疫病神うずまきトグロ   作:GGアライグマ

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綱手の権威

 自来也、大蛇丸、日向ヒザシ、波風ミナト等と共に砂の侵攻を防いだ綱手。砂との休戦条約には火の葉の代表として参加した。その足で、木の葉の重傷者を治療してから、再び木の葉に戻った。ダンゾウと大蛇丸の動きが怪しい。自身の師にして最も信頼し木の葉で最も優秀な忍び 、三代目火影である猿飛ヒルゼンに集落の人間の権利を保証してもらう必要があった。

 幸い、綱手は木の葉で最も地位の高い千手一族の出であり、木の葉創設者にして初代火影である千手柱間の血も継いでいる。彼女が「通せ」とだけ言えば真っ直ぐ火影の下へ行けた。

 

 ヒルゼンは砂の侵略軍を打倒するための部隊を編成中だった。一応休戦条約は結んだものの、彼らが川の国との国境を破って拡張政策に出たため、対応しないわけにはいかない。このまま黙っていれば大人しくなるような連中ではないことは、少なくともこの場にいる全員が分かっていた。綱手も、戦中はその考えだった。ここ数年、若いトグロが次々と砂の支持者を集める様を見て、もしかしたら彼なら、と少し希望を抱いていたが。しかし結局は侵略という形で裏切られたのである。もはや仏の心は消え去った。

 しかし、守るべきは守らねばならぬ。

 

「綱手か。よくぞ無事帰ってきた。休戦までの手腕も見事であったと聞いている」

 

 ヒルゼンは血液恐怖症を患った綱手のことが心配でならなかった。会議中の乱入も中忍試験の無礼も数々の命令無視も全て置いておき、まずは弟子の無事を喜びたかった。

 

「ヒルゼンよ! 今はそのような場ではない! 部外者には出てもらい、砂を打ち払う部隊の編成を急ぐのだ!」

 

 対して、露骨に嫌悪感を見せたのはダンゾウだ。彼は珍しく積極的に、自らが司令官になると名乗り出ていた。大戦後初めの大きな武力衝突であり、この戦いで力を見せつけることが、その後の国際関係における木の葉の立場を高めることになる。自身の優秀さを信じているからこそ重大な戦いを牽引したかった。それが1つの理由である。

 しかし、別の理由もある。今回の戦いで、綱手のもとに九尾と人柱力と木遁使いが揃っていることが分かった。しかも、決して彼やヒルゼンに従わなかった九尾が綱手側に協力的だった。これは、失った戦力を木の葉に取り戻すチャンスである。自身が彼等を部下に置き、効果的に使って戦果をあげれば、今後も彼等を駒にできる可能性がある。そうすれば、三代目火影にも匹敵するほどの戦力を自身に集めることになり、発言力も増す。自身が木の葉を豊かで強い里へ導くことも可能となる。それが2つ目の理由。

 また、綱手のもとには孤児が多かった。新術、新薬の開発には人体実験が効果的である。その時にいろいろ面倒事の少ない孤児は都合がいい。彼等を引き抜きたい。これが3つ目の理由だ。

 

 特に2つ目3つ目の理由で、ここに綱手が来るのはまずかった。咄嗟に出ていかせるよう進言したが、効果があるとは思っていない。

 

「何を言うか。綱手こそ今回の騒動に最も深く関わっておる人物ではないか」

 

 ヒルゼンが驚いたように言う。上役のホムラ、コハルもその言葉を否定しない。綱手は当然といった風にヒルゼンの隣に座った。

 

「綱手よ。お主の口からことのあらましを教えてくれ。この4年、里に顔を出さなくなったお主が何をしておったかについても」

「いいだろう。まあ、重要なのはここ1年ぐらいだが。戦争の途上で血液恐怖症になった私は、隠居するつもりで孤児院を経営することにした。ここまでは言っただろう?」

「うむ。その歳で隠居とは驚いたがの」

「千手の姫とは言え、あまり好き勝手されては困るぞ」

「3年彼らの面倒を見て、戦争が終わった。そうすると私の孤児院に協力したいというものが現れた。それが、ダンゾウ先生も会っただろう、豪たちだ」

 

 綱手はあえて、トグロが中心人物だということを隠した。自分が真に代表であると思わるためだ。そうすれば、責任を持つことができる。多くの戦闘員やクシナを自分の下に置ける。ダンゾウもそうやって拾った孤児を自分の手下にしてきたのだから、文句は言えないはずだ。

