ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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父の仇

〜日刊予言者新聞・1985年3月22日号1面〜

 

――ブラック家の惨劇! 隠蔽された真実――

 

  今から3年前の1982年の3月22日。元死喰い人イゴール・カルカロフ氏の司法取引による証言に基づき、当時の魔法法執行部長バーテミウス・クラウチ氏は最強と呼ばれた闇祓いアラスター・ムーディ氏と吸魂鬼(ディメンター)をブラック邸に派遣し、アレクサンダー・ブラック氏を殺害、並びにデメテル・ブラック氏に吸魂鬼(ディメンター)の接吻を施したという重大な事実が判明した。

  ブラック夫妻が死喰い人であった証拠などは一切無く、潔白そのもの。これは史上空前の冤罪事件である。

  このことを我々にリークした、被害者2人の娘で現在のブラック家当主、ペルセフォネ・ブラック氏によると、魔法省はこのことを3年間隠し続け、さらには隠蔽工作まで行おうとしていたらしい。

(ブラック家についての特集記事は5面へ)

 

  この件に関して魔法省は、「事実を確認中である。コメントは控えたい」と表明しているが、我々の独自の裏取りによれば、紛れもない事実である。

  今後魔法省はどのように対処するのか。責任の所在は一体何処であるのか。迅速な対応が求められる。

 〈記者・バーナバス・カッフ〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「パーティー用のドレスなんて、何に使うんだろうね?」

「さあ? 今年は3大魔法学校対抗試合が開かれるから、その関係じゃない?」

「え、何それ?」

「あら、知らない? って、そういえばこれ極秘事項だったわ」

「言っちゃってるじゃない。教えてよ」

「ええと、確か父親の話だと―――」

 

 エリスとダフネの会話が遠ざかっていく。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と規則的な振動が、ここ暫くまともに寝つけていなかったセフォネを、眠りの世界へと誘った。そしてセフォネは夢を見た。吸魂鬼によって記憶の奥底から蘇させられた、あの日の夢だ。

 

  魂を吸われていく母に伸ばした手。その瞬間、眩い光が辺りを埋め尽くし、何も見えなくなる。視力が戻った時には、足元に母の抜け殻が転がっていた。

 

『デメテル!』

 

  父の声が聞こえ、セフォネは振り向いた。父はこちらに視線を向けていた。そして、駆け寄ってくる。しかし、父は辿り着く前に紫色の光線に撃たれた。途端に、彼の肩から腰にかけて、剣で斬りつけられたかのような傷が浮かび、血が吹き出す。

 

『がはっ……!』

 

  父はセフォネの目の前で倒れ、セフォネは父の血を全身に浴びた。

 

『パパ!』

 

  セフォネは父に駆け寄ろうとしたが、杖の一振りでドアの向こうまで飛ばされた。そしてドアがひとりでに閉じていく。

 

『セ……フォネ……に……げ……ろ………』

『パパ!』

 

  ドアが閉じる前にセフォネが見た光景は、出血した左目を抑えた男が杖を構えて、虫の息の父に静かに歩み寄っていく姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セフォネ? セフォネ!」

「…ぅん……」

 

  列車のものとは違う、頭がグラグラ揺れる程の強い振動。それによってセフォネの頭が強制的に覚醒していく。窓にもたれ掛かって寝ていたセフォネは、エリスに揺り起こされたのだ。

 

「…ふぁぁ………はい…?」

「はい、じゃなくて。もう着いたわよ」

 

  いつの間にかに、ホグワーツ急行はホグズミード駅に到着していた。

 

「ああ、もうですか。すみません」

「エリスがセフォネを起こすなんて、普段と逆パターンね」

 

  向かい側の席に座っているダフネが、自分のトランクを荷物棚から降ろしていた。セフォネのトランクは既にラーミアが持っている。

 

「ありがとう」

 

  セフォネはラーミアに礼を言うと、杖でトランクを叩いて浮かせた。

 

「ねえセフォネ。具合悪い?」

 

  駅に降りる列に並んでいる最中に、エリスがセフォネの顔を覗き込んだ。

 

「どうしてですか?」

「なんとなくだけど、何時もより顔色悪いし、目も充血してるし。隈も出来てるじゃない」

「最近寝不足気味で。やっぱり目立ちます?」

「あんた元から白いからあんま気付きにくいけど、隈はちょっと」

 

