ハリー・ポッターと生き残りのお嬢様   作:RussianTea

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開かれた部屋

  新学期が始まってから、初めての休日が訪れた。普段、休日ならばギリギリまで寝ていて、ともすれば朝食を食いそこねるエリスが、今日は早くから起きていた。そして手早く朝食済ませると、同じく手早く朝食を済ませたドラコと共に席を立った。

 

「何か用事でもあるのですか?」

「クィディッチの練習があるんだよ」

「では、最終選考に通ったのですか」

 

  セフォネは驚いた。

  高級箒ニンバス2001をチーム全員に寄贈した時点でドラコのチーム入りは確定していたので、彼に対しては驚きはなかった。しかし、エリスが最終選考に残っていたことは知っていたが、まさか2年生でクィディッチの選手の座を勝ち取るとは。それも、スリザリンチーム唯一の女性選手である。

 

「うん! 私はチェイサーでドラコはシーカーよ」

「おめでとうございます、2人とも」

 

  セフォネの賛辞に、ドラコは当然のことだと言いたげな表情になる。エリスは素直に嬉しそうだった。

 

「そうだ、セフォネ。練習を見に来ないかい?」

 

  ドラコがそう提案する。セフォネは糖蜜パイを頬張りながら少し考えた。

  折角の休日なので、今日はゆっくり本を読もうかと思っていたのだ。

 

「練習は何時まで?」

「午前中一杯よ」

 

 とすると、午後は図書館に行く時間が出来る。それに、友人の晴れ姿を見てみたくもあった。

 

「では、お邪魔させて頂きますわ。しかし、キャプテンの許可は……」

 

  新入りの一存で見学してもいいものなのか。セフォネがその考えを口にしようとした時、後ろから声がかかった。

 

「別に構わない。ブラックなら、寧ろ大歓迎だ」

 

  選手である2人に声をかけようとして話を耳にした、スリザリンチームのキャプテン、マーカス・フリントだった。

 彼にしてみても、"スリザリンの姫"に練習を見学されて嫌な気持ちはしないし、拒否する理由はなかった。

 

「それなら決まりね。行こう」

 

  セフォネは糖蜜パイの最後の欠片を口に放り込み、3人の後に続いた。

 

  選手たちはユニフォームに着替えている為、セフォネは一足先に競技場へ来た。客席の比較的高い場所へ登りコートを見渡す。すると、そこでは事もあろうにグリフィンドールが練習の真っ最中だった。反対側の客席にはハーマイオニーとロンの姿もある。

 

「一騒動起きますわね、これは」

 

  フフッとセフォネは悪戯な笑みを浮かべた。

  そこに、スリザリンチームがグリーンのローブを風にはためかせ、新型の箒を担いで悠々とコートに入っていった。その姿に気が付いたグリフィンドールチームの面々は練習を中断し、地面に降り立つ。

  グリフィンドールチームのキャプテン、オリバー・ウッドが怒鳴り声を上げるが、フリントはニヤリと笑うと、何かの書面を見せた。

  ドラコが得意げに話していた内容によれば、それはスネイプの許可証である。なんでも"新シーカー育成のため"とか。ではエリスはどうなのかと思えば、彼女はそのままでも十分通用する実力を持っているらしく、フリントがべた褒めしていた。当然、ドラコには聞こえないように、ではあるが。

 

「どうして練習しないんだ? それに、あいつ、こんなとこで何してんだ?」

 

  何事かと、ハーマイオニーとロンが様子を見に来た。ロンはそこにいたドラコに驚いている。

  ドラコが得意げに言った。

 

「ウィーズリー、僕はスリザリンの新しいシーカーだ。僕の父上がチーム全員に買ってあげた箒をみんなで賞賛していたんだよ」

 

 目の前に並ぶ最高級の箒に、ロンが驚愕した。

 これはドラコが選手に選ばれるための、所謂、賄賂というやつである。もっとも、彼に才能が無いわけではない。だが、今の状態ではハリーには敵わないというのが、客観的な意見であろう。

  相手が宿敵のドラコだということを忘れ、箒に見惚れるロン。その様子に、ドラコが益々つけあがった。

 

「いいだろう? だけど、グリフィンドールも資金を集めて新しい箒を買えばいい。そこのクリーンスイープ5号を慈善事業の競売にかければ、どこかの博物館が買うだろうよ」

 

 スリザリンチームは大爆笑だった。そこに、ハーマイオニーが食って掛かった。

 

