ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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まね妖怪

  セフォネは3階のガーゴイル像の前に立っていた。

 

「黒胡椒キャンディ」

 

  するとガーゴイル像は生きた本物になり、ピョンと跳んで脇に寄ると、その背後にある壁が左右に割れて、螺旋階段が現れた。その階段は自動で動いており、セフォネはそれに乗る。階段が上まで上がると、グリフィンをかたどったノック用の金具がついた樫の扉が現れ、セフォネはドアノッカーを叩こうとしたが、その前に扉がひとりでに開いた。

 

「失礼いたします」

 

  セフォネは校長室に足を踏み入れた。部屋は美しい円形で、ダンブルドアの私物と思われるたくさんの魔法具が乗った机や棚、壁には歴代校長の肖像画が掛かっている。

 

「呼び立てて申し訳ないのぉ」

「いえいえ。お招き感謝いたしますわ。もっとも、未成年の生徒相手に飲みの誘いとは、教育者としていかがかとは思いますが」

「丁度いいオーク樽熟成の蜂蜜酒が手に入ったものでな。君は随分とイケる口だと聞いておるし、甘いものが好きじゃったろう? ま、ともかくかけなさい」

 

  ダンブルドアは机の前に置かれた、居心地の良さそうな椅子をセフォネに勧めた。

 

「ええ。では、ご相伴に預からせていただきます」

 

  セフォネが座ると、机の上に2つグラスが現れる。ダンブルドアは手酌でそれを注ぐと、1つをセフォネに差し出した。

 

「乾杯」

「乾杯」

 

  こうして、学校初日の夜に、校長と生徒でという謎の酒盛りが始まった。

  会話内容はごく普通の世間話。時折魔法について話したりもした。

 

「そういえば、本日吸魂鬼が列車を捜査したが、大丈夫だったかね?」

 

  40分程経った頃だろうか。ダンブルドアは唐突に言い出した。

 

(…本題か……)

 

「ええ。守護霊で撃退しましたので」

「流石じゃの。わしとてその年齢では無理じゃったろうて」

「先生程のお方であれば可能でしたでしょうに。大したことはございませんわ」

「ほっほっほ。その技量にスリザリンに20点。さて、そこでなんじゃが、ちょっとおかしな問題が発生してのぉ」

 

  ダンブルドアは朗らかな笑みを浮かべながらも、全てを見通したような瞳でセフォネを真っ直ぐ見つめる。セフォネもいたって冷静に、普段のように微笑みを絶やさずにその瞳を見つめ返す。

 

「列車の抜き打ち調査に行った4体の吸魂鬼が行方不明となっておるのじゃよ」

「それは大変ですね。吸魂鬼が街をうろつくのは、良いこととは言えませんもの」

「そうじゃな。その吸魂鬼たちが仮に生きていたとして、街を徘徊しておったらの話じゃが」

「というと?」

 

  ダンブルドアはグラスを傾けて蜂蜜酒を1口飲んだ後、続けて言った。

 

「実はリーマス・ルーピン教授がこう証言しておるのじゃ。"黒髪紫眼の少女が燃え盛る金色の天使を操り、吸魂鬼を屠った"と」

 

  やはり、そのことだったか。セフォネは心の中でため息をついた。激情に駆られて吸魂鬼を殺害したのは、やはり不味かったようだ。

 

「吸魂鬼を滅ぼすなど、何世紀もの長い長い魔法界の歴史において、何者も成し遂げられなかった偉業とも言える。吸魂鬼を滅ぼす魔法などそう簡単に創り出せはしない。わしとて考えようとも思わなんだ」

 

  如何に賢人たるダンブルドアといえど、何処かでは既成概念に縛られている。いや、賢人だからこそとでも言おうか。その為、吸魂鬼を殺す方法など考えもしなかったし、考える必要はないと思っていた。それに比べ、セフォネは既成概念など鼻から気にしない。目的の為ならば手段も方法も労力も厭わない。それ故、セフォネは吸魂鬼を葬り去ることに成功したのだ。

