ゼルダの伝説 虚無《ゼロ》の少女と時の勇者   作:すもーくまんじゅう

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騎士の誓い
騎士の誓い


「はぁ~~……疲れたぁ!」

 

 ルイズは自室のベッドに体を投げ出して仰向けに倒れこむと、胸の奥から深いため息をついた。思わず口をついて出てきた言葉にさっきの質問攻めを思い出した。リンクの姿に度肝を抜かれた生徒たちが、自分達に詰め寄ってきて口々に聞いてきたのだ。一体彼は何者だ、と。もっとも、そうも言いたくなる気持ちはルイズにも十分理解できた。ハルケギニアの人間にとって恐怖の象徴とも言えるエルフ。その特徴である長い耳を持った、見たことも無い風体の人物が突然学院に現われたのだ。自分がリンクを召喚したのでなければ、ルイズも同じような反応をしていたに違いなかった。

 ルイズが自分の召喚した使い魔だと懸命に説明してみても、『あれはエルフじゃないのか?』とか『僕達に襲い掛かってくるのでは?』とか何度答えてみても同じようなことを聞かれ、挙句の果てには『あのゼロのルイズが使い魔を召喚できたのか!』とのたまう奴までいる始末だった。混乱が収まる気配がないどころか、ますます大きくなりそうだったので、最後の奴にルイズが平手打ちを食らわせて逃げ出したが、たどり着いた先の食堂でもそれは変わらなかった。いつものように夕食を優雅に楽しむ暇もなく、三人は急いで腹に食べ物を詰め込み、自室に逃げ込んだのだった。

 キュルケとルイズはあまりお腹いっぱいには食べられなかったが、タバサは二人が食べる速度の倍ぐらいの速さで料理を次々に口に運び、部屋に戻る時も、両頬をリスのように膨らませてもぐもぐとやっていた。彼女だけはお腹いっぱいになったことだろう。頬張っていた最後の料理をごくりと飲み込むと、満足気にけふ、と息を吐いていたのだから。ルイズとキュルケはそんなタバサのどこかほほえましい様子にあきれながら目を見合わすのだった。

 ルイズはポケットに入れていた、ハンカチに包んだパンを取り出して、ベッド脇のテーブルの上に置いた。リンクのために食堂から持ち出してきたものだ。本当だったらメイドに命じて、もうちょっと色々と持ってきてあげたかった。

 使い魔の生活の面倒を見るのは、主人としての務めでもある。それなのに、彼の今夜の晩餐はこのパン1つである。あんまりといえばあんまりな、さびしい食卓だ。今まで自分を馬鹿にしてきたやつらの鼻をいっぺんに明かしてくれたのだから、ご褒美に何かしてあげたかったのに。

 天蓋付きのお気に入りのふかふかのベッドに体を放り出し、ふうと一息ついたルイズだったが、驚きで口をあんぐりと開けた連中の顔を思い出すと、くふ、くふふふ、と淑女にはあるまじき黒い笑顔を浮かべた。暗い愉悦に浸っていたルイズだが、部屋の片隅に用意された藁の山に気がつくと、がばっと勢い良く起き上がった。あれは使い魔用の寝床として昨日の夜のうちにメイドに用意させていたものだ。

 しかしながら、今日ルイズが召喚したのはヤギでもなければ羊でもない。リンクだ。立派な人間である。すっかり忘れていたが、このままだと私は、彼に藁の山で寝ろと言わねばならなくなってしまう。そうでなければ自分のベッドで同衾か? いくらなんでもそれは流石に気が引けた。冷や汗がつうっと背中を伝って行った。しかし、もうどうしようもなかった。さすがにベッドの手配をしろと言っても、そろそろメイドたちも休む時間だ。それにベッドが余っているかどうかもわからない。どうしようかと悩んでいると、ドアがノックされる音がルイズの部屋に響いた。

 

「ミス・ヴァリエール。失礼致します。リンクさんをお部屋へお連れしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「え、ええ、どうぞ」

 

 ルイズは何事もないかのように取り繕うと、その声に答えた。ルイズの返事を聞いて、ドアノブがひねられ、扉が開いた。まず部屋に入ってきたのは、綺麗な黒髪のメイドだった。さらさらとゆれる黒髪をボブカットにし、その髪と同じように、黒曜石のように輝く黒い瞳を持った、可憐という言葉が良く似合う美少女だ。可愛らしい桜色の唇は、リンクを連れている緊張のためか、きゅっと結ばれていて、普段は雪のように白い、すべすべの頬はほんの少し紅く染まっていた。キュルケにはさすがに劣るが、スタイルも抜群だった。魔法学院で働くメイドの一人で、ルイズとも顔見知りのシエスタだった。

 