「少なくとも、グリフィンドールの選手は誰1人として、お金で選ばれたりしてないわ。みんな、純粋に才能で選ばれたのよ」

「誰もお前の意見なんて聞いてない。この生まれ損ないの"穢れた血"め」

 

 ドラコがそう吐き捨てた直後、グリフィンドールから轟々と声が上がった。ウィーズリー家の双子、フレッドとジョージはドラコに飛び掛ろうとし、それを食い止めようと急いでフリントが立ち塞がる。グリフィンドールの女性選手は金切り声を上げてそれを非難し、ロンは怒りで顔を真っ赤にして杖を抜いた。

 

  その様子をスタンドの柵に腰掛けて見ていたセフォネが立ち上がった。

 

「仕方ないですね」

 

  セフォネはいつの間にかに杖を抜いて、これまたいつの間にかにロンの右手に照準を合わせていた。

  セフォネにしてみれば、この騒動は少々面白いイベントであり、それが決闘にまで発展すればなお良い。これがスネイプVSマクゴナガルなどであったら、嬉々として見ていた。

 だが、それが目的でここにいる訳ではないし、2年生同士の争いなど見ていてもつまらないだろう。

 そう思ったセフォネは、間に入ることにしたのだ。

 

「思い知れ、マルフォイ! ナメクジ喰ら……」

 

  ロンは呪いをかけようとしたが、呪文を言い終わる前に、セフォネが無言で放った武装解除呪文が彼の杖を吹き飛ばす。放物線を描きながら飛んでいく杖を、セフォネの、その雪のように白く、細いしなやかな手が掴みとった。

 

「そこまでですわ」

「セフォネ!?」

 

  思わぬ乱入者に一同が驚き、呪文が飛んできた方を向く。

  セフォネは右手で自分の杖を、クルクルと器用に玩びながら、騒動の現場に歩いて行く。そして向かい合うスリザリンとグリフィンドールの間に来た。

 

「先ず、初めにドラコ。貴方が純血主義者なのは理解しておりますが、差別発言は控えなさい。ハーマイオニーに失礼ですわ。そして、ロン。悪いのがドラコだったとしても、頭に血が登ったからと言って手を出してはなりません。それは貴方の落ち度となってしまいますわ」

 

  怒られた2人が項垂れる。

  皆が心の中で"お母さんかよ!"と叫んでいても、不思議ではない。

  セフォネはロンに杖を返し、拗ねたように口を尖らせるドラコに微笑むと、グリフィンドールの面々に体ごと振り向いた。

 

「さて、グリフィンドールの皆様。我々スリザリンはスネイプ教授より頂いた正規の許可により、これより競技場を使用致します。それに関してご不満がおありでしたら、スネイプ教授へ直接訴えて下さい。もしそれが嫌なのであれば、マクゴナガル教授でも構わないでしょう」

「巫山戯るな! 今日は俺たちが予約したんだぞ!」

 

  事の発端を思い出したウッドが激昂し、鼓膜が痛くなるほどの大声で怒鳴る。普通のこの歳の少女だったら、その剣幕に怯えるだろうが、生憎セフォネはそんな神経をしていない。微笑みを絶やさず、声音も変えずにウッドに言う。

 

「ですから、我々には教員による許可がある。そう申し上げましたわ、ミスター・ウッド」

「そんなもの……!」

 

  激昂のあまり詰め寄っていくウッドだったが、セフォネが放った次の言葉に足を止めた。

 

「何故そんなに拘るのですか?」

「何だと?」

 

  挑発的な笑みを称えるセフォネを、ウッドは睨みつけた。セフォネの紫の瞳が、なぜか全てを見透かすような、そんな気持ちをウッドに抱かせる。

 

「私はクィディッチに詳しくないので何とも言えませんが、たった1度練習出来なかっただけで、新入りが2人もいる我が寮のチームに、経験豊富な者ばかりが集う貴方のチームが負けるものでしょうか」

「な……」

 

  ウッドは声を詰まらせた。図星だったのだ。

 去年の優勝を逃し、今年こそ優勝をと思った。その矢先、スリザリンチームが最新型の箒を手にしているのだ。無論、箒が全てではない。乗り手の才能や能力こそが勝利に繋がる。そうは思うものの、負ける恐怖が押し寄せてくる。

  そんなウッドの心境を、セフォネは手に取るように理解していた。

 

「我々に勝つ自信が無いのですか? それとも、我々に負けるのが怖いのですか?」

 

