奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い   作:オーダー・カオス

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第17話「時の流れ」

「ユッキ―!

 お疲れ様ネ!」

 

「あ、金剛さん。

 お疲れ様です」

 

 彼女たちがこの世界に来てから五日が経った。

 例の封鎖されている海域の「深海棲艦」に変化の兆しはない。

 また、加賀さんを始めとした機動部隊と古強者と言える水上部隊、水雷戦隊の面々も慣れてきたことから予定通りに作戦は明後日に行えるだろう。

 

 たった五日……

 たった五日なのに……随分と前のことのように感じますね

 

 まだ一週間も経っていないのにあの学園での学生生活が一年前の出来事の様に感じてしまう。

 かつての戦友たちとの再会を得ても、それでも何処か寂しさを感じてしまう。

 

「ユッキ―?

 浮かない顔をしてますネ?

 どうしましたカ?」

 

「……いえ、何でもありません。

 明後日の作戦のことを考えていただけです」

 

 金剛さんは私が軽く寂しさを感じていると気に掛けてきたので、私はそれを悟られない様にと誤魔化した。

 

「Hum……

 ところでユッキ―。

 実は前々からあなたに訊ねたいことあるのですガ……

 よろしいですカ?」

 

「はい。何でしょうか?」

 

 彼女は何か私に訊ねたいことがあるらしい。

 私は一瞬、今のことを訊ねられるのではないのかと気構えたが

 

「……提督と榛名はどうなったネ?」

 

「!!?」

 

 しかし、彼女の問いかけは今の私の心境などといったものよりも遥かに答えにくいものだった。

 

「……その様子デスト……

 好ましいことではないのですネ?」

 

「……!?」

 

 しまった……!?

 

 不意に司令と榛名のことを訊ねられて私は動揺を隠せなかった。

 

「………………」

 

「いえいえ!

 お二人とも無事に生き残りました!!」

 

 金剛さんの悲しそうな表情を見て私は思わず本当のことを言ってしまった。

 

「本当ですカ!?」

 

 どうやら金剛さんの杞憂を晴らすことは出来たようだ。

 

 でも……どうすればいいんですか?

 

 しかし、隠すことが出来なくなった以上、私はどう話せばいいのだろうか。

 失恋の重みは私も知っている。

 いや、そもそも恋愛の対象にすら見られなかった私ですら辛いのにあれだけ司令のことを愛していた金剛さんに本当のことを話していいのだろうか。

 金剛さんの司令への愛は本物であるが、同時に榛名さんへの愛も同じことが言える。

 どうして、運命は同じ姉妹に同じ人間を愛する様に仕向けたのだろうか。

 私は今、それが残酷に感じている。

 

「ユッキ―?

 もしかすると二人は……

 破局してしまったのですカ?」

 

「え!いえいえ、それは―――!?

 ―――あ」

 

 何といえば分からず迷っていると金剛さんから指令と榛名さんが破局したのではと心配してきた。

 それを聞いて私はつい、反射的に答えてしまった。

 

「そうですカ……」

 

「え……あ……」

 

 私は答えを言ってしまったも同然だった。

 二人は生き残り、しかも破局していない。

 そうなると結論はよく考えなくても分かることだ。

 

「How!

 それは本当ですカ!?」

 

「え……」

 

 しかし、金剛さんは私の予想していたものとは違う反応を示した。

 

「二人は結ばれたのですネ?」

 

「えっと……はい……」

 

「Yes!

 That's Wonderful!」

 

 金剛さんは二人が結ばれたことを心の底から喜んだ。

 先ほどから何度も確認し、その度に喜びを深めた。

 その姿に私は一瞬、呆気に取られた。

 

「良かったデス!

 本当に良かっタ……」

 

「……!金剛さん……」

 

 けれども、私はあることに気付いてしまいそれを単純に受け止められなかった。

 

 泣いてる……

 

 それは彼女が涙を流していることだった、

 

 金剛さん……!