 

「今年は前人未踏の事ばかり起こる。不可能と思われたアズカバンからの脱獄、不可能であった吸魂鬼の殺傷」

「何か関連性がある、そう先生はお思いで?」

 

  シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した方法はいまだ判明していない。

 彼は何者も正気を失い生きる希望を見出せなくなる、吸魂鬼の巣窟であるアズカバンでただ1人正気を失わず、しかもそこから逃げ出した。

 18世紀以降脱獄不可能とされていたアズカバンからの脱獄。

  そして今日起こった、数世紀に渡って不可能と言われていた吸魂鬼の殺傷。

  それを成し遂げたのは、どちらも黒き血を流す者。

  ここまでくれば、関連性を見出すことは無理では無いだろう。

  しかし、ダンブルドアは首を横に振った。

 

「否。わしはこの2つの出来事は何の関わりもないと思っておる。普通に考えたらそうじゃろうて。しかし、関係性を見出す者もいるだろう。藁をも縋る思いで何かに躍起になっている者などはな」

 

  ダンブルドアはファッジのことを揶揄しているのだろう。あの保守的な小心者がセフォネに手出ししようと思えはしないが、人間追い詰められれば何をするか分からない。

 

「今回の件、魔法省は吸魂鬼が行方不明になったものと見なし、発表はせぬようじゃ。じゃがの、セフォネ。それも今回ばかりじゃ。もう吸魂鬼を殺そうとするでない」

「善処いたしますわ」

 

  今回はぬかった。これからはもっと慎重に行かねば。セフォネは反省を心に刻んだ。

 

「それは良かった。おっと、もうこんな時間じゃ。老人の飲みに付き合わせてすまなんだの」

「いえ。楽しかったです。またのお誘いをお待ちしておりますわ」

 

  セフォネは椅子から立ち上がり、ダンブルドアに一礼して踵を返した。そして、1つの肖像画の前で立ち止まった。

 

「フィニアス卿」

 

  しかし、フィニアスは他の肖像画と同じように、深い眠りについている、ように見えるが狸寝入りである。

 

「起きていることは分かっております。何年来の付き合いだと思っているのですか?」

「察しの良い子供は嫌いだ」

 

  フィニアスは不機嫌そうに目を開いた。

 

「久しぶりだというのに、連れないお返事ですこと」

「何のようだね、ペルセフォネ。我が子孫よ」

「ご先祖様の肖像画の前を通りかかって、挨拶をせぬわけがございましょうか」

「ふん。ならば、とっとと帰るが良い」

「あらまあ。相変わらず素直じゃないですね。本当は声をかけられて嬉しい癖に」

 

  ふふふ、と微笑むセフォネを、フィニアスは睨みつけた。

 

「小娘、八つ裂きにされたいか?」

「八つ裂きにし易そうなのは貴方ですけれどね。では、帰る前に1つ言いたいことが」

 

  セフォネはそう言うと、チラリとダンブルドアに視線を向け、そしてまたフィニアスに戻した。

 

「いくら盟約に縛られていようと、うら若き乙女の私生活を他人に口外するのは、いかがかと思いますわ」

 

  フィニアスの眉がピクリと動き、表情にはあまり出ないながらもやや罰が悪そうにしている。ブラック家の祖先として、子孫であるセフォネの監視の真似事をするのは、彼にとっても不本意であるのだ。そしてそれをセフォネに看破されてしまったし、あの家には10代前半の少女2名が住んでいる。一歩間違えば犯罪であろう。

  呻き声を上げるフィニアスを見て、セフォネは満足そうに頬を緩めた。

 

「では、ご機嫌よう」

 

  もう一度お辞儀し、セフォネは寮へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  翌日の朝。何事も無かったかのように朝食を食べるセフォネや、学校生活のリズムに馴染めず寝ぼけたままの生徒たちに時間割表が配られた。

  3学年からは選択科目があり、セフォネは古代ルーン文字学と数占い学、エリスは魔法生物飼育学と数占い学をとっている。時間割を見比べた所、古代ルーン文字学と魔法生物飼育学は同じ時間にあるようだ。