「ありがとう、シエスタ。迷っていたから助かったよ」

 

 シエスタの後ろから、エポナにくくりつけていた大きな旅の荷物を背負ったリンクが、シエスタに笑いかけながら入ってきた。

 

「いえ、お気になさらないでください。案内くらいどうってことありませんから。それでは私はここで失礼しますね」

 

 シエスタはルイズとリンクに朗らかに微笑むと、ぺこりと頭を下げて出て行った。

 

「悪かったな、遅くなって。手隙のメイドさんを探してたんだけど皆忙しそうでさ。おまけに歩き回っていたら迷っちゃって……待たせたかな?」

 

 そう言ったリンクだったが、時間がかかったのは何も迷ったからだけではなかった。彼の耳を見た人たちが恐怖でなかなか話を聞いてくれなかったのだ。厩舎の人たちはリンクの耳に気がつくと皆震え上がってしまって、エルフではなく敵意も無いとわかってもらうのに随分と時間がかかってしまった。どうにかこうにかエポナを置いてもらえるようにお願いして、ルイズの部屋に向かおうとメイドに案内を頼もうとしたら、声をかけたメイドはリンクが近づき、その耳に気がつくと皆逃げ出してしまった。方々を歩き回って、本塔の食堂前の廊下の曲がり角でばったり会ったのが、さっきのシエスタだった。随分驚いたようだったが、なんとかエルフではないとわかってもらえたので、ようやく案内してもらうことが出来たのだ。もっとも、最初にシエスタが逃げ出さなかったのは恐怖のあまり体が動かなかったからなのだが。一緒に歩いて話をするうちに打ち解けてくれたようなので、もうそんなことはないだろう。

 

「大丈夫よ。私も帰ってきたのはついさっきだったから。話ってのはね、これからあなたの住む場所についてよ。使い魔は体格的に自室に入れないとか、何か事情がない場合は大体主人の部屋に一緒に住むのよ。だから、あなたの住まいは今日からこの部屋よ」

 

 ルイズは内心のどきどきという焦りを抑えながら言った。

 

「俺がここに住んでもいいのか? 女の子の部屋に、男がいるとまずいんじゃないか?」

「い、いいのよ。あなたは私の使い魔なんだから。文句があるやつはぶっ飛ばしてやるわ」

 

 男、という部分にルイズは顔をかあっ、と紅くするが、何も疚しいことなんかないわ! と自分に言い聞かせた。ルイズの物騒な物言いにリンクは苦笑いしていた。

 

「そ、それで……その……あなたの眠る場所なんだけど……それなの」

 

 ルイズは心底言い辛そうに、手を後ろに回してもじもじとやっていたが、今更どうにも出来ないので、覚悟を決めて藁の山を指差した。二人の間に妙な沈黙が流れた。

 

「……藁?」

「あなたを粗末に扱おうなんて気は全然ないの! ただ、昨日は人が召喚されるだなんて思ってなかったから……」

 

 リンクに慌てて弁明するルイズだったが、その声はだんだんと元気がなくなってしまった。

 

「……ごめんなさい。どんな理由があっても、こんなの嫌よね」

 

 ルイズはうつむいてしまってそう言った。藁に寝ろだなんて囚人かなにかみたいじゃないか。大切にするって誓ったばっかりなのに……うう、やっぱり一緒のベッドに入るしかないのかしら?

 悶々としていたルイズの様子を見て、リンクはにっこり笑うと言った。

 

「大丈夫だよ。野宿に慣れた旅の身には風雨が防げるだけでも十分さ」

 

 そう言って、リンクは背負っていた装備と荷物を脇に下ろすと、ぼすんっと藁の山に体を投げ出し、うーんと伸びをするとまたルイズに、にこっと笑いかけた。ルイズもリンクの笑顔につられて、ふっと笑った。気を使ってくれたんだ。恨み言の一つくらい言っても当然なのに。ルイズはそう思い、リンクの優しさが嬉しかった。

 

「……ありがとう、リンク。ベッドは必ず用意するから、今日はごめんね……そうだ! あなた夕食はまだよね? これしか持ってこれなかったんだけど、良かったら食べて」

 

 ルイズはベッド脇のテーブルに置いていた、ハンカチに包まれたパンを示し、脇の椅子を引いてぽんぽんと叩いた。

 

「わざわざありがとう。喜んでいただくよ」

 

 リンクは荷物の中から食料を入れていた革袋と革製の水筒を取り出すと椅子に座った。袋の中から、以前に作っておいた鹿の脚の燻製を取り出した。以前にたまたま立ち寄ったある村で仲良くなった狩人達に作り方を教えてもらったものだ。香辛料が良く効いていて、食欲を誘う香ばしい匂いが部屋の中に漂った。

