ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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対面

 シャワーヘッドから熱い湯がセフォネに降り注ぐ。緩くパーマがかかっている髪が濡れて肌に吸い付き、前髪が目を覆い隠すが、セフォネはそれを意に介することもなく、シャワーを浴び続けている。

 今セフォネがいるのは、スリザリン寮の女子用浴室だ。辺りには人はいない。それもそのはず、今は午後の授業中。浴室どころか寮にはセフォネしかいない。

 

(……アラスター……ムーディ…)

 

 3日前、セフォネは感情による魔力の暴走を起こして傷を負い、つい先ほどまで医務室のベッドの上にいた。しかし、午後の授業終了後には、ダンブルドアが設けたムーディとの会談がある。清めの呪文が掛けられていたからといって、3日間寝たきりの状態からいきなりの対面は憚れる。故に、マダム・ポンフリーに早めの退院許可を貰い、身なりを整えようとしている最中なのだ。

 

『 アラスターもまた心に傷を負ったのじゃ。無実の人を殺したことによって、彼は今もなお自責の念に捕らわれ、自分を攻め続けている 』

 

 先日のダンブルドアの言葉。

 言われなくとも分かっている。闇の魔法使いを屠る職に就いている彼が、無実の人間を殺害し、平然としていられるわけはない。事実、彼は事件後の調査でブラック夫妻の無実が証明されるとすぐに辞職、裁きを求めた。だが、魔法省の揉み消し工作によってそれは有耶無耶になり、スクープ後はムーディの正当防衛が認められ無罪放免。

 確かに彼は悪くないのだろう。責任の所在は討伐命令を出したクラウチにあるのだし、そもそもの元凶は司法取引の際に不確かな情報を渡したカルカロフなのだから。

 

(…分かってはいるんだ………)

 

 セフォネは湯の蛇口を閉じると、水の蛇口を一気に開いた。僅かに湯が出た後、凍り付きそうな冷たさの水がセフォネの身体に刺さる。その急激な温度差に息が詰まり心臓が跳ねるが、病み上がりで本調子ではなかった頭が一気に冴え、身体の気怠さも飛んでいった。

 俯き気味だった頭を上げると、湯気で曇っていた鏡が段々と晴れていき、自分の身体を反射しているのが目に入る。だがしかし、セフォネの脳裏に浮かび上がるのは、自分と瓜二つである母の姿だ。

 あの日、自分を庇い魂を食われた姿。

 それに続くように浮かぶのは、駆け寄ってきた父が呪いに撃たれ、血を噴き出しながら倒れた姿。

 そして、父の最後の力で部屋から逃された自分が最後に見た、襲撃者―――

 

「…っ……!」

 

 記憶の奥底に封印されていた感触が蘇る。全身に浴びた、紅い血液。鉄の匂いがする、生暖かくて、肌に纏わりついたまま剥がれない、嫌な感触。

 

「…っ……あああああぁぁああああぁあぁぁぁっ!」

 

 叫び声と共に魔力が吹き荒れ、目の前の物だけでなく浴室全ての鏡が割れ、その他の備品も弾け飛ぶ。

 何故セフォネがこれほどまでにムーディに対して憎悪を抱くのか。それは両親を直接手に掛けた者だからであるがしかし、もう1つ理由がある。

 それは、記憶の奥底に封印している――いや、封印していたトラウマを呼び覚まされるからだ。

 1年前、吸魂鬼によってその断片を引き摺り出され、そしてムーディを見てしまった瞬間、全てを思い出した。

 戦闘の音。吸魂鬼による冷気。冷たくなった母。生温かい血の匂い。締まりゆく扉の隙間から見えた、父の死の瞬間。

 その光景は、齢2歳の少女の心で耐えきれるものではなかったのだろう。セフォネは事件後、そのことを全く覚えておらず、それどころか、前後一週間の出来事すらも忘れてしまっていたのだから。

 フラッシュバックによる心の負荷は、感情と魔力の暴走として表面化する。

 

「…ぁ…はぁ…はぁ……」

 

