ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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吸魂鬼

  9月1日。キングス・クロス駅の9と4分の3番線に停車している紅の蒸気機関車、ホグワーツ急行。3両目のコンパートメントに、セフォネとラーミアは腰を落ち着けた。セフォネが既に読み終わった新聞を、隣でラーミアが読んでいる。

 

「はぁ……」

 

  席に深く凭れ掛かり、セフォネは彼女にしては珍しい疲れ気味の溜め息を吐いた。

 

  シリウス・ブラック脱獄事件から約1ヶ月、魔法省は彼の消息どころか、脱獄した方法すら掴んでいない。それ故、相当躍起になっているのか、聞きたいことがあるといって魔法大臣直々の書状で魔法省に呼び出されたのだ。ファッジはセフォネのことを避けているはずなのが、かなり切羽詰っていると思われる。

  政敵に叩かれマスコミに叩かれ、市民からは早期解決を迫られ、ファッジは胃に穴が開く思いであるだろう。そのことには僅かながら同情するが、逃がした魔法省の管理不行き届きであるし、自分が召喚されるのも気に食わなかった。というか面倒くさかった。

  その上呼び出された場所は魔法法執行部。闇祓いのお膝元であり親の仇といえる連中、即ち敵陣である。父を殺害した闇祓いは退職しているし、吸魂鬼を派遣した役人は別の不祥事で左遷させられているので、別にそこまで気負う必要は無いのだが、それでも警戒心は常より高く気を張っていた為、昨日は異常に疲れ、それを今日に引きずっていた。

 

(…しかも、態々呼び出して聞いてくることといったら、居場所に心当たりがあるか、脱獄方法に心当たりがあるか、とは……)

 

  シリウスの居場所など、生まれて一度もあったことがないセフォネには心当たりがあるはずも無いし、脱獄方法など、何故セフォネが知っていると思ったのか。ファッジの手際の悪さと考えの浅はかさを思いだし、苛立ちが募る。もっとも、魔法法執行部部長のアメリア・ボーンズという魔女は聡明な女性で、セフォネが何も知らないと判断し、粘るファッジを他所にセフォネに礼を言って早めに帰らせてくれるなど、結構マシな人物であった。

 

「セフォネ? ここ?」

 

  その時、エリスがコンパートメントに入ってきた。その手にはセフォネの式札が握られている。式札でエリスをここまで誘導したのだ。

 

「これ便利ね……って、あれ?」

 

  エリスはセフォネを見て一瞬固まった。

 

「髪切ったの?」

 

  ストレートロングだったセフォネの髪は鎖骨あたりでレイヤーカットされ、去年とは違った印象だった。俗に言うイメチェンである。ラーミアも使った"ご家庭魔法シリーズ・散髪テクニック100"という本を見て、夏休みの間に自分で切ったのだ。ちなみに、なぜこんな本が、闇魔術についての魔法書ばかりある書庫にあったのかは不明である。他にも料理や掃除についての本が数冊あり、ラーミアが重宝しているようだ。

 

「それパーマ? 折角直毛なのに」

「髪が黒いとジャパニーズドールみたいじゃないですか。こちらの方がマシかと思って」

「まあ、憎たらしい程に似合ってるけどさ、貴方の場合は見た目ビスクドールよ。それで、この子は?」

 

  エリスはラーミアを見て尋ねた。そういえば、エリスにはまだラーミアを紹介していなかった。

 

「私はブラック家使用人(メイド)。ペルセフォネ・ブラック様が従者。名をラーミア・ウォレストンと申します」

 

  深々とお辞儀して高らかに口上を述べるラーミアに、エリスは圧倒されて困惑している。あまりにも芝居がかった様子のラーミアと、驚きのあまり固まっているエリスの2人を見てセフォネは笑いを堪えていた。

 

「何ですかそれ?」

「1回やってみたかったんですよ、こーいうの」

 

  よく小説にでてくるような自己紹介にラーミアは少し憧れていたので、丁度いい機会にとやってみたのだ。中々様になってはいた。

 

「そもそも、貴方はいま休暇中でしょう?」

「それはそうですけど、私が使用人(メイド)であることには変わりないです」

「相変わらず真面目ですね。もう少し砕けてもよろしいのですよ?」

「お嬢様はホント、優し過ぎです」

「言ったでしょう? ブラック家はホワイトだって」

「マグル界だったらびっくりの労働環境ですよ」

 

