ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様 作:RussianTea
クリスマスの次の日、エリスはやや遅めに大広間へ向かった。普段起こしてくれるセフォネや他のルームメイトたちがいない為、少し寝坊したのだ。
「おはよー」
既に朝食を取り始めているドラコがパンを咥えながら振り返った。
「やあ、おはよう。新聞はもう来てるよ」
そう言って、エリスが定期購読している"日刊予言者新聞"を差し出す。エリスが来る前に届いたので、ドラコが代わりに受け取ったのだ。
「ありがと」
いつの間にかにベーコンとポテトを皿によそったエリスは、ドラコから新聞を受け取った。受け取りざまにクロワッサンを手に取る。それを口に頬張りながら、エリスは新聞に目を通した。
「何か大きな事件はあったかい?」
「んー……目ぼしい記事はないわね」
クリスマスに浮かれた誰かが巨大なツリーを踊らせて、それをマグルに目撃されてしまい、休暇中の魔法事故惨事部が出動せざるを得なかったという事件で一面は飾られていた。
「罰金が払えなくてウィーズリーが夜逃げしたとか書かれてないか?」
昨日の新聞に、アーサー・ウィーズリーが車に魔法をかけた罪で50ガリオンの罰金を言い渡されたという記事があり、ドラコは大爆笑し、マグル製品不正使用取締局の局長がそれでいいのかと、エリスはただ呆れていた。
「そういえばお前たち、今日は腹の具合は大丈夫なのか?」
「何のことだ?」
「昨日、腹が痛いって言って走ってトイレに行ったじゃないか」
クラッブとゴイルは揃って首を傾げており、ドラコは呆れて溜息をついた。
「昨日のことも覚えていないのか……」
もはや諦めた、と言わんばかりに首を振り、ドラコは食後の紅茶を飲んだ。
「ん?」
興味なさげに新聞をめくっていたエリスは、5面のある記事を目にして、手を止めた。
「これって……」
「どうした? まさか本当に夜逃げしたか?」
「いや、そうじゃなくて。セフォネが載ってる」
そう言ってエリスがドラコに見せた記事の見出しには、"『黒き姫』クリスマスパーティーに現る"と出ており、小さいながらもセフォネがルシウスと会話している写真が載っていた。
「黒き姫とは、中々上手いこと考えたね」
セフォネが着ているドレスと髪の色、そして"ブラック"という名をかけたネーミングだろう。ドラコが少し感心しているが、エリスが言いたいのはそこではない。
「それもそうなんだけど、セフォネがドラコん家のパーティーに出たからって、記事になるもんなの?」
「前にも説明した通り、家のクリスマスパーティーには魔法省の重鎮や名家の当主たちが招かれるから、記者が取材に来ることもあるんだ。それに、10年近く姿を見せなかったブラック家が表舞台に現れたんだから、記事にもなるさ」
「やっぱ凄いのね……」
普段はあまり意識していないが、セフォネはホグワーツの学生であり、自分の友人である以前に、"高貴で由緒正しい"純血家系の名家の主なのだ。あの精神年齢の高さも、あの魔法のレベルの高さもそういった所からなのだろうかと、超えられない壁のような物を感じる。
そんなことを考えながら記事を読んでいると、ある文章が気になった。
「"11年前の事件以降、彼女が当主として表舞台に姿を見せたのは初めてのことであり"……11年前の事件?」
「知らないのか?」
「ドラコは知ってるの?」
「知ってはいるけど……本人が言ってないのなら、僕が教えてもいいのかどうか……」