  外に出ると辺りは一面真っ暗だった。本日の天気は生憎の雨。時々雷がなるほどの豪雨である。今年の入学生はこの中をボートで湖を渡らねばならないのかと思うと、少し可哀想だった。

  防水呪文を掛けたローブのフードを被り、首元まできっちりボタンを止めて雨風の侵入を防ぐと、5人は馬車に向けて歩きだした。

 

「そういえば、なんで寝不足なの?」

 

  何気ない口調でエリスが尋ねるが、セフォネは一瞬回答に躊躇した。

 

  数週間前、闇の印の下でクラウチに遭遇した時、草むらに隠れていたセフォネは、無意識に懐の杖を握っていた。あの場で自分の知り合いが冤罪を掛けられているという状況がなければ、セフォネはそのまま杖を抜き、クラウチに向かって死の呪文を放っていたかもしれなかったのだ。

 それにクラウチを見た瞬間、セフォネは頭の奥で何かが弾けるような感覚がした。誰かが油をまいたかのように、いまだにセフォネの中で燻り続けている復讐の炎が一気に燃え上がり、一瞬だけだったが、セフォネの頭の中はクラウチを殺すことだけを考えていた。

  ワールドカップが終わり家に帰ってからも、炎の勢いは無くならなかった。まるで昔に戻ったかのようだった。そんな自分がいる中で、もう1人、復讐は無意味だと主張する自分もいた。

 

 ――復讐しても私は笑えない。

 

 "笑って生きて笑って死ねる、そんな人生を生きて"。それが母の願いだ。加えて、母は復讐を望んではいなかった。それに仇を殺したからといって、父と母が生き返る訳ではない。

 だがしかし、この身を焦がすほどの、この湧き出る憎悪は、この闇よりも黒い感情は、この想いは何処で晴らせばいいのか。一体自分はどうすればいいのか。

 

 この2週間、セフォネはせめぎ合う想いで精神を疲労させていた。そして軽度の不眠症に陥ったのだ。

 まあ、そんなことを言う訳もなし、セフォネは適当に言い訳した。

 

「本を夜通し読んでしまって。ありません? 1回没頭すると睡眠も忘れることって」

「分かる! お姉ちゃん昔全20巻の恋愛小説を2日間寝ないで読んでたし!」

「リア! 余計なことを……」

 

  ダフネが妹を小突き、頬を赤く染める。普段のキャラからしてみれば、彼女が恋愛小説を読むことは想像し難い。いいことを聞いた、といわんばりにセフォネとエリスはニヤリと笑った。

 

「へえ、ダフネも恋愛小説読むんだ」

「少々意外ですね」

「あ! あれが馬車ですか?」

 

  ラーミアが指差した先には、何百台ものセストラルに繋がれた馬車が並んでいた。

 

「変な馬ですね。どちらかと言うとドラゴンみたい」

「馬?」

「馬なんて何処にもいないよ?」

 

  ダフネとアステリアが首を傾げている。だがしかし、ラーミアには見えていたのだ。骨ばっていてドラゴンの様な翼を生やした馬が。

 

「え? でもここに……」

 

  ラーミアは近づいて馬を撫でる。感触は確かにあった。ダフネとアステリアは顔を見合わせて不思議そうにしており、エリスは何故だか知っているので説明しようと口を開いた。

 

「セストラルよ」

「なるほど」

「「セストラル?」」

 

  ダフネは納得がいったらしいが、2年生2人はまだセストラルを知らないようで、セフォネが補足する。

 

「空を飛ぶ馬の天馬の1種で、死を見たことがある人間にしか見えないのです」

「死を見る?」

「ええ。誰かの命の灯火が消える刹那を、その目で見たことがあるか、ということです」

「死ぬ瞬間を……」

 

  彼女はセフォネに出会う前、数週間とはいえスラム街でのストリート暮らしだった。そこは地の果てのような、世の中の底辺のような場所。ラーミアは10歳でその生活を味わった。無論、人が死ぬ様も見たことがある。

  ラーミアは昔を思い出して表情を曇らせたが、ラーミアは即座に表情を繕った。その辺りもセフォネから学びとったのだろう。

 

「セフォネ、ひょっとして貴方も……」

「ええ、まあ」

 

  セフォネはラーミアの隣までいくと、そっとセストラルを撫でた。

 

「さて、早く乗りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  例年通り、新学期の初日の夜は新入生歓迎会が大広間で開かれた。新入生は皆、頭から水を被ったかのようにびしょ濡れで、寒そうに震えていた。

