ダンゾウが砂に与えた猶予は3日。雨隠れは砂より早く動きたいはずだ。ならば、話し合いによる平和を望む暁は、さらにそれ以前に各里の代表者と話を着けなければならない。交渉が失敗する可能性を考えると、難民を急いで第二ダムに連れていくべきだ。だが、連れていくと暁の人員がそっちに取られて、肝心の交渉や毒を撒いた犯人の捜索が疎かになってしまう。
ここで弥彦が言った。
「俺が1人でダンゾウの元に行って時間を稼ぐ。他の人員で難民を第二ダムに連れて行き、綱手を説得する。綱手が無理だとしても同士を集め、できるだけ多数で第一ダムに移動する」
これには長門と小南が反発した。
「無理だ。さすがに15歳の少年一人では、門前払いにあうのが落ちだろう」
「危険すぎる! それに行ったとしても交渉すらさせてもらえないわ!」
などなど。
2人の剣幕に押され、弥彦は発言を撤回した。結局、長門が「ダンゾウの元には俺と弥彦と小南の三人で向かう。難民の移動はトグロとやつの部下達に任せる」と提案し、それで決まった。他の暁の戦闘員は元の孤児たちと共に留守番だ。
小南が先行してトグロのもとへ飛び、難民移動の警護を求めた。トグロは了承し、自身の木遁分身を雨隠れに放った。またカツユを通して綱手に警護の応援を頼んだ。
「ならば、クシナがいいだろう。もしもの時に影分身で大勢運ぶことができる。戦闘能力も申し分なしだ」
「貴重な人柱力を1人で危険地帯に行かせたら、ダンゾウがごちゃごちゃ言って来るかもしれません」
「分かっている。だが、それほど遠い場所でもないんだ。スリミ小隊を護衛につければ十分だろう」
という話があって、クシナを隊長として4人が難民の護衛に加わることになった。
数時間後、トグロの分身が難民のもとへ辿り着いた。そこで意外な人物を見つけた。
「あいつは、傀儡使いの……」
難民を雨隠れに移動させた傀儡使い、サソリがいた。精巧なおっさんの傀儡の中に入っているので、長門にも正体がバレていなかったが、トグロは白眼で中が透けて見えるので分かる。
戦力として計算していいのか?
口パクで尋ねると、おっさんサソリはさりげなく頷いた。
さらに数時間後、暁の基地付近にクシナとスリミ小隊がやってきた。彼女達を交えて、第二ダムへ出発する。
道中、トグロの分身はさりげなくサソリに近づき、話しかけた。
「砂を抜けたってことでいいのか?」
サソリはうなずいた。
「俺の仲間になる気はあるか?」
サソリは反応しなかった。否定、もしくは保留だろうか。
「俺は第一ダムを砂と共同で管理し、砂側で暴動が起きたら砂の人間が押さえるような体制を作りたいと思っている。今までは砂側にふさわしい管理者がいなかったが、お前なら任せられると思っている」
これは本当の気持ちだった。砂の不安や不満を抑えるためには、同じ立場で事業を進める砂側の人間がいた方がいい。
捕虜にした青年団を教育し、優秀な同士になったら、この管理人をやらせる計画も頭の中にあった。それを誰にも伝えなかったのは、青年団よりもこの少年の方が才があると思ったからだ。出会えれば、勧誘するつもりだった。
「ありえんな」
しかし、初めて口を開いたサソリは、否定した。
「なぜ俺なんだ? 先日まで殺し合いをした人間だぞ。それに、まだ10代前半だ」
「砂側の管理者にある程度の実力がなければ、砂側の反発を押さえ込めない。だが、実力があってかつ融和を望んでいる人間は、極僅かしかいない。お前はそのうちの一人だ。年齢のことなら気にするな。容姿だけ誤魔化しておけばなんとかなる。実際、俺も初めてこの事業に参加したのは10歳のときだ」
「そういう問題じゃない。なぜ俺をそこまで信頼できる? 今こうして護衛にきたのも罠かもしれないぞ?」
「なぜと言われたらな……」
トグロは考える。明確な理由は浮かばない。
いや、1つはある。彼が若く、頭もよさそうなので、教育できる自信があることだ。それを言ったら彼のプライドを逆撫でしそうなので、言わないが。