 リンクはいただきます、と食前の感謝を捧げるとパンにかぶりついた。小麦粉の香りと一緒に、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。鹿の脚を頬張ろうとしたところで、ルイズの視線に気づいた。燻製が珍しいのだろうか。そうリンクは思ったが、実際にはルイズが夕食を満足いくまで食べれなかった分、燻製の香りに強烈に誘惑されていたからだった。

 

「……良かったらルイズも食べるか?」

「いいの!?」

 

 勢い込んでたずねるルイズ。リンクは微笑んで袋からもう一つ鹿の脚を取り出して、ルイズに手渡した。

 

「ありがとう! いただきます……! おいしい! すごくおいしいわ!」

 

 目を輝かせて燻製を頬張るルイズに、リンクも頬を緩ませた。こうして誰かと一緒に食事をするのは、エポナを除けば随分久しぶりのことだった。ここ最近は人里離れた山道をずっと旅していたのだ。隣に人がいるだけで、食べ慣れたものでもずっと美味しく感じるのは不思議だった。

 

「……ねえ、リンク。あの時……どうして私の傍にいるって言ってくれたの? 最初は、元の場所──元の世界かしら──に帰らないといけないって言ってたのに……」

 

 夕食を終え、革の水袋から水を飲んでいたリンクに、ルイズが聞いた。リンクは水袋を下ろして口元を拭うと、ルイズに微笑んで言った。

 

「ルイズは俺が異世界から来たってこと、冗談だとは思わないのか?」

 

 リンクがそう言うと、ルイズは少し頬を膨らませながら答えた。

 

「私はあなたの主なのよ? 自分の使い魔のことを信じないメイジなんていないんだから!」

「……そっか。ありがとう」

 

 リンクはルイズの言葉を聞くと笑ってそう言った。ルイズにとっては当然のことなのかもしれないが、こうして出会ったばかりの自分のことを信じてくれることは嬉しかった。少し間を置いてから、リンクは話し始めた。

 

「……ルイズを見ていたら、昔の自分を思い出したんだ」

「昔の自分?」

 

 ルイズの聞き返す声に、リンクはそう、と頷いて続けた。

 

「子供の頃、俺はコキリの森っていう所に住んでいたんだ。その森に住む人──コキリ族には、ひとりひとりに自分のパートナーになる妖精が必ずいて、それこそ物心付く前からずうっと一緒にいる妖精がいるんだ。だけど、俺にだけはその妖精がいなかった」

 

 リンクは、遠くを見るような、どこか懐かしげな表情で言葉を切った。ルイズは黙ってリンクがまた話し出すのを待っていた。

 

「ミドっていうガキ大将みたいなやつがいてさ、そいつが子分たちと一緒に、いつも俺のことを馬鹿にしてきたんだ。『妖精なし! この半人前!』ってさ。まあ、そいつとも喧嘩友達みたいな感じで、他のみんなもとても仲良くしてくれた、大切な友達だったけど、やっぱり自分ひとりだけが仲間はずれみたいで……俺だけがみんなとどこか違うんだって、……ずっと思ってた」

 

 似てるだろ、君と。そう言ったリンクに、ルイズは静かに頷いた。他の人にとっては当たり前のことが、自分にはそうではない。心無い言葉を投げつけられる辛さも、自分自身を責める痛みも、ルイズには良く理解できた。

 

「そんなある日、もう十歳くらいになった頃だったかな? 俺のところに妖精が来てくれたんだ。やっと来てくれた大切な相棒──。……ルイズにとっての使い魔が、俺にとっての妖精なんだって、そう思ったら、傍にいてあげたいって気持ちになったんだよ」

「リンク……」

「……自分が皆と同じコキリ族じゃなくて、本当はハイリア人だったって知ったのは、もっとずっと後になってから、コキリの森を出てからだったけどね」

 

 リンクは、豪奢な化粧台の鏡に映る自分の姿を見ながら言った。自分がハイリア人だと知ったのは、時の神殿のマスターソードを引き抜き、七年間聖地に封印されて、大人となって目覚めた時だった。コキリ族はいつまでも子供のままで成長しない種族だ。青年へと成長したこの体が、その何よりの証だった。

 

「理由は大体そんなところかな?」

「うん……ありがとう」

 

 優しく微笑むリンクに、ルイズも笑顔を返す。自分の傍にいてくれる相棒。この異世界から来た優しい人に、自分も応えられるようになりたい。胸を張って、この人の主だと言えるようになりたい。そう思った。

 

「それで、使い魔とかルーンとか……まだわからないことがいっぱいなんだ。良かったら教えてくれないか?」

「ええ!」

 

 

 

