奇跡を呼びし艦娘のIS世界における戦い 作:オーダー・カオス
私は彼女が自らの心の中に在る憎しみに苦しめられているのを目にして、彼女のその葛藤を少しでも和らげようと考えて私もまた彼女と同じように自らの心の中の憎しみを打ち明けようと考えた。
そうしなければ、この娘の中に在る「優しさ」と言う名前の暖かさが失われてしまうと考えたからだ。
「
「はい」
雪風は私の口から『憎い』と言う言葉が出て来たのが信じられない様子だった。
どうやら彼女もまた私のことを「無敵のヒーロー」とでも思っているようだ。
彼女も同じような重圧を感じて来たと言うのに。
「雪風。あなたは勘違いをしています」
「……『勘違い』?」
「はい」
彼女は思い込みに囚われている。
「「憎しみ」と「優しさ」は両方共、心に在るべき感情です」
「……え」
彼女は「憎しみ」は在ってはならないものだと頑なに信じ込んでしまっている。
「確かに「憎しみ」等と言うものは本来、ない方が良いものです」
その事に関しては私は否定しない。
「憎しみ」なんてものは本来はない方が良い。
「憎しみ」を持つときは辛い時であり、苦しい時であり、哀しい時でもあるからだ。
それに私は「この世界」に渦巻く「憎しみ」を度々目にして来たうえに、それを向けられて来た。
「憎しみ」は恐ろしいものであることには変わらない。
だけど、それでも私は
「でも、私は……
教え子たちを失ったことが
「……!?」
私の目の前で、遠く離れた戦場で失わていく教え子たちのことを考えるだけで私は悲しくて、苦しくて、辛くて、そして、
何よりも私には最期に抱いた憎しみが在った。
それは
『ああ、もう少し……もう少しだけ……
雪風の……教え子たちの行きつく先が見たかった……
提督や姉さん……那珂ちゃんとも少しでもいいから……長くいたかった……』
「コロンバンガラ」で雪風の成長を喜ぶと共に私は悔しかった。
折角の雪風の雄姿を目にすることが出来ず、薄れゆく意識の中教え子たちの行く末を見る機会を奪われ、提督や姉妹、教え子たちと過ごせる日常を失うことへの「死への恐怖」が生まれた。
『死にたくない……』
あの瞬間、心の底から私はそう思った。
もう少しだけでもいい。
せめて、あの夜戦で雪風たちに看取られるだけでもいい。
教え子たちに何か言い残したかった。
それすらも奪われたのだ。
当然、「憎しみ」も在った。
だから、私は彼女が心の中に在る「憎しみ」で苦しむのはこれ以上は耐え忍ぶことが出来なかった。
これが同病相憐れむと言われるのならばそれまでだろうが、私自身が「憎しみ」を捨てられず否定できないのにどうして美辞麗句で彼女を偽れるだろうか。
「私は……「深海棲艦」を憎んではいけませんか?」
「そ、それは……」
私は彼女に「深海棲艦」を憎んではいけないのかと訊ねた。
これが意地の悪い質問だと言うことは知っている。
それ以上にこのことが愚かなことだとも気付いているし間違っていると言うことぐらいは理解している。
そもそも、教官であり教師に等しい私が教え子である雪風に「憎しみ」を肯定するようなことを言うべきじゃないのは自明の理だ。
本来、教師とは生徒の模範であるべき存在なのだ。
それなのに今の私は「憎悪」を煽るまでにいかなくても、目の前の教え子から「憎しみ」を取り払おうとしない。
それは間違っていることだ。
けれども
「……私は教え子たちを奪った「深海棲艦」が憎いです。
私の死後に姉さんも那珂ちゃんも……そして、提督さえも奪ったんですから。
憎いのは当たり前です」
私は「憎しみ」を捨てられない。
なぜならば、そんなことは教え子たちや姉妹たち、戦友たち、そして、提督への愛を否定することに他ならないからだ。
どうして大切な人々を奪われて平気でいられるだろうか。
「それに―――」
そんな風に自分が間違っていることを自覚しながらも私はそれを善しと思っている。
なぜならば
「―――それだけあなたたちを大切に想えている……
その証拠だと私は感じています」
愛する人々を失った悲しみを私は確りと心の中に持っていると感じているからだ。
複雑なことだけれどもこの「憎しみ」が愛する者を奪われた悲しみであることを証明しているのだ。
だから、私は一概には「憎しみ」は不要だと思えないのだ。
そして、これは自画自賛になるのかもしれないが
「あなたは他者を
それは紛れもないあなたの「愛情」の顕れです」
「………………」
「愛」を持つ者ならば当然の感情なのだ。
それも身勝手で独善的な愛ではなく正真正銘の「愛」。
雪風を苦しめる「憎しみ」は姉妹や戦友への「愛」に他ならないのだ。
きっと彼女を苦しめているものの正体は
守れなかった自分への……怒りですね……
私が教え子たちを失う度に抱いた己への怒り。
己の無力さを呪い哀しんだ己を許せなかった憤り。
それらと同じものが彼女を突き動かし、苛むのだろう。
「雪風、最後に一つだけいいですか?」
