ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
試合の開始1時間前になると、大きい鐘の音が鳴り、競技場までの道の誘導灯が一斉に灯った。
「いよいよね」
エリスが弾けるように立ち上がって、3枚チケットがあるかを確認し、テントから飛び出ていく。セフォネとラーミアもそれに続いた。
このテントはクィディッチワールドカップ関係者用の場所にある為、一般客が予約するテントよりも遥かに競技場に近い。周囲にはまだ人がまばらで、並ぶことなく入り口のゲートに辿り着いた。
「最上階貴賓席! お嬢さん方、真っ直ぐ1番上まであがって」
受付の魔女はチケットを検めると、側の階段を指差した。階段には深紫色の絨毯が敷かれている。競技場を囲む壁が金色だったことといい、国際試合開催国として魔法省は見栄を張りたいらしい。
「貴賓席ですか? よく手配出来ましたね」
「ママと、正確にはお祖父ちゃんと魔法ゲーム・スポーツ部の部長のバグマンさんが知り合いでね。なんでも、バグマンさんがクィディッチ選手だったころにお祖父ちゃんに世話になったとかで、気前よく3枚くれたのよ」
セフォネがもつコネクションも相当なものであるが、エリスの家もまた顔が広い。癒者であれば様々な地位の人物と関わるからだろう。
1番上まで階段を登ると、そこはボックス席になっていた。位置的には両サイドにある金色のゴールポストのど真ん中、そして1番高い場所である。競技場全体が見回せる、最良の席だ。
「1番乗り……じゃないのか」
貴賓席は2列に別れており、後ろの列の奥から2番目には屋敷しもべ妖精が座っていた。主人の席取りであろうが、高所恐怖症なのか、目を覆って震えている。
「あの妖精大丈夫かな?」
「さあ?」
「クリーチャーさんそっくりですね」
「誰?」
「家の屋敷しもべ妖精です。ラーミアの先輩にあたります」
3人は指定されている、後列の真ん中らへんの席に座った。10分程すると、何人かが貴賓席に入って来たのだが、全員セフォネの知り合いだった。
実はこの夏、セフォネは5回ほどパーティーに出席している。2年前のマルフォイ家クリスマスパーティー以降、様々な人とコネを持つようになったセフォネは、ブラック家の主として各パーティーに招待されている。そして、社交界に出るのも当主の務めであり、ブラック家再興に必要なこと。それゆえ、セフォネは全ての招待に応じたのだ。
「ご無沙汰しております」
「元気そうだね、ミス・ブラック」
セフォネは立ち上がって握手と簡単な挨拶を交わす。主が立ち上がっていて、従者が座っているのは憚れると、ラーミアも立ち上がってお辞儀する。
エリスはその横でやや居心地が悪そうにしていた。軽い気持ちで最上階貴賓席に来たものの、よく考えればここは魔法界の重鎮や名家の当主などが主に集う席。エリスもそこそこのお嬢様と言える環境なのだが、こういう場には不慣れである。
「あれ? セフォネとエリスじゃない」
第1波を終えセフォネが席についた時、後ろから聞き慣れた声が掛かった。振り向くと、そこにはハーマイオニーが立っていた。
「ハーマイオニー?」
「お久しぶりですね。貴方も観戦に?」
「ええそうなの。ロンのパパがチケットを取ってくれて」
ハーマイオニーの後ろには、赤毛一色で統一されたウィーズリー一家とハリーがいた。ウィーズリー一家の内双子の兄弟とロンは、ゲッと顔を顰める。既に面識があるジニーだけは小さく手を振っていた。
「ハーマイオニーの友達かい?」
ロンの父親と思われる男性が、にこやかに近づいてきた。彼が恐らく、ルシウスから聞いたアーサー・ウィーズリーという人物なのだろう。
「良く貴賓席が取れたね……ん? 何処かで会ったことがあるかな?」
会ったことはないが、見たことはあるのだろう。アーサーは記憶を辿っている。セフォネは再び立ち上がると、薄く微笑みながら一礼した。
「お初にお目にかかります。ミスター・アーサー・ウィーズリー。私の名はペルセフォネ・ブラック。以後お見知り置きを」