 

「うわぁ……風邪引かないといいけど」

 

  濡れたローブを杖で乾かしながら、エリスが呟いた。在校生も皆雨のせいで濡れており、きちんと対処しなかった者は頭から水浸しになっている。

  組分けが終わると、目の前に置かれた皿に料理が現れ、腹を空かせた生徒たちが一斉に食らいついた。

 

「相変わらずの甘党だな、君は」

 

  最早自動的にセフォネの周りにはデザート類が集まっており、セフォネは当たり前のように甘いものしか食していない。その様子はもはや4年目ながら、正面に座ったドラコがやや呆れ気味である。

 

「貴方とて、肉類しか食さないではないですか。野菜も食べなければ駄目ですよ?」

「貴方が言う台詞じゃないわよ」

 

  エリスがセフォネにツッコミをいれつつ、セフォネにはステーキを、ドラコには野菜を盛った皿を渡す。

 

「バランス良く食べなさい」

「お母さんが1人増えたわね」

 

  その隣でダフネがひとりごちた。

  食事が終わると、ダンブルドアが立ち上がった。

 

「さて、皆よく食べてよく飲んだことじゃろう。お開きの前にいくつか知らせがある。まず1つ目、城内持ち込み禁止品リストが更新された。リストはフィルチさんの事務所で閲覧出来る。確認したい生徒がいればじゃが」

 

  そんな生徒はこのホグワーツに、1人もいないことは確かだろう。ダンブルドアもそう思っているのか、笑いを堪えるように口元が僅かに震えた。

 

「いつも通り、校庭の森には立ち入り禁止。ホグズミード村も3年生になるまでは禁止じゃ。そして、これを知らせるのは辛いことじゃが、今年のクィディッチ寮対抗杯は取り止めじゃ」

 

  大広間中から驚きの声が上がり、特にクィディッチ選手たちは絶句し言葉も出ない様子だ。だが、エリスとドラコを見ると彼らはあまり驚いていない。残念そうではあるが、最初から予想していた為、肩を竦めているだけである。

  騒然とする大広間を、ダンブルドアは片手を上げて静かにさせ、言葉を続けた。

 

「これは10月から今学期の終わりまで続くイベントのためじゃ。諸先生方も準備の為に労力と時間を費やすことになる。しかしじゃ、皆がこのイベントを大いに楽しむであることを、わしは確信しておる。ここに大いなる喜びを持って発表しよう。今年、ホグワーツにおいて――」

 

  ダンブルドアが三大魔法学校対抗試合の説明をしようとした、その時だった。耳を劈く雷鳴と共に大広間のドアが開いた。セフォネが座っている位置からは誰が入ってきたのかは分からないが、今空席になっている闇の魔術に対する防衛術の教師だろう。

  コツッ、コツッと鈍い音を響かせながら、その人物は教員テーブルの端まで行き、右に曲がってダンブルドアのほうに向かった。スリザリンテーブルに背を向けている為、いまだ顔は見えない。

  その人物はダンブルドアと握手を交わすと、生徒たちを見回した。その瞬間、雷の光に照らされて、その男の顔がはっきりと見えた。

 

「まさか……あの男は……!」

 

  人の顔をよく知らない下手なノミ使いの誰かが、悪質な材木を削って作ったかのような顔は、1ミリの隙間も無く傷で覆われており、口は斜めに切り裂かれたかのように引き攣り、鼻は大きく削がれている。

  何よりも印象的なのは、その目だろう。右目は普通だが、左目は大きなコインのような青い瞳の義眼だ。

  そしてセフォネの脳裏には、倒れた父に杖を向けていた左目を抑えた男の姿が蘇った。

  紛うことはない。あの男こそ、1982年3月22日、ブラック邸においてアレクサンダー・ブラックを、セフォネの父を殺害した人物。最強と呼ばれ、アズカバンの半分を埋めたとも言われる闇祓い。

 

「…アラスター……ムーディ……!」

 

  ダンブルドアが彼の紹介をし、続けて三大魔法学校対抗試合の説明をし始めた。しかし、セフォネの耳にはダンブルドアの声は届いていない。

 

 ――殺せ

 

  自分自身の声が頭の中に反響し、心から黒い感情が溢れだし、セフォネの頭の中はあの男を殺すことだけで一杯になっていく。自然に右手が懐に伸び、杖を掴んだ。

 