「……なんですか?」
私もまた同じように今でも自分を許せない身であるが彼女にこれだけは言っておこうと思った。
「私はあなたが生き残ってくれて心の底から良かったと感じました」
「……!?」
「……これだけは決して、変わらない本心です。
ありがとう。雪風」
彼女にとってこれがどれだけ残酷なことなのかは私は解っている。
私も本来ならば、陽炎、黒潮、親潮に対して謝りたいと思っているし彼女らに憎まれても構わないとすら考えている。
だけど、私はそれを理解してもなお目の前の教え子のことを憎めないのだ。
たとえ、それが彼女にとっては拷問であろうとも、彼女が生き残ってくれたことが私にとっては「救い」なのだから。
「ズルいです……」
「そうですね」
雪風は私に恨み言をぶつけ私はそれを受け止めた。
彼女のその反応を目にして私はやはり彼女は
「雪風、あなたはどうやら自分の中に在る「憎しみ」が怖いのでしょう?」
彼女は怖がっている。
自分の中に存在する「憎しみ」を。
きっとそれがいつか爆発して周囲を傷付けると考えているのだ。
「はい……」
雪風は否定しなかった。
今の彼女は子供に近い。
いや、これが本来の彼女に近いのかもしれない。
子供っぽいと言うのは色々な意味を含んでいることもある。
例えば、明るくて無邪気に走り回ったりする天真爛漫さ。
これもまた子供らしさだろう。
しかし、その中には思いやりに溢れる純粋な優しさも含まれているのだ。
天真爛漫で在りながら優しさに溢れる少女。
それが雪風なのだ。
今の彼女は歴戦の英雄ではなく彼女本来の姿だ。
それを見て私はやはり彼女が変わっていないことに安堵した。
「雪風。私はあなたは決して「憎しみ」で過ちを犯すことはないと思います」
私は思うままのことをぶつけた。
「……どうして、そう思えるんですか?」
雪風は怪訝そうにしつつも心配しながら訊ねた。
「……では、逆に訊きます。
あなたは目の前で誰かの生命を奪われそうになったらどうしますか?」
「……!?」
私は最早、答えが決まっている質問をぶつけた。
こんなのはただの予定調和だ。
彼女からすればこんなことは当たり前のことなのだから。
「……助けます」
彼女は迷うことなくそう答えた。
そう、これこそが私が彼女に対して安堵し信頼している理由なのだ。
「あなたならそう言ってくれると思っていました」
彼女は決して、「憎しみ」で心を奪われないと確信した。
「雪風。たとえ、「憎しみ」を感じてもあなたは絶対に大丈夫です」
「……!」
なぜならば
「あなたは自分が何をしたのかを確りと理解しているじゃないですか」
「……!!」
この娘は決して間違えないからだ。
「雪風、きっとあなたはこれから先も「憎しみ」に苦しめられることになるでしょう」
「………………」
私はどうしようもない事実を突き付けた。
悲しいことであるが、雪風の心からは「憎しみ」が消えることはないのかもしれない。
姉妹や戦友、大切な人間を失ったことで生まれた「憎しみ」がそんな簡単に消えるとは思えないからだ。
それでも
「ですが、あなたはきっとそれよりも大事なものを選べる
「……『強さ』?」
「ええ」
彼女の決して命を見捨てないと言う信念は「憎しみ」すらも凌駕する。
彼女ならば、仮に精神すらも奪うと言われる禁じられた機構によって神経を侵されてもそんなものすらも捻じ伏せることが出来る。と私は考えているほどだ。
それほどまでに彼女の「優しさ」と言う強さは本物なのだ。
「あなたなら、大丈夫です」
「……神通さん……」
私は重ねていつもと同じ様に『大丈夫』と言った。
「きっとあなたは素直に受けとめられないと思います。
だけど、私はいつかあなたがあなた自身を認められる時が来るのを祈っています」
今の雪風は卑屈になり過ぎている。
私自身も教え子を多く失った身としては断じて自分が正しかった等と宣うつもりはない。
『『私たちの自慢の先生』で『自分の目標』って言ってました……』
けれども、少なくとも雪風はそんな私のことを「師」として慕っていてくれる。
あの楯無さんから聞かされた言葉でどれだけ私が救われた事だろうか。
彼女は私がいてくれることに救いを感じてくれているだろうが、逆なのだ。
私こそが雪風に救われたのだ。
だから、私はそんな教え子のために虚勢でもいいから彼女の為に自分自身を肯定しようと誓った。
たとえ、他の教え子たちに憎まれようがそれだけが私にできる唯一のことなのだから。
「……神通さん……あの……」
「どうしました?」
今の言葉が届いたのだろうか。雪風は私から逃げようとしなくなり、私に何かを訊こうとしている。
弱々しいがそれでも心の中に在る憎しみへの理解と自らの心の中に拠り所を得ることが出来たのかもしれない。
「……神通さんは……その……「この世界」の人に自分の過去を……どうやって話しましたか?」
「……!」