「暁はバカ。青年団は大バカ。お前達は少しだけマシかもしれないと思っていたが、やはりバカだったな」
しかし、サソリが先にトグロのプライドを刺激した。
「聞き捨てならんな。俺があんなやつら同レベルだと? 言っておくが、お前にだって突然管理者のポストをあげるわけじゃない。こっちの教育を受けさせて、仕事をやらせて、人柄や能力をじっくりと見極めてからだ」
「ふん。そんなものは当たり前だ。だが、いくら言葉を並べたところで、お前の基地は一度砂に奪われた。木の葉の戦力を上手く使えば、ああはならなかった。だからやっぱりバカだ」
「なっ、何を言うか! お前らだってたった一日でダムを取り返されたじゃないか! お互い様だ!」
「俺をあんなやつらと一緒にしないでもらいたい。いや、それ以前に、なぜ国境付近に慈善団体など作った? 戦いに巻き込まれるのは分かっていただろう?」
「そりゃあ危険だとは思ったがな。たった2年でまた戦争が起こると思うか!? 世界大戦の後の準備期間とかは!?」
「何を言っている? 終戦など口で言っているだけだろう」
このガキっ。
トグロは子どもに痛いところを突かれて、感情的になってしまった。しかし、ダム事業は既に失敗だと認めたことである。口ケンカで交渉が失敗してももったいないので、自分から折れることにした。
「ああ、そうだな。認めてるよ。国境付近に国を作るには、まだ力不足だった。表に出てくるのが早すぎた。もっとじっくり力を蓄え、お前のような人間を多く同士に持つべきだった」
「いや、待ってくれ。俺はどうして国境に慈善団体を作ったのかと聞いたが?」
「ん? そりゃあ戦争の犠牲者がいっぱいいるからだ。風と火の国の間を選んだのは、ここに砂漠があるからだな。タダ同然の土地を緑化すれば、誰にも文句を言われず豊かな土地を持てる。と、思っていたんだがな」
「それは見立てが甘すぎだ。砂が豊かな土地を欲しないわけがない。綱手はそんなことも分からなかったのか?」
「分かっていたとは思うが、砂が変わってくれると信じたんだろうな。そして、案の定失敗した」
「なんだそれは? バカ過ぎる。チッ、これだけの力を持っていながら、上の連中が無能過ぎる。なんてもったいない」
「ん?」
トグロは無能だと言われてムッとしたが、言い方に少し違和感があった。
もったいないというのは、物事を扱う側の人間が言う台詞だ。つまり、彼は既に、こちら側に立って物事を考えているのではないか? 本当は仲間になりたいのではないか?
試しにそれなりに重要な仕事を与えてみることにした。
「少し話が逸れるが、いいか?」
「なんだ?」
「実は俺は、先の戦いで十数人の青年団を捕虜にした」
「そうか」
「俺はやつらを砂から離反させるつもりだ。ここにいる難民も加わってもらって、砂のやってきたこと、俺のやってきたことを伝えて、後は思想教育とかでな。お前も加わらないか? 抜け忍仲間が増えるのは都合がいいだろう?」
「ふん。あんなバカ達とは仲間になりたくない」
「だったら部下にすればいい」
「本気か?」
「俺が指定する3人以外は好きにしていい。全部で16人いたから、残り13人から好きなやつを選べ。選べる部下の人数はお前の働きに応じて決める」
「ふん。まあいいだろう。どうせ暇だからな」
こうして、サソリが一時第二ダムに身を寄せることが決まった。
話が長くなったので、クシナや他の難民が訝しんだが、内容をしつこく追及することはなかった。
道中、抜け忍や浮浪者からの襲撃があったが、クシナやトグロの敵ではなかった。上下に厳しい山道が続き、10数人の難民は歩けなくなったので、一部はクシナの影分身で運んだ。クシナ目当ての男がわざと歩けないフリをすることもあったが、彼らはトグロの指示でサソリの傀儡となって歩かされた。
その頃、弥彦達が第一ダムの近辺にやってきた。
初めに見つけたのはヒアシだった。トグロは一人で彼等のもとへ向かった。
「来てしまったか。まあ、理由は聞かなくても分かるが」
「ダンゾウのもとへ案内してくれ。戦争の無意味さを伝えたい」