 

「煩いわね、もう」

 

  朝食のトーストを齧りながらダフネが、朝から煩いスリザリンテーブルに顔を顰めた。

 ちなみに何故煩いのかと言うと、スリザリン生の一部が気絶したハリーのモノマネをして大笑いしているのだ。その中心にいるのはやはりドラコで、バカバカしい仕草で気絶をする真似をしている。まあ、非常に滑稽で面白いといえば面白い。

 

「ホント、子供なんだから」

「微笑ましいではありませんか」

「あんた何歳よ」

 

  ダフネはセフォネにツッコミを入れつつ、自分に配られた時間割を眺めた。

 

「で? あんたたちは何の教科とったの?」

「魔法生物飼育学と数占い学よ」

「セフォネは?」

「私は古代ルーン文字学と数占い学です」

「なんだ、私と一緒じゃない」

「あれ、ダフネは占い学とったんじゃなかった?」

「取ろうと思ったのだけれど、教室が滅茶苦茶遠いって聞いて止めたわ」

 

  そう言ってダフネは肩を竦めた。基本面倒くさがり屋で動くことが嫌いなダフネは、極力最小限の運動で生きている。常に教室へ近道し、そこには一切の無駄がない。合理主義者だと言え、と本人はよく言っていた。

 

「選び方が……まあ貴方らしいけど」

「それはそうとさ、あんた魔法生物飼育学は失敗だったんじゃない? だって今年からあの髭もじゃが担当なんでしょ? 大丈夫なのかしらね?」

「大丈夫なわけあるか」

 

  ひとしきり大爆笑して、今は喉を休めて紅茶を啜っていたドラコが会話に加わる。彼はハグリッドが教師になることに反対なのだ。

 

「よりにもよって何であのデカブツなんだ。父上が理事ならばこんなこと無かっただろうに。絶対まともじゃないよ」

「生物飼育の腕は確かなのでしょうが、教師に向いているかといわれれば微妙ですよね。それよりも、1時間目は変身術ですからそろそろ行きましょうか」

「うわぁ、学期の始めがマクゴナガルか……重いなぁ」

「消化不良起こしそうね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そうして始まった新学期であったが、1週間も経たずに問題が起きた。

  古代ルーン文字学の授業を終えて昼食を取りに大広間へやって来たセフォネとダフネがスリザリンテーブルに行くと、何故かそこにいたスリザリン生はみな怒りに燃えていた。

 

「何かあったんですか?」

 

  その中で困ったように苦笑しているエリスに聞いた所、ハグリッドが授業で連れてきたヒッポグリフをドラコが侮辱して襲われたらしい。状況から見れば殆どドラコが悪いのだが、もとよりあったハグリッドへの不信感に火がついてしまったのだ。皆口々にハグリッドを罵っていた。

 

「大丈夫かしらドラコ……」

 

  パンジーがもはや涙目でドラコを心配している。スリザリン女子の間では周知の事実なのだが、彼女はドラコに恋している。恋愛対象の男子が、危険生物に襲われたため取り乱しているのだ。

 

「怪我の具合は?」

 

  周囲の空気は気にせずに、いつもの調子でセフォネが尋ねた。

 

「右腕に深さ約5ミリ、長さ約10センチの切り傷。動脈が一部切れていたけど、私が応急処置したから多量出血は無い。ヒッポグリフの爪に細菌類が付着していた場合の感染症が心配だけど、マダム・ポンフリーにかかれば問題は無いわ。だから安心して、パンジー」

「そうよ、死ぬわけじゃないんだから。泣くのは止めなさい」

 

  今にも泣き喚きそうなパンジーを、親友のミリセントが慰める。エリスの癒者ばりの説明を聞いて落ち着いたのか、パンジーは涙を拭いながら顔を上げた。

 

「そ、そうなのね……ごめんさい、取り乱してしまって。貴方はドラコの恩人だわ」

「いや、恩人だなんてそんな」

 