  最初とは打って変わった雰囲気になったラーミアに、エリスは益々困惑している。

 

「エリス、いつまで固まっているんですか?」

「え? あ、いや、ちょっと最初のに驚いちゃって。えーと、セフォネの友達のエリス・ブラッドフォードよ。よろしくね」

「いきなりすいませんでした。こちらこそよろしくお願いします」

 

  車窓からはまだ駅のプラットフォームが見える。時刻は10時58分。出発まで後2分だ。セフォネはラーミアが畳んだ新聞に視線を移す。1面はやはりシリウス・ブラックで飾られていた。エリスもつられてそれを見る。

 

「ねえ、セフォネ。そのシリウス・ブラックって人さ、知り合いか何かなの?」

「事実上は伯父ですが、知り合いではありませんね。家風を嫌っていたようで、私が生まれる何年も前に家出してブラック家から追放された人物ですから、会ったことはありません」

「貴方んちの家風って、つまり純血主義が嫌いだった、ってことよね? なのにこの人"例のあの人"の手下になったの?」

「要するに、ただの流れ者だったのではないかと。家を裏切って尚且つ家名に泥を塗る、本来ならばブラックの姓を名乗ることさえ許容しがたいですわ。もし可能であるのならば、この手で葬って差し上げる所存です」

 

  セフォネはシリウスという人間に対して怒りを覚えている。彼女はブラック家の再興を担う者として、その名を落とすシリウスにいい印象を持っていないのだ。むしろ、自ら手を下すことで名を挙げようとすら思っていた。

  セフォネの顔に少女に似つかわしくない凶悪な笑みが浮かんだのを見て、エリスは話題を変えた。

 

「ま、まあ。貴方も色々大変なのね。それはいいとしてさ、夏休みは何かあった?」

「大したことは特に何もありませんでしたわ」

 

  自分から"臭い"を消し去り、箒無しでの飛行に成功し、さらに幾つかの魔法を完成させたことを"大したことない"といえるのならば、であるが。

 

「貴方は確か、フィンランドに行ったのでしたね。どうでしたか?」

「涼しかったわ。それに、イケメンが沢山いたわ。やっぱ北欧男子はいいわね」

 

  その時列車が動き出し、キングス・クロス駅を後にした。エリスのフィンランドの土産話を聞いていると、コンパートメントの扉が開かれてブルネットの少女が入ってきた。

 

「ここいいかしら……て、あんた達だったのね」

 

  入ってきたのは同級生のダフネ・グリーングラスだった。セフォネとエリスとの関係は、同じクラスであり会えば喋るそこそこ仲の良い同級生、といった具合である。

 

「あら、ダフネ。お久しぶりです」

「久しぶり。まだ空いてるからいいわよ」

「ありが……」

「お姉ちゃんのお友達?」

 

  礼を言おうとしたダフネを押しのけ、ダフネと良く似た少女が、ダフネの背後から顔を出した。

 

「お姉ちゃんってことは……」

「妹さんですか?」

「ええ。妹のアステリアよ。今年からホグワーツなの」

「奇遇ですね。ラーミアも丁度今年からホグワーツで」

「あれ、あんたに妹いたっけ?」

「私の従者です」

 

  その返答に、ダフネは首を傾げる。

 

「従者?」

「はい、ラーミア・ウォレストンと申します。よろしくおね……」

「よろしく、ラーミア! わあ、綺麗な髪ね。それ地毛?」

「え、ちょ……」

 

  アステリアはラーミアの隣に勢い良く座り、彼女の銀の髪を触り始めた。

 

「凄くさらさら。それにいい匂い。ねえ、どんなシャンプー使ってるの?」

「こら、リア。もう……」

 

  初対面の相手に遠慮のない妹に苦笑すると、ダフネはエリスの隣に腰掛けた。

  同年代の友達など今までいなかったラーミアは、アステリアのスキンシップに戸惑い、救いを求めてセフォネを見るが、セフォネはそんな様子のラーミアを微笑ましげに見ている。

 

「従者ってより、あんたにとっては妹みたいな感じね?」

 

  ダフネはダフネで、ホグワーツ入学に浮かれてはしゃぎ気味の妹を微笑ましげな目で見ていた。

 

