負けると分かっていながら、試合を終わらせたのですか?』

『あの状況で点差を縮められるとは思わなかったからだ。あの決勝の舞台でみっともない負けはしたくなかった。だから、僕は僕の手で勝負を終わらせたかった。それに、負けることは何も悪いことばかりじゃない。それを糧にして次に繋げることが出来る』

 

  何度も聞かれたことだからか、クラムは淀みなく答える。そして、恐らく次に返ってくる反応も予測していることだろう。

 

『潔く負けを認める。なるほど、騎士道精神……のようなものでしょうか。私は騎士でも、ましては男でもありませんから、あまり良く理解出来ませんが』

 

  人はそれを勇敢だと褒め讃える。しかし、セフォネはそれとは少し違う感想を抱いていた。

 

『でも、もし私がそのような場面に出くわしたのならば、負けを認めはしないでしょうね』

『え?』

『あくまで私事ですが、何分諦めの悪い質でして。美しく負けるのであるならば、地を這ってでも、いかなる手段を用いようと勝利したいのですよ。もっとも、このような考えは、スポーツマンシップとは大分かけ離れてますけれど』

 

  セフォネにとって"負け"は認め難いものである。"負け"とは即ち弱さの現れであると思ってしまうから。そして、他人に弱さを見せることは、セフォネが何よりも嫌い、恐れていることだから。

  その"負け"を認めることを、逆に"強さ"だと思う。それは、セフォネには得ることの出来ない感情だ。

 

『しかし……私は貴方の考えは美しいと感じます。そのように、負けを恐れず次に繋げることは、私には真似出来ませんから』

 

  だから、セフォネはクラムの考えを"勇敢"ではなく"美しい"と思うのだ。

  その真っ直ぐなあり方が。

  歪んでいる自分には、とうてい出来ないそのあり方が。

 

『……褒められた、んだよね?』

 

  普段言われることと、少し違っていた為か。クラムはやや混乱しているような、セフォネの言葉を上手く咀嚼出来ていないようだ。

  そんな彼にセフォネは微笑みかける。

 

『勿論です。貴方のあり方は美しい。皆はそれを勇敢だと表現するのでしょうが……私には、美しく思えます』

 

  そこまで言っておいて、セフォネはふと我に帰る。ほぼ初対面の相手に、何を感傷的なことを語っているのだろうか。

  少しばかり気恥ずかしくなり、誤魔化すようにゴブレットを傾け、冷えた飲み物を口に含む。心無しか顔もやや火照っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時は来た。3大魔法学校対抗試合は、今まさに始まろうとしておる。さて、箱を持ってこさせる前に、二言三言説明しておこうかの」

 

  食事が終わり、卓上の大皿の上から料理が綺麗さっぱり消え去ると、ダンブルドアが立ち上がって声を張り上げた。

 

「進行の手順を説明しなければなるまいて。その前に、ご紹介しよう。魔法省からお越し下さったバーテミウス・クラウチ氏とルード・バグマン氏じゃ」

 

  バグマンは元々がクィディッチ選手であったこともあってか、生徒たちの拍手に陽気に手を振って答えているが、クラウチのほうはいかにもお堅い役人といった雰囲気で、無愛想な表情を全く変えない。

  拍手が鳴り止むと、ダンブルドアは説明を始めた。

  第一に、審査員は今紹介した2人と各学校長の計5人で務める。

  第二に、代表選手の選定は"炎のゴブレット"が行い、参加希望者は24時間以内に必要事項を記入した羊皮紙をこれに入れなければならない。なお、規定された年齢に満たない者が候補出来ないように、ダンブルドアが自ら"年齢線"を引く。

  第三に、代表として選ばれた者は魔法契約に拘束され、最後まで試合を戦い抜くことを強制される。故に、軽々しく名乗り出てはならない。

 

「では、解散じゃ」

 