 だがしかし、魔力の暴走は流石に3日前のようにはならず、浴室をある程度破壊したまでに留まったようだ。

 暴力的な魔力の奔流はだんだんと収まっていく。

 セフォネは落ち着いた後、水が出たまま床に転がっているシャワーを拾った。

 

「…このままでは駄目……しっかり…しないと」

 

 感情を剥き出しにするのはここまでだ。

 怒りに満ちた表情の上に、笑みという仮面を被る。いつもよりも、しっかりと。

 

「…行きますか」

 

 冷水を浴び続けたおかげで身体が冷え切ってしまったが、同時に頭も冷えた。

 セフォネは浴室から出る。

 そして、身体の雫を拭って下着を着け、洗いたてのシャツに袖を通した時だった。

 

「……?」

 

 セフォネは浴室から出た後すぐに、今現在授業中のムーディの教室に式札を配置し、敵情視察として講義を盗み聞きしていた。

 その時、違和感を覚えたのだ。

 

(…禁じられた呪文を教えるのは分かるとして…ネビル・ロングボトムに磔の呪文を見せ付けた…? …授業の一貫としてなら、まあ理解は出来ますが……しかし、そう言えば…)

 

 見舞いに来てくれたエリスとダフネの話によると、どうやらドラコがイタチにされ、体罰紛いのことをされたらしいのだ。

 いくら彼の父が死喰い人であり、そして彼がハリーに対して奇襲をかけたからと言って、いくら彼が耄碌した老兵だとしても、行動に違和感を覚えずにはいられない。

 仮にも後世の闇祓いの教育に携わっており、またダンブルドアに教師として迎えられた者なのだ。最低限の教育モラルは有しているはず。

 

(…いや、考え過ぎでしょうね……所詮はボケ老人ということでしょうか)

 

 余計な考えを振り払うと、セフォネは身支度に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、セフォネはムーディの部屋の前に立っていた。追跡させておいた式札は破壊されたらしく、中の様子は外からでは分からない。

 ふっと息を短く吐き出した後、ドアノブに手を掛ける。が、セフォネがそれを回す前に、ドアが開き、中から1人の男子生徒が出てきた。

 ぽっちゃりした丸顔のグリフィンドール生。ネビル・ロングボトムだ。その目は赤く、授業でのショックからはまだ完全に立ち直ってはいないようだ。

 本を1冊抱えた彼はセフォネを見ると驚き、上体を仰け反らせる。

 

「ご機嫌よう」

「あ、ああ……」

「中にムーディ教授はおられますか?」

「…うん」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 彼とは旧知の仲である。だが、同学年ではあるものの、敵対する寮に所属しているせいか、見かけることはあっても声をかけたことは無かった。

 彼と言葉を交わすのは、一体幾年ぶりだろうか。祖母が死ぬ前、すなわち復讐に妄執する前に病院で会話したくらいだから、10年ぶりになるのか。

 セフォネは時間の流れの速さに、1人感慨に耽りかける。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 ネビルは終始オドオドとしており、そそくさと立ち去っていく。まあ、何かにつけて彼にちょっかいを出しているドラコ一味と仲が良い自分も、彼にとっては警戒される対象なのだろう。

 気を取り直し、セフォネは既に開いているドアをノックし、自分の訪問を伝える。

 

「ブラックです。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ」

 

 部屋の奥から唸るような低い声が聞こえた。

 

「失礼致します」

 

 彼の部屋は闇の魔術を探知する魔法具がいくつも設置してあった。これで式札の存在がバレたのだろう。

 中央にはテーブルがあり、椅子が2つ置いてある。その1つに、ムーディは腰掛けていた。

 

「座るといい」

 

 ムーディは顎で、空いている椅子を示す。見た限り何かの仕掛けがあるわけでもなさそうで、魔力の残滓も感じない。

 なので、セフォネは勧められるままに腰を降ろした。

 

「茶などは用意しておらんし、仮にあったとしても飲まないだろう」

「ええ。仰る通りで」

「正しい選択だ。時に、あの追跡装置はお前のか?」

「その通りです」

「ふん。これはまた珍妙なものを」

 

 流石に覚悟を決めてからきたからか、3日前程の感情の高ぶりはなく、また直前に頭を冷やしてきたおかげか、魔力の暴走も、その兆しを見せない。

 こうして軽く話をする程度には落ち着いていた。

 