名前を出した途端、アーサーの顔が驚きに染まり、後ろにいたウィーズリー兄弟の年長者2人も反応した。
「ルシウスからお噂はかねがね……もっとも、あまり良いものではございませんでしたがね」
ルシウスとアーサーは天敵同士である。片や純血至上主義者、片やマグル擁護派。ドラコとロンの仲が大層悪いように2人の仲もかなり悪い。
ルシウスの名を出したことでアーサーの顔が曇るが、セフォネは手を差し出した。
「付け加えておけば、私は純血主義者ではございませんので。ご心配なく」
そもそも、マグル生まれのハーマイオニーと親しいという時点で気付きそうなものだが、アーサーから読み取った警戒心を和らげる為にそう付け加えておく。
アーサーもそれに気付いたのか、強張った表情を溶かし、再び優しげな笑みを浮かべた。
「こちらこそよろしく……あー、何と呼べばいいかな?」
「セフォネ、と呼んで頂いて構いませんわ」
「そうか。では改めてよろしく、セフォネ」
アーサーは差し出された手を握る。その後、ウィーズリー家のチャーリー、ビルとも挨拶を交わした。何故か知らないが、去年度に卒業し魔法省に入省したパーシーは、やたら丁寧に挨拶してきた。
その間にエリスとハーマイオニーはお喋りしており、エリスがスリザリンのクィディッチ選手ということから、ロンとグリフィンドールのクィディッチ選手である双子のウィーズリーは微妙な顔をしてそそくさと前列の席に座る。最後にハリーが話しかけてきた。
「やあ、セフォネ」
「どうも。シリウスとの生活はどうですか?」
彼はこの夏から、殺人の汚名を晴らしたシリウスと同居している。もっとも、彼に施された血の守りの効果を繋ぐため、夏休みの半分はマグルの一家と過ごしているようだが。
「今までで最高の夏休みだよ。ありがとう、セフォネ。君のおかげだ」
「私は何もしていませんよ」
セフォネはシリウスの時と同じように惚けると、自分の席に座る。
「お嬢様」
「どうしました?」
「第2波が来ます」
入り口を見ると、何人かが連れ立って貴賓席のボックスに来ており、そして早くもセフォネを発見してやってくる。
「はぁ」
流石に疲れたが、これも務めだ、とセフォネは再び挨拶に追われるはめになった。各界の大物や高官と親しげに話しているセフォネに、新米役員のパーシーは羨望の眼差しを送っていた。
それから30分程して、試合開始間近となった頃。英国魔法省大臣コーネリウス・ファッジとブルガリア魔法省大臣がやって来た。ファッジはハリーに話しかけ、ブルガリアの大臣に彼を紹介しているようだが、言葉が通じていない。実のところセフォネはブルガリア語を話せるのだが、彼がパントマイムしている様が面白いので放っておく。
「ああ、ルシウス。来たか」
丁度セフォネの隣3席が空いており、そこに向かって席伝いにマルフォイ一家が歩いてきた。ファッジはアーサーとルシウスが犬猿の仲であるということを知らないのか、2人を引き合わせた。その瞬間緊張が走ったが、大した騒動も無くルシウスは自分の席に向かう。そしてセフォネを見ると、アーサーを見ていた時のような冷たい目線が消え、親しげな笑みを浮かべた。
「セフォネ。君も来ていたのか」
ルシウスとは1週間前のパーティーで会ったばかりである。そこで彼には今年ホグワーツで行われる大会についての話を聞いたのだが、今思うと極秘事項を喋っても良かったのだろうか。
それはともかく、ルシウスは気心が知れた相手ゆえ、座ったまま握手を交わした。
「ええ。お久しぶりです、ルシウス。お二人も」
ドラコもナルシッサもウィーズリー一家との対面に顔を顰めていたのだが、セフォネたちを見る表情はまったく正反対のものであった。あまりにも露骨すぎるが、そもそもが性格も主義も合わない家族同士。しかたのないこと。
「そちらのお嬢さんたちは?」
「こちらは私の友人、エリス・ブラッドフォードです。彼女の招待で本日はここに」
「テセウスの娘さんだったかな? 初めまして。息子がいつも世話になっておる」