「……使い魔の契約のルーン? この、左手の紋章が?」

「ええ、そうよ。わたしと、その……、えっと……き、き、き、キス、した時に、光って現れたでしょ? それが主人と使い魔の、契約がなされた証なの。ルーンが刻まれた時に痛みを感じなかったのはちょっと不思議だけど……ふつうは皆すごく痛がるものなのよ」

 

 ルイズは、リンクと契約を交わした時のことを思い出してか、頬を紅く染めながら答えた。今はリンクにメイジと使い魔の関係や契約の証であるルーンについて説明しているところだ。リンクはルイズの言葉を聞いて思案顔になっていた。

 

「……コルベール先生にも言ったけど、これは元々俺の体に刻まれていたものなんだ。だから、君の言うルーンとは違うと思うんだけど……」

「え? 元々? 一体どういうこと?」

 

 ルイズは思わず聞き返した。

 

「この三つの三角で出来た印は、トライフォースといって、ハイラルを作った三柱の女神が残したもので、って……説明したところでよくわかんないよなぁ」

 

 リンクは、昔ゼルダ姫から聞かせてもらったハイラルの創世とトライフォースの伝説を話そうとしたが、そこで言葉を切って困ったように頬をかいた。話を聞くルイズがきょとんとした表情で固まっているのを見て、わかってもらうのは難しいと思ったからだ。

 

「あはは……まあ難しい話は置いといて、元々俺の左手に宿ってたものなんだ」

 

 リンクの左手の甲では黄金の聖三角が浮かび上がって静かに光っていた。

 

「それじゃあ……リンクは……私の使い魔じゃ……ない……?」

 

 ルイズはがっくりしてへたりこんでしまった。ようやく生涯を共にする使い魔(パートナー)とめぐり合えたのに……異世界の女神が残した、なんて言われても正直なところ良くわからなかったが、契約の証ではないのではないか、と言われたことだけは理解できた。

 

「いや、君とキスした時に、急に強く光りだしたから、何かしら関係はあるとは思うんだけどね。力を込めないと普段はあんなに強く光ったりしないんだ。あの時はそんなことしていなかったんだけど……何かの文字は浮かんでいたし。そっちは何でか消えちゃったけど……」

 

 リンクの言葉に、ルイズはぐりんっと、俯いていた顔を勢いよくあげた。びっくりして目をぱちくりさせるリンクの顔が見えたが、今すごく重要なことが聞こえた気がする。契約した時に普段じゃありえないほど光った? それに何か文字は浮かんだ? それなら使い魔の契約はやっぱり交わされているんじゃないだろうか? いや、きっとそうに違いない! 普通だったらルーンが浮かぶはずだが、人間が召喚されている時点でそもそも普通ではないのだ。しかも異世界からやってきたなんて特殊なケースだ。何が起こったってそう不思議なことではない。ルイズはそう考えることにした。

 

「ならやっぱり、あなたは私の使い魔よ! 契約の時に普段とは違う何かが起こったなら、きっとそれが契約の証のはずよ!」

 

 さっきとは打って変わって嬉しそうにまくし立てるルイズの様子にリンクは苦笑した。まあ、考えてもわかることじゃないし、それでもいいかな。リンクはそう思うことにした。考え続けたところで何かが変るわけでもなし、何か起こったなら、その時はその時だ。

 

「それで? 使い魔ってのは何をすればいいんだ?」

 

 ルイズはリンクに一般的な使い魔の仕事について説明を始めた。

 

「まずは……主人の目となり、耳となるって言うのがあるんだけど、まあ要するに感覚の共有ね! ……でも、なんにも見えないのよね……あなたが人間だからかしら? 不思議だけど、出来ないものはしょうがないわよね。次は……やっぱり主人の護衛かしら? いつも主人の傍にいて、危ないときは助ける!」

「それは大丈夫。剣には自信があるんだ」

 

 そう答えるリンクは実に頼もしかった。コキリの森を出てからは、ずっと戦いの日々だったのだ。数多の魔物を倒し、世界を支配しようとした魔王ガノンドロフを退け、異世界のタルミナに迷い込んでからは、破滅をもたらそうとした、災厄を呼ぶ仮面の悪意を破った。元の世界に戻ってからは、相棒の妖精を探しながら剣の腕を磨き、時には人々を害する怪物や魔物を退治してきた。そんじょそこらの奴には負けない自信はある。

 

「そ、そう、頼もしいわね! それじゃあ……あ、主人の望むものを持ってくるってのもあるわね。秘薬なんかを探してくるの」

「秘薬ってどんなの?」

「いろいろあるわね。ありふれたものだと治療に使う薬草とか朝露の雫とか、火の力が込められた鉱物とか……硫黄なんかがそうなんだけど。強力なものになると、精霊の涙なんてものもあるわ。もちろんめったに手に入らない、貴重なものだけどね」