雪風のぶつけてきた問いに私はなぜ彼女がこうまで弱っていたのか少しだけだが合点がいった。
「……誰かに話したいんですか?」
真面目で優しい彼女の事だろう。
きっと自分が仕方ないとは言え嘘を吐いていることが辛いのだろう。
それも自分のことを友人だと信じてくれている多くの人間に。
「はい……」
雪風はまるで子犬のように項垂れた。
「一夏さんやシャルロットさん、セシリアさん、鈴さん達は私のことを友人だと本当に思っていてくれています……」
やはり思った通りだった。
彼女は仮面を被り続けていることが辛くなり出しているのだ。
「あの人たちは私のことを信じてくれています……
そして、何よりも一夏さんは『背負わせてくれ』とすらも言ってくれました……」
「……あの子らしいですね」
どうやら今回の発端は一夏君のその言葉らしい。
下手をすれば、女の子の心を射止めそうな言葉ではあるが、雪風にはそう聞こえないだろう。
と言うよりも言っている本人にもその自覚はないだろう。
ある意味、彼の真っ直ぐな心の顕れとも言えるが、同時にそれが今回のようなことを招いたとも否めない。
「私は……彼や彼女たちを信じていますし、信じたいとも思っています……
だけど、それでも話せないんです……」
「……そうですか」
雪風は自己嫌悪に満ちた表情で彼等への信頼を口に出した。
同時に彼らを信じ切れない自分を嫌っている。
間違いなく、一夏君も鈴音さんもオルコットさんもデュノアさんも雪風のことを信頼している。
そして、同時に全員が一種の尊敬の眼差しの眼すらも向けている。
雪風は本人は卑下しているが他者の眼からすれば立派な人間なのは否定できない事実だ。
何よりも私を恨み、雪風を嫌っている箒ちゃんすらも雪風に本人は認めたくないだろうが憧れて、いや、嫉妬している。
と言うよりも学園の生徒の中でも既に雪風は存在感を放っている。
ほとんどの生徒たちが彼女に惹かれるのも、彼女に敵意を向ける人間が嫉妬するのも、彼女を友と思う人間が敬意を向けるのも無理がないのだ。
でも、だからこそ彼女は隠し事をしたくないのだろう。
自分を信じてくれている人間を騙している気がして彼女は後ろめたいのだ。
「確かにそれは辛いですね……」
私は瞠目して答えた。
それは私も通った道だ。
私だって前世の記憶があると言う秘密がある。
だけど、私は雪風が来るまで誰にも話せなかった。
友人にも、恩師にも、家族にさえも。
「このことに関しては私はたまたま運が良くて話せただけです……
参考になることを話すことは出来ません……」
「そうですか……」
助言をしようにも私はたまたま雪風が来たことでや彼女との関係を疑われたことで「前世」と「あの世界」と言う荒唐無稽過ぎることを話せたのだ。
答えを示すことは出来ないだろう。
「……ですが―――」
それでも私は言わなくてはならないことがあると感じた。
「―――あなたが本当の意味で信じられると感じたのならば話してみなさい」
「……え」
だからと言って、彼女が誰も信じてはいけないと言うことにはならないだろう。
「今じゃなくもいいんです。
でも、きっと何時か……それが何時になるのかわからない何時かが来て信じられる時が―――
―――信じられる人が出来たのならば話してもいいんですよ。
それまでは無理に言わなくてもいいんです」
これはただの先延ばしなのかもしれない。
でも、雪風が幸せになれるのならばそれは彼女が過去を打ち明けられることも躊躇わない程に信じられる人が近くに出来たと言う時だ。
それまでの間は彼女が嘘を吐いていても罰は当たらないはずだ。
彼女が自分を許せる時が来ることを私は祈りたい。
「神通さん……」
雪風は未だ動揺を失くしきれていない。
しかし、それでもどうにか持ち直したようだった。
「はい。今日はここまでです。
本当はあなたに膝を貸してあげたいところですが」
「そ、それは……」
私の冗談交じりの本音を聞いて雪風は頬を赤くした。
私はあの「初陣」の時のことを思い出して彼女に膝枕をしてあげたいところだった。
でも、残念ながらここは学園だ。
特別扱いはできない。
「……ありがとうございました」
「どういたしまして」
彼女は完全にまでとは言い切れないが少しだけ迷いを失くすことが出来たようだった。
そのまま彼女は部屋を跡にした。
「「隠し事」ですか……
私も他人様に偉そうには言えませんが……
せめて、「あの人」には訊いてみますか」
自嘲しながらも私はとある人物のことを思い浮かべた。
私たちは互いに何か胸の中に秘めていたことは薄々感じていた。
だけど、互いにそれに触れようとしなかった。
「きっと……あの人も苦しんでいるんでしょうね……」
今の雪風の姿を見て私はその人物に私が胸の中に秘めている直感をぶつけようと思った。
それが私に出来る「友情」だと感じたからだ。
ネタバレ:この作品の雪風はISの機構によるコントロールを精神力で捻じ伏せます。