奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
どうしても難しいので。
ああ……良かった……この娘と再び出会えて……
この娘を抱きしめられて……
私は死に別れた教え子を抱きしめながら自らも安堵し、喜び、救われた気がしていた。
こんなにも立派になって……
成長した教え子の実物を確かに感じて私は織斑先輩に送ってもらった映像の彼女が紛れもなく成長したこの娘であることを確信した。
だからこそ、嬉しかった。
「この世界」に私が生まれた時、私はかつての「川内型軽巡洋艦二番艦 神通」としての記憶はなかった。
けれども、「川神 那々」として生きていた時にも心のどこかで大切な何かを忘れているようなもやもやとした気持ちが常に付きまとっていた。
そんな私は「神通」としては知らなかった今生における父と言う存在が自衛官であったこともあり、幼い頃から自衛官になろうとしていた。
今、思えばそれは
『できるのならば、いつか違う身体となって優しい風と静かな海を守りたい』
あのコロンバンガラで沈むその瞬間まで腹部に大穴を開けられ息も途絶え途絶えながら砲撃を続ける中で私はそう思った。
あれがきっと、無意識のうちに私を突き動かしていたのかもしれない。
あの時、私は他にも多くの想いがあった。
愛した呉の提督への想い。
教え子たちの行く末。
先立つことに対する姉と妹たちへの謝罪。
そして、最期に聞こえて来た
『旗艦神通応答なし。
これより、
我、再度突入する!!』
全ての味方に対する突撃命令。
それをあの子が、雪風が出したのだ。
それ以前は私の安否を確かめることに縋るように叫び続けたと言うのに彼女は意を決した。
私が既に声も出せないのに関わらず、彼女は私の遺志を受け継いだ。
最高の判断で旗艦としての役割を担ったのだ。
私の目に狂いはなかった。
雪風は兵としても将としても類稀な才能の持ち主であり、仲間を想う勇猛なる水雷の子であった。
それは直感だった。
最初に「二水戦」に来た時は姉二人と比べると大人し過ぎるところがあったが、実際に訓練をしてみると最も度胸や判断力があったのは彼女だった。
ただあの時の彼女は自棄になっていた。
けれども、彼女の号令を耳にして私は
ああ……彼女なら……大丈夫……
と確かに胸に感じた。
最期に教え子の成長を感じられて私は満足だった。
それに安堵したからなのか、
そんな教え子が今、ここにいる。
『ああ、名前は「雪風」だ』
織斑先輩に告げられたその名前を聞いて、私は衝撃を受けた。
「陽炎型八番艦 雪風」
私の知る中で「雪風」と言えば二つの意味がある。
一つは「この世界」の旧日本海軍における伝説的な存在。
「あの大戦」で大破着底を考慮すれば二割、それを除けば一割しか残らなかった旧海軍の艦船の生き残りだ。
大戦初期における最新鋭艦にして主力艦隊型駆逐艦である唯一の生き残り。
百回以上の任務を休むことなく受け続けて、十数回以上の激戦を潜り抜け、戦後においては多くの邦人を本国に帰還させた駆逐艦。
敵である連合軍からも「最優秀艦」と称され、旧海軍の関係者からは「幸運の空母 瑞鶴に次ぐ殊勲艦」と評され、台湾において総旗艦を務め「日本の誇り」を守り通した。
そして、「華の二水戦」の生き残り。
二つ目の意味としては私の教え子と言う意味だ。
記憶を取り戻した後、私は無我夢中になってかつての教え子たちと同じ名前を持つ駆逐艦の戦歴を調べ続けた。
特にコロンバンガラの後のことは。
あの戦いで沈む前に私は朧、朝霧、綾波、吹雪、磯波、東雲、朝潮、大潮、荒潮、黒潮、早潮、夏潮、時津風、霰、陽炎、山風の死を受け止めていた。
そこには特型も甲型もそれ以外も関係ない。
全員、私の教え子で部下だ。
だから、私は「二水戦」のその後を調べた。
結果、生き残った私の教え子は潮と雪風、大破着底を入れても曙の三人しかいなかった。
