疫病神うずまきトグロ   作:GGアライグマ

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ちびうさと化学反応

 滝隠れの地下深くに、知る人ぞ知る闘技場があった。

 滝隠れの忍びも戦士として出場する。しかし、彼等は自国に良いイメージを残す必要があるので、勝利を前提とした試合か、生死の関わらない模擬戦しかやらない。

 スポンサーが本当に興味を示したのは、抜け忍、経済奴隷、犯罪者、孤児、捕虜などからなる、筋書きのない殺し合いだった。

 

「10回勝てば解放してやる」

「女を抱かせてやる」

「酒をやる」

 

 闘奴達は、そんな甘言を餌に戦わされていた。

 スポンサーのほとんどは、悪趣味な成金達。しかし、トップは滝隠れの里長の長男だった。名を紫苑(しおん)ギレン。次世代の里長と呼び声高い豪傑であり、闇に通じる男でもあった。

 ギレンはこの日、試合と共にとある実験を行っていた。そのため、試合と実験場の両方が見える位置で観戦していた。彼の隣には、実験を任された科学者もいた。

 

「サンプルの調子はどうだ?」

 

 ギレンが科学者を横目に見下ろしながら言う。

 

「順調です。閣下」

 

 科学者は笑顔で揉み手をしながら応じた。

 

「あの男は使えるか?」

「鳥島ボツですか? ……ええ、そうですね。いつ裏切るか分かりませんが」

「お前が心配することではない」

「し、失礼しましたっ」

 

 ギレンは軽い口調で言ったのだが、科学者は慌てふためき頭を下げた。それだけギレンが恐ろしいのだ。科学者の脳裏に、ギレンに逆らった者達の末路が刻まれている。拷問、毒殺、一族皆殺し。なんでもやる男だ。

 ギレンはそんな科学者の様子を見て、自身の教育が上手くいっているとを感じ、満足したのだった。

 

 この日の殺し合いは、愛する者同士の戦いばかりだった。当然、互いに戦うことを躊躇する。するが、戦闘が始まらない場合は、傀儡使いの忍びによって一方が操られる。そして、互いに涙ながら武器を握り、どちらかが死ぬまで振るい続けるのだった。

 

 そんな凄惨な光景さえ、白衣の科学者の目にはデータにしか映らなかったが。

 

「脈拍上昇! チャクラ値も跳ね上がりました!」

「サンプル動きました! 同調開始!」

「よし! よしよしよし!」

 

 彼等は実験場で、冷静に試合と被験体の様子を見比べていた。

 

 彼等の眼前には、1人の青年と数十人の幼児や赤子がいた。全員椅子に縛られ、頭には機械的な装置を付けられている。

 幼児と赤子の装置は全て同じ。目、鼻、耳をすっぽり覆われて、装置のてっぺんからはチューブが伸びる。そのチューブ一本一本が、青年に被せられた巨大な装置につながっている。

 青年の装置は五感を制限していない。むしろ、眼前の試合がよく見えるように、怪しげなスコープを付けられている。

 

 この青年は、餌羽後(えうご)の神居結(かみいゆい)だった。戦中には餌雨後で1番隊隊長を任されるまでに出世していた。が、大戦末期にとある事情で精神を煩い、病棟に入れられていた。

 そのとある事情で、彼は病棟から連れ出され、赤子の実験につき合わされていた。

 

 滝隠れでは、他人の思念やチャクラを取り込み戦う忍びを”新型”と呼ぶ。神居はその”新型”の中でも特に優れており、死者の思念やチャクラを吸い込み、さらにその思念を他者へ送ることができた。

 

 今回の実験でも、神居を媒介に死者の思念とチャクラを赤子へ送り込んでいた。その主たる目的は、赤子に写輪眼を開眼させることだった。

 写輪眼は、優秀なうちは一族の者が大きな悲しみを感じることで開眼する。ここにいる幼児や赤子は、うちは一族から拉致したり、その精子から受精卵を作ったり、クローンだったりで、うちは一族の血を引いていた。

 赤子では肉体が弱く、チャクラも少なく、何より思考が曖昧ないので、本来は写輪眼に目覚めることはできない。しかし、神居の特異な能力により、赤子はチャクラと精神を神居と共有することができた。

 

「うわああああ!」

「あっ、ああっ」

 

 今、若い女が愛する男を刺した。

 殺し合いの悲鳴に呼応するように、神居の指がピクリと動く。直後、神居の身体から紫色のチャクラが漏れ出た。

 

「来た! 見える程の濃密なチャクラ!」

「離れろ! 巻き込まれるぞ!」

 

 科学者が叫び、神居から離れていく。

 入れ替わるように、部屋の壁をすり抜けて、四方八方から薄緑色のチャクラが飛んできた。それは神居の身体に吸い込まれ、吸い込まれた量に応じて神居の紫色のチャクラが巨大化していく。付近の幼児達は、そのチャクラに包まれていく。途端、神居に共鳴するように、幼児の身体からも紫色のチャクラが発される。

 

