ダンゾウの策
ヒアシに連れられ、一尾の攻撃圏から脱する。
ほどなく、意識がはっきりしたので降ろしてもらった。しかし、木の葉の精鋭の足が速すぎる。追いつけない。
「トグロ、その女は置いていけ」
ヒアシが戻ってきて言う。女は隙間なくグルグル巻きにしてリュックのように背負っているが、白眼だから中身が見えたのだろう。
しかし、捨てる気はない。彼女は重要な戦利品だ。他の青年団の捕虜もな。女を担いでなかったとしても、どうせ木の葉の精鋭には追いつけないし。
「いえ、むしろ僕を置いていって欲しいです。地面をゆっくり進んで帰りますので」
「そういうわけにもいかん。我々は3人でチームだ」
ヒアシはスッと前方のヒザシに視線を移す。
「ヒザシ! こちらへ来い! 我々は例の抜け穴から脱出する!」
これは、なんか悪いな。俺は彼等を放って自分の命優先で動いていたのに、彼等はこんなレベルで仲間意識を持ってくれるとは。忍者の習慣もあるかもしれないけど、信頼してくれている感じもする。俺は彼等の父親を殺した男なのに、何故だろう。
集落から抜け穴に入り、入り口には木遁分身の見張りを置いた。
抜け穴の途中で、俺が捕まえていた砂の青年団と鉢合わせた。彼等は合わせて16人いたので、俺はさらに8人木遁分身を出し、両肩に担いで走った。もうチャクラは俺も女もギリギリだった。
木遁分身から、その後のダムの状況は入ってきていた。自爆特攻の後、放置されていた捕虜が心配だった。一尾の攻撃と砂の増援から彼等を守らなければならない。正直かなり分が悪かった。
しかし、庶民は突然チャクラ糸に操られ、雨隠れの方向に下山を始めた。その時、傀儡使いのガキが、ある分身に「後は俺に任せろ」と目で言っていた。と思う。思うのだが、本当に任せていいのだろうか。
悩んだところで、俺個人ではもうあそこに行けない。ダムにいた30体の木遁分身全て、ほどなく一尾と砂の増援に消されてしまった。
第二ダムに着いたのは夜が明ける前だった。
深夜だが要塞付近は慌ただしかった。綱手を中心に、動けるもの総出で怪我人の治療に当たっていた。
「遅いぞ! そいつらはなんだ!」
と、ダンゾウに見つかってしまった。捕虜にした青年団も一緒に。
しかし、このダム近辺においにては、綱手とこいつの立場は同じ。ダンゾウは綱手に命令できなかったはずだ。
「彼等は砂の忍びです。もう捕虜として綱手さんに預けました」
だからこう言っておけば、ダンゾウは彼等を奪えないはず。怒るだろうけどね。
「なんだと!? 初めから最後まで勝手なことばかり!」
やっぱり怒った。
ダンゾウはズカズカと荒々しい足取りで近づいてきた。俺の目の前で止まると、乱暴に襟首を掴み、持ち上げる。拳をふりあげる。
「修正してやる!」
「ぐうっ」
かなり強力な拳だった。痛い。骨に染みた。戦闘中に受けた全てのダメージより大きいかもしれない。
あっ、でもヒザシを助けようとして後頭部を殴られたやつの方が意識には効いたな。あれも結局ダンゾウがやったわけだが。
「まだだ! 数々の命令無視! 任務の放棄! 怠慢! 話にならん!」
「ぐっ、くっ。ぐききっ」
もう一度顔、次に腹、再び腹と殴られた。俺の服が伸びきって破け、それを契機に暴行は止んだ。
「反省の色が見えん! 何か言ったらどうなんだ!?」
どうせ理由を言っても認めないくせに。言い訳するなとか言ってくるんだろう。その手には乗らんよ。
俺は立ち上がり、軽く頭を下げる。
「申し訳、ありませんでした」
「なんだと!?」
結局怒るのか。
「申し訳ありません」
「何が申し訳ありませんだ! 悪いと思っているなら初めからするな!」
「不都合なことをしまったようで、申し訳ありません!」
「なにが不都合か! 自分が何をしてしまったかも分からないのか!? 任務に従うのは基本の基! 貴様の勝手な行動で、結果的により多くの同胞を失ってしまうことになるのだぞ!」
