Fate/Grand Zero   作:てんぞー

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三日目-1

「―――おぇ」

 

 朝起きてまず感じたものは吐き気であり、洗面所へと駆け込んでみれば見慣れた赤い色が口の中から吐き出されるのが見えた。一通り血を吐き出し終わったところで、昨晩喰らった綺礼の一撃を思い出し、あの時に内臓をやられていたか、と思い出す。生命力を一気に燃焼し過ぎたのかそのせいであの一撃の通りが良かったのかもしれない。今朝は回復に集中するとして、無茶な活動は控えるようにするか、と決める。とりあえずマントラを魔術と織り交ぜて、肉体と生命の活性化にリソースを割く。回復するのが優先だ。最悪、魔力がなくても戦う事は出来るし、【魔境の智慧】で【単独行動】を取得すればそれでスカサハは魔力を極力消費せずに活動できるのだ。

 

「ふぅ、俺も修行が足りないなぁ」

 

「その歳でそれだけ出来るのなら十分英雄の素質はあると思うがな」

 

 洗面所から出た所、ソファに寛ぐ様にスカサハが深く座り込んでいる。今、宿として利用しているのは冬木の市内にあるラブホテルの一つだ。昨日使っていた場所とは勿論違う。同じ場所を毎日利用していれば間違いなく切嗣に見つかるからだ。だから毎回違うラブホテルを利用しているのだが、()()()()()()()には一切ならない。まぁ、当たり前の話だがスカサハにはクー・フーリンという想い人がいるのだし。

 

 俺も、そこまで性欲に関しては興味はない。そこら辺は全部戦闘の方へ流れ込んでる。

 

 ベッドの端へと座り込む様に腰を下ろし、ポケットの中からくしゃくしゃになった煙草の箱を取り出し、煙草を加え、マッチで火をつける。煙が軽く沁みるのだが、それを無視して煙草で体に負荷をかける。こういうものはそうやって楽しむんだと個人的には考えている。煙を口から吐き出しながら視線を改めてスカサハへと向けなおす。

 

「俺が英雄、ねぇ」

 

「実力だけを見るならばな。人格に関しては言う必要はないだろう」

 

「俺がキチガイだってのは俺が一番理解しているけど……俺、そこまで強いかぁ?」

 

 首を傾げながらそう思う。自分が所謂強者の部類である事は疑問なく認めている。自己評価を間違える事は死に繋がるのだから、そこら辺は絶対に間違えたりはしない。だから死徒だって殺せるし、魔術師も殺した。怪異や妖怪みたいなのも斬ったし、修行や人生経験の為に色々と戦ったのは憶えている。だけど今の自分を見て、英雄級か? と考えると首を傾げざるを得ない。何より勝てない相手がこの聖杯戦争は多すぎる。

 

「それは純粋に生まれた時代の不幸だ。お主が或いは私と同じ時代に生まれていれば、生きていれば間違いなく我らが得た神秘をその身に宿す事が出来ただろうな。惜しむべきはこの時代は神秘が死に行くばかりの事よ。この時代は小さなことを成し遂げるだけで世界を救える。そのせいで試練がない。神秘がない。英雄を生み出す為の土台が存在しない」

 

 スカサハはため息を吐く。

 

「その歳でそれだけの技量を積み重ねるだけの才があるのだ、ちゃんとした時代に生まれていれば魔力なぞなくとも神秘を持って奥義を奇跡へと昇華できていたかもしれないな。或いは手持ちの武装が宝具へと昇格していたかもしれぬし、その肉体そのものが時代の神秘を持って英雄に相応しい成長を遂げたかもしれない。ただそれが今の時代では不可能な事を考える……ため息が出るばかりだな。我が国―――影の国へと来ればお主もまた、真の英雄へとその身を昇華させることが可能やもしれんな」

 

「つまり研鑚が足りない、と」

 

「なぜそのような結論になる」

 

「時代だとか試練が足りないとかを言い訳に英雄級にはなれないって言い訳するのはかっこ悪いだろ?」

 

 笑顔でそう言ってのけると、スカサハが驚いたような表情を浮かべ、そこから笑みを作る様な気配を見せる。それを見ていて思った。あのマスク、邪魔だな、と。

 

「令呪を持って命ずる、顔を隠すのは少なくとも俺の前ではやめろ。美人が台無しだろ」

 

「―――」

 

 直後、スカサハが私服時はいつも口元を隠す様に巻いているマフラーが滑り落ちる様に口元から外れ、その顔が完全に露わになる。突然の事にスカサハは今度こそ完全に動きを停止して驚いたような表情を浮かべ、そして信じられないものを見るような目で此方へと言葉を放ってくる。

 

「―――お主はアレか、馬鹿か。阿呆の類か。いや、そうだったな」

 

「おうよ、俺は馬鹿だぜ。馬鹿だけど聖杯戦争で勝つつもりでいるぜ」

 