 

 ルイズは顎に指を当てて、以前読んだ図鑑を思い出しながら答えた。実家にいた頃に色彩豊かな絵を眺めるのが楽しくて、下の姉とよく読んでいた。

 

「へぇ……硫黄なんかはわかるけどなぁ。まあ、必要になったなら言ってくれれば採りに行くよ」

 

 この世界の薬については残念ながら知識はない。火薬などについては爆弾を扱うために詳しくはなったし、簡単な薬草くらいならまだわかるが、本格的な薬の材料となると、普段は専門の薬屋にお世話になっているリンクにわかるのは以前扱ったことがある、迷いの森で採れる妖しいキノコや鼻の効くものだけが見つけられる特徴的なにおいのするキノコ、抜群に効く目薬の材料になるカエルくらいなものだ。それにしたって使ったのはもう何年も前のことになる。

 

「まあ、それはいいわ。私もそれほど秘薬を必要としているわけじゃないから……。後は……あなたは人間だから、主人の身の回りの世話かしら? 洗濯とか……」

「そのくらいなら旅で慣れているから平気だよ」

 

 主の護衛から洗濯まで引き受けてくれたリンク。これで私も立派な主人ね! とルイズは嬉しくなった。と同時に、リンクがそんなこと出来るか! と腹を立てたりしないことに、内心ホッとしていた。本人は完全に否定しているが、ハルケギニアの人間の天敵、エルフである可能性は捨てきれない。なにせエルフの特徴は長く伸びた耳だ。これはリンクの耳と完全に一致していた。リンクは、ハイリア人は皆こうだよと、笑っていたが。

 引き締まり鋼のように鍛え上げられた体つきや、手入れが行き届き静かに輝く武具を見ただけでも、まともな魔法が何一つ使えず、体もひ弱な自分ではとても敵うはずがないとルイズは思った。その気になればリンクはいつだって自分を殺せるかもしれないのだ。そんなことはしないともちろんわかってはいるのだが。ちょっと話しただけでも、リンクが優しい性格であることはすぐにわかった。

 本気で使い魔になることが嫌ならば、主人を殺すことで逃げ出すことは可能だと考えられている。無論、召喚に応じた時点で使い魔となる意思を持っていることは確認できるため、これまでそのようなことは起こった例がなかった。

 しかし聞いてみればリンクの場合、寝ていたベッドから落ちた際に、床に開いた召喚のゲートを通って召喚されたらしい(エポナについては、壁も壊れていたボロボロの山小屋で一緒に休んでいて、自分の姿が消えたから続いてゲートをくぐってきたのだろう、とリンクは言った)。寝ている人に意思なんてあるのだろうか。いくらなんでもそれは酷というものだろう。おまけに人間が来るだなんて思って無かったから、昨日わくわくしながら部屋に設けた使い魔用のスペースには、ただ藁の束が敷き詰められただけだ。いくら準備が整わなかったとはいえ、藁で寝ろ! なんて言われたら機嫌を損ねるのはルイズにも想像できる。

 かといって、自分のベッドで一緒に寝るというのは、かわいい幻獣の幼生とかならともかく、見目麗しい青年と一緒に……というのは、自分の使い魔とはいえさすがに抵抗があった。

 そう考えると、そういった理不尽をこともなげに受け入れてくれたリンクが使い魔として召喚されたのは幸運だったのかもしれない。これが気難しく怒りっぽい粗暴な男だったりしたら、今頃どうなっていたことか、考えるだけで恐ろしい。まあ、欲を言えばキュルケのサラマンダーやタバサの風竜のような、普段自分を馬鹿にしている連中をあっと言わせるようなかっこいい生物が使い魔であって欲しかったのだが。もっとも、皆の度肝を抜くという目論見には十分以上に成功したと言えるかもしれない。

 

 最後にルイズは、自分にとって最も大事な使い魔の仕事を言った。

 

「使い魔は主人とその生涯を共にするパートナーなの! だ、だからね、あなたも、私とこれからはずっと一緒にいないといけないのよ!」

 

 ルイズはぐんと胸を張ると、興奮気味にそう言った。頬が気恥ずかしさに紅く染まる。昨日も使い魔を呼び出した後のシミュレーションをした時に散々練習したのにどうにも恥ずかしかった。考えたら、人間を召喚した時のシミュレーションなんてやっていなかった。使い魔が人間だったせいだ。きっとそうだ。ルイズはそう思うことにした。

 

 だが、リンクの答えはルイズの予想を裏切るものだった。

 

「ごめん……それは出来ないな」

 

 リンクはゆっくりと首を振りながらそう言った。

 

「どうして……? ずっと……一緒にはいてくれないの……?」

 

