とある科学の無能力者【完結】   作:ふゆい

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 無事に次話更新。今回は裏側視点的な?


第十話 クローン

 音が響いた。

 黒板を金属でひっかいたような耳障りな騒音。鼓膜を突き抜け、脳髄を直接傷つけられているかのような甲高い騒音が操車場に木霊する。

 

「なンだァ? ――――ッ!」

 

 突然聞こえてきた謎のサウンドに目を訝しげに細める一方通行。が、不意に襲ってきた突発性の頭痛に思わず苦しげな声を漏らしてしまう。

 

「ぐ……がァ……! なンなンだよ、これは……!」

 

 頭痛は徐々に酷さを増していき、我慢することもままならない程に膨れ上がっていく。右手でコメカミの辺りを押さえて軽減を試みるが、効果は全く見られない。ズキズキと、頭が割れそうになる。

 それならばと能力を使って頭痛を取り除こうとするが、止まらない激痛が枷となって上手く演算を行うことができない。頭を働かせようとすると、一層頭痛は重くなっていく。

 突如響いた謎の騒音。急性偏頭痛。能力演算の余裕がなくなるほどの激痛。

 大爆発の直後に立て続けに起こった異変に、一方通行は苦しみながらも戸惑っていた。

 すると、

 

「能力が使えねぇってのはどういう気分だ? 最強の超能力者さんよ」

 

 頭を押さえてしゃがみ込んでいる一方通行の前方。崩れたコンテナが散乱し、見るも無残な地獄絵図と化している操車場の一角から、一人の青年がこちらに歩いて来た。

 ところどころが黒く焦げ付いたワイシャツ。剥き出しになった腕には煤がこびりつき、火傷もしているのか赤く腫れあがっている箇所もある。生意気な視線を向ける顔にも、いくつかの火傷ができていた。

 一方通行は思わず目を剥く。勝ち誇った表情で自分を見つめるあの青年は、確か先ほどの大爆発で戦闘不能にしたはずの雑魚ではなかったか。操車場全体を覆う規模の粉塵爆発に巻き込まれ、吹っ飛んだはずの青年ではなかったか。

 重症を負ったはずの黒髪の青年――――佐倉望は何もできずに這いつくばっている最強を冷たい瞳で見下ろすと、歩いてくる延長の動作で足元にあった一方通行の顔面を右足で思いっきり()()()()()()

 

「がぶっ……!」

「へぇ……反射が消えちまうくれぇ頭が痛いのか。いや、痛みに慣れてねぇだけか? どちらにせよ、無様な姿だな一方通行」

「て、めェ……いったい、なにを……?」

「教えるワケねぇだろこの雑魚が」

「がっ……!」

 

 息も絶え絶えに顔を上げた一方通行を再び蹴り飛ばす。線が細いせいもあるのか、先程よりも激しい勢いで後方へと吹き飛ばされる一方通行。ゴム鞠のように何度もバウンドしながら、地面に肌を傷つけられる。

 

(どういうことだよ、畜生ォが……!)

 

 顔面への衝撃で血を流し始めた鼻を押さえ、一方通行は状況把握を始める。今自分に何が起こっているのか、必死に整理を行う。

 彼の能力は《一方通行》。この世界に存在するあらゆるベクトルを思いのままに操るこの能力は、一方通行に向けられた武器や拳、果ては敵意までをも無条件で反射する。そのため、彼が怪我を負うことはない。ダメージを食らうという概念が、そもそも存在しないのだ。

 ゆえに最強。すべてを反射し、すべてを捻じ伏せる最強の超能力者。この世の万人が自分より弱者で、自分は誰にも負けない無敵の存在だったはずだ。

 だが、一方通行は現に攻撃を受けている。最強の盾であるはずの反射は頭痛の影響で消え失せ、最強の矛であるはずのベクトル操作能力は小規模のものを除くと大半が頭痛に阻害されてしまう。

 今の一方通行は、打たれ弱いだけの貧弱な虚弱青年へと成り下がっていた。

 

(何が……何が起こったってンだ……!)