  これは完全に詭弁であり、話をすり替えたに過ぎない。しかし、開心術を使って巧みに相手のプライドを刺激して思考を乱すセフォネに、ウッドは何も言い返せなかった。

  自分たちは最強のチームだ。最高のチームだ。そう思っているウッドに対し、"負けるのが怖いのか?"という問いかけは、心の奥底に抱える思いを言い当てられたと共に、彼のプライドが許さないものだった。

 

「随分とまあ」

「言ってくれるじゃないか」

 

  フレッドとジョージが不快感を顕にする。他のグリフィンドールの選手たちも同様で、セフォネを睨みつける。

  その様子を見て、セフォネの口元には自然と笑みが浮かんだ。

  この雰囲気ならば、もう少し挑発すれば何人か攻撃してくるかもしれない。複数の上級生と同時に手合わせできる機会などそうそうありはしない。そんな、彼女の戦闘狂の一面が姿を現し始める。

 

  ハリーとハーマイオニーは今の状況に、正しくはセフォネの状態に身震いした。

  ハリーとハーマイオニーは去年、賢者の石を守るトラップの1つであった巨大トロールに対面した時のセフォネを見ている。今のセフォネが浮かべている笑みは、その時と同じ。もし、ここでフレッドとジョージのような喧嘩っ早い奴らがセフォネに飛び掛かろうとしたら、彼女は嬉々としてその者たちを蹂躙するかもしれない。

  一度は回避された一触即発の雰囲気が、それを回避させた人物によって再び漂い始めた中、苦悶の表情で考え込んでいたウッドが口を開いた。

 

「……いいだろう」

「はぁ!? ちょっとオリバー!?」

「正気か!?」

 

  チームメイトたちが騒ぐが、ウッドは気にしない。

  彼のプライドが許さないのだ。負けるかもしれない、という弱い気持ちを。

 

「今日のところは譲ってやる。感謝しろ」

 

  ウッドは真紅のローブを翻して去っていく。他のメンバーもしぶしぶながら、それに続いて退場していった。

 

「あら……残念ですわ」

 

  まるで目の前にあったご馳走がなくなったような表情をするセフォネ。スリザリンチームの面々は、素直に去っていったウッドに呆気にとられていた。

 

「流石、我らが姫だ」

 

  ウッドが言いくるめられたのを見て清々したフリントが、セフォネに感嘆の声を漏らした。

  体が遥かに大きい上級生を言葉巧みに言い負かしたセフォネに、思わず"姫"と呼んでしまうほどだった。

 

「余計なことを致しました」

「いや、全然。虫を追っ払ってくれたんだ。感謝するよ、姫」

「姫と呼ぶのは止めて貰えると……ところで、エリスは?」

 

  セフォネが親友の姿を探すと、体の大きい他の選手たちの背後にいた。

 

「ここにいるわよ」

「おや。小さかったので見えな……何でもないです。練習頑張って下さい」

 

  エリスが怒り出す前に、セフォネは観客席へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

  新学期は順調に滑り出し、10月31日、ハロウィーンを迎えた。去年はトロール騒ぎで中断されてしまったハロウィーンパーティーだが、その埋め合わせをするかの如く、今年は去年より一層派手だ。

 

「トリック・オア・トリート!」

「クッキーを食べながら言われても……」

 

  去年ロクに参加出来ていなかったエリスのテンションは最高潮に達している。

 

「ハロウィーンなんだもん。言いたいじゃんこの台詞」

「去年は大変だったらしいね。トロールに襲われたんだったけか?」

 

  ドラコの言葉に、トラウマを発掘されたエリスが頭を抱える。

 

「ああぁ……思い出させないで」

「確かセフォネが倒したんだっけか?」

「ええ、まあ……誰から聞きました?」

 

  あの件は各教員と被害者のハーマイオニー、エリス、そしてハーマイオニーを助けようと現場に駆けつけたハリーとロンしか知らない。この面子だと、ロンから情報が漏れたと考えるのが妥当だろう。

 

「風の噂でね。でも、どうやって……」

 

  そこに、本日の余興としてダンブルドアが呼んだ、魔法界で根強い人気を誇る"骸骨舞踏団"が入場し、歓声が上がる。

 

「骸骨舞踏団の演奏が始まるようですよ」

「凄い! 本物よ!」

 

  楽しい時間というものはあっという間に過ぎるもので、パーティーもお開きとなり、生徒たちは各寮へ戻っていく。

  その時、事件は起きた。

 

「何かあったのかな?」

「ここからでは見えませんね」

 