 

 私は何と声を掛けるべきか分からなかった。

 その涙が意味する二つの感情を理解してどうすればいいのか分からなかったからだ

 

「あれ?おかしいですネ……

 二人が結ばれてくれたのニ……

 私はどうして泣いているんでしょうカ?

 あ、きっとこれは嬉し涙デス!

 Yes!それ以外、考えられまセン!」

 

「っ……!」

 

 金剛さんはもう一つの答えに集中しようとした。

 きっとそれは間違ってはいない。

 愛する人と愛する妹が結ばれた。

 それも二人とも必ず片方が片方を幸せにしてくれる。

 その信頼がこの人を安心させていた。

 そして、大切な二人が幸せになってくれた。

 それは彼女にとっても喜ばしいことなのだろう。

 だから、その感情は嘘ではない。

 

 でも……

 

 けれども、30年生きていたから私には分かる。

 人の心はそんなに単純じゃないということを。

 

「……無理をしないでください」

 

「……What's?」

 

 金剛さんは無理をしている。

 確かに姉として、恋に破れた恋敵の片割れとしては潔くて立派なのかもしれない。

 けれども、それを無理をして感情を封じ込めていいはずがない。

 

「……泣いて……いいんです」

 

「ユッキー……?」

 

 何時の間にか、私まで泣いていた。

 

「何時も明るく振舞っているんですから、今ぐらいは……

 何時も周りの為にも強いままでいるんですから……」

 

「………………」

 

 この人はいつも明るく笑顔でいてくれた。

 この人の笑顔にどれだけ私や多くの仲間が救われてきたことだろうか。

 

「今ぐらいは泣いてください……」

 

 辛かった。

 この人の方がよっぽど辛いのは分かっている。

 でも、それ以上にこの人が何時も通り、強く在ろうとする姿勢が痛ましかった。

 

「う……」

 

「金剛さん……」

 

 すると、金剛さんは俯いた。

 

「あはは……

 ダメですネ……私……

 大好きな提督と妹が結ばれたのに……

 私……」

 

 金剛さんは笑顔を止めた。

 そして、姉として、一人の男性を愛した女性として、今、自分が泣いていることを責めた。

 

「……私……私……!!」

 

 いつもと異なる金剛さんの声が出てきた。

 それは長女として、艦娘の長として、そして、司令を愛する女性として今まで隠し続けていた彼女の本音だった。

 

「うわぁあぁあああああああああ!!!」

 

「っ……

 金剛さん……」

 

 こんなに泣いている金剛さんは初めてだ。

 相手の幸せを願い、自分は諦める。

 身を引くのではなく、身を引くことを「死」という形で強いられたのだ。

 しかも、彼女にとってはそれはついこの間までのことで司令たちにとっては二十年以上前のことなのだ。

 余りにも残酷過ぎる。

 

「私……私……

 提督と榛名が……

 結ばれたのは……Hapyyデス……

 But……心が痛いヨ……」

 

 金剛さんにとっては二人が結ばれたこと喜んでいるのは真実だ。

 しかし、それでも自分の気持ちは誤魔化せなかった。

 せめて、本当の意味で三人の決着が付いていたらここまで金剛さんは悲しまずに済んだ。

 真っ向から破れれば金剛さんはこんなにも辛い思いをせずに済んだ。

 

 司令と榛名さんだって……きっと……

 

 それはあの二人にも言えることだ。

 あの二人もまた、三人の決着が中途半端に終わってしまった事を悔いていた。

 それは恐らく、私がこの世界に来た時からも変わらないはずだ。

 

 どうして……優しいこの人たちがこんなつらい目に遭わなくちゃいけないんですか……?

