ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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炎のゴブレット編スタートです。


THE GOBLET OF FIRE
3度目の夏休み


  グリモールド・プレイス12番地に存在する、ブラック家代々の屋敷。ここの地下2階には、長年に渡って集められてきた書物が保管されている書庫がある。ホグワーツの図書館程の蔵書数でも規模でもないが、ゆうに数千冊に及ぶ本が、マホガニーで作られた本棚に並べられている。

  その中央には、一組のソファーとテーブルが置いてあり、屋敷の主が優雅に紅茶を味わいつつ、分厚く古びた書物を相当な速度で読み飛ばしていた。

 

「お待たせ致しました」

 

  夏休みに入り、メイド(仕事)に戻ったラーミアは書庫の整理兼給仕中であり、銀の盆に載せたティーセットを持ってきて、セフォネに紅茶を用意する。

 

「ありがとうございます」

 

  セフォネは読了した本を閉じると、ラーミアが淹れた紅茶に手を伸ばす。

 ラーミアは本を元の場所に戻そうと、机の上に散らばっている本を集めていたが、ふと、1冊の表紙に目を留めた。題名は"魂の声"と書かれている。

 

「あの、お嬢様。1つ聞いてもいいですか?」

「どうぞ」

 

  やや遠慮がちに声を掛けてくる従者の様子に柔らかく微笑み、セフォネは向かいの席をラーミアに勧める。それは流石に躊躇われたらしく、ラーミアは立ち位置を会話がしやすい場所に変えた。 

 

「去年1年ホグワーツに配備されていた吸魂鬼(ディメンター)って、魂を吸い取るんですよね?」

「ええ」

「魂って何なんですか?」

 

  ラーミアが投げかけた質問に、セフォネは思案げになる。実際の話、端的に言えば"よく分からない"というのが解答である。いかに魔法界といえど、魂や死後の世界などについては、はっきりと判明していないのが事実なのだ。魂を利用した魔術などはあるものの、一般的な認識としては、"あるべくしてある"、"あって然るべき"というものでしかない。

  しかし、セフォネは魂の分野の魔術に関してはかなり精通している。もはや専門分野と言っても過言ではない。故に、自分なりの解釈ならば説明できる。

 

(ゴースト)とは何か、ですか。また深い議題を提示してきたものですね。機械的に言えば、肉体とは別の精神的実体、肉体を喪失したとしても、死後も存続することが可能だと考えられている非物資な存在です」

「もう少し分かりやすくというか、具体的にというか」

「私なりに言わせてもらえば、人を人たらしめているもの、ですかね」

「人たらしめる?」

「ええ。貴方は吸魂鬼(ディメンター)(ゴースト)を吸われた人間の末路をご存知ですか?」

「廃人になって、いずれは吸魂鬼(ディメンター)になってしまうんでしたよね」

「その通りです。人は(ゴースト)があるからこそ、人として生きている。(ゴースト)が無ければもはやそれは人で無く、人間の形をしたただの物質に過ぎないのです。その逆も然り」

 

  そう言うと、セフォネは杖を振り、1冊の本を呼び寄せた。"深い闇の秘術"という、闇の魔術がぎっしりつまった貴重な本だ。ホグワーツの禁書棚には置いていないが、きっとダンブルドアあたりが取り除いたのだろう。

 

「魂に関する魔術として、"ホークラックス"というものが存在します。自らの魂を引き裂いて他の物に保存する、つまり分霊箱を制作する魔術です。仮に肉体を喪失しても、保存された魂がその存在を繋ぎ止める為、分霊箱がある限りその者は死なない。しかし、肉体を喪失すれば霊とも生命体とも呼べないほど弱い霞のような、残留思念のような存在となるのです」

 

  セフォネが分霊箱についてのページをラーミアに見せる。ラーミアはそれを眺めていたが、やがて神妙な面持ちで顔をあげた。

 

「お嬢様、これ私に見せていい部類の物じゃないんじゃ………」

 

  分霊箱の制作方法、即ち魂の引き裂き方は、殺人である。他者の命を犧牲にして自らの命を補強するという特性から、最も邪悪な魔法と見なされ、その存在は一部の者しか知らない。

 

「私はこれを7歳の頃読みましたから、問題ないでしょう」

 

  それに、何も分霊箱を作る為には必ず人を殺さなければならない訳ではない。魂を引き裂く魔法は存在するのだ。公にはそのような魔法は存在しないが、13年前のある夜、ロンドンのとある街で、突発的に誕生した。まだ魔法を制御出来ていない2歳の少女の感情の爆発によるものだった。しかもそれを知る者はこの世に、それを行った少女ただ1人しかいない。