「あの世界」と「この世界」の歴史は酷似している。
一部に多少の違いはあるが、私は恐怖した。
飛龍さんがミッドウェーで生き残ったようにもしかすると、あの三人以外にも生き残っているはずだと希望的観測すら抱いた。
残った娘たちのその後も不安だった。
もしかすると、歴史は逆に雪風や潮、曙の命すらも奪ったかもしれない。
そもそも彼女がこの場にいる時点で私と同じかもしれないのだ。
そして、私は彼女が「この世界」に来たと言うことから心の中で決めていたとあることをすることに躊躇いを抱いている。
目の前の彼女に教え子たちの行く末を訊ねること。
私はそのことが怖い。
もしかすると、こちらと同じなのかもしれないけどそれ以上の被害なのかもしれない。
「……雪風」
だけど、私はそれでも恐怖を感じながらも語り掛けた。
私は知らなくてはならないからだ。
「……はい」
私が声をかけたことに雪風は先ほどまで流していた涙を拭って顔を向けて来た。
どうやら、私の言わんとしていることを察したのだろう。
彼女の顔は悲痛さはあるが、それでも強さを秘めていた。
こんなところにも彼女の成長が見受けられる。
「……あなたの今までのこととあの子たちのことを……「二水戦」のことを私に教えてくれませんか?」
私は彼女に教え子たちのことを訊ねた。
彼女にとって同僚であり、姉妹であり、友人であり、大切な仲間のことを。
少なくとも私は曙、潮、夕霧、天霧、浦波、敷波、満潮、霞、初風、天津風、不知火、海風、江風、涼風、巻波、大波、清波、長波たちのことを知らなくてはならない。
教えた期間の長さなどは関係ない。
中には他の水雷戦隊から借りて来た大切な水雷屋の娘たちだっている。
そうでなくては姉さんや那珂ちゃんたちを始めとした他の水雷戦隊の旗艦である軽巡の人たちに申し訳が立たない。
これは「二水戦旗艦」としての役目で務めだ。
そして、何よりも私は
「それと……姉さんと那珂ちゃん……「提督」のことも……」
私事ではあるが大切な姉妹たちのことと私が慕っていた呉の提督のことも私は知りたかった。
私が「神通」としての記憶を取り戻してからずっとずっと思い続けていたことだ。
「それは……」
「………………」
当然のことながら彼女は戸惑った。
その反応を見て、彼女が辿って来た路を私は感じ取ってしまった。
それは彼女が決して「雪風」だからではない。
「あの戦い」を経験した身だからこそ嫌でも理解できてしまうことだ。
私が沈んだコロンバンガラ前から私たちは苦境などと言う言葉が生ぬるい戦況に立たされていた。
だからこそ、考えなくても理解できてしまう。
「雪風……」
「……神通さん?」
それでも私は彼女を強く抱きしめながら
「大丈夫ですから」
「……あ」
彼女に言い聞かせるように私の決意を伝えた。
私は聞かなくてはならない。
そして、それがどのような内容でも受け止めなければならない。
それが私の役目であり、記憶を取り戻してからの覚悟であり、願いだからだ。
「……分かりました」
彼女は肯いた。
だが、私は少しだけだがこの選択を後悔している。
それは真実を知ることに対してではない。
彼女に戦友たちの死を語らせることに対してだ。
それは最初に東雲の死を知り、次に夏潮そこから始まる立て続く教え子たちの戦死、特に「ダンピール」で朝潮、荒潮、時津風の三人を一気に失い、さらには私が率いていながらも目の前で陽炎、黒潮、親潮を死なせてしまった私だから理解できる。
特に陽炎たち第十五駆逐隊に関しては完全に私の責任だった。
命令とは言え、特定の輸送路を何度も使うなど明らかに気を付けなくてはならないのに私は彼女たちを守れなかった。
あの頃の私は常に怖かった。
また教え子を失ってしまうのかと毎日が来るたびに恐ろしかった。
蓋を開けて何事もなければ束の間の安堵感に浸れたが、それもすぐに消え去る。