「せっかく顔を隠していたというのに……全く、お主と来たら」

 

 それぐらいいいじゃねぇか、とは思う。まぁ、令呪使ったのは流石にやり過ぎかもしれないけど、令呪なんてものは次はマスターから強奪すればいいのだから、それでチャラにする。今度マスターを殺す時は花火にならないように気を付けないといけない。花火にしてしまうと令呪の回収が不可能になってしまう。それは回避したい。そう思ったところで、内臓に軽い痛みを感じる。やはり昨晩の綺礼戦での一撃が響いているらしい。

 

「元代行者とは聞いていたけど、天才の類だとは思いもしなかったわ。功夫の練りが凄まじすぎて刃弾かれるのとか初めての経験だわ」

 

「アレか、他の大陸には随分と面白い技があるのだな。そういえばお主の使っているいくつかの技も面白いものがあったが―――あの歩法と太刀は見事だな。完成されている技だと表現しても良い。私から見ても満点をくれてやれるぞ」

 

「おぉ、そりゃあ高評価で有難いな。しかし……縮地と無明の太刀の事か」

 

 あー、と唸りながら天井を見つめ、数秒後、視線を再びスカサハの方へと戻す。

 

「アレな、やり方と名前だけは教わったのを何年間も繰り返してきてな、ここ数年やっと完成して来た技術だよ。とはいえ、極めるとか完全に完成とかいうと限界を決めちゃうから絶対に完成っては言わないんだけどさ」

 

「ほう、師がいたのか」

 

 いや、それはどうなんだろうとは思う。あの人は、

 

「偶然、仕事でバッティングしちゃっただけの人だったよ。なんだっけなぁ、名前。黄理(きり)……だっけか? まぁ、まだ日本にいた頃の話なんだけどなぁ、これが―――」

 

 まだ日本にいた頃、がむしゃらに生きて、お金を集め、出来る事を探していた頃。必死に生きていたばかりの頃、お金を得る為だったら大体何でもやるという勢いだった。その中には殺人が紛れ込んでおり、それに知らない間に自分は参加してしまい、そしてそこで出会ったのがあの男、黄理だった。その一回しか会う事はなかったが、それでもその時の男の動きは芸術的の一言に尽きた。太鼓の撥の様な武器で綺麗に人間を解体するのだ、それを芸術的だと言わずにいったい何を芸術的だと表現するのだろうか。

 

「まぁ、そんなわけで当時クソガキだった俺を黄理のオッサンは見て何を思ったのか知らないけど、自分の技術とは違うが相性が良いから頑張ってみろ、って理論だけ投げつけてきたんだよ。なんだこいつ……って思ったりもしたけど、結局誰かから教えてもらうって経験自体割と初めてでなぁ。それからずっと。形になるまで毎日練習して、形になってもひたすら続けてるわ。懐かしいなぁ……オッサン、今もどっかで元気にやってるかねぇ……俺もオッサンに近い年齢になってきたけど」

 

 そう、思えばもう既に二十も後半に入り始めている年齢なのだ。この聖杯戦争のマスターを見ても年上のジャンルに入るぐらいは歳をとってしまった。恋愛とか良く分からないから助けた女に求愛されてもすまないと断って、剣を振うだけの人生だった。今頃彼はどうしているのだろうか? 自分の様に修羅道を今も進んでいるのだろうか。或いは妻を娶り、子供を作り、静かに暮らしているのだろうか。あの時黄理は自分を暗殺者だと言っていたし、ああいう稼業は長く続かないものだと知っている。だからきっと、今は引退してどこかで静かに暮らしているだろうとは思う。

 

 まぁ、無事を祈るだけならタダなのだ。

 

 と、そういえば技術とか武術の話だったなぁ、と思い出す。

 

「まぁ、知っての通り俺のこの動きは”暗殺者に近い”もんだよ。元が暗殺者のオッサンに教えて貰ったもんだしな。縮地は体重と負荷を殺す瞬間加速歩法、対応が不可能なレベルで加速する特殊な歩法だ。俺様のメインウェポンその一だが―――まぁ、調べてみるとこれ、魔術を使わないのは完全に不完全らしいな」

 

「そうなのか?」

 

 らしい、と言うのは自分が本物を見たことがないからだ。

 

「本物の縮地とは()なんだってよ。神仙が場所から場所へと転移する為の術、或いは移動手段を縮地法と呼んだらしく、それを真似て、人間が行えるように技術の枠に落としたのが俺の縮地法。つまりは模倣された劣化ではあるんだが―――まぁ、見る側からも使う側からしてもほとんど瞬間移動とはかわんねぇーな、これ。便利だし奇襲と離脱によく使ってるわ」

 