「ふへへっ。実は巻き込まれてみたかったり」

 

 1人の冒険心溢れる女研究者が、神居のチャクラに自ら近づいていく。

 

「小久保さん! 何を!」

「ふへへっ。うっ、んぎゃあああああああああ!」

 

 同僚の制止にもかまわず、触れてしまった。彼女は途端に顔色を変え、病的に発狂し始めた。

 数分後、神居のチャクラは引いていった。小久保は地面に座り込み、涎を垂らしながら天井を見上げていた。

 

「大スターになります。うふっ、おっきい一面記事……。あれは、IPS? いや、違う。違いますよね。スワップ経済はもっとバーッと動くんです。脱税はあります! ねえ、誰か! 私ですよ! 捕まえてご覧なさい! 信じてくださいよ! スタンプラリーもあります! ねえ!」

 

 もう終わったな、あの女は。再就職先は性奴隷くらいか。

 研究者達は遠目でそんなことを思った。同じ釜の飯を食らう研究仲間だが、慈悲は無い。彼等の関心は早くも実験結果に移っていた。小久保に対しても、被験者のデータとしての関心だけがあった。

 

「死者の思念及びチャクラの取り込み。その思念の他者への拡散。拡散された対象は、神居とはっきりした思念世界を共有することになる。もはや幻術の域だ」

 

 研究者達は、結果に恐怖を感じつつも満足げだった。異常な力だからこそ研究しがいがある。その仕組みを解き明かしたい。異常な力を自由に操ってみたい。この場にいる多くの者はそう考えていた。

 

「おい退け! 邪魔だ!」

「うっ、おい」

「他所もんが……」

 

 そんな研究者達を押しのけ、乱暴に進む男がいた。この男は、神居のチャクラが出たときに誰よりも早く、誰よりも遠くへ逃げていた。しかし、一旦おさまると自分が先頭でなければ気が済まなかった。異常な研究者達の中でも、特に身勝手が目立つ。

 この男こそ、鳥島ボツだった。

 

「いよし! よしよしよし! 飴1号! 5号も開眼だ! うひょおおおお! なんだこの眼は! 飴2号の写輪眼が変わったぞ! あの男の言っていた万華鏡とかいうやつか!」

 

 鳥島は自身の実験サンプルを調べ、興奮してまくし立てた。他の研究者も好奇心を煽られて、鳥島の周りに集まった。

 

 神居を通して、写輪眼の覚醒に十分なチャクラと悲しみが赤子に供給された。とは言え、赤子の身体の弱さはどうにもならない。薬で強化しているが、限界がある。

 

「あっ! 飴10号が血を吐きましたよ!」

「飴9号も異常発生! 脈拍が急落しました!」

「あっ、エル12の心臓止まりました!」

「なんだって!?」

 

 次々と身体に異常が出る。研究者達は大慌てで治療していった。

 そんな中、不意に鳥島の白衣が盛り上がった。

 

「うわあああっ」

「な、なんだあ!?」

「ぎゃあああ! 化け物おおお!」

 

 周囲の研究者が驚き慌てて叫ぶ。

 鳥島の白衣から突然出てきたのは、緑髪で肌が真っ白な男だった。骨がところどころ異常に飛び出ていて、人間離れした印象を抱かせた。

 

「お、お前。変なタイミングで出てくるなよな。というか、わしに引っ付くことを許可した覚えはないぞ」

 

 鳥島が顔を引きつらせて怒る。

 白い男、白ゼツと鳥島は知り合いだった。どころか、鳥島が草隠れの研究所から脱走できたのは白ゼツのおかげだった。

 

「ねえ! 僕のウサギ1号が苦しんでるよ! 他のはいいからそっちを先に見てよ!」

 

 白ゼツは鳥島を無視して叫び、苦しむ赤子の1人を指差した。

 ピンクの髪で、白ゼツのように真っ白な肌をしていた。白眼を開眼しており、頭にトグロのような角が生えているのも特徴的だった。

 

「おっと。見落としていたな。あいつは今まで異常らしい異常が出ない頑丈なやつだったから」

 

 鳥島は真面目な顔になって、ウサギ1号と呼ばれる赤子に近づいた。

 

「ほう?」

「あっ! 額に割れ目が!」

 

 赤子は苦しみ、暴れている。苦しみに呼応するように、髪が白っぽく変色する。また、額の中心が盛り上がり、割れるような気配を見せる。しかし、不意に元のピンクの髪と何もない額に戻る。また苦しみ、変化が始まる。その繰り返しだった。

 

「お、おい。暴れるな」

 

 鳥島は赤子に近づこうとするが、一般人には難しかった。赤子は今、濃密なチャクラを纏っており、肘や足が床に当たるたびに、床にヒビが入っていくほどだったからだ。

 

「ぼ、僕に任せて!」

 

 白ゼツがサッと赤子に近づき、抱きかかえた。いや、かと思うと不意に落としてしまった。

 

「おぎゃあああああ! んぎゃああああ! んぎゃあああああああ!」

「おい! 何をしている!」

 