  素直に嬉しいのか、エリスははにかんだ。ちなみにエリスは治療系魔法が得意である。そのセンスはセフォネよりも上である程だ。そこら辺は癒者の家系である血筋なのだろう。

  パンジーが泣き止み、ハグリッドへの批判が一段落したところで、セフォネはパンと手を打った。

 

「さて、午後は魔法薬学です。遅れる訳にはいきませんわ。皆、早く昼食をとって地下牢へ行きましょう。パンジー、ドラコに何か持っていってあげては? 彼も空腹でしょうし」

 

  そしてセフォネはパンジーの耳元で彼女にしか聞こえない程度で囁いた。

 

「ついでに2人でランチタイムを楽しんではいかがですか?」

 

  途端に目を輝かせたパンジーは適当に昼食を取ると、医務室へ駆けていく。

 

「若いっていいですね」

「あんた何歳よ」

 

  妙に年寄り臭いセフォネにダフネがツッコんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  結局、ドラコは午後の魔法薬学の時間の途中に現れた。その右手は包帯で吊ってあり、まさに怪我人です、といった風貌である。

 

「ドラコ。大丈夫それ? やっぱ感染症?」

「は? 感染症?」

「そう。傷は対したこと無かったし、でも包帯で吊ってるからさ」

「え、えーと。うん、そうなんだ。どうやらあの牙に何か毒がついてたらしくてね。傷が塞がりきらないんだ」

 

  どうも様子がおかしいと思い、セフォネは開心術を使ってドラコの考えを読んだ。どうやら、仮病で周囲の同情を買うと共にハグリッドを貶しめようとしているらしい。

 

「へぇ、マダム・ポンフリーが治せない外傷なんてあるのね。でもそれいつ治るの? クィディッチの試合だってあるし……」

 

  そんなドラコの考えも知らず、エリスはドラコの腕の治療期間を気にしていた。彼女とドラコはスリザリンのクィディッチチームに所属しており、その試合は11月に行われる。試合までは大分先だが、練習があるのだ。

 

「それは……」

 

  ドラコは適当な期間を言おうとしていたが、セフォネが遮った。

 

「回復阻害タイプの毒の解毒には遅くても1ヶ月程しかかかりませんから。試合には間に合うでしょうね」

 

  ハグリッドの監督責任やカリキュラムからの著しい逸脱、注意の不徹底などもあるが、結局はドラコの自業自得である。8対2でドラコが悪い。ハグリッドが気に食わないのは分かるが、彼の考えだとクリスマス明け以降まで包帯を取らない気でいる。そんなに長い期間仮病を使えば、ただでさえ悪いスリザリンの評判や、スリザリンの長所である品位が落ちるというもの。

  というわけで、セフォネはドラコの思惑通りには行かないよう、余計なことを口走ったのだ。

 

「そうですよね、スネイプ教授?」

「ああ、その通りだ。スリザリンに5点。しかし、その腕では作業は出来んな。ウィーズリー、手伝ってやりたまえ」

 

  スネイプのお墨付きとクィディッチを出されてはぐうの音も出ない。ドラコは少々思い通りにいかなかった苛立ちを存分にロンで晴らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1週間の最後の金曜日。初めての闇の魔術に対する防衛術の授業があった。

 

「今年は大丈夫かな?」

「あの人、今にも倒れそうだったけど」

「ていうか、なんであんな服装なんだ? まるで乞食じゃないか」

 

  などと、一昨年は変人、去年は無能だったということもあり、今年の先生に対しても不安が出ている。そんな風に皆が話していると、時間になってルーピンが入ってきた。相変わらずみすぼらしい格好であったが、血色はまだ良くなっていた。ホグワーツに来てからまともな食事を取ったお陰だろう。

 

「やあ皆。今日は実地訓練だから、教科書は鞄に戻してもらおうかな。杖だけあればいいよ。じゃあ、私に付いてきて」

 