「はい。申し訳ありません」
決して謝罪の理由を明かさない。明かすとしても相手の行動に理由を求める。これ、野蛮人に付け入られないための知恵。
「何がはいか! やはり日向では教育し切れん! わしが直々に」
ダンゾウは欲を漏らしつつ、再び俺に接近する。今度は蹴りあげようとする。しかし、その足が俺に届くことはなかった。
「日向、ヒアシィ」
「そろそろ止めていただきたい。こやつは私の部下だ」
ヒアシが、間に入ってダンゾウの蹴りを防いだからだ。ダンゾウはヒアシを忌々しそうに睨む。
その感情に呼応するように、ダンゾウの部下がヒアシの回りを囲う。彼等は手にクナイを持ち、逆らうなら容赦しない、と殺気で脅す。当然、ヒアシには通じないが。
「名門を名乗ったところで、たった一部族。日向1つで木の葉という巨大な組織に楯突けると思うなよ」
「その発言は、日向に対する重大な裏切りだ。もっとも、ダンゾウ殿。あなたこそ木の葉の一人間でしかないことを理解した方がいい」
「なんだと!? 若造ごときがこのわしに向かって!」
「無礼であるぞ! 上官に向かって!」
ダンゾウの怒りに呼応するように、ダンゾウの部下の一人がヒアシへ飛び出した。しかし彼のクナイもヒアシに届くことはなかった。
「ぐっ」
部下は突然転び、地べたに押さえつけられる。彼の上に、ドンと綱手が乗っていた。
「いい加減にしろよ、貴様」
綱手がダンゾウを睨んで言う。
その声を契機に、近くにいた親衛隊と警備隊が動き出す。他のダンゾウの部下2人も無力化される。一人は後ろ手を拘束され、一人は喉元のクナイを当てられて。
「くっ」
「なんのつもりだ? 貴様等?」
二人を拘束したのは長袖と初だった。彼等の後ろには、俺たちを囲うように円形となって、親衛隊と警備隊が立つ。
俺が殴られているときに、彼女等が殺気だっているのには気づいていた。我慢できず出てきてしまったのだろう。
しかし、味方同士のやり取りとは思えんな。これが木の葉か。
「チッ。貴様等、覚えておけよ」
ダンゾウはそう言って引き下がった。
「離してやれ」
綱手の声で、ダンゾウの部下達の拘束も解かれる。
「汚い手で触ってんじゃねえ! 余所もんが!」
「貴様等、後悔しても遅いぞ! 死よりも苦しい地獄を味わうことになる!」
彼等は汚い捨て台詞を吐いて去っていった。
さて、後味が悪くなったが、戦争はまだ終わっていない。明日に備えて早めに寝ることにする。チャクラも体力も限界だ。
捕虜は全員俺の部屋に持っていき、グルグル巻きにしたまま寝かす。俺、ヒアシ、ヒザシも俺の部屋で寝る。ハーレムや子だくさんを想定してかなり大きくしてあるから、こういうこともできるのだ。
翌日は、10時に広場へ集合となった。寝ているうちに初が体を拭いてくれたので、風呂には入らず、ギリギリまで寝た。朝食は軽くとった。
「皆知っていると思うが、昨夜の戦闘では我々の精鋭が敵の本陣へ乗り込み、見事、風影を戦闘不能に追い込んだ。やつは既に死に体。経絡系を破壊され、チャクラを練ることすらできぬ。しかし、ここで歩みを止めてはならん! 我々がやっとつかんだ平和を、心なきやつらは当然のように破った! 拡張主義、覇権主義、野蛮人であるやつらの、強欲な意志を砕かねばならぬのだ! 徹底的に! 恐怖を魂に刻み込むのだ! 二度と逆らえぬように! ひいてはそれが、後の五大国による国際情勢に影響する! 木の葉の絶対的な力を世に知らしめよ! 我々の栄光のために!」
などという演説の後に、進軍となった。今回は前回の奇襲と違い、コソコソしない。風影を殺し、一気に風の国へ押しかけ、大名に敗北を認めさせるらしい。
事前に情報があった通り、砂の忍びはほとんどダム付近から引いていた。雇われ忍者や、情報が伝わっていなかった砂隠れの下忍、中忍は少数いたが、上忍はゼロ。彼等程度ではこの大群を前に何もできない。