 

「7歳って……でも、魂が引き裂ける、つまり引き算が出来るってことは、足し算も出来るんですか?」

「足し算ですか。世間一般論としては不可能です」

「一般論じゃないなら可能なんですか?」

 

  セフォネの含みのある言い方に、ラーミアが引っ掛かったようで、首を傾げている。

 

「魔法は万能ではありませんが、しかし未開拓の分野も多い。もしかすれば、出来るかもしれないということですよ」

「出来たとすればですけど、どうなるんでしょうか?」

「そうですね。先程も行った通り(ゴースト)とは人を人たらしめているもの。仮にAという人物にBという人物の(ゴースト)を混ぜたとしましょう。その場合、Aの中身はBに成るかもしれない。AがAでいられる保障はないのです。しかし、人は絶えず変化するものだし、Aが今のA自身であろうとする執着は、Aを制約し続けることになるでしょうね。でも、それは果たしてAと呼べるのか? もし呼べるとするならば、Bを形成していた(ゴースト)の行方は? 結果的には、それはAでもBでも無いのかもしれません」

「はあ………すいません、よく分からないです」

 

  この問題はどちらかといえば、魔術云々ではなくて哲学の問題になるだろう。様々な経験をしてきたラーミアであるが、セフォネのいう意味を理解出来なかった。

 

「ちょっと難しく言い過ぎましたかね」

 

  セフォネは肩を竦めて紅茶に口をつける。ラーミアは頭がこんがらがった為、なんとなくセフォネから受け取った本を流し読みする。

 

「お嬢様。この本ちょっとヤバ過ぎないですか?」

 

  ペラペラと捲って中身を見ていたラーミアは、その内容の危険度の高さに当惑した。

 

「まあこの本は確かに刺激が強すぎますけどね。ああ、でもこの技は覚えておいて損はないですよ」

 

  セフォネはページを捲り、悪霊の火に関しての記述がされたページを開いた。

 

「死の呪文を除けば、攻撃用としては最上位の部類の魔法です」

「…難易度が私には高いと思うんですけど……」

「守護霊を創り出せる貴方であれば、夏休み中には習得出来るかと」

 

  セフォネはテーブルに積んであった別の本を手に取ると、また猛烈なスピードで読み飛ばし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  7月半ば。本格的な夏に入り、皮膚を焦がさんばかりの日光が照りつけている。

  ロンドンのはずれにある古びた教会の墓地。中世以前から存在するこの場所に、2人の男女がいた。去年1年間指名手配されていたシリウス・ブラックと、その姪でブラック家第33代目当主ペルセフォネ・ブラックだ。2人の手には花束が握られていた。

 

「ここに来るのも随分と久しぶりだ」

 

 シリウスは16歳で家出し、それ以降家族との関わりを断った。墓参など20年近くしていない。しかし、彼は家族の中で唯一愛していた妹に花を手向けるため、セフォネと共にやって来たのだ。

 

「ここです」

 

 一際新しい墓石の前でセフォネは立ち止まった。そこには、

 

アレクサンダー・ブラック〈1959〜1981〉

デメテル・ブラック〈1961〜1990〉

 

と彫られている。

 シリウスとセフォネは順に花を供えた。そしてセフォネはその隣の祖母、祖父、叔父の墓にも花を供える。

 

「ん? こんな木生えていたか?」

 

 シリウスは2つの墓の真ん中に生えた、薄紅色の花を咲かせた木を見上げた。

 

「母様を埋葬した際に植えました。魔法で成長は早めましたが」

「何の木だ?」

「柘榴です」

「ほう。何でまた柘榴なんか?」

「ギリシャ神話でのペルセフォネと柘榴のエピソードはご存知ですか?」

「ああ」

 

  かつてコレーと呼ばれていたペルセフォネは、彼女に恋したハデスに冥界に連れ去られ、そこで寛大に饗され、女王の地位とペルセフォネ(破壊者または目の眩むような光の意)の称号を与えられた。彼女は地上に帰りたがり、母デメテルも彼女を連れ戻しにやって来た。しかし、ペルセフォネはハデスに与えられた柘榴の実を食してしまった。冥界の食べ物を口にしてしまった為、彼女は冥界の住人となり、ハデスに差し出された内の12粒中4粒食したことから、1年の3分の1は冥界に留まらければならなくなってしまった。