(…乗り越えるべきもの…か)

 

 その通りだと思う。いい加減に意味のない復讐心に終止符を打たねばなるまい。

 

「……さて」

 

 ムーディは深々とため息をつく。まるで、何か言いづらいことを言い出そうとするかのように。

 

「ブラック……まずわしは、お前に謝罪せねばなるまい……いや、それで許されるようなことではない。だが、言わせてくれ……本当にすまなかった」

 

 しかしセフォネは、ムーディの謝辞を一刀の元に切り捨てる。

 

「私は謝辞を求めてここに来たのではありませんわ。貴方から聞きたい事は他にあります」

 

 謝罪など要らない。どんなに謝ろうと、それはただの言葉に過ぎない。そんなものでは、セフォネの気は収まらない。

  いや、何があろうと気は収まらないだろう。だからこれは、互いの気持ちに区切りをつける為の話し合い。

 

「あの時の話を聞かせて頂きたいのです。全ての始まりから」

 

  区切りをつける為に、セフォネは全てを知ろうと思った。

  事件の全容は祖母に聞いた。だがしかし、当事者から直接聞いたことは無い。その当事者というのも、事件現場にいたという点においては、自分か彼しかいないのだ。

  ならば、彼から話を聞くのが筋というもの。

 

「始まりから……か。ああ、分かった。あれは――」

 

  自分から要求したのだから、覚悟はしていた。していたが、やはり感情を無にして聞くには、その話はあまりにも心を乱す。それでも、落ち着こうと努力した。

  一々反応してどうするのだと。

  感情を剥き出しにしてどうするのだと。

  顔に鉄仮面を。心に鎧を。

  他人に弱みを見せるな。怒りとは、感情とは、即ち己の内面であり、最も脆い部分なのだから。

  ダンブルドアが言っていた"乗り越える"とは、恐らくこういうことではないだろう。だが、今の自分には、これが精一杯だ。

 

「――わしはお前の父親を死喰い人だと思い込んでいた。ここで逃してはならないと。そして何より、お前の父親は強かった。わしの左目を奪ったほどにな。それに、あいつは最後までわしに抵抗した。あの時はそれを"忠誠心"だと思っていた。だがあれは――」

 

 ――"愛"だったのだ

 

(…愛……か)

 

  奇妙な縁もあったものだ。ポッター一家がヴォルデモートに襲撃されたさいに、ハリーを、息子を守る為に母が掛けた護り。それは"愛"ゆえのものだった。

  そして、父が最後まで抵抗した理由もまた"愛"。

  かつてセフォネは、全ての感情を怒りと憎悪に染め、復讐に囚われていた。そんな自分を解放してくれたのも、母の"愛"。

 

「そう……ですか」

「ああ」

 

  暫しの間、2人の間には静寂が流れる。

  やがて、セフォネは口を開いた。

 

「貴方は今でも、父を……アレクサンダー・ブラックを手に掛けたことを、悔いていますか? 本心からそうだと言えますか?」

 

 顔を伏せていたムーディは、セフォネの眼を真っ直ぐ見据える。

 

「ああ」

 

  そしてそれを機にセフォネは開心術を掛けた。

  言葉などいらない。

 どの程度彼が悔恨の気持ちを抱いているかを見るために。

 彼の心を知る為に。

  最愛の母の心を知る為に会得した技術で、敵の心を知ろうとした。

 

 ――しかし、セフォネが見たものは、予想だにしないものだった。

 

「っ!? ……これはっ!?」

 

  目の前に広がる光景は、呪文に撃たれるムーディの姿。鼠のような小さな男。それより時を遡ると、服従され床にひれ伏す男と、漆黒のローブにくるまれた何か。その何かは、ゆっくりと振り向き――

 

コンフィルマンダス( 身体強化 )!」

 

 身体強化呪文。文字通り身体機能を上昇させる魔法であり、"姿表し"同様杖を所持しさえしていれば発動出来る。これによりセフォネは通常の倍以上の瞬発力、跳躍力で真横へ飛び退り、ついさっきまで座っていた椅子はムーディが放った呪文に破壊され、四散する。

 