ある者はいきなり土下座で助命を求め、ある者は無駄と知りつつ突っ込んできて、ある者は逃走を図って簡単に捕まった。捕虜は、即座に自殺するものとダンゾウに従うものとだいたい半々だった。捕虜のくの一を犯そうとする輩もいたが、ヒアシの視界に入ったものは柔拳の餌食となった。
いくつか罠があったが、全て白眼や犬塚の鼻で見抜けた。
特に問題なく、30分ほどで集落にたどり着いた。さらに1分後、ダムにも。
集落はここ2日の戦闘で荒れていた。金目の物が盗まれた跡もあった。逆にやつらが置いていったものもあった。突然の襲撃だったから、物を動かす余裕がなかったのだろう。お互いに。
ダムは一尾の攻撃で完全に決壊していた。残った水は5%くらいだろうか。今いる忍者160人(残り40人は死亡または重症)なら賄えるが、中流域の街は縮小する必要があるな。
3日ぶりに集落で昼食を取る。ここは温かな食卓の記憶しかないので、おっさんとの食事は妙な感じがした。
一部ダムに見張りを残し、俺達は中流へ下山を始める。しかし、半分も進んでいない頃に、ダンゾウから撤退の合図があった。
不思議に思いながらダム付近の広場へ戻る。ダンゾウを前に整列する。
「砂か、雨やも知れんが、愚かなことをした。上流の川に毒を流すなど。非武装一般人に対する無差別攻撃だ。およそ文明的ではない。何より、自然を汚した。子々孫々に至るまで報いを受けることになるだろう」
ダンゾウは怒りと無念さを滲ませて言った。
衝撃的な内容だろう。ほどなく木の葉の忍びから怒りの声が上がった。
「なんて外道なやつらだ!」
「許せない! 身勝手が過ぎる!」
俺も、砂隠れの横暴にムカついている時に、チラッと毒流しが頭に過ったことはあった。が、善良な人間を無差別に殺してはいけないと、すぐに取り消した。
それを、実行してしまった連中がいる。とんでもないことだ。俺が救いたかった連中の生き残りは、ほとんど木の葉か第二ダムへ逃がしたが、砂側の中流下流も全員が悪というわけではない。合計2万人近くいたから、たった1%善良だったとしても200人になる。これは集落の初期メンバーよりも多い数だ。
犯人は、ダンゾウ曰く砂か雨。なるほど、風影が戦えなくなって、木の葉に制圧されて奪われるくらいなら、汚染してしまえというのは理にかなっている。中流下流の自国民が餓えることになるが、やつらにとっては民衆より忍び、いや忍びの主流派が重要なのだろう。特に、もし雨隠れが犯人ならば、風の民はどうでもいい存在だろうしな。
だが、何かが引っ掛かる。なぜだろう。ここでやつらが毒を使うとは思えない。非戦闘員を操って自爆特攻させたやつらだから、何をやってきてもおかしくないはずなのに。
ダンゾウは急遽部隊の進軍を止め、砂に使いを送った。『毒流しの犯人はおそらく雨隠れの忍びである。やつらを討つために共に戦うならば、これ以上は攻め込まない』と伝えるらしい。犯人が雨隠れではない可能性もあるが、砂が木の葉と停戦して雨隠れと戦うなら、木の葉にとっては吉だ。砂にとっても、木の葉と戦うよりマシだろう。
返答までに与えられたのは3日。砂の上忍が全力で走れば、大名の意向を聞きに行ってこちらへ帰ってくることもできる。誰が毒を撒いたかの調査も、時間は短いが可能だ。雨隠れが犯人だと突き止められないかもしれないが、砂隠れのような野蛮な組織は、真実よりも目先の利益で動く。緑化計画の過程で身をもって知ったことだ。
状況、民族性などを利用した、見事な策と言えるだろう。ダンゾウが初めて優秀な指導者に見えた。もっとも、信用などできないし、今回の策も裏があると思えてならないが。
とかく、砂の返答次第では雨隠れと戦争になる。あっちにいる市民への避難勧告と、暁の対応を確認するために、俺は木遁分身を雨隠れへ送った。