 それをこの場にいる皆に信じさせるのは簡単だった。綱手が10そこらの中忍の下に着くとは思えないからだ。特別な演技は必要なかった。

 

「孤児院が大きくなっていくに連れ、私が動かせる力も大きくなった。そこでダムを作ることにした。川の国の水を治めれば、より多くの戦争被害者を救うことができるようになる。また、慢性的な水不足に悩む砂に水を供給すれば、友好的な関係を築くことができるようになるかもしれない。そう思った」

「ふんっ、愚か者め! やつらは戦いしか知らぬ野蛮人だぞ! そのような思考を理解するはずがない! 感謝どころか好機と見て喉笛に噛みついてくるわ!」

 

 戦うしかないと煽るようなダンゾウの発言。ヒルゼンは民族浄化の考えを好かない。しかし現実に、平和活動しているだけの弟子が襲われたので、反論する元気がわかない。

 

「1500人。砂から川へ受け入れた難民の数だ。彼らは我々にとても友好的だった。たった1年でこれだけの人を変えられた。しかし、砂はそんな彼等を裏切り者と見なした。まともな戦闘員のいない彼らの居住区に、一尾を放つという暴挙がその答えだった。皆殺しのつもりだったのだろう」

「ふん。しかし、そんな野蛮な砂に富を与え、ダムを奪われたのはお前だぞ。この責任どうとるつもりだ?」

 

 ダンゾウは、以前自らに従わなかったことへの皮肉を込めた。

 綱手は眉間を寄せ、拳を握りしめる。

 

「よい。ダンゾウ。綱手は綱手なりに戦っておったのだ。力によって彼等と反発するだけの我々とは、また違う方法での」

「甘いぞヒルゼン! 何が戦いか! 結果だけを見ろ! 敵に塩を送っただけではないか!」

「そうは思わん。砂だけで1500もの人々が綱手の賛同者となったそうではないか」

「砂漠でまともに働けなかった愚民が増えたところで何になる! 足を引っ張られるだけ損だ!」

「何を!」

 

 難民を保護してもらうつもりの綱手には、この発言は痛かった。しかしまともな反論は浮かばない。大なり小なり難民が負担となるのは事実だからだ。トグロがあんなに上手くやれたのは、彼の木遁による食住の補給と、彼の周囲に他人を安心させられるおだやかな人間が集まっていたことが大きい。

 

「落ち着け綱手。そしてダンゾウよ。もう少し柔軟に物事を考えよ」

「何が柔軟か! 戦乱の世に甘い考えは通用せんのだ! 殺られる前に殺らなければ!」

「それでは、いつまで経っても戦いが終わらぬ」

「終わるとも! 敵が抵抗しなくなるまで痛い目にあわせればいいだけのこと! 猛獣とはそうやってしつけるのだ!」

「それはどうかの? わしは聞いておるぞ、今回は九尾が我々の側で積極的に戦ったと」

「ぐっ」

 

 ダンゾウとしては、嫌なタイミングで痛いところを突かれてしまった。彼が最も欲しい戦力について、会話の主導権をヒルゼンに握られてしまった。

 

「初代様、そして初代様の奥方であらせられるミト様。二人の偉人が亡くなって以来、我々は九尾を制御することができなんだ。しかし、この綱手はあっさりやってのけたようだぞ。行方を眩ませていた人柱力、そして死んだはずの木遁使いまで味方につけてな」

「そっ、その木遁使いは問題だぞ!」

 

 どうやら九尾は無理そうだ。ダンゾウは木遁使いに狙いを変えることにした。

 

「そもそも、九尾と人柱力を逃がしたのは木遁使いだ! そして木遁使いを木の葉に連れ来たのは、綱手! 貴様ではないか! よもやこうなることも狙って」

「ダンゾウよ! その先を述べることはいくらお前でも許さん! わしはそのような不肖の弟子を持った覚えはないぞ!」

「ダンゾウよ。もう少し考えて発言してくれ。千手の実質的な当主である綱手にそのような噂が流れれば、それだけで里の内情が揺れる。対外的な沽券にも関わる」

「ぐっ、ぐぬう」

 

 一斉に非難されたことで、ダンゾウも失敗を悟る。やはり里の精神的支柱である千手には触れない方がよかったか。

 

「ともかく、そこの綱手は木遁使いを制御できなんだ! やつは九尾を逃がした! その九尾の捜索で、日向の当主まで亡くなったのだぞ! 実質その木遁使いが殺したに同じ! これをなんの咎めもなく放置すれば、それこそ里の沽券にかかわる! 無法者が野放し状態となろう!」