「そういえばセフォネ、あんた昨日魔法省に呼び出されてたみたいね」

「何故知っているんですか?」

「家の父親、ウィゼンガモットの評議員なのよ。その関係でね。変な身内を持って、貴方も大変ね」

「全くですわ」

 

  暫くするとアステリアが幾分落ち着き、ラーミアとホグワーツについて話していた。

 

「ラーミアは何処の寮に行きたいとかある?」

「私は……スリザリンかレイブンクローがいいなって」

「何で?」

「スリザリンにはお嬢様がいるし、レイブンクローはお父さんがいたらしいから」

「ふーん、私と同じね。私のおばあちゃんもレイブンクローだったったらしいんだ。だから、レイブンクローか、お姉ちゃんと同じスリザリンに入りたいの」

 

  その会話を聞き、先輩3人が感慨深い表情になる。2年前の自分たちを思い出していたのだ。

 

「入学前はお決まりよね、寮についての話題って」

「確かに、そうですわね」

「皆1番気にしてるからね」

 

  年長者の余裕をかます3人。アステリアがダフネに尋ねた。

 

「組分けってどうやるの?」

「それはホグワーツの伝統で教えてはいけないのよ」

「ええー」

 

  例え親がホグワーツ卒業生でも、入学前の生徒は組分けの儀式について知らない。それはホグワーツの1千年の伝統とも呼べる習慣であった。

 

「従兄弟はトロールと戦うとか言ってたし、お母さんは面接があるとか言ってたし……もう」

 

  組分け帽子を面接官だと思えば、面接といえば面接かもしれない。上手い言い方だと、セフォネは思い、そして自分の組分けの様子を思い出して苦笑した。心を読むことで面接する面接官相手に閉心術を使う人間が、果たしているだろうか。組分け帽子も史上初めてだとか言っていた。

  セフォネが思い出に浸る隣で、ラーミアは顎に手を当てて考えていた。

 

「トロールは流石にないんじゃないかな? まあ、そうだとしても3メートル級なら何とかなる、か……? 手足を切り落とせれば……」

 

  何か考えて込んでいたと思えば、ラーミアは物騒なことを言い出した。無論、セフォネの教育のおかげである。

 

「ちょっと、あんたのメイドさんが恐ろしいこと言い出したんだけど」

「確実にセフォネの教育受けてるわね、これは」

「並大抵の切断呪文では、頑強なトロールの手足は落とせません。まずは目をやりなさい」

「何的確なアドバイスしてんのよ」

「うん、トロールの話題はちょっと止めようか」

 

  2年前のトラウマを思い出し、エリスが話を打ち切った。その後5人は制服に着替え、車窓から見える空が暗くなってきた頃、異変が起きた。

 

「あれ? まだ1時間はあるのに……」

「汽車の故障かしらね」

 

  到着時刻よりもまだ随分と前なのにも拘わらず、汽車の速度が落ちていき、最終的には停車してしまった。そして、車内の明かりが一斉に消え、コンパートメント内が闇に包まれる。

 

「うわぁっ!」

「なんかホラー映画みたいな展開に…」

「えいが、って何?」

ルーモス(明かりよ)

 

  突然の事態に驚くアステリアと、ラーミアの発言に首を傾げるエリス。セフォネは冷静に杖先に明かりを灯し、エリスとダフネもそれに習う。何が起こったのか様子を見に外へ出ようとセフォネは扉を開こうとしたが、セフォネの手が掛かる前に扉が開いた。

 

「な、何……あれ…」

 

  そこにいたのは、天井まで届く程の大きさの、黒いローブを纏った何か。それが現れた瞬間、窓がピキピキと凍りつき、室内から一切の温度が無くなる。

  その正体を理解したセフォネの目つきが鋭くなった。

 

吸魂鬼(ディメンター)……!」

 

  吸魂鬼(ディメンター)は地上を歩く生物の中で最も忌まわしきものの1つと言われている生物である。彼らは人間の心から発せられる幸福や歓喜などの感情を感知して、それを吸い取って生きている。その影響力は凄まじく、吸魂鬼が周囲にいるだけで人間は活力を失い絶望と憂鬱を味わうのだ。今このコンパートメントで起きているのがまさにそれで、吸魂鬼がガラガラと音を立ててゆっくりと息を吸い込んだ途端、5人を凄まじい悪寒が襲った。