「初めまして、ルシウスさん」
エリスが礼儀正しく挨拶する。その横でドラコは2人に向かって軽く手を振っていた。
「で、こちらが私の従者で……」
「ラーミア・ウォレストンと申します」
「従者、かね。随分と若いようだが……ん? ウォレストンと言ったかね。もしや、ライアン・ウォレストンの娘か?」
「はい。マルフォイ様は私の父をご存知なのですか?」
ルシウスは元死喰い人である。そしてラーミアの父ライアンは脱走した死喰い人。彼のことを知っていてもおかしくはないし、彼女の出生についての噂も知っていることだろう。しかし、ラーミアの存在は噂でしかなかったのだ。驚くのも無理はない。
「ああ、いや。少し会ったことがあってね……」
ルシウスが驚愕を誤魔化しながら席についた時、貴賓席に飛び込んできたルード・バグマンの一声で、クィディッチワールドカップの幕が上がった。
「レディース&ジェントルメン……第422回クィディッチワールドカップ決勝戦にようこそ!」
流石は10万人規模の競技場。歓声もホグワーツでのそれとは段違いである。
「それではご紹介しましょう。ブルガリア・ナショナルチームのマスコット―――」
試合開始前の余興ということで各チーム出し物をやるらしい。ブルガリアがマスコットとして出してきたのはヴィーラだった。髪はシルバー・ブロンドで肌は月の様に輝いている、非常に美しい女性の姿をした魔法生物だ。この生物は何もしなくても男を誘惑することが出来る為、競技場中の男性が、その気を惹くような珍妙な行動を取り始める。女性には一切害は無い。
ルシウスの珍しい痴態を拝めるかとセフォネは期待して隣を見やるが、ルシウスはあらかじめ目を瞑り耳を塞いで対処していた。
「つまらないですね」
その隣のドラコを見るとしきりに髪を撫でつけ身嗜みを整えている。前列に並ぶウィーズリー兄弟&ハリーは今にもボックス席から飛び降りんばかりの体制になっており、ハーマイオニーとジニーが呆れている。
「続いて、アイルランド・ナショナルチームのマスコット――」
アイルランドがマスコットとして登場させたのはレプラコーンだった。
「ガリオン金貨!? こんなにたくさん」
「レプラコーンの偽物ですよ。数時間経てば消えます」
レプラコーンは悪戯好きの妖精で、2、3時間程で消える偽物の金を創生することが出来る。いま競技場中に降り注ぐガリオン金貨はそれで出来た偽物だということだ。
冷静に考えれば会場中にばら撒く程の金貨を、アイルランドナショナルチームが持っているわけがないのだが、目先の欲に惑わされている人間も多く、争うように金貨を拾っている。
目の前のウィーズリー一家とて例外ではなく、ルシウスが蔑んだ目でそれを見ていた。しかし、彼にはセフォネが偽物と言った瞬間手を引っ込めたドラコは見えなかったようだ。
「時にセフォネ。君はどちらが勝つと思うかね?」
「そうですね……エリス、貴方はどちらだと思いますか?」
正直セフォネはクィディッチに詳しくなく、ホグワーツで行われる試合しか見たことがない。ナショナルチームのことなど、今手元にあるパンフレットに載っていることしか把握していなかった。そこでセフォネは、クィディッチ好きであるエリスに話題を振った。
「え、私? えーと、そうね………やっぱりアイルランドかな。向こうにはクラムがいるけど、総合的に見るとアイルランドが強いと思う」
「というわけで、私はアイルランドに20を」
「ふむ。では私はブルガリアに25を」
まるで川の流れのように、自然に賭けをし始めた2人の名家当主。勿論単位はシックルでもクヌートでもなくガリオンである。
「何で堂々と結構な額賭けてるのよ!? ルシウスさんまで!」
「賭けは貴族の嗜みでね」
「右に同じく」
2人にとっては大した額ではない。ちょっとしたお遊びなのだ。ドラコも何驚いているんだ、とでも言いたげな様子でエリスを見ており、自分は十分に庶民なのだと確信した。ちなみにこれを聞いたアーサーの耳がピクリと動いたのは、誰にも気付かれなかった。