  その一声で、皆が席を立ち、寮へ向かって帰っていく。その道中の話題は、間違いなく3校対抗試合についてだろう。

  地下牢のスリザリン談話室では、17歳以上の上級生は集まって出場するか否かを話し合い、その年齢以下の生徒たちは、誰が出場するのかを予想し合い。

  それも、時計の短針が12に近づくにつれて、1人、また1人と寝室に向かっていく。

  そうして皆が寝静まった深夜3時。1人の男が玄関ホールに現れた。ホグワーツ教師のアラスター・ムーディ、ではなく、彼に変装した死喰い人であるバーテミウス・クラウチ・ジュニアだ。

  ジュニアは魔法の眼で辺りを見回した後、地下牢に続く階段の入り口に、普通の眼の視線を向けた。

 

「いたのか」

 

  すると、闇の中から滲み出てくるようにして、1人の少女が姿を現す。

 

「ええ」

 

  少女はローファーの音を響かせてジュニアの元に歩み寄る。窓から差し込む月光に照らされて、徐々にその容姿が顕となっていく。蒼銀の光を反射し、より一層妖しさを引き立たせる艷やかな黒髪と、アメジストを連想させる紫の瞳を持つ少女。

  見紛うことはない。彼女はこの学校の生徒であり、尚且つその若さでブラック家の当主として君臨する、ペルセフォネ・ブラック。

 

「生徒がこんな夜中に校内をうろつくとはな。教師として、お前には罰を与えなければならないと思うのだが?」

「今私の眼前にいる人物が本物の教師であるのならば、甘んじて罰則を受けましょう」

 

  相変わらず何を考えているのか分からない、まるで仮面でも被っているかのような笑みを浮かべるセフォネを見て、ジュニアは少しばかり警戒する。

  先日、彼女に正体が露呈した時はもう終わりかと思ったジュニアだったが、意外にも彼女は闇の帝王の復活を見逃すばかりか、手を貸すとまで言ってきた。考えてみれば、彼女は純血の王族ブラック家の末裔。ベラトリックス・レストレンジなど、多くの死喰い人を輩出した名門の当主たる人物。

  よって、彼女を死喰い人として迎える算段まで付けようとしたが、それは断られた。曰く、"自分は純血主義者ではないから"と。あのブラック家が墜ちたものだと憤慨しかかったが、それよりも、純血主義者でないにも関わらず自分に手を貸す理由が気になった。

  それを問うと、彼女は"あくまで利害の一致"だと言い、"来年は敵かもしれない"と答えた。怪しいことこの上ない。

  それでも、彼女という協力者を得ることには、かなりのメリットがある。ハリー・ポッターと僅かながらも親交があり、さらにあの魔法技術の練度の高さ。同時に2本の杖を、しかも両方とも違う魔法を使用するという離れ技。容易に出来るものではない。

 

「して、やはり錯乱させるおつもりで?」

 

  セフォネはチラリとゴブレットに視線をやる。ジュニアは彼女に対しての考察を止め、今からの任務に集中することにした。

 

「ああ。これに"存在しない4校目"があると思わせ、その代表をポッターとする」

「……その計画、少しばかり変更出来ませんか?」

「何?」

「このゴブレットに"存在しない学校"があると思わせることが出来るならば、それに加えてホグワーツの存在がないと思わせることも出来るのでは?」

 

  彼女は要するに、ホグワーツ校の正規代表を選出させず、その存在すら認知させないようにしようと言っている。

  少しばかり術に手を加えれば、"ホグワーツ"と書いてある出願用紙を認識出来ないようには出来る。そもそも強力な魔法具である"炎のゴブレット"を錯乱させられる時点で、ジュニアが優秀な魔法使いであることは、語るに及ばない。

 

「少し時間をかければ可能だが……何故だ? ホグワーツを除外して何のメリットがある?」

「考えてみて下さい。4人の代表選手が争えば、ハリー・ポッターの勝率は4分の1。しかし、3人で争えば3分の1。いくら貴方が手を貸すことが前提だとしても、彼の性格上、教師陣の手は借りずにやり遂げようとする可能性も無きにしも非ず。加えて、対抗馬が1人でも減ったほうが、貴方も工作し易いのではないですか?」

 

  それを聞き、ジュニアは考える。自分の主人から命じられたのは、今回の3校対抗試合を利用し、ハリー・ポッターを特定の場所に誘導すること。それをダンブルドアの監視下で成すのは容易ではない。