 

 私は司令、金剛さん、榛名さんの三人の悲し過ぎる恋の終わりが辛かった。

 『お前はもう死んでるんだから諦めろ』。

 そんな説法でどうにかなる程、人間の心は単純なものじゃない。

 

 頑張った人がどうして……

 

 同時に私は最もあの戦いで活躍し続けたこの人のこの状況を嘆いた。

 本来ならこの人は艦娘を辞めていたはずだ。

 それでも誰かの為に戦い、折角見つけた好きな人との恋すら叶わなかった。

 この人は報われてもよかった。

 仮令、報われなくてもこんな終わり方じゃなくて良かったはずだ。

 せめてちゃんとした終わり方で良かった。

 

 この人は優し過ぎます……

 

 この人は常に周囲を励ます為に明るくいてくれた。

 そして、司令と榛名さんを妬んでも憎んでもいない。

 何よりも自分の死が二人の破局に繋がることになればそれこそ自分を許せない人間だ。

 

「……ユッキ―……」

 

「はい……」

 

 金剛さんは少し涙が止まってから私に声を掛けてきた。

 

「二人は幸せでしたカ?」

 

「……それは……」

 

 改めて金剛さんは二人のことを訊ねてきた。

 しかし、今度は二人の感情について訊ねてきた。

 私は一瞬、迷った。

 果たして、本当のことを言うべきなのだろうか。

 

 でも……

 

 私は言うことを決めた。

 きっと、その方があの二人にしてあげられる私の唯一のことだと思ったからだ。

 

「……二人はお互いを大切に想っていました。

 でも、同時に金剛さんや比叡さん、霧島さんたちがいないことを寂しく思っていました」

 

 二人が『幸せ』だったとははっきり言えなかった。

 少なくても二人の愛情は本物だったし、夫婦仲は良かったらしいのは他の戦友たちに教えてもらった。

 でも、同時に金剛さんだけではなく、多くの仲間や姉妹たちが逝ってしまったことへの悲しみは忘れることは出来なかったらしい。

 

「……特にあなたのことが」

 

 その中でも金剛さんの存在は特別だった。

 あの二人にとっては金剛さんのことは決して忘れることは出来ない存在だった。

 それ程までに三人の絆は大きかったのだ。

 

「あはは……

 そう……ですカ……」

 

 金剛さんは少し渇いたように笑った。

 

「……私のことなど気にしないで……

 幸せでいてくれれば良かったのニ……」

 

 金剛さんは二人が何時までも自分を忘れていなかったことにそう漏らした。

 ただ自分のことに気兼ねなく幸せでいて欲しかった。

 それだけが彼女の願いだった。

 二人が何処か幸せになることに億劫になっていることを彼女は嘆いた。

 

「……それは無理ですよ」

 

「……分かっていマス……

 きっと、私が榛名だったら同じ気持ちになっていましたカラ……

 But……ユッキ―、私はこうも感じてマス……」

 

「?」

 

 二人が自分の申しわけなさを抱いていることに彼女はある程度、割り切れてはいなかったが同時に他に何か言いたいことがあるらしい。

 

「……心の何処かで私は……

 二人にこんなにも愛されている……

 それが幸せに感じマス」

 

「!?」

 

 金剛さんは二人の自分への哀惜を咎めていたが、同時に想われていることに幸せだと答えた。

 

「……私はHappy Person(幸せ者)デース」

 

「………………」

 

 金剛さんは自分のことを『幸せ者』だと言った。

 

 『幸せ』……ですか……

 

 その彼女の捉え方に私は複雑な気持ちになった。

 

 ……お姉ちゃん、時津風、天津風、磯風……初霜ちゃん……

 みんなは……そう思ってくれますか?

 

 生者の死者への哀惜は今回の様な奇跡が起きなければ届くことはない。

 そして、それが本当に届いたとしても相手が果たして幸せだと感じてくれるか分からない。

 結局のところ、生者がそれらを知ることが出来る機会はない。

 

 ……あの時、私は幸せだったのでしょうか?

 

 あの世界での最期の時、私は好きな人と僅かながらに再会できた。

 私は自分の感情であるはずなのに自分が幸せだったのか分からないでいる。


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