「和平とは双方が対話のテーブルに着いて初めて成り立つものだ。3日前はうまくいったかもしれないが、今回は無理だと思うぞ。砂は風影がやられて復讐に燃えているだろう。木の葉に至ってはダンゾウだ。あいつは綱手と違って自分達の利益しか考えない」
「利益ならあるさ。戦争を止めることそれ自体だ」
こりゃあダメだ。
トグロはそう思ったが、3日前の恩があるので、彼等をダンゾウのもとへ案内することは請け負った。
4人で集落へ歩く。ダンゾウはトグロの屋敷を作戦本部にしていた。勝手知ったる道を進み、見張りの一人に見つかった。
「おい化け物、見張りはどうした? そいつらは何だ?」
「彼等は暁という組織の代表者です。先日の戦いでは我々の側で参戦し、休戦協定の場を作りました。今回も休戦の仲介役を名乗り出ています」
「そうか。雨隠れの使者ではないのだな?」
「ええ、違います」
「ならばダメだ。雨隠れの使者以外は通すなと言われている」
「そうですか」
トグロは小南の方を向いた。
「だってさ」
「だってさ? って、私に言われても」
不安そうに弥彦を見る小南。弥彦はズイと小南の前に出る。
「何がだってさだ。もうちょっと交渉しろよ。毒を撒いた犯人の調査についても」
「そう言われてもなあ」
トグロは見張りの男を見る。男は帰れと言うように、手の甲を二度払って見せた。
「あの、犯人の調査をやりたいと言っていますが」
「水路は警戒区域だ。出会い頭に殺されても文句は言えないぞ」
「ですよねえ」
トグロは再び小南の方を見る。
「だってさ」
「だ、だからだってさと言われても!」
「もっと真剣にやれ! ふざけているのか!」
真剣にやっても結果は変わらない。トグロは思ったが言わなかった。
なんてやり取りの最中、突然信号弾が上がった。一部を除きほぼ全員本部に集えという合図だった。トグロの班は見張りのために留まっていればいいが、大きく事態が動いたのは間違いない。
「砂が動いたか? おい! お前はさっさと持ち場に戻れ! そいつらは帰らせろ!」
「はい」
見張りの男は本部に駆けていった。
トグロは不満げな弥彦達の背中を押し、自分の持ち場へ戻った。
トグロはがんばって弥彦と長門をここにとどまらせようとした。ヒアシとヒザシは暁への対応をトグロに任せて割れ関せずだった。
「今回ばっかりは無理だと思う。ダンゾウが死んで、砂の指導者も入れ替わるくらいのことがないと」
「俺は諦めないぞ! 諦めたらそこで終わってしまう!」
「だな」
「こうしている間も惜しい! ここは多少強引でもダンゾウのもとへ行くぞ!」
「それはやめておけ! 絶対に殺されるから! もしくは人質にされる!」
何度もそんなやり取りを行った。不意に、集落からダンゾウの部下がやってきた。
「お前達が暁だな?」
「ああ」
「ダンゾウ様がお呼びだ。ついてこい」
「ん? ああ! 望むところだ!」
意外な動きだった。ダンゾウの方から暁を招き入れるとは。裏があるのは間違いないが、トグロの望むように帰っていれば会話をすることさえできなかった。
長門はダンゾウの部下の後ろを歩きながら、不意にトグロの方を振り返り、勝ち誇ったように笑んだ。
さて、弥彦達は本部へたどり着いた。トグロの屋敷の前に300人近い忍びが集まっていて、ダンゾウの演説を聞いていた。驚くべきは、その忍びの集団の中に100人近い砂隠れの忍びがいたことだ。ダンゾウの演説中にも、砂隠れの上忍がダンゾウの隣で彼の言葉を肯定する発言をしていた。
「いつも戦いを引き起こしてきたのは砂隠れである! 我々は自営戦争をしているすぎないのだ! 真実に気付いた砂隠れのものが、我々に協力したいと言ってきた! わしはこれを受けることにした! 先日まで殺し合いをしてきた相手だが、いつまでも憎しみ合う必要はない! 先代様が証明してくださったことだ! 今までの罪が帳消しになるわけではないが、過去に拘るのではなく、今の彼等の姿を評価してもらいたい! そして、討つべき真の敵を見極めるのだ!」