 舞い上がっていた気分がすっと沈む。ルイズは先ほど聞こえた言葉が信じられず、そう聞き返した。

 

「……どうしても会いたい友達がいるんだ。もう一度会いたくて、ずっと探して、何年も旅をしてきた。だから、いつかはハイラルに帰らなくちゃ」

 

 まあ、今は帰り方なんてわからないんだけど、とリンクは笑った。

 

 もう一度会いたい。そう言った時のリンクの顔をルイズは見つめていた。寂しげでありながらも、その澄んだ青い瞳は絶対に諦めない。そう語っていた。

 

「それに」

 

 リンクはそう言って、懐から美しいオカリナを顔の前に掲げた。そのオカリナは静かな青い輝きをたたえていた。吹き口のところには、リンクの左手の印とおなじ、トライフォースの装飾があった。ハイラルから旅立つ時に、ゼルダ姫から預かった、時のオカリナだ。

 

「このオカリナも、ある人から預かった大事なものだから。探していた友達にもう一度会えたら、その人に返しに行かないと」

 

 ルイズは手をぎゅっと握りしめた。生まれて初めて成功した魔法で自分の元にやってきてくれた使い魔。誰もがゼロと蔑む自分を、立派な魔法使いだと認めてくれた、初めての人。それがいつか自分の隣からいなくなってしまうかもしれない。リンクが元の世界に帰り、独りになってしまった未来の自分を想像すると無性に怖かった。

 

「……ルイズ?」

 

 うつむいてかすかに震えているルイズに、リンクはルイズの肩に手をおいてその名を呼んだ。ルイズは顔を上げてリンクを見つめる。心配そうに自分を覗き込むように見つめるその瞳は、どこまでも優しい。ルイズは、まるでちいねえ様のようだな、とふと思った。いつも優しくしてくれる下の姉だ。慰めてくれる時、ちいねえ様はいつもこんな瞳をしていたっけ。

 

 ルイズは、いつか帰るなんて言わないで! ずっとずっと一緒にいて! と叫びたかった。一人にしないでと、すがりついて泣きたかった。だがリンクはこれだけは譲ってくれないだろうなとルイズにはなんとなくわかった。友達に会いたいと言った時に垣間見せた堅い決意は、自分がいくら泣き叫んで訴えたところで変えられるようなものではないと思ったからだ。その程度で折れてしまうような決意だったら、きっとリンクは何年も旅を続けてないはずだとも思った。そして、それほどまでにリンクに想われているその友達が羨ましかった。震える手をぎゅっと握ると、決意をこめて声を出した。

 

「……わかったわ。だけど、私がいいっていうまでは、絶対に帰してあげないから! 勝手にいなくなるなんて、絶対に許さないからね!」

 

 ルイズはそう言ってリンクをキッと見る。リンクの気持ちを変えることができない自分が、ただわがままのような強がりしか言えない自分が悔しかった。

 

「ああ、約束するよ。勝手にいなくなったりしない。君達の言う生涯を共にする使い魔には、今はなれないけど、代わりに騎士として、ハイラルに帰らなければならないその時まで、君のそばにいるよ」

 

 リンクは力強く頷き、微笑んでそう言った。

 

「……うん。約束……だからね……」

 

 ルイズも微笑んでそう返した。

 

「……それに、もしかしたら、ナビィの奴も俺みたいにこの世界に来ているのかもしれないしね」

「ナビィ? それが友達の名前?」

 

 ルイズはそう問いかけた。リンクの相棒の妖精のことらしいというのは察しが付いた。

 

「ああ。そうだ、ルイズは見たことないかな? 見た目は羽の生えた丸い光の塊みたいな奴で、どうにも口うるさい女の子なんだけど」

 

 リンクはこんなの、と言いながら懐から何か光ったものの詰まったビンを取り出して言った。

 

「わぁっ!」

 

 ルイズはそれを見て思わず声をあげる。リンクが差し出したビンの中には、淡く美しい桃色の光を放つ、羽の生えた珠がふわふわと漂っていた。光の珠が漂った後には、光の粒が軌跡となってきらきらと舞い、散っていった。

 

「きれい……これが妖精なの?」

「うん。怪我をした時には癒してくれる頼もしい味方なんだ。ナビィはこの子とは違って青く光ってるんだけどね」

「そうなんだ……ごめんなさい、今まで見たことはないわ。今が初めてよ。ハルケギニアでは妖精は伝説上の存在なの。おとぎ話くらいでしか聞いたことはないわ」

 

 ルイズは妖精に目を奪われながらも、そう答えた。リンクには悪いが、このような妖精に出会ったことは今までなかった。絵本では小人の美少女の姿で描かれていたが、これだけ美しい光を放つ姿ならそう伝えられても無理はないのではないかと思った。