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 場面は十数分前に巻き戻る。

 一方通行の情けを受けて逃走に成功した佐倉は、形勢を逆転するためにあらかじめ停めておいた軽自動車の所へと来ていた。

 背中に拳をまともに受けて相当のダメージを負った佐倉だが、普段から浜面や半蔵に付き合って体を鍛えていたのが幸いしたらしく、普通に動けるくらいまでには回復していた。まだ背骨が若干鈍い痛みを発しているが、無視できるレベルだ。

 今はとにかく打開策を考えよう。軽自動車のトランクを開けて持参した装備の確認を始める。

 

(反射を使われている今、銃火器を使うのは自殺行為だ。ある程度時間を稼ぐ必要がある以上、反射で自爆するのだけは避けなくちゃいけねぇ。接近戦重視で……いや、触れられたら血流操作されて即お陀仏の可能性もある)

 

 どうすればいい。必死に勝利の可能性を模索するが、圧倒的戦力差を見せつけられたせいかどうしてもネガティブな方向に考えが至ってしまう。作戦を考えても粗が目立ってしまい、結局実行には移せない。

 

(アイツに勝つための切り札がねぇわけじゃねぇんだが……)

 

 ちら、とトランクの一角に鎮座する立方体の黒ずんだスピーカーのような物体を見やる。大量の機械が付属しているため気軽に持ち運ぶことができないソレは、今回の戦闘における最大の武器であると佐倉は確信している。超能力者に対して有効打を与えられる、現在最強の兵器。

 問題は、この切り札をどうやって使うかなのだが――――

 

「……どうして貴方がここにいるのですか、とミサカは素直に疑問をぶつけます」

 

 突如として背後からかけられた無機質な言葉に一瞬全身を震わせる佐倉だったが、ある程度予想の範疇だったので息を整えると声の主の方に顔を向けた。

 肩ほどまで伸ばされた茶髪に、ベージュのサマーセーター。そして無骨な軍用ゴーグルを装着した、サブマシンガン装備の少女。

 今更改めて確認するまでもない。御坂美琴の軍用クローン、『妹達』の一人――おそらく、一〇〇三二号――だ。

 本来ならば十分ほど前にこの操車場で一方通行との戦闘……もとい、一方的な虐殺を繰り広げているはずの少女は、佐倉に怪訝な視線を向けると真っすぐ歩み寄ってくる。

 

「……おっす、元気か?」

「…………」

 

 右手を挙げて軽い調子で挨拶した佐倉に冷たい視線を向け続けるミサカ。最低限の会話以外アクションを起こす気はないと言いたげな雰囲気を纏う彼女に佐倉としては溜息をつくしかない。

 吹き飛ばされた際に擦り傷を負ってしまった頬を気まずそうに掻きながら、佐倉はそっぽを向くように顔を下に向けると唇を尖らせて言い放った。

 

 

「べ、別にお前を助けに来たとか、そういうんじゃねぇんだからなっ!」

 

 

「…………はぁ、そうですか、とミサカはあえて何のツッコミも入れずに淡々と相槌を打ちます」

「そこは何かしら言ってくれねぇと俺が辛すぎる!」

 

 地味にボケ殺しな反応を返すミサカ。これが無口マイペースの力か、と今までに経験したことがない対応のされ方に上体を仰け反って悶えてしまう。傍から見ると非常に気持ちの悪い男だった。

 一人寂しく身悶えしている馬鹿を冷静に見下していたミサカであったが、このままでは会話が進まないと判断したのか問答無用で言葉を発する。

 

「貴方がどう思ってミサカを助けに来たのかは存じ上げませんが、すぐに帰宅するべきです、とミサカはこの場からの撤収を勧めます」

「無理だな。だってもう一方通行と戦い始めちゃってるし」

「なっ……! な、何を考えているのですか貴方は!」

 