本当に毎日が怖かった。
戦場に出る方がマシだった。
そして、私の最後の出撃の時に雪風との再会の時、私は正直に言えば本当に怖かった。
少なくとも陽炎たち三人の死は私に責任があったからだ。
私は彼女から三人の姉を奪ったも同然だった。
特に雪風は黒潮とは仲が良かった。
黒潮が一番の姉役を担い、初風と雪風を可愛がる。
最初の「第十六駆逐隊」の光景は未だに私は覚えている。
だからこそ、二度と訪れない光景を作ってしまったことに私は初風と雪風には合わせる顔がなかった。
それは不知火や霞に対してもだ。
「第十八駆逐隊」の陽炎型二人と朝潮型二人の日常はとても大切だったのだから。
だけど、私は雪風には感謝していた。
あの「ダンピール」で彼女だけでも生き残ってくれたことに。
だからこそ、私は「この世界」における「雪風」に対する風評に関しては憤りを抱いているのだが。
しかし、あの最後の出撃の前に彼女は
『神通さん、探照灯の役は私がやります』
どこか投げやりな感じで言った。
「探照灯」は夜戦においては相手の位置を照らし味方の攻撃を助ける役割がある。
だが、それは同時に敵に自らの位置を知らせることであり危険が伴う。
それを彼女は『やる』と言ったのだ。
彼女の一言を聞いて、しばらく何も考えられなかった。
なぜ彼女が自ら進んでそのような役目をしようとしたのか理解できなかった。
少なくとも、戦前の彼女は戦いに関してはどこか恐怖を感じるような娘だった。
だけど、私はそれでもいいと思った。
戦場で恐怖がない者は仲間を危険に晒すからだ。
だから、私は雪風のことを評価していた。
だが、「あの時」の彼女とは全く違っていた。
私は動揺を悟られぬように彼女に訊ねると帰って来た答えは信じられない言葉だった。
『私は……消耗品ですから……』
それは最も言って欲しくない言葉だった。
その時、私は生まれて初めて教え子に暴力を加えてしまった。
それも感情のままに。
当時の軍の中には前線の人間の兵士や艦娘、特に駆逐艦を消耗品のように扱う人間が多かった。
頭では数の多い駆逐艦や兵士がそう扱われるのも無理はないと理解しているし、割り切らなければいけないことも理解していた。
けれども、教え子の口からはそんな言葉を吐かれたくはなかった。
だから、私は感情的になってしまった。
それだけ「あの戦い」は私にとっても、彼女にとっても辛いことが多くあったのだ。
雪風……ごめんなさい……
雪風に過去を語らせることに私は心の中で詫びながらも
「ありがとうございます」
彼女が私を気にかけないように感謝の言葉を告げた。
「……そうですか」
私は覚えている限りの同期の「二水戦」の娘たちの最期、生き残った駆逐艦たちのこと、「二水戦」の航跡、神通さんの姉の川内さんと妹の那珂さんのこと、そして、神通さんの想い人であった呉の提督の最期を伝えた。
なぜ、神通さんの教え子全員の最期を語れないかと言えば、あの戦いで沈んだ娘が多過ぎてその最期を細かく覚えきれなかったからだ、
だから、私には私の僚艦であった第十六駆逐隊や同期の第八駆逐隊、第十五駆逐隊、第十八駆逐隊のことしか語れなかった。
他に長波ちゃん等の数人の戦場を共にした面々だけ。
自分でも薄情だと理解している。
神通さんは私が語り終えると目を瞑り、上を仰いだ。
今の彼女が何を想っているのかは分からない。
けれど、同じ痛みを知る身としては彼女の心中は思い余ってしまう。
ところが
「……悲しみに暮れる前に私はしなくてはいけないことができました」
「……え」
目を開いた神通さんはとても真っ直ぐな目をして私を見て来た。
いや、これは見てくると言うよりもどちらかと言えば睨んできたと言う方が適切な気がした。
それを見た私が驚くよりも先に
―バチィン!!―
神通さんに三度目の平手打ちを私は喰らってしまった。
空母おばさん二体……怖い……