  以上が、ギリシャ神話における冥界下りのシーンである。

 

「墓場というのは、冥界の入り口とも呼べる場所。そこで育った柘榴の実を喰らえば冥府の人間になり、亡き両親に会えるのでは……とまあ、ちょっとした洒落です。私らしくもないですが、このように可憐に花を咲かせた様子を見ると、それも悪くなかったと思いますね」

 

 セフォネはそう言って微笑んでいるが、シリウスには悲しみを紛らわせているように見えた。デメテルも自分の感情を隠すためによく笑っていた。そんな彼女と人生の半分は一緒にいたシリウスにとって、セフォネの笑みの意味を理解するのは、難しいことではなかった。

 

「さて、そろそろ我が屋敷へ参りましょうか。あの下品な張り紙を早急に撤去して頂きたいので」

「捨ててなかったのか?」

「私は人様の物を勝手に捨てるような人間ではございませんわ。では、これを」

 

 セフォネは1枚の羊皮紙をシリウスに見せた。そこには、グリモールド・プレイス12番地と書かれている。

 

「何でこんなものを……ああ、なる程。忠誠の術か」

「左様です。"姿くらまし"は出来ますよね?」

「おいおい、馬鹿にしないでくれよ。これでも成績は良かったんだぞ? 君ほどではないがな。さあ、手に掴まるといい」

 

  セフォネは既に姿表しをすることが出来るし、臭いも消し去った為、自力で移動出来る。しかし、この術の使用に必要な免許を持っていないし、臭いを消すことは犯罪であるから、シリウスに素直に従って左手を軽く掴んだ。

 

「3、2、1………」

 

  次の瞬間、2人は墓地から消え、グリモールド・プレイスの道路まで移動した。

  シリウスは目の前にある屋敷を見上げ、溜め息をつきながらポツリと呟いた。

 

「懐かしの我が家だ」

 

  もう二度と帰らない。16歳の時にそう決意し、涙ながらに微笑んだ妹に見送られた、あの懐かしの玄関。この家を出ていく時に心残りだったのは、その妹のことだけだった。

 

「どうかしましたか?」

 

  感傷に浸っていると、すでに階段の上にいるセフォネが声をかけてきた。シリウスは表情を取り繕う。

 

「いや、何でもない」

 

  セフォネは不思議そうに首を傾げている。その姿がまたしても妹の様子と重なった。その仕草、口調、表情が、瞳の色を除いて全てデメテルに瓜二つ。ともすればデメテル本人に見える。家族の中で唯一愛した、愛しき妹。今目の前にいるのは、本当は妹なのではないのだろうか。

 

(…何を考えているんだ。彼女はデメテルじゃない……)

 

  そう、目の前に立っているのは妹ではなく姪。しかも、父親はあのスネイプの親友なのだ。いや、よく考えれば、デメテルもスネイプの親友である。それが気に入らなかった為、シリウスがスネイプに対する憎悪を益々深めたのはまた別の話だ。

 

「では、どうぞ」

 

  シリウスが踊り場まで来ると、セフォネが扉を開けて、先へと促した。

 

「お邪魔するよ」

「ただいま、でもよろしいのですよ?」

「冗談を」

「素直じゃないですね。感傷に浸る程懐かしいくせに」

「君に言われたくないね。というか、誰も感傷に浸ってなんかいない」

 

  軽口を叩き合いながら家に入ると、ラーミアが深々とお辞儀して出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。ようこそいらっしゃいました、シリウス様」

「様、は無くていい」

「いえ。お嬢様の伯父上であるシリウス様に、そのような無礼な真似はいたしかねます」

 

  ラーミアは初の客人とあって、緊張気味且つ口調が固い。普段はやや砕けた敬語なのだが、今日に限ってはセフォネよりもかっちりしている。

 

「固いですよ、ラーミア。もっとソフトでよろしいのですよ?」

「客人を前にそのような……」

「客人といっても、やんちゃな家出息子の里帰りですわ」

「おいおい、客人を前に言ってくれるじゃないか」

「ふふっ」

 

  そうやって悪戯っぽく笑う様など、まさしくデメテルそっくりである。シリウスは再び沸いてきたイメージを打ち消し、辺りを見回した。

 

「なんか……明るくなったな」

 

  シリウスが住んでいた時よりも明るい。それもそのはず、セフォネがシャンデリアの数を増やしたからだ。

  それに、以前置かれていた屋敷しもべ妖精の首という悪趣味なインテリアも撤去され、煩い程に主張していた蛇のモチーフも、幾分落ち着いている。以前は蛇が這うようなデザインだったカーペットが、豪華絢爛なペルシャ絨毯になっていた。シャンデリアの燭台が銀製の蛇なのは変わらないが。