ドラコは暫く迷っていたが、エリスに教えることにした。紅茶を一口飲むと、ドラコは語りだした。
「まあ、調べれば分かることだから言うが、11年前、セフォネの両親は闇祓いに殺されたんだ」
「え!?」
実際には父は殺害され、母は廃人となってしまったのだが、ドラコは詳細までは知らなかった。
「詳しいことまでは知らないが、捕まった死喰い人の中に仲間を売ることで罪を逃れた者がいたらしくてね。そいつがブラックという名の死喰い人がいると証言したんだ。闇祓いたちはそれをセフォネの両親のことだと思い襲撃した。実際は無実だということは後日判明したらしい」
「そんなことって……」
何の罪もないのに殺されてしまったという事実に、エリスは言葉を失った。いつもの様な生意気な態度が成りを潜め、ドラコはその事件の悲惨さに目を落とす。
「皆、ポッターが可愛そうだとか言うが、セフォネの境遇の方が酷い。彼女の両親は正義を振りかざした連中に冤罪で殺されたんだからな」
重くなってしまった空気に耐えかねたのか、ドラコは紅茶を飲み干すと、談話室へと戻っていった。エリスは親友の辛い過去を知り、セフォネがどんな思いで生きてきたのかを考えて胸を痛めた。
ドラコとエリスがセフォネについて話している時、教員テーブルの中央で朝食を取りながら、ダンブルドアもその記事がきっかけで、セフォネについて考えていた。
ペルセフォネ・ブラックという生徒は、普段の学校生活では比較的穏やかで、閉塞的なスリザリンにしては珍しく他寮との交流もある。純血主義に傾倒しているわけでもない。ここまでならば、セフォネは模範的な生徒である、という結論で終わる。
しかし、彼女は戦闘時において、残虐とも思える一面を現す。去年の彼女がトロールを倒した時のことだ。ハロウィーンの時に出没したトロールを、セフォネは壁に打ち付けて"悪霊の火"で焼き殺した。賢者の石を守る罠のトロールは爆散させた。
これ程の技量を持っているのならば、セフォネは恐らく"死の呪文"を使うことが出来る。それにも拘わらず、態々相手が苦痛を伴うような方法をとった。それは残虐性の現れなのだろうか。
実際にセフォネと決闘したスネイプが言うには、彼女はただ単に戦闘狂なだけであり、少しでも戦いを楽しみたいだけらしい。
それは一先ず置いておき、ダンブルドアが疑問に思う点はそれだけではなかった。
(…あの時と変わり過ぎておる……)
セフォネがホグワーツに来る前、ダンブルドアはセフォネの姿を1回だけ見たことがあった。
3、4年程前にロングボトム夫妻の見舞いに行った時だ。2人は死喰い人に拷問されて心神喪失状態になり、聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院していた。見舞いを終えて帰ろうとした際、2人の病室の隣の病室のドアが開いており、何気なく視線を移すと、ベッドの脇に少女が立っているのが見えた。
上下ともに黒の服装で、黒く艷やかな黒髪は肩上で切り揃えられている。肌の露出はほぼ無く、唯一見える首筋や手は、元々の体質か、それともほとんど日に当たらないためか、不健康な程に白い。
その少女は項垂れて僅かに震えていた。その様子が気になり、ダンブルドアは病室の前のネームプレートを見る。そこには"デメテル・ブラック"と書かれていた。
(…そうか彼女が……)
自分が作った組織に所属している闇祓いの手によって父を奪われ、他の闇祓いが派遣した吸魂鬼によって母を廃人にされてしまった少女、ペルセフォネ・ブラック。