試合の結果は160対170でアイルランドの勝利。しかし、スニッチを取ったのはブルガリアのビクトール・クラムだった。彼がスニッチをとった時点で差は160点ついており、逆転は出来ないと判断したのだろう。このまま試合を続けて無様に惨敗するよりは、潔く負けようということだ。
「へえ……負けと分かっていてスニッチを取りましたか。中々面白い人物ですね、彼は」
試合後、貴賓席のボックスに現れた各選手のうちの1人、箒に乗っている時とは違って、O脚気味で猫背の少々パッとしないクラムを見て、彼のその考えに興味を抱いた。クラムを凝視していると、彼はセフォネの視線に気付いたようで、アイルランドに授与されている優勝カップから視線を逸らしてセフォネを見た。目が合ったので会釈すると、クラムは少し頷いたように頭を下げ、挨拶の為にブルガリアの魔法大臣の元へ行った。
「賭けには負けてしまったな」
ルシウスは懐から本物の金貨が詰まった袋を取り出し、25個を別の袋に別けてセフォネに渡す。賭けをしたというよりは、親戚のおじさんからお小遣いを貰ったようなものだ。
ルシウスは袋を渡しざまに、セフォネの耳元に口を近付けて小さな声で言った。
「今宵は気をつけたほうが良い」
「何をですか?」
「こんなにもたくさんの魔法族が集まっているのだ。騒ぎが起きないわけがないだろう? 警戒するに越したことはない」
ルシウスはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。何か騒ぎを起こすのは彼なのだということは重々理解した。
「ご忠告、感謝致します」
面倒ごとでなく、面白ければなんでもいい、とセフォネはそれに微笑んで返した。
セレーネの勧めで、セフォネとラーミアはその晩、彼女のテントに泊めて貰うことになった。
午前0時近く。4人はまだ寝ておらず、セレーネが一仕事終わったご褒美にと酒盛りをしており、セフォネがそれに付き合い、ラーミアが肴を作り、エリスがそれをつまむ、という状態である。
ちなみにラーミアはメイド服姿になっている。給仕をするならばと、何処からともなく取り出したのだ。何故持ってきたのかとセフォネが問うと、打って響くように、自分はセフォネの従者だから、と答えた。
何というか凄い忠誠心だ、とエリスがそれを見て思ったのが約2時間前。小さな宴会はまだ続いていた。
「貴方は飲まないのですか?」
「だから倫理的にね……それにほら、ママを見れば分かるでしょ」
セレーネはワイン2杯を飲み干したあたりから既にベロベロに酔っており、ラーミアに絡んでいた。ラーミアはどうしてよいか分からず困惑している。
「私も弱いのよ。貴方は結構強いほうだと思うけど」
「よく言われます。というか飲んだことはあるのですか」
「パパのファイアーウイスキーをね。1口で酔ったわ」
「エリスさん、お嬢様ぁー」
ラーミアの困ったような声が聞こえ、そちらを向くと、セレーネがラーミアの膝を枕に眠りに落ちていた。
「セレーネさん、寝ちゃいました」
「だから止めとけって言ったのに……」
「寝室に運んで差し上げなさい」
「はい」
ラーミアは杖を取り出し、セレーネを浮遊呪文で彼女の寝室まで運んでいった。しょうがない人だ、とセフォネは微笑んだ。
そこからはアルコール抜きで談笑し、夜も更けてきたのでそろそろ寝ようかというところになった時、遠くのほうから何かの騒ぎが聞こえてきた。
「ん? なんだろ?」
3人はテントの外に出て辺りを見回した。すると、奥のキャンプエリアの空中に、人が浮いていた。
こちらに向けて逃げてきた人に話を聞いてみたところ、黒いローブに仮面を被った集団が、キャンプ場の管理人たちを空中高く放り上げて吊るしながら、周囲一体のテントを蹴散らして暴れているらしい。幸い、集団が行進している向きとは逆方向の為、こちらに来る可能性は無いだろう。
「こちらには来ないようですね。大人しくテントにいたほうがよろしいかと」