「チィッ! 外したかっ!」

 

 ムーディが次の攻撃体制に移る前に、セフォネは失神呪文を放つが、ムーディは盾を展開しそれを防御。跳ね返った呪文は部屋の隅にあったトランクに当たり、トランクが宙を舞って騒音を奏でながら地面に落ちる。

 そして、2人は互いに杖を向けたまま、膠着状態に陥った。

 

(…持久戦は駄目……)

 

 今自身に掛けている身体強化呪文の効力は3分が限界であり、それ以上は身体へのフィードバックが大きく、病み上がりの身での行使は現実的ではない。

 ならば、こちらから仕掛ける。

 

「ステューピファイ!」

「オブリビエイト!」

 

 セフォネは詠唱あり、高威力の失神呪文を放つ。それに対抗し、ムーディは1コンマ遅れで忘却呪文を放った。こちらもかなりの威力で、2本の閃光はぶつかり、火花を撒き散らす。

 そこでセフォネは左腕の袖を降り、あらかじめローブの袖に仕込んでおいた杖を左手に取った。

 それにムーディが気付いた時には既に遅く、2本目の杖から放たれた妨害呪文が、彼の身体を吹き飛ばす。

 

「がはぁっ!」

 

 身体を強かに壁に打ち付け、その衝撃で一瞬意識が遠のいたであろうムーディは、体勢を崩して前のめりに倒れかける。が、セフォネは重厚な鎖を出現させ、両手を拘束してその場に吊るしあげる。

 

「ふふっ…あはっ……あっははははははははは!」

 

  一体何だと言うのだろうか。

  ムーディだと思っていた人物は全くの別人で、長らく自分を支配していた気持ちに区切りをつけるために、今まさにつけようと聞いた言葉は全て、赤の他人の言葉。

 

「これでは道化だよ……全く…」

 

  可笑しい。可笑し過ぎる。嗤いが止まらない。

 

「くっ……!」

 

 ムーディは急に嗤い出したセフォネを睨みつけようとするが、開心術を警戒してかサッと顔を背ける。

 

「ああ可笑しい……ふふふっ」

 

 その様子を見てセフォネは口元を三日月型に歪め、くつくつと喉を鳴らして嗤いながら、彼に近寄る。

 

「あら……ふふっ………反抗的ですこと」

 

  数分後、彼の顔が突如、文字通り歪み始め、骨格も変化してゆき、やがて変身を終えた、いや、変身が解けた男の顔から義眼が落ちた。

 

「ふふふっ……さて、改めて自己紹介して頂けませんか?」

 

 鎖に吊るされているのは、もはや老人ではなく、30〜40歳くらいの男だった。その顔は一部分もムーディとは似ていない。

 

「………」

「あら、だんまりですか? 女性を無視するとは、紳士的ではありませんね、ミスター・クラウチ」

 

  その表情は、何故に歪んでいるのだろうか。正体を見破ったセフォネに対する怒りか。見破られた自分自身に対する怒りか。

  セフォネは彼の顎に杖を突き付け、強引にこちらを向かせる。

 

「それでは見せて貰いましょう……貴方の全てを」

 

  何が目的なのか。あの黒い人影は一体何なのか。

  道化を演じさせられた自分には、それを知る権利くらいあるだろう。

  そんな論理武装でもって、セフォネは仕返しと好奇心を満たそうと、その呪文を囁いた。

 

「―――レジリメンス―――」

 




コンフィルマンダス《身体強化》………身体強化呪文。本作オリ魔法。持続時間は3分。

ムーディ(クラウチ)正体ばれ………バレちゃったテヘペロ(・ω<)

対ジュニア戦………アズカバンではワームテールを踏み付け。そしてジュニアは拘束。やっぱりこれってご褒……

袖に仕込んだ杖………袖から武器出すってロマンですよね。某タクシードライバー然り。



2ヶ月ぶりです。なんと、今日はラーミアの誕生日なんです。ということで一話絶対に投稿したかったので、模試3日前にも関わらず投稿しました。あー模試ぃ……ま、いっか。
次回の投稿はいつになるか分かりませんが、ハロウィンと第一試合くらいまで終わらせたいと思います。

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