 

「少しだけ手を加えましたからね」

 

  いかにインドアで引き篭もり気質だからと言って、始終薄暗ければ気が滅入るし、目に悪い。それ故シャンデリアの数を増やしたのだ。屋敷しもべ妖精の首は誰がどう見ても気味が悪いから撤去し、カーペットはただ単に寿命で張り替えただけである。

 

「まあ、あれだ。中々いいんじゃないか」

「お褒め頂き光栄ですわ」

「んじゃ、荷物をとってくるよ」

「手伝いましょうか?」

「いや、大丈夫だ。お構いなく」

 

  そう言うと、シリウスは階段を登って上階に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  8月を少し過ぎた頃だった。その日、セフォネのペットのシマフクロウのエウロペが、親友のエリスとやり取りしている手紙を、自室にいたセフォネの元に運んできた。

 

「ご苦労様」

 

  優しく撫でながら、セフォネはエウロペを鳥籠に入れ、餌をやる。そしてソファーに座り、ペーパーナイフで開封して手紙を読んだ。

 

「なるほど」

 

  どうやら、彼女の母親が今年英国で開かれるクィディッチワールドカップの医療班のリーダーであるようで、そのつてでチケットが3枚手に入ったらしい。だから、セフォネとラーミアも一緒にどうか、という内容である。

  セフォネはそのまま自室を出て、すぐ正面にあるドアをノックした。

 

「はい」

 

  間を置かずに、薄い水色のネグリジェに白いカーディガンを羽織ったラーミアが出てきた。

 

「どうしたんですか?」

「1週間後の日曜日に、クィディッチワールドカップが行われるのですが、エリスがチケットを手に入れてくれたようで、是非私と貴方を招待したいと。私は行きますが、貴方はどうしますか?」

「勿論お伴します」

 

  打てば響くような返答に、セフォネは思わず笑みを零した。

 

「分かりました。では、そのように返答しておきます。おやすみなさい」

「おやすみなさいませ」

 

  部屋に戻ったセフォネは、返事を書いてエウロペにもたせた。

 

「よろしくお願いします」

 

  エウロペは1つ鳴くと、羽を広げて窓から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  次の週の土曜日。セフォネとラーミアは玄関に立っていた。セフォネは黒のケープコートに濃いブルーのスカート、ストッキングと季節感無視の服装。ラーミアは白いシャツに黒いベストとスカート、頭に黒いリボンと2人並ぶと葬式に行くかのような黒一色の服装である。

 

「自分で言うのもなんですが、私達お葬式に行くみたいですよね」

 

  セフォネはデメテルのお下がりを基本的に着ているのだが、どうもデメテルは黒い服装を好んでいたらしく、箪笥は黒い服ばかり。自分に白だのピンクの服が似合うとも思わないし、別に構わないのだが、隣にいるラーミアまで黒で攻めてくると、どうしても喪服感が否めない。

 

「いえ。そんなことはないと思います……多分」

 

  ラーミアもそれに合わせて黒のベストとスカートなわけだが、そう言われると喪服のようである。しかし、ラーミアとしては使用人として初の公の場、フォーマルなくらいで丁度いいのだ。

 

「まあ、別に問題はないですし。それでは行きましょうか」

 

  セフォネはラーミアに右手を差し出し、ラーミアがその手を取る。その動作でさえも優雅で洗練されており、まるでダンスにエスコートされているかのようだった。

 

「1、2、3………」

 

  次の瞬間引っ張られるような感覚がし、そしてそれが治まると、2人はどこかの森に立っていた。

 

「辺りに人は……いませんね」

 

  未成年が姿現しを使うのは、流石に問題である。その為、セフォネはわざとずれた位置に姿表ししていた。

 

「行きましょうか」

「あぅぅ……あ、はい。すみません」

 

  まだあまり慣れていない姿表しの感覚に少し酔っていたラーミアは気を取り直して、セフォネについて森を進んだ。

 




魂についてのセフォネの考察………魂と書いてゴーストと読むのは、筆者が攻殻ファンだからです。

ラーミアが悪霊の火習得………着々と英才教育を施されています

シリウス来訪………ちゃんとポスター取りに来ました

喪服っぽい………セフォネの服装は黒中心です。ブラックですから。そして、それに合わせてラーミアも黒化。

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