  生徒たちの歩みが止まり、人が集まっている。ドラコは何が起きたかを見ようとして、人ごみを掻き分けていく。セフォネとエリスはそれに続いた。

  先頭は開けていて、3人の生徒を囲むように半円形になっていた。ドラコに続いてそこに出ると、壁には赤いペンキで書かれた文字が、そして、松明の腕木にぶら下がりピクリとも動かない、まるで石のようになってしまった、ミセス・ノリス。

 

「継承者の敵よ、気を付けよ! 次はお前たちの番だぞ、"穢れた血"め!」

 

  興奮したドラコの声が、廊下に響き渡る。3人の生徒――ハリー、ロン、ハーマイオニーは顔面蒼白で立ちすくんでいる。ドラコの声に呼び寄せられたのか、ミセス・ノリスの飼い主、管理人のフィルチが飛び込んできた。

 

「私の……私の猫だ!ミセス・ノリスに何が起こったというんだ!?」

 

  フィルチはすぐ側にいるハリーを、凄まじい形相で睨みつけた。

 

「お前か……お前だな! よくもこの子を! 殺してやる! 殺して……」

「アーガス!」

 

  ダンブルドアが教員を引き連れて到着し、ミセス・ノリスを腕木から降ろすと、ハリーたちを連れていった。

  残った教員の指示によって現場は封鎖され、生徒たちは寮へ戻っていく。

  談話室に戻ると、エリスがセフォネに尋ねた。

 

「"秘密の部屋"……セフォネは知ってる?」

「いえ、残念ながら。ドラコは何か知っているのではないですか?」

 

  今だに興奮冷めやらぬ様子のドラコを捕まえて、セフォネが尋ねた。

 

「まあ、ね。"秘密の部屋"とは、"この学校で教えを受けるに相応しからざる者"を追放する為にサラザール・スリザリンが設けた部屋で、その中には凶悪な怪物が残されているらしい。だから、狙われるのは"穢れた……」

 

  セフォネが軽く咳払いをし、ドラコが言葉を改める。

 

「……マグル生まれの人間だけで、僕たちには関係がないのさ」

「よく知ってるわね」

「父上から聞いたんだ」

「確かに、ルシウスなら知っていそうですね」

 

  ポツリと呟いたセフォネの言葉に、ドラコが驚いた。自分の友達が父の名を親しげに呼んだからだ。

 

「セフォネ、君は僕の父上と知り合いなのか?」

「母の葬儀の際、色々とお世話になりました」

 

  2年前に母デメテルが亡くなった時、セフォネは諸々の事情により、迅速かつ速やかに、親族のみの葬儀としたかったのだが、そこに魔法省が絡んできた。

 デメテルの死亡原因は不明であり、衰弱による可能性が濃厚、というのが聖マンゴの見解だった。しかし、それではデメテルの死の責任が闇祓い、即ち魔法省にかかる為、魔法省はより詳しい死亡原因の解明を求めた。

  いくらブラック家の当主といえど、セフォネは当時10歳。影響力などないに等しい。

  そこに助け船を出してくれたのが、亡き母の従姉の夫、ルシウス・マルフォイだったのだ。

  鬱陶しい魔法省の役人を追い払ってくれただけでなく、葬儀の手配などもしてくれ、セフォネは今でも感謝している。

 

「最初は"ミスター・マルフォイ"とお呼びしていたのですが、本人から"ルシウス"と呼んで欲しいと言われまして」

 

  礼儀正しくラストネームを呼ぶセフォネにルシウスは、"互いに当主である身。我らの立場は対等だ"と言い、セフォネは気兼ねなくファーストネームで呼ぶようになった。

 

「父上らしい言葉だな。父上は君を同格であると認めてくれたんだろう」

 

  ルシウスとしては、嘗ての後輩と瓜二つの、友と同じ瞳を持つセフォネに、"ミスター"と呼ばれると調子が狂ってしまうという理由が半分ほどあったのだが、そのことは本人しか知らない。

 

「嬉しい限りですわ。さて、そろそろ寝ましょうか」

 

  セフォネが周りを見て言った。

  大方の生徒たちは寮へ戻っていて、談話室にはまばらにしか人は残っていなかった。

 

「そうね。おやすみドラコ」

「ああ。おやすみ2人とも」

「おやすみなさい」

 

  ドラコは男子寮へ、セフォネとエリスは女子寮へ戻った。

 




エリスがクィディッチ参戦……これが今後の試合にどう影響するか

ルシウスと親しいセフォネ……後々の伏線になるかも

次回は決闘クラブを予定しているのですが、セフォネの相手を誰にするか……

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