 動きの基本だと言っても良い。縮地法を利用した場合、動きに瞬間的な超加速が発生し、一瞬でトップスピードに乗る。その為、この状態から突きを繰り出したりした場合、凄まじい威力が乗ったりするのだ。まぁ、己の場合はここから斬撃へと―――つまりは無明の太刀へと繋げている。この無明の太刀は縮地法よりももっとめんどくさい内容だった。

 

「無明の太刀は人間が持つ意識の死角である無意識、反射的に動いてしまう反射行動、そして呼吸と呼吸の間に発生する間のどれかを理解する事で成立する。人間は誰しも意識していながら意識していない所が、そして絶対に反応できない瞬間が()()()()()()()で発生するらしい。それをまず頭に叩き込んで、相手を観察しながらその瞬間を見極めて、斬るって技術。人体構造上知覚できないという領域に踏み込んでいるからカウンターを放つ事が出来ない一撃必殺の()()()()って感じかねぇ」

 

 成程、とスカサハが声を零す。

 

「合理と感性の両方が要求されるのか」

 

「正解。感覚だけでやってる奴には無理だし、頭でっかちにも無理。感覚に身を委ねながらそれを冷静に思考する事が出来なきゃ駄目、って奴。正直覚えるのに超苦労したぞ、これ」

 

 二十年だ。二十年近くずっと鍛錬を続けて、漸く必殺と言える領域に持っていけるようになったのだ。技術を二つ完成させるのに二十年もかかった―――これから先、新しいものを学ぶとして、いったいどれだけの年月が必要となってくるのだろうか。【梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)】だって完全に放てている訳じゃない。それを完全な形で放てるようには魔力が不足している為、さらなる研鑚が必要となってくる。

 

 スカサハの言う通り、神秘で溢れている時代であればそんな魔力関係なく神秘の法則によって成し遂げられたのかもしれない。だけど今、現実としてそれは不可能なのだ。

 

 ―――やっぱり、

 

「……出来るならお前と同じ時代に生まれたかったよ。今の時代は俺にはちょっと狭すぎる」

 

 実戦経験を求める為に敵を求めれば、戦えるのは死徒やキメラ、魔術師ばかりだ。英雄と戦う事が出来ない。ドラゴンやワイバーンの様な幻想種だって戦う事が出来ない。神秘が死んでゆくこの時代で、強さを求めようとしてもまともに強さを求める事が出来ない。人も神話の時代に比べてはるかに弱くなっている。だから限界を追求しようとしても、時代がそれを許さない。

 

 なんて悲しい時代なのだろう。戦士に優しくない。

 

 全世界が幻想で溢れて滅びそうになるようなイベントはないのだろうか。こう、七つの時代で聖杯戦争とか。

 

 ないか。あるわけないか。

 

「ならば戦いが終わった後で我が国へ来ると良い。生ある限り武を極め続ける事が出来る。我が国に新たな戦士が来るのも数千年以来だ。本体の私も試練を乗り越えて到達できる者であれば盛大に歓迎しよう」

 

「そうだなぁ……影の国で修行も悪くはなさそうだなぁ―――」

 

 まぁ、日本で修行するよりは間違いなく成果があるとは思う。が、その前にはまずこの聖杯戦争を生き抜かないといけない。そして生き抜くためには、この戦いで勝利しないといけない。敵はどれも強力だが、勝てない訳ではない。ならば、全力で殺しに行くだけだ。

 

 アインツベルンの霊地は機能不全に陥っているおかげでアインツベルンは拠点の防衛力と回復力を失った。

 

 同様の結果を言峰陣営も受けており、遠坂陣営との共生的な合流が発生した。

 

 遠坂陣営も屋敷が吹き飛んだ―――こればかりは酒盛りをイスカンダルがアインツベルン城で行っていたのが幸いだった。おかげでギルガメッシュに阻まれることなく破壊に成功した。その為、遠坂陣営はセーフハウス、或いは霊地のないサブ拠点へと移動させられた。

 

 間桐はまだノータッチだが間桐雁夜の自滅は見えている。

 

 そしてライダーは―――その場のノリでどうにかしよう。

 

 聖杯戦争三日目。

 

「今脱落しているのは俺が殺したレフとキャスターだけだ。―――三日目で一人ボッチも寂しそうだし、煉獄に仲間を追加してあげねぇとな」

 

「やる気だな」

 

「当然」

 

 ならば、とスカサハが言う。

 

「私にも存分に槍を振う機会をくれるのだろうな? そろそろ私も命を削る様な戦いを味わいたいのだが」

 

 スカサハの好戦的な視線に苦笑を零し、答える。

 

「―――今夜、マスターを一人殺して、歩みを進めよう」




 師匠とのコミュ回の様な何か。霊基再臨的な何かだったのかもしれない。なお令呪消費。馬鹿は躊躇しないのです。

 黄理さんのその後は原作ままだから月姫プレイヤーはどういう結末かは解ってるかもな。

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