「毒を放ったのは砂隠れのチヨの一派である! やつらは守るべき風の民を傀儡で操り、自爆特攻させた事実もある! そのくせ、形成が不利になると我々を裏切り、風影を殺めたのだ! 利己的で節操なきことこの上なく、また残忍極まりない! やつらは砂の人間に支持されていない! 力による恐怖で民衆を操っているだけだ! 砂隠れでも厄介な存在であり、決して主流ではない!」
砂隠れの複数の部族が木の葉側に着き、共にチヨ等と戦うらしかった。これだけの裏切りが出たと考えると、本当にチヨの一派が毒を撒いたのかもしれない。風影が殺されたというのも驚きだった。
弥彦は状況の変化に着いていけず、考えていた演説の内容も忘れてしまった。いや、覚えていても使えまい。和平交渉の砂側の人間は、風影を仮定していたからだ。風影が死に、砂がこのように分裂してしまったから、和平を結ぶべき代表者がいなくなってしまった。
「明日の昼、砂隠れへ攻め込む! その頃には雨隠れも我らが同士となっているだろう!」
その言葉でダンゾウの演説は終わった。
弥彦達はその後ダンゾウに呼ばれ、戦闘への参加を促された。
「君達の望む正義の戦いが、ここにあるのではないかね?」
「いえ、断らせていただきます」
「なんと!? では暁と言うのは、口で世界平和を訴えながら、凶悪な連中は恐いから野放しにすると? 畏れいった」
「そうじゃない!」
「もういい。帰ろう、弥彦」
長門が弥彦とダンゾウに割って入り、話を終わらせた。三人は一礼し、雨隠れ方面へ歩いていく。
ダンゾウは彼等の後ろ姿を見て、何か嫌がらせをしてやろうと思ったが、やめにした。あんな小物はどうとでもできる。今は捨て置き、必要になったら利用してやればいい。などと考えていた。
数時間後、雨隠れの使者が第一ダムへやってきた。ダンゾウの狙い通り、雨隠れは木の葉側に就いて砂隠れと戦うと言った。風影が砂隠れに殺されたことは、雨隠れにとっては同盟を破棄するいい口実になっていた。
翌日の昼、木の葉隠れ、砂隠れの反乱軍、雨隠れが一斉に砂の中流域へ進行した。砂隠れ正規軍は一方的にやられ、開戦後1日もせず砂漠へ逃げていった。
連合軍は、砂の中流域、下流域をあっという間に手中に納めた。砂漠を進むのはリスクが高いので、ここで一旦進軍を止める。逃げていった忍びの財産は没収し、一般人からも武器や金目のものは何かと理由をつけて回収した。戦利品と称して若い娘を襲う忍びも多くいた。かわいらしい男の子を襲うくの一も。
その後、砂隠れの反乱軍は自分達こそが風影の意志を継ぐものだと名乗った。チヨ等も当然正統政府を名乗ったので、砂隠れは東西で2つに分裂することになった。戦力はチヨ率いる西砂隠れが東砂隠れのほぼ3倍。土地は西砂隠れの方が遥かに広いが、東砂隠れには水路があり、今後緑地を広げていくことができる。
木の葉隠れと雨隠れは当然東砂隠れが正統だとした。他、木の葉の影響が大きい波の国や川の国が加わった。後日、火影と半蔵と東砂隠れ政府が一堂に集まり、改めて三里で同盟を結んだ。
他の五大国は西砂隠れを支持した。また、巨大化した木の葉隠れを恐れ、各里で同盟が結ばれていった。
川の国の周囲が全て味方に就いたことで、ダム近辺はとても安全になった。難民の多くはもとの住居へ戻ることになった。全員ではない。この短期間で大蛇丸へ忠誠を誓うようになった子供や、第二ダムの静かさを気に入った爺婆、逆に火の国の賑やかさを気に入った若者がいたからだ。
トグロ達はダムの修復と水路の毒の浄化を急いだ。ダムには動物の死体と化学薬品の二種類の毒が撒かれていた。死体の方は土遁で土に返したり、火遁で燃やしたりした。化学薬品は濃度の高い部分を木遁の根で吸いとったり、火遁で蒸発させたりした。
この時点の戦力の印象
100 木の葉隠れ
20 雨隠れ
15 川の国(トグロ達、クシナ、サソリ込み)
10 東砂隠れ(青年団込み)
145 計
5 暁
30 西砂隠れ
50 霧、雲、岩隠れ