「…っ……!」

 

  咄嗟に左手で右手を抑える。

 

 ――駄目だ

 

  殺しては駄目だ。復讐は何も生み出さない。あの男に緑の閃光を放ったところで、父が帰ってくるのか? 否だ。自分は笑えるのか? 否だ。

 

 ――殺せ

 

  そうだ、仇を討て。自分から父親を奪ったあの男の心臓に刃を突き立てろ。そうすればいい。父が死んで、何故あの男はのうのうと生きているのだ。何故罪にも問われず、人に物を教える立場になっているのだ。

 

 ――殺せ

 

  そうだ。シンプルなことじゃないか。杖を構えて呪文を唱えればいい。"アバダ・ケダブラ"と。そうすればいいだけだ。

  右手を抑える左手の力が無くなっていき、杖が懐から半分ほど抜かれる。

 

 ――駄目だ

 

  思い切り左手に力を込めて杖を戻し、右手を杖から引き剥がす。

 

 ――駄目だ

 

  今ここで殺せば、自分は罪に問われる。アズカバンでの終身刑にだ。一時の感情に身を任せ、全てを失うのか。継承した家を、友を、従者を。駄目だ、そんなことは駄目だ。

 

 パキン、と何かが割れる音がし、セフォネの意識は半ば現在に戻った。そしてふと手元をみると、自分が使っていたカップが真っ二つに割れている。それだけではない。隣に座るエリスとダフネのカップにまでヒビが走り初め、テーブル中央の大皿にまで影響が及んでいた。

 セフォネの底のしれない程の膨大な魔力が、高ぶった感情によって暴走し始めたのだ。

 しかし、ダンブルドアの話と、それに茶々をいれる双子のウィーズリーが巻き起こす笑い声で、それに気付いている者はいない。

 

 ――駄目だ

 

  何とか気持ちを落ち着かせようと試みる。だがしかし、湧き出した憎悪は消えること無く、寧ろ増大を続けていた。このままではまたあの時のように、祖母の墓前で役人たちを吹き飛ばした時のような惨事を、このホグワーツの大広間で起こしかねない。

 セフォネは、外に被害を齎さない為に、自分自身の内部で魔力を爆発させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボーバトンとダームストロングの代表団は10月に到着し、今年度は殆ど我が校に留まることになっておる。くれぐれも粗相のないように、皆礼儀と厚情を尽すことを信ずる。さらに、ホグワーツ代表選手が選ばれし暁には、ホグワーツ全体が一丸となって心からの応援をすることを期待する。最後に繰り返すが、17歳以上の者しかエントリーすることは出来ん。抜け穴を探して時間を無駄にせぬように。さて、夜も更けた。明日からの授業に備えてしっかりと休むように。では、就寝!」

 

  ダンブルドアの号令で、皆が次々と席を立ち各寮室へと向かう。その道中の会話は十中八九3校対抗試合についてだろう。

 

「17歳未満は参加禁止か……ま、そんな危ない大会なら参加するのは嫌だけどね」

「セフォネなら優勝出来そうなもんだけど……って、セフォネ?」

 

  席から立ち上がろうとしたエリスは、セフォネの返事が無いことを不審に思い、彼女のほうを向こうとしたが、その瞬間、セフォネがエリスの膝に倒れ込んだ。

 

「え? ちょ、セフォネ? 大丈夫!? セフォネ!」

 

  セフォネの体を仰向けにすると、セフォネは苦しそうに喘ぎ、血混じりの吐息を吐いた。顔はいつも以上に白く、その唇は鮮血に濡れている。

 

「…ごめ……んな……さ……」

 

  セフォネは咳き込んで喀血すると、意識を失った。

 




新聞記事………セフォネがガマガエルをぶっ飛ばした後にリークしました。ちなみにバーバナス・カッフは現在の日刊予言者新聞の編集長。よって、セフォネは新聞社に借しがあります。

ムーディ登場………早速殺しそうになるセフォネ。偽物だとは気付いてません。

魔力暴走………セフォネノックアウト。何気にこの作品の中でセフォネがやられてるのって、自分自身にだけなんですよね。

息抜きのつもりでした。最初は。それが段々筆(指?)が乗ってきていつしか6千字到達という……別に活動休止詐欺とかじゃないんで。本当に、偶々なので。というか1ヶ月に1本ペースとか決めようかな。

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