 あまりにもさらっと問題発言をかます佐倉にミサカは思わず声を荒げてしまう。いつものポーカーフェイスな彼女からは考えられないほどの感情的な怒声に佐倉は頬を引き攣らせて若干たじろぐが、すぐに形成を整えるとあっけらかんと言い放つ。

 

「いやー、本当はすぐに倒しておさらばするつもりだったんだけど、やっぱり最強ってのは伊達じゃねぇな。全然攻撃効かねぇし、殴られた時の痛さと言ったら……マジで死ぬかと思ったわ」

「そ、そんななんでもないように……もしかして自殺志願者か何かですか、とミサカはあまりにも命知らずな貴方に自分の推測を述べてみます」

「む、失礼な。自殺志願者ならわざわざ反抗して戦ったりしねぇっての。俺は生きるために……お前や御坂と一緒に明日を生きるために戦ってんだ」

「ミサカや、お姉様と……?」

「おうとも。せっかくできた新しい友人ともっと仲良くなりてぇからな。だから危機に陥っている友人を助けるために、俺はここにいる」

「…………」

 

 少しの陰りも見せることなく堂々と言う佐倉。どう聞いても馬鹿で理不尽でひん曲がった主張でしかないのだが、何故かその言葉はミサカの胸部に鋭いノイズを走らせた。チクリと刺すような痛みに襲われ、思わず眉をひそめる。……佐倉には、気付かれなかったようだ。

 

(今の痛み……以前お姉様と会話した時にも……)

 

『もう二度と、私の前に現れないで!』

 自分のクローンが殺されているという過酷で残酷な非現実に精神的に追い詰められてしまった美琴が放ったその言葉。感情なんていう無駄なものはインストールされていないはずのミサカは、その罵声を浴びせられた時原因不明の胸痛に襲われた。酷く鈍い、深い痛み。強く締め付けるような鈍痛。

 ミサカ一〇〇三二号はまだ知らない。それが人間なら誰し持ち得る『感情』から来る痛みだということに、生まれて間もない彼女は気付かない。

 そんなミサカに、佐倉は続ける。

 

「お前、単価十八万円の体細胞クローンって言ってたよな?」

「はい。『超能力者量産計画』によって生み出された、学園都市の第三位御坂美琴お姉様の軍用クローンです。スペックはお姉様の1%にも満たない欠陥品ですが」

「ふぅん……」

 

 ミサカの応答につまらない風な反応を見せた佐倉は、腰を折って少し屈むと上目遣いでミサカの顔を覗き込み、

 

「知ってるか? 双子ってのは、自然界におけるれっきとしたクローンなんだってよ」

 

 こんなことを言った。

 

「…………は?」

 

 もちろん、ミサカとしては呆気にとられるしかない。確かにミサカはクローンではあるが、なぜこのタイミングで双子の話が出てくるのか。佐倉の意図が全く掴めず、静かに困惑する。

 そんなミサカを見て、佐倉は笑った。

 

「お前は自分はクローンだって言い続けているけどさ、それは今俺が行った双子の類と一体何が違うんだ?」

「……ミサカは人工的につくられた、自然体生物とは違う人形なのですよ。いくらでも換えが効く、死んでも変わりがいる使い捨てに過ぎない道具です。殺されるためだけに生み出され、当初の目的通りに殺される。一方通行に殺されることこそがミサカの生き甲斐であり、指標であり、存在意義なのです。……そんな運命を抱えたミサカが、双子なんていう自然体クローンと同一存在のはず、ありません」

 

 だが、ミサカはきっぱりと否定した。自分に与えられた使命と目的をはっきりと明示し、佐倉の意見を真っ向から打ち破る。

 しかし、佐倉はしばしうんうんと考え込むと、ミサカの方へと一歩踏み出してから両手を胸の高さでまっすぐ前に突き出した。

 

 ようするに、ミサカのささやかな胸を盛大に掴み揉んだ。

 

「…………何をしているのですか、とミサカは突然変態的行動に走った貴方に対して軽蔑の視線を向けながらも、極めて冷静を装いつつやんわりと注意を試みます。何しやがんだこの万年発情期野郎」