「本当に大丈夫でしょうか?」
「ここには魔法省職員が百人単位でいます。彼らに任せましょう」
セフォネとエリスがテントの入り口に振り向き、少し心配そうに哀れな管理人たちを見て、ラーミアもテントに戻ろうとした。だがその時、ラーミアの目にとあるものが写った。
「お嬢様、エリスさん。あれ何ですか?」
2人が振り返ると、口から蛇が出ているおどろおどろしい髑髏が、緑色に鈍く光る煙に描き出され、暗い夜空を飾っていた。
「闇の印!?」
「"闇の帝王"のシンボルですね」
これは闇の印と呼ばれるもので、かつてヴォルデモート一派が犯行声明に用いた印である。死喰い人の左腕にも同じ印が刻まれている。
「貴方たちはここにいて下さい。少し様子を見てきます」
セフォネは目くらまし術を自分に掛けると闇の印が上がっているすぐ近くに姿くらました。姿くらましする際の音が気になる為、少し離れたところに移動した。
闇の印の周辺には魔法省の役人たちが血相を変えて続々と姿表しし、20人程がそこにいた人影を囲み、一斉に失神呪文を撃った。赤い光が幾つも走り、あちこちに飛び交う。セフォネもあやうく当たりかけた。
「止めてくれ! 私の息子たちだ!」
アーサーが悲鳴のような声を上げ、中心にいるハリー、ロン、ハーマイオニーに大股で近づいていく。
「3人とも無事か!?」
アーサーの声は震えていた。まさか、自分の息子やその親友たちを攻撃していたとは、思ってもいなかったのだろう。
「邪魔だ、アーサー」
無愛想な冷たい声がアーサーの後ろから聞こえた。そしてその後ろからアーサーを押し退けて現れたのは――
(…バーテミウス・クラウチ……!)
バーテミウス・クラウチ。国際魔法協力部長。元魔法法執行部長。闇祓い局に闇の魔法使いを殺害する権限を与えるなど、厳しい措置を取ったことなどで知られている。その功績から魔法界の支持を集め、次期魔法大臣と目されていたこともあったが、身内の不祥事で失脚した。
彼はシリウス・ブラックを裁判無しで投獄した人物であり、何よりも―――
―――元
「誰がやった? 誰が闇の印を打ち上げた!?」
クラウチの狂ったような声が空き地に響き渡る。その一方的な糾弾に、ハリーとロンが抗議の声を上げた。
「僕たちじゃない!」
「そうだ! 何のために攻撃したんだ!?」
伏せた時に強打した肘を擦りながらロンが憤然としてアーサーを見る。周囲の魔法使いたちは自分たちが子供に向けて攻撃してしまったことを理解し、少なからず動揺していた。だが、クラウチは3人に杖を向けたまま、さらに間合いを詰めた。
「白々しいことを! お前たちは犯行現場にいた!」
見開かれた目はまるで飛び出しているようで、狂気じみた顔だ。彼は3人が闇の印を創り出したのだと思っているのだろう。
「ふっふふ………あっはははははは!」
その時、突如草むらから少女の笑い声が聞こえた。いや、笑い声というよりは、むしろ嗤い声と言ったほうがいい。澄んだ鈴の音のような声だったが、それは不気味に、広場に響き渡る。
「誰だ!?」
クラウチは声がする方向に杖を向け、他の役人たちも警戒体制をとる。しかし、草むらから出てきた人物は、この場にいる全員が見たことがあり、ハリーたちも知っている人物だった。
夜の暗闇に紛れる黒い髪に、まごう事なきアメジストの瞳。美しい顔の口元を三日月型に歪めた、狂気をはらんだ、しかし何処か魅惑的な笑み。
「聖28一族に連なるブラック家が当主、ペルセフォネ・ブラック。お目にかかれて光栄です、ミスター・バーテミウス・クラウチ」
スカートの裾をつまみ、足を交差させて優雅にお辞儀する。そして、肩に羽織ったケープコートを風になびかせながら、静かに現場に歩いてきた。
「その節は、伯父が大変お世話になりまして。ああ、勿論父と母もですが」
その発言に、事情を知る役人たちは一斉に気まずい表情になり、クラウチは顔を歪ませた。
「何故……何故ここにいるのだ……!?」