 しかし、自分の力を主人に認められることが、最大の夢、最大の望み。故に、失敗など出来ない。彼女の言う通り、少しでも確率を上げておくのが妥当だろう。

 

「……確かにそうだな。それに、ホグワーツ代表に純血が選ばれてしまった場合、それを貶めるのも些か憚れる……さて、周囲の警戒は任せたぞ」

「了解致しました」

 

  セフォネはローブから人型の紙を取り出すと、それを宙に放った。10枚ほどあるそれらは彼女によって目くらまし術を掛けられ姿を消す。

  それを見届けたジュニアは年齢線を超えると、ゴブレットに杖先を向け、作業を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  10月31日の夜、ホグワーツでは毎年恒例のハロウィーンパーティーが開かれている。例年と違う点と言えば、数十人の来客と、前に置かれた"炎のゴブレット"。

  そう、この2つだけが常と違う点。それは即ち、毎年起こってきた何かしらの"トラブル"も健在であるということだ。

  3年前はトロール。2年前は秘密の部屋。去年はシリウス・ブラックによる襲撃。そして今年は―――

 

「さて、もうすぐゴブレットが代表選手の選抜を終える頃じゃろう。名前を呼ばれた者は前まで出てきて、隣の部屋に入るように。そこで、最初の指示が与えられるだろう」

 

  ダンブルドアが杖を一振りし、大広間の照明を全て消す。"炎のゴブレット"の青白い炎だけが輝きを放つ空間は、沈黙に包まれた。

  皆の目がゴブレットに向けられている中、ゴブレットの炎が赤く変貌し、1枚の紙を吐き出した。宙をひらひらと舞う紙を捕まえ、ダンブルドアはそれを読み上げる。

 

「ダームストラングの代表選手は―――ビクトール・クラム!」

 

  拍手と喝采が巻き上がり、昨日と同じようにスリザリンテーブルにいたクラムは立ち上がる。そして前へ出ていき、隣の部屋へと消えた。

  その直後、ゴブレットが再び赤く燃え上がり、紙を吐き出した。

 

「ボーバトンの代表選手は―――フラー・デラクール!」

 

  シルバーブロンドの髪をたなびかせた少女が優雅に立ち上がり、レイブンクローとハッフルパフのテーブルの間を滑るように進んでいく。

  彼女が隣の部屋に入ると、段々とざわめきが止んでいき、静寂が訪れた。誰がホグワーツの代表として選ばれるのか。注目が集まる中、ゴブレットは焦らすように青白い炎を揺らめかせている。

  3度ゴブレットが赤く燃え上がるには、先の2回よりも時間が掛かった。そして、満を持して3人目の代表選手の名が書かれた紙を吐き出す。

 

「そして……」

 

  ダンブルドアはそれを広げ、見た瞬間に固まる。僅かに目を見開き、暫しの間沈黙していた。何かあったのかと、生徒たちがヒソヒソと喋り、2校の校長と魔法省の2人、残りのホグワーツ教員たちが訝しげな視線を向ける中、ダンブルドアは皆を静めるように、1つ咳払いをし、読み上げた。

 

「……()()()()代表選手は―――ハリー・ポッター」

 




復讐は蜜より甘い………セフォネさんは愉悦部に体験入部したそうです(クラウチ、カルカロフに対して限定)

ハリーはホグワーツ? 代表………全国のセドリックファンの皆様に朗報と悲報。彼の死亡フラグはレダクトされました。しかし、このSSでの出番はアバダ・ケダブラされました。



ご無沙汰しています。皆さんはポケモンGOをやっていますか? 私はfate/goをやっています。
それはさておき、前回の後書きでは1試合目まで終わらせるとか言いましたが、ここまでで1万字を超えており、キリのいいところで切りました。といっても、試合の展開はセドリックがいないだけで殆ど変化はありませ……あ。セドリックいなかったらハリーって金の卵の謎解けないんじゃ……。
まあ、なんとかします。次回は8月中に上げられるといいなぁ。

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