  ルーピンが生徒たちを連れてやって来たのは、職員室だった。教員用の机がいくつも並べられており、横に空いたスペースに箪笥が1つ置いてある。何故か、その箪笥はガタガタと揺れていた。

 

「さて、他の寮の生徒から聞いている人もいるかもしれないけど、今日皆と対峙してもらうのはまね妖怪、ボガートだ。ボガートが何か、知っているかな?」

「形態模写妖怪のことでしょう。暗くて狭い所を好み、人が恐れるものに姿を変える」

 

  ドラコが得意気に答える。ボガート自体は別に珍しい生物ではなく、魔法族であれば皆、基礎知識程度ならば持っている。魔法族のみならず、ごく稀だがマグルの家にも出没するらしい。

 

「その通りだ。だから、暗い場所にいるボガートはまだなんの姿にもなっていない。箪笥の中では、誰が何を恐れるかを判断できないからね。ボガートが独りの時どんな姿をしているのかは誰も知らないわけだけど、外に出た途端に、皆がそれぞれ怖いと思うものに姿を変える」

 

  ルーピンの丁寧かつ分かり易い説明に、段々とルーピンに対する評価が上がっていく。どうやら今年はまともな教師のようだ、と。

 

「ボガートを退治するときは、誰かと一緒にいるのが一番なんだ。人が何を恐れるかは、その人その人で違うから、ボガートは何に姿を変えればいいのか分からなくなってしまうんだ。私はボガートが一度に2人の人間を驚かせようとしたのを見たことがあるが、首無し死体とナメクジが繋がった、とても滑稽な姿だったよ。とても恐ろしいとは思えなかった」

 

  いや、それはそれで滑稽というよりも気持ち悪そうな気がするが、ルーピンの表情から察するに、随分と面白いものだったのだろう。

 

「ボガートを退散させる呪文は簡単なんだけど、精神力が必要になる。こいつをやっつける為には笑いが必要なんだ。君たちはボガートに、君たちが滑稽だと思う姿をとらせなければならない。じゃあ、私に続いて言ってみよう……リディクラス(ばかばかしい)!」

「「「「「リディクラス!」」」」」

 

  ルーピンに続いて皆が一斉に唱えた。

 

「そう、とっても上手だ。ここまでは簡単なんだけどね。さっきも言ったとおり、呪文だけでは十分じゃないんだ。エリス、ちょっと来てくれるかな?」

 

  急に指名されたエリスが、おずおずと前に進み出る。ルーピンは安心させるように肩に手を置き、エリスに尋ねた。

 

「よし、エリス。君が怖いものは何だ?」

「あー、えと……トロール、です」

 

  2年前のハロウィンにトロールに襲われたというトラウマは、今も彼女の心に深く根付いているらしい。

  ルーピンは真面目な顔で頷いた。

 

「トロールか。分かった。私は今からあの箪笥の扉を開ける。そうすると、中のボガートがトロールに化けて出てくる。君は呪文を唱えながら強く念じるんだ。どんな姿のトロールは滑稽であるか。いいね? エリスが首尾よくやっつけたら、ボガートは君たちに向かってくる。今のうちに考えておきなさい。自分が何が怖いのかを。そしてどうやったらそれをおかしな姿に変えられるかを」

 

(恐れているもの……か)

 

  セフォネは昔、自宅でボガートに遭遇した経験があった。その時ボガートが変身した姿は、地面に泣き伏せる弱々しい自分の姿。

  セフォネはかつて、両親の真実を知り祖母が死んだ時、もう泣かないと心に誓った。復讐を果たすと墓標に誓った。そして、強くなると、全てを乗り越える為強くなると自分の心と墓標に誓った。

  そのせいだろうか、セフォネはその時から、弱くなることを恐れるようになった。涙を流すことも、他人に弱みを見せつけることも。

  その時のボガートは開発中だった"精霊の祓火"で灰にしたが、今回はそういうわけにもいかない。そもそも、成長した今でも、ボガートは自分自身の姿になるのだろうか。

 