 

 ダンゾウは『殺したにも同じ』と言ったように、あのときの真実を知っているわけではなかった。自来也は死亡したトグロと日向当主の名誉を考え、二人とも九尾との戦いで戦死したと報告していたからだ。ミナトと犬塚家の上忍も自来也に倣った。

 ただ、日向当主の息子である日向ヒアシとヒザシ、それに木の葉にトグロを連れていった張本人である綱手には、真実を話した。トグロが九尾と共謀して日向当主を殺し、「心の自由は縛れない」と言って自殺したと。

 いや、自来也はそれが真実だと思っていたが、実際はトグロは生きていたわけだが。

 

 さて、真実を知っている綱手である。せっかく、殺したも同じ、と譲歩したような言い方をしてくれているのだから、攻めようはある。もっとも、里抜け自体が処刑もありえる罪であり、加えて九尾と人柱力を逃がしてしまったから、さすがに庇い切ることはできないが。

 

「なるほど。あいつが暴走した責任は私にもあるだろう。しかし、九尾と人柱力をあいつに任ようと進言したのはダンゾウ先生だ。そのダンゾウ先生にあいつを任せる理由もない」

「何!? このわしでは不十分だと!?」

「そう言っている。お前とあいつの性格では合わない。私に任せてもらえれば、二度とあのようなことは起こさない」

「口では何とでも言える! それにだ! 九尾と木遁使い、これほどの戦力を録に働かぬお前に任せる余裕は、今の木の葉にない! そうだろうヒルゼンよ!」

「うむ。まあ、さすがにおとがめなしとはいかん。綱手よ、何か意見はあるか?」

「私の下を離れるというのであれば、次の正当な管理者は日向では?」

「何だと!? あんな若造には無理だ!」

「その話、詳しく聞かせていただきたい」

 

 会議に再び乱入者があった。さらさらの黒髪ロングで眼が真っ白な青年、日向ヒアシである。

 

「うむ。噂をすればなんとやらじゃの」

「火影様。うずまきトグロの処置、ぜひ私にお任せ願いたく」

「うむ。ちょうどいいところに来た。難しい問題だが、やってくれるか?」

「はっ」

 

 ヒアシは膝を着き、頭を垂れた。日向当主には珍しい服従の姿勢だった。

 気負っておるようじゃな。ヒルゼンはヒアシにのし掛かる一族の重圧を感じ取った。自分も里を背負う立場だから共感できる部分がある。

 

「待てヒルゼン! ヒアシはまだ若い! もう少し当主としての経験を積ませてからでも!」

「若者にその経験を積まさせるのも、老人の役目だ。それに、木遁使い、うずまきトグロだったか、はこの綱手のもとで上手くやっていたそうではないか。何かあれば綱手が後ろから援助すれば問題あるまい。綱手よ、やってくれるの?」

「ああ、もちろんだ」

「ま、待てヒルゼン! お前が納得しても里の人間は納得しないぞ! やつが本当に里の忍びとして貢献する気があるのかどうか! 大罪の処遇もどうするつもりだ!?」

「罪は、地道に償わせるしかなかろう。あやつの働きに期待する。信頼関係は少しずつ結ばれていくものだ。しかしダンゾウよ。そこまで気になるのなら、お主が自分の目で確認すればよい。ちょうど此度の戦の司令官となるのだ。日向ヒアシ、うずまきトグロと共に戦い彼等を導いて見せよ」

「ぐっ。……ふん。まあいいだろう。だが、戦いの最中に余計な口は挟まんでくれよ」

「お主の邪魔をする気はない。共に里の将来を憂いる同志じゃ。信頼しておるよ」

「ふん。どうだかな」

 

 ここでトグロに関する話は終わった。

 ダンゾウはなんとか最後の切符だけは得られた形になった。

 

「猿飛先生。トグロはいいが、他の連中はどうするつもりだ? 私としては、私が率いたい。第二ダムの防衛戦力として残してもらえればありがたいが」

「うむ。わしもそうするつもりじゃった。お主が例の血液恐怖症を引きずっておるなら、代えを考えねばならなんだがの」

「待て、ヒルゼン。九尾はどうする? 寝かせておくつもりか?」

 

 ダンゾウが割って入る。九尾を操りたいのが見え見えだ。

 お前だけには渡さない。そんな気持ちでヒルゼンの前に綱手が答える。

 