「いやぁ、こういう触り心地とかは作り物じゃねぇんだなぁと思っぶがぁっ! 痛たたたたたっ! ちょっ! もげるもげる人体にとって大切な部分がもげ落ちる!」

 

 突然のセクハラ的暴挙に乗り出した度し難い変態野郎の両腕を掴むとそのまま捻り上げてもぎ取りにかかるミサカ。ギリギリギリと関節が嫌な音を立てているが彼女が腕を離す気配はない。一方通行に殺される前にミサカに殺されるのでは? と正直考えたくもないダセェ結末に背筋が凍るが、現在進行形で絶賛折檻真っ最中な佐倉は無様に悲鳴を上げて助けを請うしかなかった。なんとも情けない男である。

 必死に救済を冀う哀れな子羊の頼みを受け入れ、ミサカはようやく佐倉の両腕を解放した。自由になるや否や両腕を庇うようにして身体に密着させながらゴロゴロゴロゴロッ!! と地面をのた打ち回る変態佐倉。なんとも見るに堪えない光景がそこにはあった。

 ……が、佐倉はすぐに立ち上がると、何故か両目を半月に緩めてから、

 

「……ぷっ。あはははっ!」

 

 我慢できなくなったように、堪えられなかったように笑い声を漏らした。

 いきなり高らかに笑い出した佐倉に、ミサカは思わず「え?」と気の抜けた声を上げる。目は呆れと驚きで丸く見開かれ、口元はだらしなく半開きになっている。それほどまでに、彼の行動が理解できなかった。一方通行との戦闘中ではないのかとか、そういう当り前な疑問がどこかに吹っ飛んでいくくらいに混乱していた。

 佐倉はひとしきり笑い終えると、笑い涙を拭いながら口を開く。

 

「あー、やっぱりアレだな。お前は俺達と何一つ変わりのねぇ立派な人間だよ」

「……いや、唐突過ぎてまったく付いていけないのですが」

「そうか? 悪ぃ悪ぃ。ちょっとあまりにも俺の予想通りかつ願い通りだったんで、嬉しくて笑いすぎちまったわ」

「そうですか。ですが、先ほども言った通りまったく話が見えてこないのですが」

「つまりはだな、ようするに……」

 

 催促するミサカに対してもったいぶるような発言を続ける佐倉。ミサカの反応を面白がっているのか、なかなか本筋を明らかにしようとはしない。

 痺れを切らしたミサカは額に軽く青筋を浮かべるとチャキとサブマシンガンの引き金に指をかけた。

 当然焦るのは佐倉である。

 

「うわっ、ちょっ! シャレになってねぇってさすがに!」

「余計な単語は慎んでください。最低限、ミサカが望む範囲のみで解答をお願いします」

「わかった! わかったから銃を下ろせ! 命の危機が近すぎてまったくリラックス出来ねぇ!」

 

 正直やり過ぎた、と一人心の中で反省する。『怒り』を見せるミサカははっきり言ってオリジナルの迫力と同様かそれ以上だ。睨まれると、非常に足が竦む。

 仕方がない。そろそろ言っておこう。さすがにこれ以上は命を失いかねないと判断した佐倉は「ゴホン」と咳払いで空気を整えると、ニッコリ笑顔で言葉を紡ごうとして、

 

『なァ、ちょっと確認してェことがあンだけどよォ』

『っ!?』

 

 不意に操車場に響いた一方通行のノイズ染みた声に、思わず二人共に身を凍りつかせた。ミサカはサブマシンガンを、佐倉はホルスターから取り出した拳銃をそれぞれ構える。いつ襲われても構わないように、最低限の護身を完了させる。

 そんな彼らの胸中を知ってか知らずか、一方通行は遊びを楽しむ子供のように無邪気な声で一つ笑うと、自慢げな様子でさらりと言い放った。

 

 

「粉塵爆発って、知ってるか?」

 

 

 直後、

 

 操車場全体を揺るがす大地震が突如として発生した。

 

 

 

 

 


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