  セフォネはまだ考え込んでいたが、ルーピンが合図と共に箪笥の扉を開いた。すると、箪笥から天井に届かんばかりの大きさのトロールがぬっと出てきた。

 

「リディクラス!」

 

  エリスが呪文を唱えると、トロールは体だけ小さくなり、頭だけそのままの大きさの2頭身の姿となる。これを滑稽と言わずしてなんと言うのか。職員室中が笑いで包まれ、ルーピンも思わず笑みを零した。

 

「よし、いいぞ。それじゃあ次だ」

 

  皆が次々と前に出ていき、それぞれが恐れるものを滑稽な姿に変えていく。

 

「よし、ペルセフォネ。次は君だ」

「セフォネで構いませんわ」

 

  ルーピンに微笑みかけながらセフォネはボガートの前に進みでる。すると―――

 

「はぁ………やはり……」

 

  そこに立っていたのは、黒いストッキングの上に濃いグレーのスカートを履き、白いワイシャツに緑のネクタイを締め、黒いローブを羽織った少女だった。その髪は艷やかで黒く、その瞳はアメジストのような紫色である。

 

「な……」

 

  セフォネが恐れるものとは一体何なのか、と興味津々に見ていた生徒たちは、皆声を失った。

 

  ボガートが変えたその姿は、まさしくペルセフォネ・ブラックその人であったのだ。

 

「結局、あの時から何も変わっていない……か」

 

  ボガートのセフォネは笑みを浮かべておらず、その顔は悲壮さが滲み出ており、そしてその双眸から雫が流れ落ちた。

 

「全くもって……ばかばかしい(リディクラス)

 

  バチンと大きな音が響き、偽セフォネが立っていた場所には、スリザリン女子の制服を着たハグリッドが立っていた。しかも、服のサイズはそのまま。しかし、破けることはなく、あくまで破けそうな程にパツパツという状態である。

 

「ぶふっ……」

 

  誰も予想だにしなかった光景からのこの不意打ちに、皆が一斉に吹き出し、今日一番の大爆笑が起きる。するとボガートは行き場を失ったように破裂し、白い煙となって消滅してしまった。

 

「本当はあと一回くらい誰かと戦うはずだったけど、皆の要領が良かったみたいだ。よくやった。スリザリン生1人につき5点をあげよう。さて、今日の授業はここまでだ。寮に戻ったら各自教科書のボガートに関するページを読んで、レポートにまとめて提出してくれ。それが今回の宿題だ。じゃあ、解散だ」

 

  今までにないクオリティの授業に、生徒たちは興奮した面持ちで職員室を出ていく。あのドラコですら満足げな表情を浮かべていた。

 

「ねえ、セフォネ。貴方自分が怖いの?」

 

  寮に戻る道すがら、エリスが遠慮がちに尋ねてきた。

 

「己の敵は己ということですよ」

 

  では、何故泣いていたのか。それを尋ねることは、エリスには出来なかった。ボガートが化けたセフォネの眼が、吸魂鬼に襲われた後のセフォネの眼と全く同じだったからだ。

 触れてはいけない彼女の闇だ、とエリスは感じていた。

 

「ねえ、セフォネ」

「何ですか?」

「何か辛いことがあったらさ、誰かに頼ってもいいんだよ?」

 

  セフォネは僅かに瞳を揺らして動揺した。しかし、その心の揺らぎは、瞬く間に巧妙に、微笑みという仮面に隠された。

 

「そうですね。もしあれば、その時は貴方の胸をお借りしますわ。いや、ダフネのほうが良いですかね?」

「どういうこと……」

 

  エリスは自分の胸を見て、少し先を歩いているダフネの胸を見て、その違いに気付いた。

 

「なあ! 別に悔しくないし、まだ成長するし!」

「するといいですね」

「言ったなこのぉ!」

「あっはは!」

 

  飛び掛かかるエリスをかわして愉快そうに笑うセフォネ。

 

 その笑みは、仮面ではなかった。

 




セフォネが何を怖がるのかは、結構前から考えていたんですよね。次回ついに本格的にワンコロが登場です。

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