 泣き叫ぶ赤子。さらに激しく暴れる。

 鳥島は白ゼツに怒った。赤子が暴れたにしても、実験サンプルを落としてしまうのはいただけなかった。

 白ゼツは返事をせず、フラッと前のめりに倒れた。

 

「お、おい! 何を!」

「て、点穴を突かれた。かはっ」

「ひっ」

 

 白ゼツは突然血を吐いた。鳥島は驚いて一歩下がった。

 

「て、点穴ぅ!? それってあの点穴か!? 日向が得意とかいう?」

「かはっ。う、うん。僕はちょっと動けそうにない。ごほっ、ごほっ」

 

 苦しそうに血を吐く白ゼツ。鳥島は化け物を見るような目で赤子を見つめた。

 その時、さらに事態が動く。赤子の悲鳴に呼応するように、神居が緑色のチャクラを発し始めた。

 

「やばっ! 逃げろ!」

「ひいっ!」

 

 鳥島は一目散に逃げる。他の研修者も彼に続いた。白ゼツは放置され、緑色のチャクラに飲み込まれることになった。

 緑色のチャクラに当たり、赤子達は急に大人しくなった。神居がいつも発している紫のチャクラと色が違うが、起こる現象も異なるようだった。赤子達は、チャクラに包まれて気持ちよさそうにさえ見えた。

 

「なんだこのチャクラは。恐怖を感じない? むしろ温かくて、安心を感じるとは」

 

 その効果は、白ゼツにも届いていた。ダメージが回復し、フラフラと立ち上がれるまでになった。

 全ての赤子が静まった頃に、神居のチャクラは引いていった。

 直後、研究者達は大喜びで被験体に走った。

 

「なんだ今のは! すごいことが起こったぞ!」

「世界の人にこの光を見せなければならない! あれは希望の具現だ!」

 

 研究者達は意気揚々と被験体を調べていく。

 鳥島は、珍しく彼等に先手を譲った。難しい顔でウサギ一号に近づいていった。

 白ゼツも、フラフラとウサギ一号に近づく。

 赤子は、むにゃむにゃと何かを言っていた。

 

「おきな……。かぐやは…………。つきに、かえらなければならないの……。ばいちゃばいちゃ」

「ええっ!? 喋った!?」

 

 白ゼツはとても驚いた。この子はまだ人工子宮から出たばかり。当然言葉は知らない。それが、明確に言葉を発した。さらに言えば、赤子が話している内容自体も彼の気を引いた。

 

「ま、まさか憑依成功!? い、今、カグヤって……っ! そ、そんな!? 本当に!? こんな無茶苦茶なことがあるの!?」

 

 白ゼツが長年夢見てきたことが、いきなり叶ってしまったかもしれなかった。

 

 ウサギ一号は、確かに白ゼツが望む女性を目指して作られている。角が生えていたり、白い眼だったりは狙ってやったことだ。しかし、彼女自身がその女性になるのではなく、その女性を引き寄せるための補助になればいい、程度に思っていた。

 そもそも彼女は期待されていなかった。胎児の段階で生物としておかしかったからだ。”鳥島とその部下の勘”で常識外れなことをいくつもやっていた。大本は、トグロと月の細胞から培養した受精卵である。だがそこへ、マダラ細胞、柱間細胞、ヒザシ細胞、と期待できそうな細胞をごちゃ混ぜにしてしまった。その割合、箇所など全くの適当である。さらに、白ゼツさえ知らないことに、鳥島が「スパイスを一振り」とか言って、密かにアラレ細胞まで加えていた。

 これだけ無茶苦茶をしたにも関わらず、何故か安定している。期待せず放っておいたら成功していた。彼女はそういう存在だった。

 

 奇跡は二度起こったのだろうか。これが、神居という新型戦士の起こす奇跡。いや、ウサギ一号という奇跡なのだろうか。

 白ゼツは運命論者のような気分になっていた。

 

「お、おふざけでない。……むにゃむにゃ」

「ご、ごめんなさい! 母さん!」

 

 タイミングがいいのか悪いのか、赤子から白ゼツを否定するような寝言が出た。白ゼツは思わず秘密の1つを口に出してしまった。まだ誤魔化せる段階ではあるが。

 

「母さん!?」

 

 鳥島が驚いて叫ぶ。

 

「あっ、いやあ。人間、驚くと母さんって言ってしまうよね」

「全く。ロリコンかマザコンかはっきりしろ」

「マザコンだよ」

「い、言うな! アホ!」

 

 鳥島は怒って自分の実験体の方へ行ってしまった。誤魔化せたようである。

 

「かぐやと、らぶらぶ……。むにゃむにゃ。ももの、せいゆうはおなじ……。はまーんじゃない…………」

「うんうん。そうだね」

 

 白ゼツは愛おしそうに赤子を抱き上げた。言葉の意味はほとんど分からなかったが、あるキーワードが出ることがとにかくうれしかった。




声優が同じなら魂が近いという感じです。

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