「九尾が防衛戦力にあるだけでも十分と考えてもらいたい。やつは気に入った人間の言葉にしか耳を貸さんよ。無理に命令すれば、また逃げられることになるだろう」

「なれば力で押さえつければ!」

「ダンゾウよ。わしらはそうして失敗してきたのではないか?」

「ぐっ。……まあいいだろう」

 

 こうして集落に関する話も終わった。少しでも自分の戦力が欲しいダンゾウ。集落の仲間を自分の力の及ぶ範囲に置きたい綱手。みんな仲良くやってほしいヒルゼン。ダンゾウの暴走とヒルゼンの夢想を監視するホムラとコハル。そろそろ出ていきたいがタイミングが見つからないヒアシ。彼等の議論は一般の部隊の編成に移る。

 

 本来、この議論こそがここに上役が集まった理由だった。しかし、部隊編成は効率重視であり、ダンゾウが得意とするものでもあるため、ヒルゼンは特に口を挟まない。あっという間に決まっていく。

 綱手は「後方支援なら認める。ただし前線への支援は中忍レベルである初と月と長袖以外認めない」などと発言した。ヒアシは「日向は木の葉にて最強!」などと発言した。

 

 部隊編成が終わると、ダンゾウはノリノリで去っていった。ポーカーフェイスである彼の表情は全くと言っていいほど変わっていないのだが、歩くリズムや肌つやで、古い友人であるヒルゼンやホムラには分かるのだった。戦は1年半ぶりだが、ダンゾウにとっては久しぶりの晴れ舞台となる。粋に感じているらしかった。

 

 綱手にはそれがちょうどよかった。ダンゾウなしで難民の処遇を決める話し合いができるからだ。

 

「猿飛先生、いいかしら?」

 

 もっとも、入れ代わりのように大蛇丸がやってきたが。

 綱手は当然、大蛇丸を酷く警戒した。

 

「自来也と綱手がやってるのを見て、私も孤児の面倒を見ようかな、なんて思っちゃってね。ちょうど里は戦力不足だし、才能のある子がいたら木の葉に勧誘することもできると思うの」

 

 大蛇丸は飄々と言った。綱手には全く誠意が感じられなかった。ホムラやコハルもそうだった。

 

「お前は孤児を新術の実験台にしたいだけだろう! 大蛇丸!」

「あら? あなただって薬の実験をしたでしょう?」

「それは……」

 

 綱手は大地の実の実験を思い出し、ひるんでしまう。しかし、思い直す。ここで強く出なければダメだと。

 

「いや、お前は違う! 私はあの子達の将来を思って! お前にそんな感情はないだろう!」

「心外ね。私だって使える子は好きよ。あなたと同じ」

「違う!」

「綱手よ。長くスリーマンセルを組んだ仲間ではないか。信じることも覚えよ。そうでなければ人の上に立つことはできぬぞ」

「くっ」

 

 やっぱり猿飛先生はバカだ。当人を除きこの場にいる全員が思った。

 結局、大蛇丸が50人の孤児、火の国が働ける大人とその家族400人、綱手とヒアシが残る300人の孤児と老人を請け負うことになった。もともと1500人いた砂の難民だが、一尾によって500人近くが殺され、木の葉へ逃亡中にも砂の忍びや毒蛇によって250人近くが殺されてしまったのだった。

 なお、綱手はヒアシと共に300人の面倒を見ることになったが、厳密には50人を暁に任せ、残る人間は第二ダムへ行くか波の国へ行くか選ばせるつもりだった。第二ダムへの移動は綱手が主導し、波の国への移動は日向が主導する。日向のもとにトグロが預けられることを思えば、この分担が都合がよかった。

 

 この会議で纏まった話は、カツユを通して初に伝えられた。しかし綱手もいい加減眠かったので、「トグロには待っているように伝えろ。昼前に木の葉から使いがくるだろう。戦闘への参加も促されるだろうが、余計なことはするな。集落の人間も難民も、すべて上手くいくように私が取り計らう」と短く言い、ダンゾウの思惑などは伝えなかった。伝えずとも、やつが使いそうな卑劣な難癖くらいは、トグロなら見抜けると思った。砂との交渉で散々理不尽な要求を我慢してきたからだ。日向について伝えなかったのは、トグロが日向当主を殺めてしまったことについて、飾り気なく当主の息子二人と対面し、問題を解決してほしかったからだ。殺される可能性は、ないと思った。あの短い時間で、ヒアシという人間の情熱や、真っ直ぐな人柄を読み取ったからだ。


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