  セフォネに続いて外に出ようと半分立ち上がっていたダフネとエリスは席にへたり込み、ラーミアとアステリアはガタガタと震えている。セフォネの首筋にも冷や汗が伝った。

 

「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者はここにはおりません。去りなさい、吸魂鬼(ディメンター)、アズカバンの看守よ!」

 

  自らの平静を保つ為に、セフォネが声を張り上げる。だが、吸魂鬼(ディメンター)は立ち退こうとはせず、寧ろ室内に入ってこようとし、一番入り口に近かったセフォネに近づいた。

 

『―――を連れて逃げろ! くっ、あれは……』

 

(…声……?)

 

  セフォネの頭に声が響く。男性の声だ。

 

『止めろ!』

 

  その男性の叫び声が聞こえる。そしてその瞬間、セフォネの頭にビジョンが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

  セフォネの目の前には、黒い大きな布を被ったもの、吸魂鬼(ディメンター)が立っていた。しかし、周囲の風景は汽車のそれではなく、どこか見慣れた家―――

 

 

 

 

 

「…消えろ……」

 

  こめかみを抑えてセフォネが、呻くように呟いた。生気が吸い取られるような感覚がし、目眩がしてくる。頭には再びビジョンが浮かんできた。

 

 

 

 

 

  吸魂鬼(ディメンター)が頭巾を脱ぐ。そこに現れたのは、人間であったらそこには目があるはずの場所に口を持った、形容しがたいおぞましい顔だった。

 

『―――フォネ!』

 

  その時、女性の叫び声が聞こえた。そして現れたのは、自分の目の前に立ち塞がり、吸魂鬼(ディメンター)から自分を守ろうとする黒髪の女性―――

 

『――セフォネ!』

 

 

 

 

 

  セフォネは下唇を噛み千切り、正気を取り戻した。今にも倒れそうになっていた体を、足を踏ん張って体勢を立て直す。

 

「…消えろ………私の前から……私の心からぁぁ!」

 

  セフォネは明かりを消して杖先を吸魂鬼(ディメンター)に向けた。そして、それを円を描くように振り呪文を唱える。

 

エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)!」

 

  すると白銀の大鷲が現れて、吸魂鬼(ディメンター)をコンパートメントから追い払った。守護霊に追い払われた吸魂鬼(ディメンター)は出口へと向かい、汽車から飛び出していく。セフォネはそれを追った。

  外に出ると、3体の吸魂鬼(ディメンター)がおり、丁度4体目が最後尾の車両から、誰かの守護霊に追われて逃げ出してきた。

 

「…目障りなんだよ……お前たちは…」

 

  何かを探すように汽車の周りを浮遊し、やがて諦めたのか、何処かに飛び立とうとする4体の吸魂鬼(ディメンター)に杖を向け、高らかに呪文を唱えた。

 

サンクトゥス・エグイニアス(聖霊の祓火)!」

 

  杖先から目が眩む程に輝く金色の炎が吹き出し、それは翼を持った人型になる。その姿はまさに燃え盛る天使であった。

 

「…燃え尽きろ……屑共…!」

 

  燃え盛る金色の天使は4体の吸魂鬼(ディメンター)に襲いかかった。

 通常、吸魂鬼(ディメンター)に対しては守護霊呪文しか効果は無く、しかもそれらを破壊することは不可能であるとされていた。しかし、セフォネが繰り出した魔法は彼女自身が創り出したものだ。今までの定説など当てはまらない。

 

 吸魂鬼(ディメンター)たちは金色の炎に包まれ、たった数秒で燃え尽き、灰になって空に散らばり、風に攫われて消え去った。

 




セフォネのイメチェン………ドラコがオールバックから前髪降ろしたのに合わせ、セフォネもイメチェンさせました。ゆるふわパーマかけた感じです。

聖霊の祓火………本作オリジナル魔法。セフォネ作。守護霊に攻撃性を持たせるのは既出でしたので、こういう形にしました。詳細は次回。


ダフネをまだ出していなかったことに今気付きました。それに、調べてみたら妹のアステリアはラーミアと同い年。これは絡ませないわけありません。
次回は真似妖怪とかですかね。

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