 

「そっか。まあ、そう簡単には見つからないよな」

 

 リンクは懐にビンをしまい、腰掛けていたベッド脇の椅子から立ち上がりつつ言った。ルイズの答えは予想していたのか、残念そうなそぶりは見せなかった。そして、ルイズの手を引いて自分の前に立たせた。

 

「わわっ!」

 

 ルイズは驚いて、何をするのかとリンクに目で問いかける。

 

「それじゃ、今度は俺の方から騎士の宣誓だ。ルイズはこのまま立っていてくれ。俺の命にかけて、君の騎士であることを誓うから」

 

 微笑みながらそう言うと、リンクは真剣な表情になって、ルイズの前で片膝を突き、ぐっと握った左手を胸の前に当て、ルイズを、そのどこまでも澄んだ青い瞳で真っ直ぐに見つめた。ルイズは、息をするのも忘れて、リンクを見つめ返していた。しばし二人が静かに見つめ合った後、リンクは誓いの言葉を発した。

 

「俺はハイラルの剣士リンク。いつの日か、ハイラルへ帰るその日まで、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール、あなたのために、騎士として戦い続け、あなたの傍に在り、あなたを守り続けることを、俺の命にかけて誓います」

 

 リンクは誓いを終えると、目を閉じ、すっと頭を下げて礼をした。ルイズは嬉しかった。召喚されて自分の前に現れたこの人は、使い魔としては常識はずれもいいところだったが、彼は今まで一人としていなかった自分を認めてくれた人だった。傍に寄り添って支えてくれると誓ってくれた人だった。何より、己の命にかけての誓いをかけてもらうなんて、この広いハルケギニアにいる数多の主人と使い魔たちでもそうはいないだろう。昨日まではひとりぼっちだった自分に、今はリンクがついている。それだけで体の奥底から勇気が湧いてくるように思えた。

 

 リンクはぱちっと目を開くと立ち上がって言った。

 

「誓いはこれで終わり! それじゃ夜も遅いし、そろそろ寝ようか?」

 

 ルイズはしばらくぼーっとリンクの顔を眺めていたが、ハッとすると慌てて言った。

 

「そ、そうね! それじゃあ寝ましょうか!」

 

 そこではたと気がついた。自分はいまだに制服姿のままだ。流石にこのまま寝る訳にはいかないから、着替えなくてはならない。でも、ここで? 使い魔の契約も交わし、立場上ルイズにとってリンクは自分に奉仕するものといっていい。だからこそ身の回りの世話も使い魔の仕事だといったのだ。普段は着替えを使用人に見せたところでなんとも思わないルイズだったが、リンクに着替えを見せつけるのはなぜか恥ずかしかった。彼は私の騎士でもあるから、普通の使用人とは違うんだ! そうルイズは自分に言い聞かせた。

 

「リ、リンク! き、き、着替えるから! むこう向いてて頂戴!」

 

 ルイズは真っ赤になりながら叫んだ。

 

「そうか、じゃあ外に出ているから、終わったら呼んでくれよ」

 

 リンクはそう言うと外に向かって歩き出した。女の子の着替えを覗くような悪趣味は彼にはない。

 

「で、でなくていい!! そこにいていいから……で、でも、こっちは見ちゃダメだからね!」

 

 ルイズはさらに慌てて引き止めた。別に出て行って欲しいわけじゃない。そう、ただちょっと恥ずかしいだけだ。

 

「あー……、そう? じゃあ終わったら声かけてね」

 

 リンクは固辞しようかちょっと迷ったが、彼女がそう言っていることだし、と思うとルイズに背を向けたままで立ち止まった。

 ルイズはクローゼットからお気に入りのネグリジェを取り出すと、ゴクリと唾を飲み込み、意を決して着替えを始めた。部屋には衣擦れの音だけが静かに響いていた。ルイズはちらちらとリンクの様子をうかがうが、彼はこちらを向くそぶりは見せていない。ルイズの心臓は、鼓動が周りに聞こえているんじゃないかと思うほどに、どきどきと早鐘を打っていた。

 やっとの思いで着替えを終え、洗濯物は籠へと入れる。メイドに洗濯してもらうためにまとめて洗濯物を放り込んでおくためのものだ。昨日まではシエスタに頼んでいたが、明日からはリンクがこの籠の中のものを洗うことになる。

 

「も、もういいわよ! それじゃ、洗濯はよろしくね!」

 

 ルイズはネグリジェ姿を見せるのが恥ずかしいのか、ベッドに潜り込んでからそう言った。リンクが振り向くそぶりも見せなかったことに、ルイズはどきどきしつつも安堵していた。

 

「……下着まで俺が洗ってもいいの?」

 