ダンブルドアはセフォネをそのまま見ていた。覗き見は趣味ではないし、そのまま立ち去っても良かったのだが、なぜか目を逸らせなかった。彼女がその歳の少女とは思えないような、凄まじいオーラを放っていたからだ。
最初は悲しみにくれたような、そんな後ろ姿をしていた。体が震えていたのは、涙を堪えていたのだろう。
だが、その様子はどんどんと変わっていった。
拳を固く握り締め、ギリ…と歯を噛み締める音が聞こえたような気がした瞬間、サイドテーブルの花瓶が割れて弾け飛んだ。それを皮切りに、病室は凄まじい魔力と殺気で満たされていく。
「……許さない………殺す…………殺してやる……!」
可愛らしい外見に似つかわしくない、憎悪が込められた恐ろしい声で、セフォネはそう呟いた。握り締めた拳には爪が深々と刺さって血が滲んでいた。
暫くしするとセフォネから放たれる魔力が薄れていった。セフォネは項垂れたまま振り返り、出口へと向かおうとする。そこで、ダンブルドアがドアの側に立っているのに気付いた。セフォネは素早い動作で杖を抜き、顔を上げてダンブルドアを睨みつけた。
「…………何か用?」
口元は真一文字に結ばれ、警戒心剥き出しの表情で、低く問う。ダンブルドアは努めて明るく、朗らかに返した。
「いや、隣に知り合いの見舞いに来ていてのぉ。ここのドアが開いていたから気になって見ていたのじゃよ、お嬢さん」
「…………」
その返答に、セフォネは黙ってダンブルドアの瞳を鋭く睨みつける。その瞬間、ダンブルドアは頭の中に何かが滑り込んでくるような感覚を受けた。
(…開心術か……)
ダンブルドアは心を閉じたが、それでも強引にこじ開けられた。咄嗟に目を逸らして、セフォネに心を読まれるのを避けようとしたが、それをすれば敵だと思われてしまうと思い直した。それ故、敢えてそのままにしておいた。大事な記憶を覗かれそうになったら流石に目を逸らそうと思ったが、セフォネはダンブルドアが言ったことが嘘か真かを確かめただけだった。
「…………」
真偽を確かめたセフォネは杖を懐に仕舞い、ダンブルドアから視線を外して歩き出した。だが、花瓶の破片を踏むと立ち止まった。ゆっくりとベッドを振り返る。サイドテーブルの花瓶が割れていることに、そこで初めて気付いたようで、セフォネは再び杖を取り出した。
「レパロ」
飛び散った破片が集まっていき、花瓶が修復されていく。テーブルの側に落ちた花を杖の一振りで花瓶に差すと、セフォネは再び歩き出した。目の前を通り過ぎようとするセフォネを、ダンブルドアは呼び止めた。
「少し待ってくれんか」
「…………何?」
無表情に自分に視線を向けたセフォネに、ダンブルドアはポケットから取り出した飴玉を差し出した。
「レモンキャンディーじゃ。わしはこれが大好物でのぉ。良かったら食べてくれ」
セフォネはダンブルドアの手のひらの上に乗っている飴玉を見た後、ダンブルドアの顔を見た。そのアメジストのような紫の瞳は氷のように冷たく、そして底が知れないほど深く暗い。
セフォネはレモンキャンディーを受け取った。
「…………」
セフォネは何も言わずにダンブルドアの脇を通り過ぎて去っていった。
当時のセフォネと今現在のセフォネでは、およそ別人と言っても過言ではないほどである。無表情に睨みつけてきたあの時と、いつも笑みを浮かべている今とでは。
(…一体何があったのだろうか。デメテルの死が、彼女に変化をもたらしたのか?)