「貴方方と同じ理由ですよ。本当ならば死喰い人の逮捕劇を観賞するつもりだったのですが、眼前で冤罪が創り出されていたもので、口を挟まずには居られなくなったのです。私のような若輩者が口出しすることを、ご容赦頂きたい」
"冤罪"のワードに、クラウチは益々表情を険しくし、役人たちも意味有りげな視線をクラウチに送る。それを意に介さず、セフォネは歩きながら語り出した。
「"闇の帝王"を打ち倒したハリー・ポッター、マグル擁護派で知られるアーサー・ウィーズリーの子息であるロナルド・ウィーズリー、そしてマグル出身のハーマイオニー・グレンジャー。まだ年端もいかぬ、ましてや闇の印を今まで直に見たことも無かったであろう彼らが犯人ではないということなど、火を見るよりも明らか。
そして、セフォネはクラウチに近づき、彼にしか聞こえない程度の声で言った。
「然らば、そこで黙っていろ。狂った冤罪魔はこの場に必要ない」
その時一瞬だけセフォネの顔からは笑みが消えたが、すぐさま微笑みを浮かべ、いつもの調子に戻って3人を見た。
「それで、ハーマイオニー。何があったのかを説明して頂けませんか?」
ハーマイオニーは嫌疑を解かれてセフォネに優しく問われた為、幾分落ち着いて状況を語った。
「わ、私たち、あのローブの集団が現れてから、森に避難したの。その途中でジニーたちと逸れてしまって、3人を探しながら奥に進んできて。途中でバグマンさんにもあったわ。それでここに辿り着いて休んでいたのよ。そしたら、あの木立の陰から、誰かが呪文を叫んで……」
皆の視線は木立を見た。そして一端下げた杖を再び上げ、木立の辺りに向ける。長いウールのガウンを着た魔女が頭を振って言った。
「もう遅いわ。姿くらまししていることでしょう」
「いや、分からん。失神呪文があの木立を突き抜けた……犯人に当たった可能性が大きい……」
茶色の髭を生やした魔法使いが、杖を構えながら勇敢にも木立へ突き進んでいく。そして5秒後に彼の声が聞こえた。
「よし! 捕まえたぞ! 気を失ってい………な、なんという事だ…まさか……」
彼は屋敷しもべ妖精を抱えて戻ってきた。確か貴賓席にいた屋敷しもべ妖精だったか。そしてそれを見たクラウチは、顔面蒼白になり、途切れ途切れにあえいだ。
「こんな……はずは……な…い……絶対にだ……」
クラウチはまだ木立に人がいるのではないか、と手探りで周辺を捜索する。しかし、木立の周辺には何も無いようで、すごすごと戻ってきた。
「なんとも恥さらしな。クラウチ氏の屋敷しもべとは」
セフォネはその時、初めてその屋敷しもべ妖精がクラウチ家の屋敷しもべ妖精であることを知り、そして仇を痛ぶる要素が1つ増えたことにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「エイモス。まさか本当にしもべ妖精がやったと思っているのか? あれを創るには杖が必要だ」
「そうだとも。この屋敷しもべは持っていたんだよ、杖を」
アーサーにエイモスと呼ばれた先程屋敷しもべ妖精を連れてきた魔法使いは、1本の杖をアーサーに見せた。
「クラウチさん。貴方がよろしければ、屋敷しもべの言い分を聞きたいのだが」
クラウチは沈黙を貫いていたが、それを承諾と受け取り、自分の杖を屋敷しもべ妖精に向けた。
「
屋敷しもべ妖精の尋問が始まった。その屋敷しもべ妖精、ウィンキーは目を覚ますと、周囲の状況を確認して哀れなほどに震え上がっていた。
何も知らないと言い張るウィンキーに、エイモスは直前呪文を使った。これは杖が最後に使った魔法の幻影を再生する魔法である。杖からは闇の印の幻影が放たれ、杖が犯行に使用されたものだと証明された。
驚くことにそれはハリーの杖であったらしいが、ともかく、エイモスはウィンキーに畳み掛ける。
「お前は現行犯なのだ、しもべ! 凶器はお前が所持していた!」
「ウィンキーがこの杖を持っていたとしてもだ。どうやってあれの創りかたが分かったというのだね?」
暴走気味のエイモスに、アーサーが横から疑問を投げかける。すると、これまで沈黙を保っていたクラウチが口を開いた。