 リンクは洗濯籠をちらりと見やるとそう言った。ルイズは、はわわっと焦ったが、布団を鼻の上まで引き上げて顔を隠しながら言った。心臓はどきどきと鳴りっぱなしだ。

 

「……あ、あなたなら、い、いいわ……」

 

 リンクは苦笑いを返した。洗濯を頼んだ手前、嫌と言いづらいのだろうと受け取ると、下着だけは別の人に手伝ってもらおうと決めた。メイドはここに来る途中で何人も見かけたから、ひとりくらいは手伝ってくれる人もいるだろう。下着以外は自分がその人の分も洗うようにすればいい。

 

「下着はメイドの人に手伝ってもらうことにするよ」

「そ、そう……」

 

 ルイズはほっと安心したが、どこか残念そうだ。リンクはそんなルイズにふっと微笑みかけると、藁の上にどさっと倒れこんだ。

 

「おやすみ、ルイズ」

「……お、おやすみ! リンク……ベッドは、明日必ず用意しておくから……その、ごめんね……」

「気にしなくていいよ。ありがとう」

 

 ルイズはリンクが目を閉じたのを確認すると、部屋の灯りを消した。大きめの窓から入ってくる、双月の光だけが部屋の中を優しく照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 リンクの静かな規則正しい息の音が聞こえる。ルイズはぎゅっと目を閉じていたかと思うと、ちらりとリンクを見て、布団の中でもぞもぞと動き、またぎゅうッと目を閉じるという動作を繰り返していた。眠たくないわけではないのだが、目が覚めた時にリンクがいなくなっているかもしれないと思うと、挙動不審になりつつもついその姿を確かめずにはいられなかったのだ。

 

「眠れないのか?」

「っ!」

 

 ルイズはビクッと体の動きを止めた。十分ほどちらちらとリンクをみていた時だ。てっきり眠っていると思ったリンクから声をかけられて非常に驚いた。しかし、リンクがいなくなっちゃうのが怖かった、なんて正直には言えない。いくらなんでも恥ずかしすぎるし、あんまりにも子供っぽいとリンクに思われるのもなんとなく嫌だった。

 

「う、うん、そう眠れないのよ! 初めて魔法がうまく行ったからまだ興奮してるのかしら!」

 

 ルイズの慌てた言葉を聞くと、リンクは立ち上がり、ルイズのベッド脇の椅子まで歩いてきて腰掛けた。ルイズはうまく誤魔化せたかしらとどきどきしながらリンクの様子を伺う。リンクはやれやれといった風に優しく微笑みながらひとつ息をつくと、懐から時のオカリナを取り出した。月光を浴びて青く光り輝くオカリナは美しかった。

 

「それじゃあ、落ち着くような曲を奏でてあげるよ。明日も早いんだろう?」

 

 ルイズは自分の真意を悟られなかったことに安心した。そして、リンクのオカリナはどんな音がするのだろうと気になった。

 

「そうね、お願いするわ。でも、私を起こすのはあなたの役目だからね!」

 

 ルイズはいたずらっぽく微笑んでそう言った。リンクは、俺はねぼすけだからなあ、と笑うとオカリナを構えた。

 

「君が眠るまで奏でているから、ゆっくりおやすみ。ルイズ」

 

 そう言ってオカリナを吹き始めた。オカリナからは穏やかで優しい曲が奏でられた。眠れないというのなら、この曲が良いだろうとリンクは思った。ゼルダ姫と初めて出会った時に乳母のインパから教わった曲だ。ハイラル王家の証を示す曲でもあり、ゼルダ姫が幼い頃によくインパが子守歌代わりに歌っていたというメロディ、ゼルダの子守歌だ。

 

「……綺麗な音……素敵な曲ね……」

 

 ルイズはそう言って、演奏するリンクを眺めた。目を閉じてリンクは演奏していて、わずかに体を左右に揺らしてリズムを取っていた。ルイズは、静かに揺れるリンクの金色の髪や、よどみなく動く指を眺めながら、オカリナの音に聞き惚れていたが、だんだんと瞼が重くなり、いつの間にか眠ってしまった。

 

 

 リンクはしばらく演奏を続けたが、ルイズのすー……すー……という寝息を聞くと、閉じていた目を開け、静かに眠るルイズの様子を眺めた。完全に寝入ってしまったのを見届けると、時のオカリナを懐へとしまい、立ち上がった。あどけないルイズの寝顔にくすっと小さく笑みを浮かべると、藁の山の上に体を投げ出し、目を閉じた。荒野の硬い岩肌や森の夜露に濡れた地面に比べれば、藁の山はずっと心地良いものだ。早起きだけが厄介だなとリンクは内心苦笑すると、眠りに落ちるのだった。

 

 


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