そうだとすれば、普通ならばより憎しみや復讐心が増幅し、最終的には闇に落ちていくはずだ。しかし、セフォネは闇に落ちるどころか、学校に通い友を作り、楽しそうに日々生活している。
だが、それは仮初の平和なのかもしれない。セフォネは常に笑っているように見えるが、仮面の笑みを浮かべていることも少なくない。それは目を見れば分かる。そして、そういう時は決まって同じ目をしていた。病室で出会った時のような、世界の全てを憎むような、恐ろしい目ではない。
達観したような、世界に諦めを抱いたような目だった。
「"世界の変革"……か」
母が死に、この世界に絶望したからこそ、彼女はそれを望むようになったのかもしれない。
「どうか、トム・リドルと同じ道を辿ってくれるな」
それは、ダンブルドアの切実な願いだった。
その頃、グリモールド・プレイス12番地のブラック邸。
「………ぅん……」
やけに艷やかな声を出しながら、この屋敷の主は目を覚ました。
「…………」
セフォネは上体を起こして暫くフリーズした。昨日帰ってきたことまでは覚えている。だが、それ以降記憶はない。ハンガーにドレスがかかっていて、自分が下着姿であることから察するに、自力で部屋までは来れたのだろう。
「……痛い…」
二日酔いのせいで、セフォネは頭に鈍い痛みを覚えた。
それだけではない。化粧を落とさずに寝てしまったせいで、顔に違和感を覚えた。完全にベッドから起き上がって靴を履き、ドレッサーの鏡に顔を写すと、結構酷いことになっている。唯一の救いは化粧が薄かったことだろうか。
セフォネは下着の上にバスローブを羽織って、2階のバスルームに向かい、熱いシャワーを浴びた。
「酒を飲んでも飲まれるなとは、このことですかね」
化粧を落とさずに寝るのは肌にとって色々とまずい。その為、普段より入念にケアした。一応セフォネも年頃の少女ゆえ、美容には結構気を使っている。
自室に戻ったセフォネは黒のブラウスと赤いフレアスカート、いつもの様にストッキングという服装に着替え、1階へ向かった。
リビングへ行くと、クリーチャーが暖炉の掃除中だった。といっても、指を1つ鳴らしただけで汚れは消えていき、すぐに暖炉に火を灯した。
「おはようございます」
クリーチャーが掃除を終えるのを待ってセフォネが声をかけた。クリーチャーは慌てて振り向いて深々とお辞儀した。
「おはようございます、お嬢様」
「頭痛薬を持ってきて頂けますか?」
それで全てを察したのか、クリーチャーは"姿くらまし"で薬を取りに行き、数秒後に薬を入れたグラスをトレーに乗せて持ってきた。セフォネはそれを一息に飲み干す。とても美味とはいえない味だが、すぐに効果がでて、頭の痛みが薄れていく。
「ありがとうございます。掃除中に申し訳ありませんね」
「滅相もございません。私めはお嬢様の従僕でございますから、何なりと申し付け下さいませ。朝食はいかがいたしますか?」
「軽めでお願いします」
「かしこまりました。10分程お待ち下さい」
クリーチャーは地下1階の厨房へと"姿くらまし"していった。
食事が出来るのを待つ間、新聞を取るついでに近所を軽く散歩しようと思いたったセフォネは、玄関のコート掛けに掛かっているケープコートを着て、その上にマフラーを巻いて外に出た。
夜中に雪が降ったようで、辺りは一面白い雪で覆われていた。廃れた住宅街という性質上、人通りが少ないためか、積もった雪はあまり踏み荒らされていない。
サクッと小気味よい音を立てて雪に覆われた道を踏む。町内を一周しようかと思い、彼女がこの夏に作成した銀製のポストを取り敢えずは素通りしようとした時だった。
「……ん?」
よく見ると、ポストに1人の少女が寄りかかっていた。銀髪ゆえに雪と同化して、近くに行くまで気付かなかった。長らく手入れされていないのか、ボサボサに伸びて腰まで届いている。雪が薄く積もっていて分かりにくいが、随分と着古された服を着ていた。
取り敢えず生死の確認をしようと首筋に指を当てて脈を取る。微かに脈があった。
「……見殺しにはできませんね」
こういう時、マグルは救急車を呼ぶのだろうが、生憎セフォネは電話を持っていない。
「家に運びますか」
セフォネはその少女に浮遊呪文をかけ、マグルに見られてもいいように抱き抱えているような姿勢をとる。その時、少女の目が微かに開いた。その瞳は青みがかった灰色だった。
「……La lampe qui s'éteint ne souffre pas…」
少女はうわ言のようにそう呟くと、ゆっくりと目を閉じた。
ちょっと今回はシリアス目でしたかね。
最後に出てきた銀髪の少女が呟いた台詞は、次回説明します。