「エイモスが言いたいことはだ、私が召使いに闇の印を創り出す呪文を、常日頃から教えていたということだろう。違うか?」
その声には冷たい怒りが込められていた。彼は権力志向が強く、自分を貶める者には容赦しない。エイモスはしどろもどろになる。
「そ、そんなつもりは………」
「ディゴリー、君はこの私に嫌疑を掛けようというのか! 誰よりも闇の魔法を嫌悪し、それを行うものを断罪してきたこの私にだ!」
「クラウチさん。私は貴方に関わりがあるとは一言も言っていない!」
「私のしもべを咎めることは、私を咎めることでもある! 私の下以外の他の何処で、私のしもべが呪文を身につけたというのだ!」
皆が一様に黙り込み、空き地に沈黙が流れる。しかしそれはセフォネの、何故か楽しげな声音に破られた。
「ウィンキーが闇の印の創出方法を、クラウチ家で習得出来る可能性は無くはないでしょう。何もミスター・クラウチ自身が彼女に教えたと言っているわけではありません。例えばそう、身近にいた死喰い人とか。心当たりはございますよね?」
セフォネが言っている死喰い人とは、彼の息子のバーテミウス・クラウチ・ジュニアのことである。クラウチがまだ魔法法執行部長だった時、ジュニアは死喰い人として逮捕された。そのことが原因でクラウチは失脚した。過去の汚点を突かれ、エイモス・ディゴリーに怒号を上げていたクラウチはセフォネを睨みつけるも、睨みつけた相手ですら彼のキャリアの汚点の象徴。黙るしかなかった。
セフォネはそんなクラウチの様子を楽しげに見ており、クラウチが目を逸らすと前に進み出た。
「それに、ミスター・ディゴリー。そのように威圧的に尋問するのも如何かと。少しよろしいですか?」
セフォネは役人に囲まれているウィンキーの側まで行き、屈んで彼女を覗き込んだ。
「ウィンキー」
セフォネは優しく呼びかけたが、それでも肩をビクリと震わせた。
「そんなに怖がらないで下さい。私は貴方を疑ってはいませんから。私はペルセフォネ・ブラックと申します。貴方に聞きたいことがあるのです」
「な、なんでございましょうか……」
ウィンキーはまだ震えていたが、ディゴリーとは打って変わったセフォネの優しい態度に、恐る恐る顔を上げた。そしてセフォネはその瞬間、無言で行使出来る中で最も強く開心術を掛けた。ウィンキーは余程動揺しているのか、それに気が付かない。そしてセフォネは、彼女が知っている、そしてクラウチが持つ秘密を全て見た。
(…偽善者が……)
彼が息子にしたことに、セフォネは反吐が出る思いであり、そして重大な秘密を握ったことに、思わずほくそ笑んだ。
セフォネは内心とは違う優しげな笑みを絶やさずに、ウィンキーに質問した。
「あの杖は何処で見つけましたか?」
「あ、あの、そこの木立の中でございます」
「それでは、杖の使用者を見ましたか?」
「あ、あたしは誰もご覧になってはいないのでございます」
広場に沈黙が流れる。ディゴリーは落ち着きを取り戻し、先程までの自分を恥じているようだったが、クラウチは少しでも自分の名に泥を塗られるのを許容出来ないらしい。怒りに震え、今にもウィンキーを消滅させんと睨み付けていた。
「と、いうことだそうです。では、後はどうぞご自由に」
そこまで話すとセフォネは後を役人一行に投げ、この件から興味を失ったとばかりに去っていった。
挨拶廻り………セフォネのコネ拡大中。パルパルパーシー。
賭け………ちゃっかりニンバス買える値段賭けてます。
仇クラウチ………ついに来ました、両親の仇3人の内の1人。
仇ムーディ&カルカロフ………予想していた方が殆どだと思います。ムーディに関しては原作でシリウスが「殺さずにすむ時は殺さず、できるだけ生け捕りにした」と言及しているので、後に補足が入ります。
クィディッチワールドカップ終了。ここからは月単位での不定期更新になります。時間を見つけだい執筆に取り組もうと思いますので、どうか気長にお待ちい頂けると嬉しいです。